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第十五話 ≪三日前、夜≫




 オクタヴィオは右手に嵌めた銀の指輪を眺めつつ、背中を背後の壁に預けて力を抜く。

 “親善の儀”まであと3日と迫り、それもあと数刻で2日となろうとしている。日は既に落ち、建物から漏れる灯りと街灯以外は闇に包まれている。

寮を抜け出したオクタヴィオはいつか目を覚ました時計塔の外壁部を訪れていた。オクタヴィオが立つ足場は地上から十数メートルの高さに位置しており、星明りと人の灯りが闇の中で街を浮かび上がらせている様が良く見えた。

 風に吹かれて靡く髪を押さえていると、風の音に紛れてスタッ、という物音が聞こえた。音のした方向を見ると、闇に紛れる黒いコートをはためかせて、相変わらず顔をフードで覆い隠したダガーが着地したところだった。


「……遅れた」

「そんなに待ってないよ―――って、それはいいや。早速始めよう」


 これじゃデートか何かみたいだ、と思い浮かべるが、それとは正反対もいいところな殺伐とした現状に苦笑を浮かべつつ、思考を切り替える。


 仮面の男によるモノレール襲撃事件(話を聞く限りモノレールが狙いのようではないようだが)があった日から早くも3週間。カイトに協力して謎の黒い魔導具を調べ上げたオクタヴィオは度々呼び出してくるダガーへと情報を流していた。今回もそれと同様である。

 まるでスパイになったかのような気分で、利用している形のカイトには非常に申し訳ない気持ちがこみ上げるが、巻き込んだ際のメリットデメリットが―――オクタヴィオの胃の環境的な意味で―――マイナス方向に吹っ切れることと、純粋に自分から飛び込んだ問題に巻き込みたくないという気持ちがあり、未だに事情を話して協力を求めたりはしていなかった。


 また、ダガーに情報を伝える以外にもきっかけとなった噂話好きのリリアやその他知人にそれとなく聞き込みをしたり、暇があれば街に出て見回りをしたりしているが、あれ以来仮面の男に出くわしたり、怪しい話を聞いたりと言うことは無かった。

 ただし、きっかけとなったリリアの噂話。つまり、突如発生する霧と、その中に現れる怪人の話だけは勢いが留まらず、今ではアヴリオ中の人が知っているのではないかという程有名となっている。


 ダガーが認識阻害の結界を張ったことを確認して、懐から数枚の紙を取り出し、近寄ってきたダガーへと渡す。


「例の魔導具の詳細だよ。この前伝えた途中経過と重複してるところはあるけど、一応ね。分かっていることはそれが全部で、残りは壊れるの覚悟で分解しないと分からないみたい」

「分かった」


 手元の紙へと視線を落としたまま、ダガーはオクタヴィオの話に相槌を打つ。

 そうしてダガーはしばらく資料を読み耽るが、程なくして顔を上げ、資料を持った右手を軽く掲げる。すると、次の瞬間にはその右手を中心として魔術式が展開され、そこから現れた炎が一瞬で資料を燃やし尽くした。


「把握した」

「流石早いね。……それで、そっちは?」


 その徹底した情報管理に少々肝を冷やしつつも、オクタヴィオは訊ねた。

肝を冷やしたのは、自分も情報を集めるときはそれなりに気を遣い、カイトを始めとして他の誰にもこのような活動をしているとは気付かれないようにしているつもりだが、確実に誰にもばれていないのかと言われたら言葉に詰まるからだ。

 そんなオクタヴィオの内心には気付いたそぶりを見せず、相変わらず平坦な口調でダガーは問いに答える。


「取りあえず奴らの目的は分かった。ただ、計画の細部は分からない。そこは臨機応変に対処することになる」

「へぇ、凄いじゃないか。それで、それは教えてもらえるの?」

「問題の無い部分だけ。あなたたち現地協力民には無理はさせない。基本的には奴らは私たちが対処する。後は自分の属する組織に則って好きに動くと良い」

「……なるほど。了解したよ」


 オクタヴィオは「スパイになったようだ」と思っていたが、恐らくはダガーたちにとっては本当にスパイなのだろう。そして、繋がりを第三者に悟られないために与える最低限に留め、行動が不自然にならないように配慮しているのだ。

 もしかしたら事が済めば前言っていたように記憶を消されるのかもしれない、とそんな想像が頭をよぎるが、全ては事が無事に済めばの話である。取りあえず後のことは頭の隅へと追いやった。


「奴らの目的は恐らく帝国の新型高速巡洋艦の奪取。それと第三皇女の誘拐も狙っているかもしれない」

「新型巡洋艦?」

「今回の条約更新に当たって、武威の意味も込めて帝国の新たな新造艦がお披露目される。第三皇女はその旗本を務める」

「色々と身も蓋も無いけど、納得したよ。あと、テロ組織って言うくらいだし、目的はクーデターかな?」

「明言はしない。けれど、帝権の打倒という意味ならば今回に限ってそれは違う」


 長い人類史を鑑みるに、暴政と呼ばれるものは良くあることである。その場合、市民や善なる役人が立ち上がって政権を打倒し、新たな政府、国が生まれることがある。これがクーデターである。そして、それには至らないものの自分たちの主張を表現する組織のうち、暴力で以て主張を通そうとする過激集団、これが所謂テロリストである。

 だが、これは政府のみならず一般市民も暴力の対象となる場合が多いため、施政者側からすれば堪った物ではなく、主張を受け入れるか拒否するかは場合に依るが、須らく鎮圧対象となる。

 だが、オクタヴィオの問いをダガーは頭を振って否定する。


「奴らの頭はエミリオ・エルコラーニ。過去帝国が併合した、旧アルジェント王国に関係ある人物」

「頭……あの仮面の人?」

「そう」


 オクタヴィオの頭に思い浮かぶのは、先日モノレール内で激闘を繰り広げたスーツ姿の仮面の男だ。オクタヴィオの苦手とする狭所での室内戦だったとはいえ、手も足も出ずに敗北したあの一戦は、未だその屈辱と共にしかりと脳裏に刻み込まれている。


「旧アルジェント王国は全体から見たら小規模の王国で、二十年前に帝国に併合され、今ではアルジェント地方として存在している。エミリオ・エルコラーニはその元将軍家に連なる男で、恐らくは仲間たちも同様に兵士筋だと思われる」

「なるほど……つまり狙いはアルジェント王国の復権とか、その辺り?」


 オクタヴィオの推測に、ダガーは「そう」とだけ言葉を紡ぎ、そのまま続けて語りだす。


「旧アルジェント王国は帝国への参入を申し入れ併合された国。けれど、その際内戦が起きた過去がある」

「帝国の脅威に対して意見が割れたのかな。それで内戦と。帝国との徹底抗戦を選ぶ派閥があったのかな?」

「そう。彼の国は良質な銀の産地で、攻めにくく守りやすい山岳地帯。帝国としても併合は望ましかった。よって、参入派に肩入れして内戦に勝利させ、抗戦派は撤退。でも、どこから戦力を補充しているのか未だに細々とテロ行為を続ける始末。今回のもそれに当たると思われる」

「えーと、聞いちゃった上で聞くのもあれだけど、それって聞いても良い話なのかな?」

「問題ない。既にイリオスには事情を説明している。この件に関わっている上、市長筋のあなたになら話しても構わない」

「……ああ、そういうこと」


 額を揉み解して凝り固まった思考を解き、続けて疑問点をぶつける。


「なら、イリオスと帝国の共同戦線ってことになるのかな?」

「言えない」

「……えーと。じゃあ、君たちはどうやって奴らを迎撃するの?」

「言えない」

「…………了解。明確な答えをありがとう」

「それほどでもない」


 恐らく対抗手段等は話せないのだろう。とは言え、あまりにも無機質な回答に思わず皮肉を漏らすが、更に被せるようにどこか的外れな返答を受け、オクタヴィオはがっくりと項垂れた。

 その様子をちらりと眺めた後、話は終わったとばかりにダガーは踵を返す。


「あ、待って! 当日僕はどうすれば?」


 慌てたように紡がれたオクタヴィオの問いに、ダガーはふむと少々考え込み、やがて口を開く。


「別に式典を楽しんでもいいけれど。でも、あなたの立場なら皇女と接触する可能性が少なからず存在する。その時は注意してほしい」

「なるほど」


 確かにその可能性はあった。聞くところによると、第三皇女はオクタヴィオとそう変わらない年頃だという。それで既に帝国の政治に関わっているのだから、オクタヴィオとしては尊敬の念を禁じえないが、それは置いておくとして。

 息子の身で言うのもあれだが、色々と型破りな父、エドアルドのことがある。人生経験と称して会談の会場に拉致される可能性も無くはなかった。給仕など、信頼さえ出来れば代わりが利く立場であれば、そのような場に息子を割り込むことができる権力が父にはあるということを、オクタヴィオは身を以って(・・・・・)知っている。


「なら、もし皇女様に会ってしまったら、敵がいないか気をつければいいんだね? まあ護衛の人もいるだろうけど、油断はできないしね」

「…………それでいい」


 珍しくどこか歯切れの悪そうなダガーの様子に疑問を覚え、何か言い方でも間違えたかなと不安になる。

 だが、すぐさまダガーは元の調子に戻り、今度こそオクタヴィオに背を向けて歩いていく。


「ダガーさん。当日はよろしくね」

「あなたはあなたのために動けばいい。それが私たちの目的につながる」

「分かってるよ」


 手を振るオクタヴィオを一瞥した後、ダガーはそのまま時計塔から飛び降りた。

 毎回思うけど傍目から見たら肝が冷える光景だなぁ、とそんなことを思いながら、オクタヴィオも魔術を編み上げ、反対側から同様に飛び降りた。



 ◆ ◆ ◆



 イリオス某所。とあるホテルの一室では、白衣を身に纏った男が一心不乱に何事かを用紙に書き連ねていた。長い白髪でその表情を窺う事は出来ないが、時折発する不気味な笑い声が男から何とも言えぬ狂気とおぞましさを感じさせていた。

 やがて、その背後の扉が開く。部屋に入ってきた男は顔の上半分を仮面で隠し、その上で全身しっかりとスーツで身を整えており、何ともちぐはぐな印象を受ける。仮面の男―――エミリオ・エルコラーニは、白衣の男の様子を見るや否やひとつ舌を打ち、怒気を孕んだ声を投げかける。


「おい」

「アァ? 何ですか、騒々しい。……エミリオさんですか。頼んでおいた仕事、終わったんですかァ?」

「それは済ませた。あるだけの“門”の設置は完了し、アヴリオのマナ密度も規定値に達した。計算通り“霧”も発生していない。元々イリオスはマナに恵まれた土地だ。気付かれてはいないだろう」


 だが、と自分でもイラつきを自覚できるほど低い声でエミリオは続ける。


「“門”のひとつ、貴様がへまをしてアルフレード・アステリオスに奪われた分が取り戻せていないぞ? 式典まで時間が無い。この責任、どう取ると言うのだ」

「……うるさいですねェ。そんなもの捨て置けばいいでしょう?」


 白衣の男は鬱陶しげにエミリオを一瞥した後、何事も無かったかのように机へと向き直り、再びペンを走らせる。

 カリカリと文字を書き連ねる音が部屋に響くが、その音をダンッ! という衝撃音が遮る。エミリオが壁を殴りつけた音だ。


「……捨て置け、だと? あれが無いと困ると言ったのは貴様ではないか! 元はと言えば最近警備隊の監視が厳しくなったのも、貴様が“門”の反応を見て玩具共を突撃させたせいだぞ」

「アァ、あの件ですか。モノレールを壊したんでしたっけ? ま、所詮は低俗な研究者が作った玩具です。こちらの被害も量産品の人形だけですしィ、大した問題は無いでしょう?」

「そうではない! 我々の敵はこの国ではないだろう! それを貴様は態々喧嘩を売るような真似をして……!」


 激昂するエミリオを、白衣の男は甲高い耳障りな声で「ヒヒッ」と嘲笑う。


「クヒヒ、どう繕ったところでアナタ方の行いはテロ行為でしょうに。それに、アナタの望みは例えこの国を敵に回そうとも叶えたい物でしょう?」


 まるで契約者を騙して魂を喰らおうとする悪魔のように、口を吊り上げて白衣の男は嗤う。

 窓から差す月明かりが男の白髪を銀の絹のように輝かせるが、その合間から闇よりも濃い殷紅色の瞳が神秘的な美しさを打消し、怪しく輝きエミリオを射抜く。

 そのあまりのおぞましさにエミリオは思わず後ずさり、気圧されたことに気付いて舌打ちをした。


 エミリオ・エルコラーニは、現在は帝国に併合された旧アルジェント王国の将軍家に連なる者である。王国軍の大将軍を父に持ち、自身も受け継いだ才覚を幼い頃から発揮し将来を有望視されていた。

 だが、忘れもしないあの日。帝国からの使者によって告げられた内容に国は二つに割れ、内乱が起きた。

 国を守るために尽くした父は、闇討ちによって命を落とした。母は参戦してきた帝国軍が開いた戦火に巻き込まれ、同じく天へと旅立った。


 失意の中、周囲の助力もあって生き延びたエミリオは、せめて故郷の地たけは守るべく、出自を隠して帝国軍の門を叩いた。そして、そこで祖国の戦火が帝国の裏工作によって発生したこと知った。任務中に指名手配された犯罪者を捕まえた際、それが当時の工作員であることが証言から明らかになったのだ。

 帝国はアルジェント王国の潤沢な鉱物資源を欲し、手っ取り早く、しかも己を傷つけずに手に入れようとした、というのがその元工作員の証言だ。自分は口封じのために事が済んだ後に処刑されそうになり、運良く逃げることが出来たために指名手配されたのだ、とも。


 一度は誰も恨まないと決めた。それは内乱の原因が直接的には祖国にあり、既に吸収された祖国を恨んでも仕方がないと言う諦めだった。だが、その原因が帝国にあるのだと言うならば話は別だ。エミリオの中に復讐心が芽吹いたのはこの時である。そして、今目の前に居る不気味な白衣の男―――探求者(アナズィトン)と名乗る男に出会ったのも。


 帝国軍の研究者と名乗る男は、やけにエミリオの事情に通じており、素性を隠して軍に所属していたエミリオの名前を暴き、その上で復讐に協力すると告げてきたのだ。旧アルジェント王国の復権を目指すテロ集団との渡りをつけたのも彼であるし、エミリオが軍とテロ組織の二足の草鞋を履けるように閑職へと人事異動させたのも彼である。


 何故そのようなことをするのかエミリオには分からないし、それが個人の行動なのか、帝国、或いは他の組織の上層部の意思なのかも分からない。だが、己を利用するつもりなら、逆にこちらが利用し尽くしてやろう、と激情を瞳に封じ込める。

 エミリオが望むのはただひとつ。異なった道へと進んだ歴史を正し、祖国をあるべき姿へと戻す。天へと旅立った両親は戻っては来ないが、民の多くは未だ故郷に留まっている。両親が守りたかったものを受け継ぐのだ。

エミリオは踵を返して白衣の男に背を向ける。


「アァ、エミリオさん。心配なら要りませんよ。()の新型巡洋艦を奪ってしまえば、目的に大いに役立つでしょう。お教えした通り、高機動高火力という物は盤面をひっくり返すのに非常に有効ですからねェ」

「巡洋艦奪取の準備を進める。貴様は大結界の方をどうにかしろ」


 そう言い残し、どろりと熱を帯びた瞳を隠すように仮面をつけ直し、エミリオは扉を潜って部屋を出る。

 部屋に残された白衣の男はしばらく無言でいたものの、やがてくつくつと堪えきれぬように笑みをこぼす。


「アア、何と愉快な。あそこまで綺麗に歪んでくれるとは」


 漏れ出た嘲笑は、何に向けた物か。思い通りに進む盤上に対してか、想定通りの反応しかしない帝国に対してか。はたまた、今部屋を出て行った無様な傀儡に対してか。


「全て思い通り。全て望むままに。全てがワタシの描くまま」


 陶酔したように天へと手を伸ばし、白衣の男は世界を嘲笑う。


「クヒヒヒヒ、ヒヒャハハハハハハハハハハハッ!!!」


 狂ったように、あるいはそれが本来の姿なのか。白衣を身に纏った白髪の男はケラケラと嗤い続けた。



これにて前編は終了。次回からお祭り当日です。

さて、これからバリバリ戦闘描写だぜぃ……!

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