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第十九話 ≪精霊≫





「こっちだ!」


 コスモスタワーへと魔導人形が突撃した後、外壁に取りつく魔導人形を片付けるために空へと向かったエリスやセレーナ、レオナルドと別れ、カイトとクレアは“大結界”を調べるためにコスモスタワー正面玄関近くへとやって来ていた。大結界を眺めた結果、カイトがその変調に気が付いたのである。

 魔導人形(ゴーレム)と警備隊の戦いが巻き起こっているコスモスタワー正面をすり抜け、入り口からぐるっと回るようにして外壁沿いを駆け抜ける。たまにこちらを補足して近づいてくる魔導人形は収束砲で蹴散らし、目的の場所へとひた走る。


「カイトさん! 上です!」


 後ろからついていくクレアが注意を促した瞬間、立ち止まったカイトのすぐ目の前へと魔導人形が勢いよく降り立つ。だが、カイトの周囲に浮かぶ複数の黒の立方体が集めたマナの槍が順次発射された途端、魔導人形は胴体に複数の穴をあけその出番を終了させる。


「たく、魔物型の人形なんて、趣味悪い奴もいたもんだな」

「…………」

「……クレア?」


 ガラクタとなった魔導人形を蹴飛ばしていると、その様子を無機質な瞳で眺めているクレアに気が付く。何やら考えに耽っているらしく、その口は微かに動いているようにも見えるが声は聞き取れない。

 少々心配になったカイトは、少し乱暴に肩を揺する。


「おい、クレア!」

「ひゃっ。な、何ですか?」

「……いや、大丈夫そうだしいいや。それよりも先を急ぐぞ」

「え、あ、はいっ!」


 その後もしばらく走り続け、時折近づいてくる魔導人形を速攻で片づけてコスモスタワーの外周を回る。そして、やがてカイトは外壁沿いのある地点で立ち止まった。


「よし、ここだ。着いたぞ」


 だが、クレアにはそこが今まで通ってきた場所と何ら変わりないように見え、思わず疑問を呈する。


「えっと、なにもないですけど」

「そういう風に出来てんだよ。ま、見てな」


 そう言ってカイトが壁の一部分を叩くと、壁が左右に分かれて沈み込み、そこに文字盤を有するコンソールが出現する。

 おお、と驚くクレアを傍目にカイトが素早く複雑なパスワードを打ち込むと、コンソールは元あったように壁へと沈んで見えなくなり、代わりにその隣の何の変哲もない外壁が切り開かれ、人ひとりが通れるくらいの空間が開かれる。


「これは……」

「緊急通路だ。ほら、行くぞ」


 クレアを促して中へと入り、魔導人形たちが入ってこないうちに内側の扉脇にあったコンソールを操作して閉鎖する。

 扉が閉まると辺りは一旦真っ暗になるが、カイトが再びコンソールを操作すると明かりがつき、緊急通路の全貌が明らかとなる。通路は扉と比べると少し空間が広がるが、それでも狭く、2人並んでは通れない程度の広さしかない。そして、通路の先は階段へと繋がっており、どうやら大きく螺旋を描いているようだ。


「カイトさん。ここは?」

「ま、進みながらな。出来るだけ急ぐが、流石にここは危ないから歩いていくぞ」


 そう言って、カイトは先に階段を下りていき、慌ててクレアもそれに続く。


「“大結界”の装置はタワー地下に安置されてるんだが、地下だから何かあった時に逃げられない。普段は特定の場所から転移で出入りするようになってるから、今みたいに転移が使えない状況だと脱出が困難になるんだ」

「だからこういう隠し通路があるんですか? ……あ、出口が外にあるのもそのためですか? 緊急事態だから直接外に出られるように」

「おお、正解だ。よく分かったな。ま、そうは言っても誰でも使えるわけじゃないがな。上で扉が外壁に偽装されてたのは見たろ? 普通は気が付かないし、そもそもパスも短期間で変わるから入れやしないのさ」


 へぇ、とカイトの言葉に納得の声を上げるが、そこで思い至った至極当然の疑問に声を上げる。


「あれ? じゃあ何でカイトさんはパスワード知ってるんですか?」

「ん? 何でってそりゃ、頻繁に出入りしてるから教えられてるんだよ。“大結界”整備してるの俺だし」

「…………へ?」


 何でもない事のように告げられたカイトの言葉に、クレアは驚きから思わず足を止めてしまう。


「カイトさんが? え、整備してるんですか?」

「お、おお。何だよそんな驚いた顔して」

「だ、だって“大結界”って魔導王の傑作のひとつで、未だに再現できた人のいない物ですよ!? それをカイトさんが整備とは言え取り扱うなんて」

「……あのなぁ」


 驚愕を隠せない様子のクレアに、カイトは呆れたように頭を掻く。


「魔導具は使ってると魔導回路が摩耗するのは知ってるだろ? だから魔導王の作品だろうと、今確認されていて使われているものは大体整備士がいるぞ。まあ、良い物を使ってれば整備なんて数年に一度で十分なんだが、“大結界”は規模と効果がとんでもないくせに常時発動型だ。マナを取り込む方はまだしも、それらを取りまとめる本体は年一以上の整備が必要だな」

「それは……そうでしょうけど。でも、“大結界”のメンテナンスをするなんて、疑っていた訳じゃないんですけど、カイトさんがそこまでの腕だなんて知りませんでした」

「いやいや、作品の中にはマジで訳分からんものもあるが、基本的に構造が理解出来ない物なんて存在しないぞ? ゼロの状態から作れるかって意味なら流石に無理だが、発想が奇想天外なだけで真似しようとすれば真似できる。まあ、“大結界”に関してはそこらの国家予算を軽く超える金が必要だけどな」


 そう言った後にカイトは少し不思議そうに首だけ振り向く。


「あれ? ってかクレアって俺の事情知ってるんじゃなかったっけ?」

「……え? それってどういう―――」

「ん? おっと、悪いな。話は終わりだ。もう着くぜ、覚悟を決めろよ」


 手で静止をかけたカイトは階段を下りるスピードを上げ、階段の先にある扉を蹴破って飛び出していく。

 慌てて追いかけて扉をくぐったクレアが見たのは、なんとも幻想的で、奇妙な光景だった。

 扉の先は非常に広い空間で、その中心には十数メートルはありそうな巨大な機械が鎮座している。その他にも恐らくは魔導装置と思われる巨大な機械の箱が壁際に連なっており、そして、部屋は光を浴びて輝く透明に近い霧のようなものが充満していた。

 霧は鏡のような性質を持っているのか、漂う霧が乱反射して不安定にクレアの姿を映し出していた。


「おい、そこで何してんだ!」


 思わず部屋の光景に圧倒されていると、緊迫した様子のカイトの声が部屋に響いた。その方向を見ると、部屋の中央に鎮座する巨大な機械の前に白衣を身に纏った男が立っており、カイトはその男に対峙していた。

 クレアがカイトの隣に並び立つと、背を向けていた白衣の男は「クヒヒ」という気味が悪い笑い声をあげて振り返る。腰までありそうな長い髪は身に纏う服と同じく雪のような白で、顔の大部分を隠す前髪の合間から淀んだ紅の瞳がカイトたちを射抜く。その思わずゾッとする視線にクレアは悲鳴を上げかけ、カイトは目つきを険しくする。


「アァ、お客さんですか。それも随分と珍しい……どちらもこの国の出身じゃなさそうですねェ」

「それはお前もだろ。“大結界”の前で何やってんだよ変質者」

「クヒヒヒ、これは手厳しい」


 白衣の男はカイトから視線を外し、素早く魔術を組み立てる。その様子にクレアは思わず身構えるが、起動の証である輝きを放って形作られた魔術は砲撃などの攻撃魔術ではなく、半球型の防護結界だった。そして、結界が形成された途端、カイトから幾筋もの魔導砲が白衣の男目掛けて伸びていき、その全てが結界魔術に阻まれる。


「問答無用ですか。クフフ、面白い」

「……ちっ」


 砲撃が消えた後、不意打ちを受けたにもかかわらず白衣の男は変わらぬ態度で特徴的な笑い声をあげた。

 その様子を見て、クレアはふと頭に痛みを覚える。痛みを抑えるために手を添えて瞳を閉じると、昔の、記憶も不確かな頃の情景が浮かび上がった。それはちょうど6年前。イリオスに来るきっかけとなった秘宝が奪われた襲撃事件のこと。幼かったクレアは母に連れられて逃げるだけだったが、遠目に見えた魔物を引き連れた白髪の男が印象的で―――


「…………白の、死神」


 ぽつり、と。思わずといった風にクレアが漏らした言葉に、白衣の男は少し驚いた表情を見せ、次ににやりとした笑みを深め、口角を吊り上げた。


「オヤ? オヤオヤオヤ? アナタ、ワタシのことご存知? フム、最近は姿を隠していたのですが……アラ、もしかしてアルヒテロスの生き残りですかァ?」

「やっぱり、そうだったんですか。あなたが…………!」


 ギリッ、と唇を噛み締めてクレアは俯いた。そうしないと、胸の内から溢れてくる感情に耐え切れそうになかった。

 クレアの表情は陰になって外から窺うことが出来なかったが、隣に立つカイトにもその激情は言葉の節から感じ取れた。

 その様子を見て、白衣の男はこれまた愉快そうに愉悦の笑みを浮かべる。


「ヒヒッ、こんなところまで追いかけてきたのですか。ご苦労なことですねェ」

「外の悪趣味な魔導人形を見て、もしかしたらとは思っていました。でも、まさかこんなところで会えるとは。……父様母様、村のみんなの仇!!」

「お、おい、落ちつけクレア」

「覚悟ッ!!」


 カイトの制止を振り切り、懐から銃を取り出して走り出す。走りながら引き金を引き、極光の魔導砲を撃ち放つが、砲撃は笑みをさらに深めた白衣の男が手を振り上げて作り出した結界によって阻まれる。

 だが、それでも走り続けたクレアは結界へと到達し、結界へと叩きつけるように左手を翳す。すると、極光も、結界も、周囲全てのマナがその手の中に吸い込まれ、意味を成さずに崩れ去る。

 これには流石の白衣の男も焦ったように目を剥き、すぐさま対処しようと魔術を組み立てるが、そのマナすらもクレアの左手へと吸い込まれる。

 触れられるほどまでに近づいた仇に向けて、クレアは眩い光を放つ左手を突き出した。


「―――ッ!」


 誰のものかも分からない声にならない叫びがフロアに響き、周囲から強制的に集められて一点に留められていた膨大な量のマナが、クレアの力から解放されたことによって急激な勢いで元へと戻ろうとする。ただのマナであり魔術の形を成してはいないとはいえ、その直撃を食らえば人体への影響は計り知れない。

 だが、その一撃が解放される直前に、脇から突き出された腕がクレアの手を掴んだ。


「そんな、カイトさん!?」


 驚愕で表情を変えるクレアを無視し、カイトはそのままクレアから手を離し、掠めるようにして眩い極光を奪い取った。そして、手の中で光量を増していくそれを見て自らの手に負えないことを察し、次の瞬間には部屋の隅を目掛けて投げつける。

 指向性を与えられた輝くマナの塊は部屋の奥へと飛んでいき、そのまま目を潰すほどの輝きを放ち、カイトたちから離れた場所で爆発した。

 爆風の余波で弾き飛ばされたクレアだったが、同じく吹き飛んで自らの近くに転がっていたカイトに気付き、上体を起こして詰問するように叫んだ。


「どうして、どうして止めたんですかっ!」


 クレアの放とうとした渾身の一撃はカイトによって封じられ、彼らへの被害を最小限にして消失した。結果、確実に巻き込まれるはずだったクレアへの被害もまた最小限だったが、白衣の男へのダメージも同程度であった。

 怒りと悲しみの間で揺れ動き、泣いているようにも見えるクレアの瞳に見つめられたカイトは、ゆっくりと立ち上がって口を開く。


「今の一撃は“大結界”の装置が危なかったから止めた。お前にも事情があるのは何となく分かるけど、俺もそこは譲るつもりはない」

「そ、そんな!」


 抗議の視線を送るクレアを無視し、カイトは立ち上がって白衣の男へと向き直る。


「魔術式が無かった……フ、フヒヒヒ。固有魔術師ィ。しかも2人もォ」


 うつ伏せに倒れたまま、クネクネと気味の悪い動きをする。そのあまりにも狂気染みた雰囲気に、カイトは思わず顔を顰めた。

 先程から思うのはただひとつのことだ。俺はこいつとは相容れない。確信にも似た嫌悪感だった。

 白衣の男は上体を起こして膝立ちになったかと思いきや、恍惚とした笑みを浮かべ、空を仰ぐようにして両手を天へと突き出した。


「アア、なんて幸運! 暇つぶしに奴の作品を踏みにじろうとしたつもりが、こんなところで希少な実験材料に出会えるなんて! ひとりは“収束”ですかねェ。もうひとりはまだ分かりませんが……指向性の操作辺りですか? どちらにせよ素晴らしィ!」

「気持ち悪いんだよ、変質者。さっさと巣に帰れや」

「クッフフフフフ、そう仰らずに」


 何時の間にか握られているペースに顔を顰め、せめてもの抵抗として悪態をつく。だが、白衣の男は歯牙にも掛けず、そのままゆっくりと立ち上がり、両手を広げて笑みを浮かべる。


「固有魔術師、または“精霊の御子”。このワタシでさえ原因究明には至っていない貴重なサンプル! ごく一部とはいえ精霊の持つ能力を宿した落とし子たち! アア、何とソソラレルのでしょうか……」


 じゅるり、と音を立てて舌なめずりをする白衣の男に、カイトまでもが思わず鳥肌を立てる。


「ふむ、そうですねェ。せっかくですし、ワタシの研究成果を試させてもらいましょうかねェ」


 如何にも「良いことを思いついた」と言わんばかりに手を打ち、白衣の内側をゴソゴソと探る。

 やがて、白衣の男は懐から黒の球体を取り出しカイトたちへと向けて掲げる。


「それは……」

「フム、ご存じ? もしやあの盗人がちょろまかした物でも見たんですかねェ?」


 ミスリルで出来た漆黒の球体を掲げ、白衣の男はにやり、と笑みを浮かべた。

 そのまま球体へとマナを込め始めた男を観察して隙を探るカイトだったが、狂気染みた言動とは裏腹にその立ち姿には油断がなく、また、現在クレアと“大結界”の装置を背にしているため、今一歩踏み出すことが出来ない。


「ああ、依頼を受けてな。解析させてもらったよ」

「……オヤ。アナタ、魔導具師だったんですか。マァ、こんなところに来るってことは整備士ですかねェ? 若いのに、随分と良い腕をお持ちのようで」

「お前にゃ褒められても嬉しくねぇよ」

「とは言え、盗られたのは付属品の方ですので。本命はコ、チ、ラ。残念でしたねェ!」


 クヒッ、と笑みを漏らし、白衣の男は面白がるように瞳を細める。その中に狂気と歓喜、そして嗜虐心を感じ取り、悪寒を感じたカイトは何が何でも邪魔をするために突撃を決意し、魔導具をひそかに用意して足に力を込める。

 だが、その決断は一瞬遅い。カイトの決断と同時に準備を終えた白衣の男が喜色満面の笑みを浮かべて球体を頭上に掲げた。


「サァ、ご覧あれ! これがワタシの誇る最高傑作ゥ!!」


 マナを吸い取った黒の球体は、そのままその身に亀裂を走らせ、ガシャンガシャン、と絶え間なく音を立て、空中にて展開されていく。複雑な機構は次々と解かれて行き、やがて球体は原型をなくし、直径1メートル程度の円環を描く。

 輪の中ではマナが明瞭に視覚出来るほどの濃度で渦を巻いており、深淵を覗き見たかのような不安感を与えた。

 やがて、渦巻くマナは円の中心へと収束し、徐々に形を成していく。明らかに“ヤバい”その光景に、カイトは思わず立ちすくむ。どうにかしなければという思考は働いているのだが、肝心の一歩が踏み出せない。恐ろしいまでのプレッシャーに相対するだけで精一杯なのだ。


「おいでませ! ワタシの愛しの人形ちゃんッ!!」


 轟ッ! とマナの奔流が円輪から吹き荒れる。思わず意識を失いかねないほどの密度のマナに必死に対処し、歪む視界の中で目を凝らすと、円環を背にし、何やら人影が白衣の男の前に降り立った。

 やがて、マナの奔流は嘘だったかのように煙の如く消え失せ、その全貌が明らかとなった。

 カイトの後ろで、気圧されたようにクレアが息を呑む。だが、カイトも人の事は言えなかった。目の前の光景が信じられず、思わず「おいおい」という言葉が口から漏れる。

 目の前に降り立ったのは、人型ではあるものの明らかに人間ではない。薄緑の半透明な身体の、どこか神秘的な雰囲気を放つ存在である。

 身体の膨らみからどうやら女性型であるらしいその存在は、何気なく横へ腕を一振りする。すると、部屋に満ちていたマナの霧が逆巻き、渦を作って彼女の元へと収束する。

 マナはうねりながら彼女の身体に吸い込まれていき、余剰分はその身体を覆う様に結晶の衣へと変化し、身を包む。

 霧が晴れ、彼女はその全貌を明かす。


 そこに居たのは、まさしく純マナ的生命体“精霊”であった。


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