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第二十二話 ≪仮面の内側≫




 魔術が飛び交い、拳と拳、蹴りと蹴りが交錯する。

 片や初動が見えない回避困難な銃弾を悠々と躱し、片や全てが即死級の威力を秘める攻撃を最小限の動きで顔色一つ変えずに対処する。

 それは間違いなく命すらチップに乗せた戦いのはずなのだが、どこか優雅な円舞曲(ワルツ)を彷彿とさせた。


 声も出ないとはこのことだろうか。オクタヴィオは隔絶した力を持つ2人の戦いを、ただ茫然と眺めていた。

 元より、オクタヴィオはただの学生であり、市長の息子と言う多少特殊な肩書は持つが、それは戦闘力に何ら関係しない。休みの日にはカイトの実戦組手につき合わされ、また、長期休暇はS級魔物の出現するような危険地帯を連れ回されたお蔭(せい)で多少の心得はあるが、それでも実力は同年代と比べて数歩前に出る程度だろう。

 ましてや、亡国とはいえ戦闘のエリート教育を受け、莫大な才に甘んじず二十数年間ひたすら鍛え抜いてきたエミリオや、拳で空を穿ち、衝撃波で銃弾を弾き飛ばすなどという明らかに人間業でないことを易々とこなすダガーと比べてしまえば、大人と赤子に近い力の差があるのは仕方がないことだろう。流石に相手が悪かった。


 だが、それでもオクタヴィオは自分の非力さを恨まずにはいられなかった。そもそも、考えてみればよく一緒に居る面子の中でもオクタヴィオの戦闘能力は低い。あらゆる魔術を網羅している万能に近いエリス、近接戦闘に特化したレオナルドという学年2強を始めとして、直接戦闘能力は低いものの知略に優れ、戦略規模で圧倒的な能力を発揮するセレーネ。そして、力押しにこそ弱いものの場を掻き回す能力に優れ、特定条件下では文字通り鎧袖一触な実力を見せつけるカイト。我が強すぎる面子であり、学年どころか“学院”でも有数の実力者という完全にバランスが崩壊した頭のおかしい面子ではあるが、事実は変わらない。

 先にも述べたが、自覚こそ無いもののオクタヴィオの実力もこの年頃の平均は軽く上回っている。だが、それでも、彼らに比べるとどうしても見劣りするのは確かであった。


 肩を並べたいと思う。共に歩みたいと思う。だが、そう願う友の背は遥か彼方で、何も持たないオクタヴィオにとって、追いかけるたびにその背は遠ざかって行く。それを自覚するたびに、オクタヴィオの心は張り裂けそうになる。

 普段は気にしてはいないことだ。もしくは、カイトたちが起こす問題の対処に追われ、気にする暇もないと言うべきか。しかし、確かにこれは紛れも無くオクタヴィオの本心であった。

 押し寄せる無力感に、思わず膝をつく。「お前には何もできない」とでも言っているかのような言葉に出来ない暴力。今までに何度も襲われてきたこの感覚にオクタヴィオはどうしても抵抗することが出来ない。

 恐らくは幼少期、父の政敵に誘拐された経験から来るものだ、とどこか他人事のように考えている自分がいる。だが、自覚しているかなど些細な問題だった。


 隔絶した実力者を目の前にしたことがスイッチとなったのか、普段は表に出てこなかった劣等感に苛まれ、暗澹たる思いに押しつぶされそうになる。

 そのためだろうか。オクタヴィオは決定的なその瞬間に、気付くのが数瞬遅れてしまった。


 ガシャン! と大きな音が響き、その衝撃でオクタヴィオは自身の(うち)から帰還する。そして、目の前の光景に思わず声を上げた。


「ダガーさん!」


 路地を挟んだ先の家屋の上で、屋根材を撒き散らしてダガーが倒れ込んでいた。そして、空中では魔術で足場を編んだエミリオが、悠然と見下ろしながら銃を構えている。

 エミリオは苦痛にもがくダガーへ目を向け、無感動な瞳のまま口を開く。


「苦戦はした。だがその程度だ。戦火に散った無辜の民、そして、志を共にする同胞(はらから)の思いが私の背を押す。留める術は無いと知れ」


 猛るエミリオの前で、ダガーは傷つきながらも立ち上がる。そして、そのフードの奥で敵を見据えた。


「死者の念は、誰にも分からない。あなたたちはそれを言い訳にして、存在しない大義名分を掲げて関係ない国を襲っている」

「黙れッ! 貴様ら奪う者に、奪われる者の何が分かるというのだ!!」


 銃声が響く。放たれた銃弾は微動だにしないダガーの顔を掠め、その表情を隠していた黒いフードを消し飛ばした。

 パサリ、と千切れた布が地に落ち、同時に、隠されていた緋色の髪が広がった。


「…………え?」


 その光景に思わず、オクタヴィオは声を漏らす。露わになった顔は見知った物であり、この場に一番居てはいけない人の物だ。

 風に靡く緋色の髪を掻き上げ、黒衣に身を包んだ少女は再度敵対者を見据える。


「あるべき場所に戻れ、罪人。どう言い繕っても、あなたの所業は許される物ではない。現状に文句があるなら、時が流れ時代が落ち着いた後に、旧アルジェントを発起させて独立を促せばよかった。なのに、武力を手に入れ強引に手を進めようと、関係の無い他国で暴れ回る。明らかに正当性が無い」


 声はそのままであったが、アンジェリカの顔を晒し、ダガーは仮面の男を糾弾する。


「―――ッ! 貴様……」

「何を焦っているの? 将軍家であり、王家に近かったあなたなら出来るはず。帝国に併合され、帝国貴族として暮らしている元王家に働きかけることが―――」


 衝撃音が奔り、ダガーの言葉が掻き消される。宙を蹴り、一瞬でダガーへと迫ったエミリオの発した動作音だ。

 オクタヴィオはそのまま、エミリオの右手が吸いこまれるようにして少女の首筋へと叩きこまれるのを眺めていた。その時間はやけに時の流れが遅く、まるで写真を繋ぎ合わせたスローモーションのように見える。


 そして、その終わりの瞬間。少女がオクタヴィオの方を振り向く。笑顔が似合う、守ると誓った少女は微かに笑みを浮かべ、その瞳が閉じられるのをオクタヴィオはしっかりと知覚した。


 少女が音を立てて倒れるのをそのままに、エミリオは俯いたまま言葉を漏らす。


「……ああ、分かってはいるんだ。どう繕おうと、私たちの所業は罪人のものである」


 ピシリ、と音を立て、エミリオの顔を覆い隠していた仮面にひびが入る。順当に考えればオクタヴィオやダガーとの戦闘の余波によって傷つき、それがここに来て破砕へと至らせたのだと考えられるが、その壊れ方はまるで仮面自身が覆い隠す物の圧力に耐え切れず、形を保つことが出来ずに押し潰されてしまったかのようであった。

 仮面はそのまま徐々に剥がれ落ちて行き、やがて、憎悪の感情を浮かべた主の表情を完全に露わにした。


「……だが、それでも、昏い思いが空虚なこの身を焦がすのだ。国を滅ぼした帝国に復讐を、国を売った愚鈍な王に裁きをと!!」


 露わになった表情を歪め、瞳に漆黒の焔を灯し、エミリオは吐き捨てるように叫んだ。

 それは今までのどの言葉よりも感情の籠った叫びであった。仮面が外れたことで覆われ秘められていた思いが溢れ出たかのような、ドロドロとした恨み辛みの込められた怨嗟の声である。


「じゃあ、あなたの目的は……」

「ここまで来て隠す程の事でもない。無論、復讐にある」


 オクタヴィオの呟きに、エミリオは静かに答えた。


 時代の流れを考えると、それは当然の結末であった。イフェスティオ帝国は大陸ひとつを丸々呑み込む勢いで勢力拡大を続け、小国は身を寄せ合って滅ぼされるか、進んで併合される道を歩んだ。

 その勢いは世界に4つ存在する大陸のうち1つを、そのほぼ全てを支配したことでようやく衰えを見せる。同時に各地で鬱屈とした思いを溜めこんだ者たちが暴動やテロ行為に身を染めるが、須らく討伐され、そのほとんどが長くは続かなかった。

 それは帝国の軍事力が図抜けていたのが原因ではある。だが、もう一つの理由として、帝国の統治が先進的であり、決して現地に住む民にとって悪いことばかりではなかったことも挙げられるのだ。


 結局のところ、エミリオは現状を認められなかっただけなのだ。仕えると誓った王家は侵略者に恭順の意を示し、国は帝国に呑み込まれた。多少の血は流れたが、徹底抗戦すれば地に草一つ残らない。それほどの国力の差があったのだ。

 だが、エミリオはどうしても認められなかった。愛した国が暴力に屈したことも、愛した民が敵国の下で平穏を享受することも。


 ―――そして、国を売った愚王が、悠々と生きながらえていることも。


 恭順を示した以上、アルジェント王国は完全に帝国の一部となった。だが、それは侵略とは異なり、ある程度の意思を残したものであった。故に民は帝国の市民権を有し、王家は貴族として向かい入れられた。そして、“銀の国(アルジェント)”は地名として名を残した。


 王家のしたことは確かに一部から反感を買うことは間違いない。しかし、国力の差と戦火を開いた場合に犠牲になる民のことを考えた際に、残されたただひとつの道でもあったのだ。

 だが、エミリオにはそれは国に対する裏切りとしか見えなかった。自らの保身を優先し、国を対価に地位を得る。そんなことが罷り通って良いのか、いや良いはずがない!


 エミリオは優秀な男である。その当時、帝国と真正面から戦って勝てるとは微塵も思っていない。だが、それで納得出来るほど、人間という物は単純ではない。

 そして、エミリオは冷静な男である。守るべき無辜の民を戦火に晒してまで、国を再建しようとは思っていない。民あっての国という教えは、王家に近い将軍家として、骨の髄まで染み込まれている。


 つまり、結局のところエミリオの目的はただひとつ。この衝動の赴くまま、せめて裏切り者に報いを与えん、と言うことだった。王家に選択肢が無かったことは理解している。しかし、身を焦がす衝動だけはどうしようもなかった。


 国が併合された後、帝国軍に紛れて元王家を捜し出し、情報を攫いながら静かにその時を待った。曲がりなりにも大国の貴族と言うべきか、その警備は王族であったころよりもむしろ厳重で、エミリオひとりでは如何ともし難かった。

 そして出会ったのが、“探求者(アナズィトン)”と名乗る白衣の不気味な男である。彼はエミリオの出自を把握しており、国を再建しないかと持ちかけてきたのだ。そして、その達成のために帝国の新型巡洋艦を挙げた。探求者が語る帝国と戦火を開いても耐えきれる、というのは流石に眉唾物だが、エミリオの目的には最適だ。最新式の魔導艦載砲を搭載した巡洋艦であれば、堅牢な防衛陣を丸ごと突き破り、圧倒的な暴力で以て外様貴族を滅ぼすことなど容易いことである。

 引き金を引けば、戦力差によって何れは倒れることとなるだろう。強大な帝国を相手にして何時までも戦い抜き、ましてや国の再建など夢物語である。だが、それでも構わない、とエミリオは断じる。

 世間はエミリオを悪と呼ぶだろう。エミリオもそれは否定しない。自分は既に“狂って”しまったのだ。もう止まることなど、出来やしない。


「……口が滑ったな。どうやら誰かに胸の内を知って欲しかったらしい。それが本来関係ないはずであった国の少年と言うのも皮肉な話だが、我ながら何とも浅ましいことだ」


 嘲笑するかのように口元を歪め、エミリオはオクタヴィオを見据える。

 その瞳の焔は既に勢いを潜め、冷静さを取り戻しているように見えたが、奥で蠢く泥のような闇は隠し切れていない。


「復讐なんてそんな! その道の先は、あなたたちの滅びしかないかもしれないんですよ!」

「君に理解されなくても仕方の無いことだ。むしろ、理解できないことを誇ると良い。それは君が幸せに生きてきたという証明だ」


 口調は落ち着いたものであった。その声色を聞くと、仮面を被っていた際の言動はどこか嘘くさくも思えた。事実、その全てが本心を覆い隠した偽りであったのだろう。

 身体が訴える不調を押して、オクタヴィオは立ち上がる。だが、一陣の風が吹いたと思ったその瞬間、視界に収めていたはずのエミリオの姿は忽然と消え去り、背後から声が聞こえた。


「さらばだ、少年」


 衝撃が身体を貫き、再び膝をつき、そのまま倒れ込む。そうしてようやく手刀を叩き込まれたのだと気付く。何処までも隔絶した実力差であった。

 薄くなっていく意識に呟くような声が届いた気がしたが、かすれて行く意識では判別がつかない。

 そのまま、オクタヴィオは意識を失った。


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