第二十一話 ≪市街地の攻防≫
時は少々遡り、カイトたちがコスモスタワーの地下に侵入した頃。オクタヴィオは民家の屋根の上を跳び回り、立ち塞がる魔導人形をひたすら屠っていた。
「セイッ!!」
剣を八相に構えて跳躍し、すれ違いざまに魔物の姿をした敵を両断する。そのまま空中に魔術で足場を作り、攻撃後の隙を消すように再度跳躍する。アヴリオは高い高度を浮遊する関係から背の高い建物がほとんど存在せず、屋根の高さも均一で見通しが良い。空中を舞いながら周囲を確認し、上下逆さまのままマナの足場に着地し、三度跳躍するために足に力を込める。
思い浮かべるのは友人であるレオナルドの技だ。身体能力に特化した獣人と人間のハーフである彼は、従来の獣人では扱えない高度な魔術を多少なりとも使用することが出来る。両者の特性を活かした常人には捉え切れない三次元軌道と防御無視の一撃は圧巻の一言である。
「とりゃ!」
民家の屋根へと降り立つまでに存在する魔導人形を捕捉し、独楽のように回転しながらそのまま数体撃破する。また、後続も牽制として誘導弾を放つことで寄せ付けない。
とんっ、と軽く跳ねるようにして陣営の中心であるアンジェリカの元へと舞い戻ると、呆れを孕んだ表情で出迎えられた。
「オクトって、そんなに強いのね。うちの先鋭にも負けてないんじゃない?」
「ははは、まさか。流石にそこまで強くはないよ。それに、これでも仲間内じゃ一番弱いし―――おっと」
話しながらも背後から飛んできた魔導弾を叩き落とし、周囲の警戒を続ける。屋根の上を走り出してからも魔導人形の襲撃は未だ留まるところを知らず、予断は許さない状況だ。アンジェリカの護衛団と合流し、オクタヴィオも微力ながら尽力することで何とか均衡状態を作り出せているが、既にこの場は戦場に等しい。何が起こるか分からない。
魔導人形はあからさまにアンジェリカしか狙っていないために市民への被害は軽微であった。だが、アヴリオの警備隊も力を尽くしてはいるものの未だ市民の避難は完了しておらず、緊迫した状況は続いている。魔導人形が一般人を狙い始めないとも限らないからだ。
また、護衛と合流したとはいえ、アンジェリカへの襲撃は苛烈を極めた。アンジェリカは前言を撤回し、イリオス人であり、かつ(本人の自覚は薄いものの)割と高い身分であるオクタヴィオだけでも避難させようとしたが、オクタヴィオとしてはダガーに協力する身であり、エドアルドから任された責任もあるため、イリオスの客人であるアンジェリカを守るために同行していた。
オクタヴィオの同行には反対意見も出たものの、襲撃の苛烈さやオクタヴィオが有用性を証明したことから、渋々受け入れられているという状況である。
とは言え、周囲を固める皇女護衛団はプロ集団である。オクタヴィオに任されたのは防衛線内に侵入した敵個体の撃破と崩れた防衛網の補強だが、その仕事はあまり多くは無かった。よって、油断こそしていないもののそこまで気を張ってはおらず、屋根や道路に広がる魔導人形の残骸を見て、これの掃除は大変そうだなぁ、などと呑気なことを考えていた。
すると、アンジェリカは溜息交じりに口を開く。
「死角からの魔弾を瞬時に迎撃って……あなた、あたしと同い年よね? しかもそれよりもっと強いのがいるって、イリオスはどんな魔境なのよ」
「魔境ね……まあ、強ち間違いじゃない気もするけど」
身近なところで考えると、そもそも親友が“魔王”扱いされていることからしてどこかおかしい。その他にも扇動者やら戦闘狂やらチートエルフなどなど、混沌要素には事欠かない。
オクタヴィオが曖昧な笑みを浮かべて如何に話を逸らそうか思案していると、スタッ、と2人の元へとメイド服を翻らせてメアリーが降り立つ。皇女の側近であるメアリーもオクタヴィオと同じく防衛線内の担当であり、息も切らさずに敵を撃破するその手際の良さは目を見張るものがあった。
「ご歓談中失礼致します。敵の包囲に切れ目が出来ました。先に進んだほうがよろしいかと」
「何よ、嫉妬?」
「……姫様、今は一応緊急事態なのですが」
「冗談よ、怒らないでってば。」
主従のやり取りに苦笑していると、防衛線を張る護衛たちが同じく苦笑しつつも、先に進むようにハンドサインで促してくる。それに気付き、未だやり取りを続ける2人へと少し慌て気味に話しかけた。
「ほ、ほら! アンジェ、メアリーさんも、先に進もう?」
「オクタヴィオ様。姫様を愛称で呼ぶ方が私にさん付けするのは、少々外聞が悪いのですが」
「そ、そうかな? えっと、じゃあ僕のこともオクトでいいよ?」
「え、あ、いえ。姫様のご友人をそのように軽々しく呼ぶなど……」
周囲の女性陣、というか友人全般が一癖も二癖もあるせいか未だ純情少年なオクタヴィオが戸惑いながらも提案すると、今まで無表情しか見せてこなかったメアリーが珍しく動揺したかのように目を泳がせて口ごもる。
そこに横からアンジェリカが口を挟んだ。
「ふふ、いいじゃないメアリー。これであなたも問題なく“オクト”って呼べるわね」
「えっ」
「ひ、姫様。そういう誤解を招きそうなことは……」
「えー、愛称で呼ばないなんて、メアリーはオクトが嫌いなのね。ああ、可哀そうなオクト!」
「姫様! 話をややこしくしないでくださいっ!」
おほほほ、と口元を手で隠しつつ駆けて行くアンジェリカと、それを追うメアリー。取り残されたオクタヴィオは、やっぱり主従で仲が良いんだなと苦笑するのであった。
◆ ◆ ◆
事態が急変したのは唐突だった。
中央区の郊外にある飛空艇乗り場へと向かう一行だったが、中央区外部の商業区画を抜けようかといったところで、数人のスーツ姿の男たちの待ち伏せを受けたのである。
狭い路地を挟んだ家屋の上で相対する両者の沈黙を破ったのは、スーツ姿の集団の中から歩み出た1人の男だった。
「失礼、アンジェリカ皇女で間違いないか?」
スーツに身を包み、顔の上半分を白の仮面で覆った男は、投げかけた疑問文とは裏腹に、断定する声色で言い放った。
対するアンジェリカは外向けのキリッとした凛々しい表情で、されど瞳の中にはありありと嫌そうな色を含みつつ、向かい合う男に向けて口を開く。
「そう言うあなたはエミリオ・エルコラーニで間違いないかしら? 元アルジェント王国近衛騎士団長の長子で、今はテロ集団の親玉、ってところかしらね」
「貴様っ、我らをテロ集団なんぞと一緒にするな!」
アンジェリカの挑発に仮面の男―――エミリオの傍に控えた1人が激昂して一歩踏み出すが、エミリオはそれを手で制す。
「私の素性は割れているか。まあ、予想していたことではあるが」
「それで、この国にこんな迷惑かけてまでテロ行為に励んで、目的は何かしら? 皇女であるあたしの身? それとも巡洋艦?」
「ふむ、話が早くて助かるな。もちろん、その両方だよ」
「強欲なことね」
「手段を選んではいられないのだよ。もちろん、イリオスに被害を与えていることは自覚しているし、必要以上の被害とならないよう、関係無き者に人死が出ないよう徹底している。加えて補填も行うつもりだ。我らがアルジェント王国を再建したのちに、だがな」
アンジェリカは、ふん、とその言葉を一蹴し、腕を組んで睨みつける。
「目的のためなら何をしていいって? 妄想は頭の中に留めておかないと、世の中生きていくのが難しいわよ」
「どうやら皇女様は口が悪いようだ。表向きはお淑やかな方だと伺っていたのだがね」
「目上の人や愛すべき民にならともかく、犯罪者に向ける敬意なんて無いわ。そもそも、旧アルジェントは征服されたのではなく、帝国に参入した国よ。現に再建を目指しているのはあなたたちくらいね」
「それは貴様らが―――ッ!!」
再び怒声を発しようとした傍付きの男を手で制し、エミリオは仮面越しに濁った瞳をアンジェリカへと向けた。
「ここでの問答は不要だろう。兎に角、貴女には共に来てもらうぞ。第三皇女」
「あなたたちはやり方を間違えた。帝国に弓を引いた以上、もう戻れないわよ」
「承知の上だ。元より戻る道などない。如何に過酷な道だろうと、進むしかないのだ! 貴様らには分かるまい、奪う者である貴様らにはッ!」
「……あたしには、断崖絶壁に向かって全力疾走するあなたたちの気持ちなんて分からないわ」
目を伏せたアンジェリカの言葉を合図に両陣営が己の得物を構える。スーツ姿の男たちは皆一斉に腰や懐のホルスターから銃を引き抜き、護衛たちはアンジェリカを守るように円陣を組む。
護衛たちと同じように剣を構えるオクタヴィオだが、自身を含めても敵の方が数は多い。これまでの有象無象の魔導人形が相手の戦いとは異なる戦いの予感に気を張り詰めていると、護衛の1人から小声で話しかけられた。
「オクタヴィオ君、君は姫様を連れて逃げてくれ」
「なっ、それは―――」
それは先程オクタヴィオにサムズアップをしてきた男だった。護衛たちのリーダーを務める彼は気さくな性格なのか、厳密には部外者であるオクタヴィオにも気を掛けてくれていた。そんな彼の表情には焦りが浮かんでおり、苦渋の選択であることが察せられた。
「もちろん君だけじゃない。メアリーと3人でだ。メアリー、分かっているだろう?」
「……飛空艇乗り場に近いここで待ち伏せを受けたということは、巡洋艦は既に取られている可能性があります。もしそれほどの手練れだとしたら」
「我々は帝国でも有数の騎士だ。もちろん抑え切れるさ。だが、姫様への被害は否めない。……姫様」
「…………分かっているわ。でも―――」
「相談は終わったか?」
銃を構えたエミリオが、会話を遮るように弾丸を放つ。横合いから飛び出した護衛の1人が剣で防ぐが、戦闘開始の号砲は鳴らされてしまった。
散開したスーツ姿の男たちを抑えるために護衛たちもまた散開し、オクタヴィオはアンジェリカを抱えたメアリーに引かれて後方へと下がる。
時たま流れてくる砲撃を防ぎ躱すために後方を確認していると、護衛たちは人数に勝る襲撃者たちと拮抗しており、宣言通り完全に抑え込んでいた。オクタヴィオは味方の頼もしさに涙が出そうになる。
「姫様。タワー側と連絡が取れました。向こうは既に殲滅が完了し、この近くにいるようです」
「よくやったわメアリー! 早く合流してみんなの救援に向かいましょう!」
身体能力を強化してタワーへと駆ける中、メアリーの報告にアンジェリカは歓声を上げる。
だが、その吉報に待ったをかける声が届いた。
「どこへ行くのかね?」
「うわっ!?」
突如後方から声が掛かり、同時に不意打ちの蹴りを受けてオクタヴィオは民家の屋根へと墜落し、衝撃で剥がれた石材と共に屋根の上を転がる。
「オクタヴィオ様!」
「余所見していていいのか?」
「くッ―――」
オクタヴィオの上方でダダンッ! という連続した銃声が響いた。そして、衝撃から立ち直ったオクタヴィオの隣にアンジェリカを抱えたメアリーが着地し、同様に少し距離をおいてエミリオが着地する。
「今のを防ぐとは中々やる。舐めていたつもりは無かったのだが」
「黙れ下郎。姫様に手を上げるとは、その命惜しくないと見える」
「先も言ったが、問答は不要だろう」
苛烈な物言いをするメアリーだったが、エミリオは特に気にした印象は見せず自然体であった。そして、そのまま両手に持った銃を構える。ただそれだけであったが、その所作からは歴戦の戦士の雰囲気が滲み出ており、オクタヴィオは思わず後ずさりそうになる身体を必死に鼓舞し、倒すべき“敵”を見据える。
先のメアリーの言葉では帝国の友軍が近くに居るらしい。ならばそれまで何としてでもアンジェリカを守り切ればオクタヴィオたちの勝ちである。幾ら達人級だろうとひとり、数の前には無力のはずだ。
それならば、臨戦態勢に入るメアリーに対し、オクタヴィオは口を開く。
「ここは僕に任せて、メアリーさんはアンジェを連れて行って」
「なっ、それは……」
「僕だって多少の時間稼ぎくらいは出来るよ。でも、出来れば早く助けに来てくれると嬉しいかな」
そう言って苦笑するオクタヴィオへと言い募ろうとするメアリーだったが、それよりも先にアンジェリカが口を開く。
「分かったわ。でも、危なくなったら逃げなさい」
「ひ、姫様!? 何を考えているのですか!」
「大丈夫よ、メアリー。……オクト、直ぐ救援を寄こすわ」
オクタヴィオの考え通りになったが、予想よりもあっさり決まったことを不思議に思ってアンジェリカの顔を見ると、場違いなほどやけに明るい笑顔でひとつウインクを返される。何となく嫌な予感がしたが、気持ちを切り替え前を見据え、剣を握りしめる。
「させると思うか?」
「僕がさせます」
エミリオの言葉に対して言い切り、剣を構えて突撃する。
「行って!」
「……御武運を」
走り去っていくアンジェリカとメアリーを傍目に、銃撃を躱して剣を叩き込む。その斬撃はもう片方の銃身に防がれるがそれは想定内。腹部に叩き込まれる蹴りを膝で受け流し、その衝撃に乗って距離を取る。
「甘い」
「ぐっ!?」
だが、その距離をすぐに詰めたエミリオに蹴りを叩き込まれて横合いへと吹き飛ばされる。直ぐに体勢を立て直して続く銃撃は躱し、空中に作り上げた足場を蹴って先回りし、エミリオの進行方向に立ち塞ぐ。
「行かせません、絶対に!」
「……良いだろう。ならばこれからは全力だ。邪魔立てするならば容赦はしない。とは言え、君に関しては元々こちらが巻き込んだようなものだしな。せめてもの忠告だ」
凄味のある言葉にオクタヴィオは警戒心を高め、一挙一動を見失わないようにエミリオを注視し―――
「死ぬなよ」
突如目の前に出現した靴裏に反応できたのは単なる幸運だろう。体勢を崩しつつも反射的に身体を逸らしたオクタヴィオの顔のすぐ近くを、風を唸らせるほどの蹴りが通過する。
(は、速い!)
屋根に手をつき、バク天のような形で距離を取ろうとするも、無防備な背中に銃撃を受けて屋根を転がる。その衝撃は身体強化と共に掛けていた防護魔術を貫いて身体に届き、そう何度も喰らえるものではないことが一瞬で察せられた。どうにかして対策を立てなければいけない。
だが、考え込む時間は無い。痛みに耐えて飛び退くと同時に今居た場所に銃弾が突き刺さり、石材が破砕されて穴が穿たれる。
「くっ―――!」
飛び散った破片から目を守るが、それは悪手であった。続けて飛来した銃弾を左肩に受け、揺さぶられるようにして地に倒れ込む。
身体欠損こそないものの、痛みで朦朧としかける思考を必死に回転させ、何とか上空へと回避行動に移って更なる被弾を回避する。だが、着地した時に足をもつれさせて膝をついてしまう。
「はあ、はあ……」
「そこそこ高威力のはずなのだが中々しぶといな。だが、いい加減眠ると良い」
カチャ、と軽く音を立て、銃口がオクタヴィオへと向けられる。
表情を歪めるオクタヴィオへと、エミリオは戯れとばかりに口を開いた。
「安心しろ。今のこの銃は衝撃のみで頭部や胸部に何度も受けない限り死にはしないはずだ。その代わり防護魔術は意味がないがな」
「まだです……!」
力を振り絞って立ち上がり、剣を構える。その姿をエミリオは不審げに眺めた。
「何故そこまでする? 君には関係ないはずだ」
「……どの口が言うんですか。あなたはここをどこだと思っているんですか?」
「む、確かにそれを言われると辛いものがあるな。だが、イリオスに大きな被害は出していないし、目的を済ませればすぐに撤退するつもりだ」
どうだ、と問いかけてくるエミリオに、微かな笑みを浮かべたオクタヴィオは首を左右に振る。
「守るって、約束しましたから。約束を違えるのは……やっぱり駄目でしょう?」
「……そうか」
オクタヴィオの答えにエミリオは一度目を伏せ、仮面を付け直す。そして、苛烈な意志を宿した視線をオクタヴィオへと向けた。
「では眠ってもらう」
その言葉を合図に、ダダダダダッ!! と銃弾が連続して吐き出された。
剣に魔力を込めて弾丸を斬り裂き、一瞬の隙を作って銃弾の雨の中から転がるようにして辛くも脱出するが、如何せん銃弾が多すぎる。続く追撃の対処に失敗して左足を撃ち抜かれ、体勢を崩した隙を突くように今度は右手が撃ち抜かれる。カラン、と音を立てて取り落とした魔導剣が屋根の上を滑っていく。
「ぐっ、しまっ―――」
重く響く銃声と共に、無防備なオクタヴィオの身体へと複数の銃弾が降り注ぐ。武器を失ったことで決定的な隙を見せてしまったオクタヴィオは反応できず、視界が白く染まる。
だが、その銃弾はオクタヴィオへと到達することは無かった。
キンッ、と硬質な音を立て、一瞬で出現した人影が手に持った剣で銃弾を弾く。そして、剣を持つのとは逆の手、左手で空を殴るように前に突きを放ち、その拳圧で続く銃弾を全て吹き飛ばす。
人影は剣をオクタヴィオの眼前へと突き刺した。見覚えのあるその剣は、今さっき屋根を滑り落ちて行ったオクタヴィオの魔導剣だ。
「オクト、無事?」
地へと伏せるオクタヴィオへと無機質な、けれども若干の心配そうな声色を含んだ言葉が投げかけられた。
オクタヴィオは自らの傍に降り立った声の主を見上げた。
「ダガー……さん?」
「時間稼ぎ、助かった」
黒装束に身を包んだ少女は、絶好のタイミングに圧倒的な存在感を以って、参戦を果たした。




