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第二十話 ≪コスモスタワー地下の激突≫



 精霊とは、古来信仰の対象として敬われていた存在である。その信仰は全世界で信仰されている空の女神と同じようで異なっている。

 即ち、精霊は実在し、場合によっては人間に対して多大なる干渉を仕掛けてくる。よって、精霊への信仰は女神信仰とは方向性が異なり、その怒りを鎮め、恵みを願うものである。

 古くからマナは自然との繋がりが密接であると考えられていた。と言うよりも、マナそのものは世界に満ちる生命力であり、自然と同等であると考えられていた。つまり、雨や風といった恵みや、嵐や洪水などの天災も、須らくマナの起こす奇跡なのである。

 ここで精霊が関わってくる。精霊は純マナ的生命体の名が付いているように、その身体は全てマナで構成されている。どのようにして生まれてくるかは未だ謎に包まれているが、彼らは文字通り自然の化身なのである。

 その力は強大である。マナとは彼ら自身であり、彼らは自身の身体を動かすことに不自由しない。精霊は、全てのマナに干渉し、自然災害など手の一振りで起こすことが出来る、人間とは隔絶した存在なのである。

 とは言え、精霊は基本的に人間には干渉せず―――昔は今よりも干渉していたようで、その名残が精霊信仰と言う形で世界各地に残っているが―――マナ溜まりの深部でひっそりと暮らしていると言われている。だが、小国ならば数時間あれば滅ぼせるほどの、彼らの絶大な力が変わるわけではない。


 そんな精霊が、今カイトたちの目の前に敵対者として存在していた。


「……おいおい」


 半透明な身体はマナで構成されている精霊特有のもので、マナ結晶で出来た鎧がその身体を包むように構築されている。鎧は言うが、むしろその形状は骨組みのようで、肌に当たる箇所の大部分を外気に晒している。側頭部では頭飾りが角のように頭部後方へと延び、肩から徐々に下腹部へと向かって随所に散りばめられ、腰からはスカートのように足首ほどの高さまで流線を描いて伸びていた。

 これも精霊の特徴であり、彼ら、或いは彼女らはその身にマナ結晶の衣服を纏う。正確に言えば、身に纏ったマナ結晶も彼らの一部である。真偽は不確かだが、身に纏う結晶が多ければ多いほど精霊の力は強大なものであるとも言われている。


 カイトが思わず漏らしたぼやきに反応したのか、精霊は伏せていた瞳を開き、前を見据える。大した動作ではなかったが、それだけでカイトは一歩も動けなくなり、思わず地へと膝をつく。身を押し潰さんとするプレッシャーが激増したのだ。


 そんな激しい静寂の中、プレッシャーを無視するようにしてクレアが立ち上がり、押し殺した感情が溢れ出したかのような、彼女らしからぬ低い声で呟いた。


「…………違う」


 その底冷えする声に、然しもの白衣の男も高笑いを止め、怪訝そうな表情で「ハァ?」と首を傾げる。

 だが、それを無視し、クレアは一歩一歩精霊へと向けて踏み出していく。


「……こんなの、違う。こんな冷たい瞳じゃなかった」

「……クレア?」


 自分でさえ動けない圧の中、平然と動くクレアに呆気に取られつつも、その言葉の中の聞き逃せないフレーズに、カイトは訝しげな視線を送る。

 だが、そんなカイトとは異なり、白衣の男は如何にも合点がいったという風に両手を合わせた。


「ヒヒャ、アルヒテロスの生き残りで固有魔術師でしたっけ? ヒ、ヒッヒャヒャヒャヒャ! ということはアナタ、まさか王家の末裔ですかァ!」


 さも納得とばかりに白衣の男は笑みを浮かべて頷く。その様子は、どこか状況を面白がるようであり、ひどく癇に障るものだった。


「確か……そう、クレア・ミラ・アルヒテロス、でしたっけ? こんなところで会うとはねェ。一族の復興はいいんですかァ?」

「わたしたちを襲ったのは死神、あなたじゃないですか! それに彼女にまで……!」


 クレアは強い意思を込めて精霊を見つめるが、彼女は特に反応を示さず、虚ろな眼差しを送るだけだ。そこまで来てカイトもおぼろげながらに事情を察する。先程「人形ちゃん」とも呼称していたし、どうやら何らかの手法で以て操っているらしい。


「いやァ、あの時は感動しましたよ。太古に滅びたとは言え精霊信仰の厚い国ならば、と思って訪れたのですが、まさかその末裔が隠れ住んでいて、未だに守護精霊を受け継いでいたとは。思わず衝動に駆られて襲っちゃいましたが、お蔭でワタシの研究も大分進みましたしねェ」


 耳障りな笑い声を発する白衣の男に向かって、様々な感情がごちゃ混ぜになった声色で、クレアは絶叫する。


「あなた、彼女に一体何をしたの!!」

「これはこれは、何をしたとは酷い言い様ですねェ。彼女にはワタシの崇高な実験に協力してもらっただけですよ」

「協力!? こんな状態になることが、協力なはずがないでしょう!!」


 言い放った後に棒立ちの精霊の元へと駆け寄り、縋り付くようにして叫ぶ。


「スクィナ! わたし、クレアだよ。時間かかっちゃったけど助けに来たの。ねぇ、一緒に帰ろう?」


 だが、精霊はそんなクレアを一瞥するもののそれ以外は相も変わらず無反応であり、白濁した瞳は何も映し出さない。


「ねぇ、お願い。スクィナ、返事をして! わたし、ちゃんとあなたの名前を呼べるようになったんだよ……?」

「……煩いですねェ。いい加減飽き飽きしてきました。……やりなさい」

「クレア、伏せろっ!!」


 白衣の男の指示に従って精霊が手を掲げると、そこに急激な勢いでマナが凝縮し始める。そして、光を発した腕がクレアへと振り下ろされるが、そこに間一髪の間でカイトが割り込む。

 キィィィィン、という甲高い金属音のような音が響き渡り、振り下ろされた精霊の腕とカイトが突き出した右手が一瞬交錯する。そして、次の瞬間には眩い爆発が起き、クレアもろとも部屋の隅へと吹き飛ばされた。


「フム? 固有魔術は単一の性質に特化している分、効果が極めて高いのが常な訳ですが、まさか精霊の一撃を不完全とは言え相殺するとは。人間とは思えませんねェ」

「……痛っ。くそ、その精霊を従えている奴に、言われたく、ねぇな!」

「クヒヒ、これは失礼」


 衝撃から立ち上がれないカイトとクレアへと、白衣の男がゆっくりと近づく。


「それにしてもいまいち分からない能力ですねェ。脅威度が低そうなのは楽でいいですが。マア、詳しいことは持って帰って調べればァいいですかね」

「何が持って帰る、だ。ふざけんな!」

「オヤオヤ、元気があって大変ヨロシイ!」

「ぐがっ!?」


 近寄って来た白衣の男は、歩く動作そのままごく自然にカイトの頭を踏みつける。そして、痛みに悶えるカイトと、それを見て上がったクレアの悲鳴を聞いて陶酔したように笑みを浮かべた。


(―――ここだっ!)


 だが、その瞬間。カイトの懐から光が溢れ、光はそのまま白衣の男へと突撃して大きく吹き飛ばす。そして、ふらつく身体を無理やり動かし、手に極光を生み出して白衣の男へと飛び掛かる。


「クヒッ、この程度で―――ッ!?」


 吹き飛ばされた白衣の男だが、その身はどうやらオートで発動するらしい防護結界に守られて無傷であり、カイトが飛びかかって来ても特に慌てず、そのまま術式にマナを追加して強化を施す。だが、次の瞬間には結界ごとマナが剥ぎ取られ、あらぬ方向へと飛んでいく。

 その方向へと顔を向けると、膝立ちになったクレアが手の平を突き出し、その手の内にマナを留めていた。さらに、マナが剥ぎ取られたのは白衣の男のみであり、カイトの右手に極光は保持されたままであった。


「ナイスアシストだクレア! んでもって、吹き飛べ!」


 白衣の男の表情が再び崩れる。長い白髪の合間から覗く昏い紅眼に目に見えて焦りが生まれ、そんながら空きになった顔面へと全力で拳を突き出す。だが、その拳は横から突き出された半透明な手に受け止められた。

 いつの間にか接近していた精霊に驚愕の声が漏れるが、対処は後回しにして白衣の男へと術を叩き込もうとする。実験材料云々から殺されることは無いだろうと推測し、術者である男をノックダウンさせれば精霊も消えるのではと期待し、何よりやられた分は一発ぶちのめして返さなければ気が済まなかったのだ。


 だが、時既に遅く、身体は脳へと一瞬の浮遊感を伝え、すぐさま全身への強い衝撃を教えてくる。

 そして、重力に引かれて地へと落下したことでようやく分かる。遥か後方にあった壁へと投げ飛ばされたのだ。


「カイトさ―――」

「おっと、動くんじゃないですよォこのクソガキ。こちらが下手に出ていればイイ気になりやがって!」

「きゃあっ!!」


 頭を強く打ったらしく、意識が朦朧とする。混濁する視界の中で、クレアが髪を掴みあげられているのが見えた。


「絶対的な強制収束に、対象範囲が自由指定だなんて、随分と便利な固有魔術じゃないですか。ヒヒッ、実用化できれば面白いことが出来そうですねェ」

「いやっ、放して!」


 白衣の男は髪を掴んでクレアを引きずり、そのまま倒れ伏したカイトへと近づく。そして、精霊に身振りで指示を下してその身体を持ち上げさせた。


「ぐっ……」

「キヒッ、イイ様ですねェ。アナタの魔術はよく分かりませんので、帰ったらしっかりと研究させてもらいますよォ?」

「カイトさん、カイトさん!」


 精霊に吊るされて宙に浮くカイトへと、クレアは必死に呼びかける。だが、意識が朦朧としているのか、苦しそうに呻く反応は微弱であった。

 一方のクレアは未だ髪を掴まれて床に倒されたままである。強制収束と言う対魔術への反則気味な裏技を持つクレアだが、固有魔術師の定めとしてそれ以外の魔術行使は出来ず、そして肉体的にはただの少女でしかない。


「さて、それではさっさと帰りますかねェ。“大結界”の書き換えは不完全ですけど、予想外に時間も喰いましたし。それに、引きかえて余りある“お土産”も出来ましたし」

「い、いや……」


 舌なめずりをして見下ろされ、クレアは生理的な不快感に思わず身を震わせる。


「アァ、心配しなくても大丈夫ですよ? これでもワタシは紳士なのでねェ。暴行に怯える必要はないですよ。ただ、チョット物言わぬ魔術マシーンになってもらうだけですので!」


 ヒヒャハハハハハ!! と高笑いを上げる白衣の男から嫌な想像が頭に浮かび、クレアはこみ上げてくる涙を必死に堪え、白衣の男を睨みつける。

 と、そこで、ふと精霊に運ばれるカイトが視界に映る。ちょうど白衣の男の死角に入ったところで、その視線が確かにクレアと噛み合ったのだ。


(……カイトさん、起きてる?)


 だとすれば、その狙いは考えるまでも無い。一縷の望みに縋り、クレアも覚悟を決める。

 その様子を不審に思ったのか、白衣の男は上体をくねらせてクレアの顔を覗き込む。


「フム、何か企んでませんかァ?」

「……あなたには負けない。そう、決めました」

「未だにそんな―――ア?」


 その瞬間、リィン、と鈴の音のような音が響き、白衣の男の足元でマナが収束する。

 そして、マナはそのまま収束を続け、結晶化して男の両足を地へと繋ぎとめた。


「そんなッ! これは―――」


 驚愕から目を剥く白衣の男だったが、それに続けて背後で管楽器のような甲高い音が響き渡り、三度目の爆発が起きる。

 振り返ると精霊を振り解いたカイトが床へと落ちるところで、同じく拘束を振り解いたクレアが駆け寄る。だが、白衣の男が驚愕したのはそこではなく、もっと重大な問題がその身に降りかかっていた。


「これは……ワタシの人形ちゃんの拘束がァ外れかかっている!? バカな、何で……」


 幸か不幸かそれほど強度の無かったマナ結晶を力任せに砕き、急いで形状が不安定になっている精霊へと近寄り、円環型の魔導具を操作する。そして、顔に焦りを浮かべて作業した後、憎々しげな表情をして魔導具の操作を止める。

 すると、円環は元の球体へと折りたたまれていき、精霊は徐々にその姿を霞のように薄れさせ、やがて消滅した。


「ゲホッ……面白いツラだな、変態野郎。お得意の人形劇は終わりかよ」

「貴様ァ……!」


 クレアの助けを借りて立ち上がったカイトは、視線で人を殺さんとばかりの形相で睨みつけてくる白衣の男へと、嘲笑するように笑いかける。

 そして、口内に溜まった血を吐きだし、真剣な表情で真っ直ぐ睨みつけた。


「お前は師匠の作品を侮辱した。しかも2つもな。精々悔いて詫びろよ、許してやんねぇから」

「師匠……? ク、ヒヒヒヒヒ、ヒヒャハハハハハハハハハハハッ!!!」


 カイトの言葉を受けて、白衣の男は狂ったように笑い声を上げる。怯えたように身を摺り寄せてくるクレアを背に庇い、カイトは睨みつけたまま怨敵を観察する。

 やがて、苦しそうに咳き込むまで笑った後、ぴったりと笑うのを止め、顔を上げる。その顔は今までとは異なり、殺意も、狂気すら無い感情の抜け落ちた、能面のような表情であった。

 長い白髪をゆらゆらと揺らし、白衣の男は抑揚のない口調で語りかける。


「アァ。アナタ、奴の。そうですか……」


 そのあまりにも昏い声に、クレアは「ひっ」と悲鳴を上げかける。カイトはあまりにも深そうな因縁に溜息を吐きたくなったが、堪えて気を引き締め、再度睨みつける。ここまでの反応はある程度(・・・・)予想していた(・・・・・・)。肝心のここから先は次の会話に掛かっている。


「はっ、師匠への因縁持ちかよ。魔導具やら何かしらで敵わなかったとかそんなとこだろ? んで、その作品を好き勝手して憂さ晴らしか。ちいせぇ野郎だな」

「か、カイトさん……?」


 これでもか、と挑発を繰り広げるカイトに、戸惑ったようにクレアが小さく声を掛ける。だが、その返答は手を強く握りしめることで返し、視線は白衣の男から外さない。

 そして、反応の薄い白衣の男の様子に、カイトがさらに言葉を重ねようと口を開いた瞬間、男の身に纏う空気が一変した。


「―――黙れ」


 先程までの嫌悪感が湧く声とは異なり、それは底冷えするようなおどろおどろしい声だった。

 雰囲気は一変し、それまで不自然に何も存在せず、まるで凪のような状態だったのが、突如それが嵐の前の静けさであったかのように、膨大な存在感を発した。

 特徴的なのは目だ。表情は今まで通り抜け落ちているが、唯一眼光だけが鋭い。そして、その瞳は全てを飲み込む闇のように、狂気を内包し怪しく輝いている。


「帝国の巡洋艦。そこで待ちます」


 それでは、と声を残し、白衣の男は言いたいことだけを言った後に、現在使用不可能なはずの転移魔術を起動させて姿を消し去った。

 魔導具を使って周囲を探るが、自分たち以外の反応は無い。どうやら本当に去って行ったようだ。

 身が晒されていた狂気が去ったことでか、今まで緊張続きで張りつめていた糸が途切れ、大きく息を吐いたカイトはクレア共々床へと座り込んだ。


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