第十七話 ≪賑わう街中≫
余談ですが、登場人物のキャラ設定は結構細かく練っています。
なので、彼らはそれに沿って時たま意味深な発言をしますが、全てが今回のお話で回収できるとは限らんのです……!
3/24 話数のミス訂正しました。
「ねえオクト、あれは何!?」
「大道芸だね。いくつもの都市を回って芸をして、人々を楽しませるプロだよ」
「あれは?」
「実演販売のこと? 軒先に出て実際に商品を紹介して、お客さんの興味を引こうとしてるんだよ。今日はお祭りだから人通りも多いし、気合が入ってるみたいだね」
「あ、今空を飛んでいたのは何?」
「警備隊がパトロールに使う飛行型魔導二輪だね。原理は飛空艇と同じで、小回りが利いて早く移動できるから重宝されてるんだ。でも制度が整ってないし、そもそも高価すぎてまだ一般には出回ってないけどね」
「すごいわね、イリオスっていろんなことに取り組んでるのね」
「……と言うか」
オクタヴィオは困ったように慣れない眼鏡を掛け直しながら、隣を歩く少女に語りかける。
「アンジェって、何と言うか……そんななんだね」
「皇族らしくないって?」
「いや、喫茶店で会った時と全然違うから。話し方とか」
「そんなの猫被ってただけよ。今のあたしはオフモードだから良いの」
わたくしアンジェリカですのおほほほほ、なんていつもやってたら疲れるわ。そう溜息交じりに呟き、少女―――アンジェリカは豊かな緋色の髪を風に靡かせた。最も、周囲の人々には彼女は金髪蒼眼のごく普通のイリオス人に見えているのだが。
「そもそもこういう性格の方が接しやすいでしょ? オクトだって敬語じゃないし」
「敬語を止めさせたのは君じゃないか」
「もちろん。オフモードの時まで畏まられたら堪んないわ」
ふん、と鼻を鳴らすアンジェリカに、オクタヴィオは苦笑で応えた。
どうやらアンジェリカは切り替えが早い性格らしく、オンとオフがこれでもかと言う程にはっきりとしていた。喫茶店で出会った後、エドアルドが去った途端にこの調子なのだ。喫茶店の時(アンジェリカ曰く“オンモード”)は優雅な所作で姫君らしい態度だったが、今では(アンジェリカ曰く“オフモード”)天真爛漫と言うか、明るいと言うか、普通の少女のようにしか見えなかった。恐らく、こちらがアンジェリカの素なのだろう。
「でも、何でさっきはオンモードだったの? 変装もして、父さんと僕しかいなかったけど」
「あー、それね」
うへー、という如何にも皇女らしくない表情をして、アンジェリカは口を開く。
「フローリオ市長がいたから、かしらね。息子のオクトの前でこんなこと言うのはあれだけど、あなたのお父様は化け物よ。行動と思考を完全に分けられるタイプね。厄介ったらありゃしないわ」
「あー、否定は出来ないかなぁ」
「……家族なんだから否定してあげなさいよ。何にせよ、友達少ないわよあれ絶対」
出てくるのは父親の悪口なのだが、不思議と怒りは湧いてこなかった。アンジェリカの人徳か、はたまた何かと父親に振り回されているためか。その両方かな、とオクタヴィオは考える。
「ま、あたしもオンモードの時は同じようなものだし、人の事言えないけど」
「それ、ほんとに駄目なやつじゃないか」
呆れを含んだオクタヴィオの視線を加齢に受け流し、早くも思考を切り替えて目に着いたものに興味を示す。
皇族ってくらいだから、やっぱり色々と苦労とかしてるんだろうなあ、と切り替えの早さの背景に思いを馳せ、オクタヴィオはその間にも前へ前へと進んで行くアンジェリカの背を慌てて追いかけた。
時刻は昼に差し掛かり、多くの店が開店時間を迎えたことで首都アヴリオのメインストリートは普段以上の賑わいを見せていた。
特例措置として出店が許可されたため、通りに面した店舗は軒下に商品を出してこぞって客の獲得を競い合い、その他空いているスペースも露店や屋台で埋め尽くされている。また、通りの交叉する大きな広場では幾人ものパフォーマーが大道芸を披露しており、人々は皆思い思いにお祭り騒ぎを楽しみ、笑みを浮かべていた。
「思ったよりアヴリオは活気があるのね。こんな感じはどちらかと言うとエレフセリアのイメージだったのだけど」
「まあ、そのイメージは間違ってないよ。実際エレフセリアは頻繁に祭りを開催するし。ただ、国主体の式典みたいなのはアヴリオでやるから、その時は祭り好きの人たちが国中からアヴリオになだれ込むんだ」
「イリオスの人たちはお祭りが好きなのね」
「馬鹿はみんな祭りが好きなのさ、っていうのが祭り好き筆頭の僕の友達の言葉だね」
「ふふ、それだと馬鹿ばっかりじゃない」
「そいつが言うには、人はみんな等しく馬鹿なんだってさ」
「土地が違っても人は変わらず、って訳ね。なら、帝国にもお馬鹿さんは沢山いそうね」
くすくすと笑うアンジェリカに、オクタヴィオはつられて苦笑した。
出店には多くの種類があり、食べ物を売っているもの、各地の民芸品などの土産物を売っているもの、また、射的やくじ引きなどの簡単なゲームを催しているものまで様々だ。
その中の1つで飲み物を買い―――アンジェリカには立ちながら何かを飲み食いすると言う経験が無かったために目を白黒とさせていたが―――オクタヴィオはアンジェリカを伴って通りの交叉地である大広場へとやって来た。朝から歩き続けているため、アンジェリカを思庇っての行動だ。
広場では大道芸を披露している者や、楽器を弾いて客を魅了している者と様々な催しが行われており、見ているだけでも飽きない様相である。人々もまた賑わいを見せており、エルフセリア出身のオクタヴィオには馴染み深い“祭り”の雰囲気を感じ取らせた。
「今日はありがとう、オクト。すっごく楽しいわ!」
広場の片隅のベンチに座り、飲み物を手にしたアンジェリカははち切れんばかりの眩い笑顔を見せた。
「こちらこそ、楽しんでくれてるなら何よりだよ」
活発そうな言動は少々皇女らしくないな、と思わなくもないアンジェリカだったが、どうやら想像に違わずこのような祭りごとに参加するは初めてのようであった。オクタヴィオは自分の案内でも楽しめてもらえていることに安堵し、ひとつ息を吐いた。
「この後はオクトのお友達と合流だっけ?」
「うん、みんないい人たちだよ。あ、正体は言わないから安心して」
「分かってるわよ」
昨日、カイトやセレーネといったいつものメンバーに加え、新しくやって来たクレアと祭りを一緒に回る約束をしていた。アンジェリカの案内が急遽決まったために自分だけ遅れる旨を伝えており、その合流の時間がもう間もなくなのだ。
時刻はもう昼時であり、合流しアンジェリカを紹介したらどこかで昼食を取るのもいいかもしれない、とオクタヴィオは思う。
「ほんと、イリオスに来てよかったわ」
「今年も同盟は更新されるし、また来る機会もあるんじゃない? 楽しいことは祭り以外にもたくさんあるし、是非体験してほしいな」
「何よそれ。宣伝? ……でもそうね。絶対にまた来るわ」
決意を秘めた真剣な眼差しに少々大げさな、と思うものの、自分の国を評価して貰えている気がして、オクタヴィオは少し誇らしい気持ちになった。
そうしてしばらく広場の隅で雑談を楽しんでいると、ふと、アンジェリカが何かに気が付いた様に「あ、そうだ」と言葉を漏らす。
「どうかした?」
「えっと……そうそう。歩いてる途中に耳に入ったんだけど、その話が気になって」
「へぇ、どんな話?」
何気ないようにアンジェリカが言った言葉に、オクタヴィオも特に意識せずに聞き返す。だが、それを後悔するのはすぐのことだ。
「何でも、“突如現れる霧”と“霧の中の怪人”が何とか……」
「ぅぐっ!」
ゲホッゲホッ、と思わずドリンクを気管に放り込んで勢いよく咽る。
「だ、大丈夫?」
「ああ、うん。平気平気……うん」
息を整え、落ち着いたところでどう返答するか考える。関係ない人に告げて巻き込む訳にはいかないし、ダガーからも絶対に信用できる人物ならばともかく、むやみやたらと広めないように口止めされている。しかも、言うにしても事前にダガーに相談してからという徹底ぶりだ。
そこまで考えて、あれ? と疑問に思う。オクタヴィオが予想したダガーの人物像は帝国の政権側の人物であるのだが、この皇女は知らないのだろうか、と。だが、親善大使の役目のみを負い、諜報などの裏に関しては関わっていない可能性もある。
「それで、本当にいるのかしらね。もしいたらどう思う?」
「え?」
「いや、その怪人」
「あー、そうだね」
少し悩み、ここは世間話として押し通そうと決め、言葉を選んで口にする。
「僕は見たことないけど、実際にいたら少し変態チックだよね」
「へ、変態!?」
オクタヴィオの言葉にアンジェリカはショックを受けたように仰け反る。あれ、早速言葉の選択間違えたかな、と思わずにはいられないが、仮面の怪人という話を聞き、そして実際に遭遇したオクタヴィオとしては、冷静に考えればあの恰好はないわー、と言わざるを得ない。
「ご、ごめんなさい。続けて」
「う、うん。えーと、後はそうだなぁ……まあ見かけても近寄りたい恰好じゃないよね、多分」
「ぐぬぬ……」
オクタヴィオの言葉に何故か悔しそうな顔をする皇女様。
その様子に若干不安になってきたオクタヴィオが言葉に迷いつつ声を掛けようとすると、その前にアンジェリカはひとつ息を吐き、「そうね」と呟いた。
「確かに全身黒尽くめは不味かったかもね」
「えっ?」
「……あら?」
アンジェリカの言葉に思わず声を上げる。エミリオも確かに黒色の格好ではあるが、それはどちらかというと、仮面スーツの男ではなく黒コートの少女のことではないだろうか。
だが、ここでボロを出す訳にはいかない。一瞬で混乱する思考を立て直し、三度言葉を選んで口を開く。
「えっと、黒尽くめ? 仮面じゃなくて?」
「え? …………あ」
オクタヴィオの言葉にきょとんと声を漏らした後、アンジェリカは何かに気が付いたかのように目を瞬かせた。
その後、時間をかけてひとつ深呼吸をして、頷いた。
「ええ、そうだけれど。さっきの人たちは黒尽くめの怪人について話していたわ」
「そっか、僕の聞いた話とは違うのかな?」
「まあ、噂なんてどれも眉唾物だし、真実がどれほど含まれているか分かった物じゃないわ」
「確かにその通りだね」
平然と会話をしながら、裏では思考を巡らせる。考えられるパターンは2つ。1つは本当に黒尽くめの怪人について噂されていたこと。それがダガーについてなのか、仮面の男の別バージョンなのかは分からないが、可能性は無くは無い。
2つ目は実はこの皇女様が事情に通じていて、オクタヴィオを試すか、意見を聞くか、はたまた牽制を仕掛けたかのいずれかという可能性。今の反応が擬態でないのならこれっぽいかな、とオクタヴィオは予想する。変態と言われてショックを受けていたのは、ひょっとしたらダガーは彼女の部下か知り合いだったりするのかもしれない。
いや、もしかしたら……、とオクタヴィオはあることに思い当たるが、それ以上考えるのを止めた。
ベンチから立ち上がり、オクタヴィオはアンジェリカへと振り返る。
「さて、僕の友達と合流するのにはもう少しだけ時間があるけど、どこか見て回る? 確か向こうの方はまだ回ってないけど」
「あら、それじゃあエスコートしてくださる?」
「あっはは…………えー、僕で良いのなら。お姫様」
「ふふっ、似合わないわね」
「自覚してるからスルーしてよ……」
同じくベンチから立ち上がったオクタヴィオに対し、アンジェリカは花開いた蕾のような笑みを浮かべた。
「でも、何かあったらあたしを守ってくれるんでしょう、騎士様?」
「止めてってば。……まあ父さんにも頼まれたしね。でも引き受けた以上、僕に出来ることはするよ」
「くっふふ……そ、それは頼もしいわね」
「……ほんとにそう思ってる?」
そうして、アンジェリカを連れて出店が連なる大通りの方へと歩いて行く。だが、そうしてアンジェリカの横に立つとどうしても考えてしまうのは、先程思い至ったとある予想図だ。
(背格好は似ているけど、まさか……いや、止め止め。仮にも、って言っちゃ失礼だけど、一国の姫君がそんなことする訳ないし、思い違いだよね)
それは、アンジェリカとダガーが同一人物ではないかという、零に等しい可能性の話だ。




