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第十二話 ≪霧の中の怪人≫





 日は完全に暮れ、空は暗闇に包まれていた。“アークイラ”はイリオス一の商業区画と言うだけあって未だ人の影は絶えず、等間隔に設置された街灯や商店から漏れる灯りもあって昼間と変わらぬ賑やかさを保っていたが、古来イリオスの人々は日の出とともに活動を始め、日の入り後は家で過ごすのが一般的である。生活魔導具が普及したことでその生活サイクルにも変化があったが、大元が変わるわけではなく、先程に比べると明らかに大通りを行き来する人は減っていた。

 そんな大通りを駅へと向かって足早に駆け抜ける。ここへは何度も来ているため、いつ頃に出れば寮の門限に間に合うのかは把握済みである。そのため、帰りの最終モノレールの発車の時間まであまり時間が無いことが明確に導き出された。


「本当は駄目だけど、まあ、うん。全部カイトが悪いってことで」


 脈絡のないことを誰に言うでもなく呟き、魔術を用いて体内のマナを活性化させ、一時的に運動能力を向上させる。無論学則違反の行為ではあるが、寮の門限に間に合わないのとどちらの罰則がより厳しいかを天秤に掛け、また、身体強化の度合いも全力の物には程遠い程度に収めるつもりのため、魔術の行使に躊躇いは無かった。

 オクタヴィオは基本的に真面目で善良な模範的生徒だが、それだけで彼が筆頭問題児たるカイトについて行ける訳も無く。この程度の“融通を利かせる”行為は既に日常茶飯事だった。


 数百メートルを1分も掛けずに走り切り、駅に着いた途端に発車のベルが鳴った“学院”行きモノレールの最後尾車両に慌てて飛び込む。

 本当にギリギリだったことに少々冷や汗をかくが、間に合ったことに安心し、息を落ち着かせるために空いていた席に座る。席に座ったことで緊張状態にあった身体が解れ、1つ息を吐いて深々と背もたれに身を預けた。


 しばらくして、前の車両から回ってきた車掌に“学院”の生徒証を見せる。“学院”の生徒はその生徒証があれば、公共機関をフリーパスで使うことが出来るのである。

 日も暮れた比較的遅い時間帯であり、このまま向かうのは住宅街の存在する区域を越えた先であるためか、車内はオクタヴィオ以外の全く人がいなかった。他の車両を探せば何人かは居そうではあるが態々そんなことをする気も起きず、オクタヴィオは4人席を1人で占領し、ぼんやりと窓の外を流れる風景を眺める。

 窓の外では家々から漏れる灯りが瞬いており、まるで夜空に浮かぶ星々のような輝きを灯していた。家族団欒の時を過ごしているのか、はたまた終わらぬ仕事に追われているのか。人の活動は光を発し、夜空の星々にも劣らぬ光景を生み出していた。


 オクタヴィオが外の異変に気付いたのは、そうして窓の外をぼんやりと眺めている時だった。窓の外を突如霧が覆い始め、瞬く間に見通しが効かない程に濃く広がったのだ。

 そして突如、モノレールの前方から衝撃音が響き渡り、大きな振動が襲い掛かってきた。


「っ!? 一体なん―――」


 響き渡る衝撃音とまともに立てないほどの振動にオクタヴィオは驚愕を露わにするが、言葉は最後まで発せられなかった。


 突然風切り音が耳に入ったかと思うと、車両の前方部の側壁を突き破り、灰色の怪物が乗り込んできたのである。


 背中に翼を生やし、地面に着くほどの肥大した双腕を持つ怪物は、赤く灯った無機質な瞳で車内を見回し、驚愕から呆然としているオクタヴィオに視線を合わせたところで動きを止める。

 そして、邪魔な座席をその巨大な腕で薙ぎ払い、オクタヴィオへと手を伸ばした。


「―――ッ!!」


 一瞬呆けていたオクタヴィオだったが、すぐさま思考を放棄して流転する状況を乗り切るために動き出す。

 もぎ取られて転がってくる座席を躱して天井まで跳び上がり、手すりを掴んで体制を整え、そのまま天井を蹴ると同時に抜刀、落下速度を上乗せし怪物の伸ばされた右腕へと剣を振り下ろした。

 硬質な手応えを感じるが、オクタヴィオの愛剣は父のありがたいお節介で手に入れた、最高硬度と名高い魔導金属、金剛石(アダマント)を加工した一級品だ。斬り裂けない道理はなく、そのまま一太刀で叩き斬った。

 不安定な姿勢で剣を振り抜いたことで体勢を崩すが、空中へと身体を投げ込むようにして座席の残骸から跳躍し、同時に放たれた怪物の左の拳を避ける。


「ふっ!」


 背後で座席が潰される音を聞きながら、狭い空間で宙返りをして反対側の窓枠に着地し、そのまま再度跳躍。剣を握った右腕を鋭く振り抜き、すれ違い様に一息で怪物の胴体を逆袈裟に斬り落とした。


「っと、一体何なのさ。こういうトラブルはカイトの役目だと思ったんだけど!」


 着地し、半身を切り離されたことで崩れ落ちた怪物が動かないを確認し、残心を解く。

 モノレールは比較的新しい型の物で、白と深緑に統一された車内は落ち着きのある雰囲気を醸し出す。しかし、それが今では座席の半分以上がもぎ取られて後部で廃材と化しており、壁には大きな穴が空いて吹き荒ぶ風が身を打つ。

 トラブルメーカー症に感染でもしたのかな、などと適当なことを考えながら怪物の亡骸に近づくと、その断面に疑問を覚えた。断面に見えたのは泥と金属の入り混じった物で、どう考えても普通の生物のものではなかった。


「これ……生体じゃない。もしかして魔導人形(ゴーレム)?」


 魔導人形(ゴーレム)とは、魔導具の一種であり、魔術で再現した疑似的な生命体のことである。意思を再現することは未だ達成されていないため、現状では魔導人形の文字通り、命令に従い動く人形と言ったところであるが、素材によっては有用な兵として起用出来るため、一部の国では研究が盛んに進められている魔導兵器である。

 ただし、倒れ伏している魔導人形の姿は現存する魔物“ガーゴイル”に酷似したもので、制作した思惑からは悪辣な思考しか感じられず、オクタヴィオは思わず身震いをする。

 そうして、突如直面した危機を脱して緊張状態から解放されたオクタヴィオだったが、再び響いた前方車両からの衝突音と振動に身体を強張らせた。


「やっぱまだいるよね、これ。でも、取りあえずは他の人の安否確認と原因の探索だね」


 よし、と声に出して気合を入れ、鞘に収めた剣の柄を握りしめる。オクタヴィオは一介の学生ではあるが、市長の息子という特殊な肩書を持ち、その生い立ち故に国や国民への愛が強い。また、良くも悪くも責任感が強く、その精神は1つ先の車両への扉を開けることを躊躇わせなかった。

 そうして勢いよく車両間の扉を開け放つと、扉のすぐ近くに佇んでいた魔導人形の赤く無機質な瞳と眼があった。

 思わず硬直して冷や汗を流すオクタヴィオへの魔導人形の返答は、その巨大な右腕を掲げることだった。


「あ、あははー……し、失礼しましたーっ!!」


 床へと深く沈み込んだオクタヴィオの頭上を通過し、魔導人形の剛腕は車両を隔てる2つの扉を壁諸共丸ごとぶち抜き、大きく後方へと吹き飛ばした。

 頭頂部を掠るように通過した一撃に肝を冷やしながらも、屈みこんだ姿勢からバネのように飛び上がる。そのまま胴体に剣を叩き込み、先程位置を確認した魔導回路を的確に破壊した。無機質な瞳が光を失い、魔導人形が崩れ落ちるのを横目で確認し、脇を駆け抜ける。


「この車両は誰もいない! よし次っ!」


 やけくそ気味に声を張り上げることで、突如襲い掛かってきた非日常によって鬱屈しそうになる意思を何とか立て直し、テンションが振り切った状態のまま次の車両へと突撃する。

 次の車両に進んだ途端に壁を突き破って飛来した魔導人形を素早く処理し、倒れていた車掌と“学院”の女子生徒を確保する。

 2人はどうやら気を失っているだけのようであったが、オクタヴィオには気にかかる点があった。


(この2人の症状、マナ酔い? てことは、この霧って……)


 思考を巡らせていると、断続的に響いていた振動が突如大きくなり、思わずバランスを崩す。そのせいで思考が途切れるが、今はそれよりも、と倒れている2人をありったけの強度を込めた防護魔術で包み込み、そのまま先頭車両へと向かう。

 モノレールは4両編成であるためこの車両が最後である。少なくとも居るはずの運転手を保護するために覚悟して乗り込むが、そこにあった光景は少々予想とは外れていた。

 車体に穴は空き、乗り込んで来たと思われる魔導人形が存在してはいるものの、その身体は既に胴体部をくり貫かれて床に倒れ伏していた。明らかに人によって成された所業であり、的確に機能停止に追い込まれている。

 疑問を浮かべつつも運転席の方に駆けよると、そこには先程オクタヴィオがしたように防護魔術に包まれて気絶している運転手の姿があった。


「一体誰が……ってそれよりも、運転手が倒れてるってことは」


 防護魔術は明らかに人の手による物で、全車両を渡ってきたはずなのにそれらしい人影は見当たらなかったことに疑問を覚えるが、考える隙を与えないかのようにオクタヴィオの視界に赤く点滅する危険信号が飛び込んでくる。

 的確な処置がなされぬまま操舵手を失ったモノレールは当然のように暴走状態にあり、信号は速度メーターが既に振り切られている状態にあることを教えてくる。このままでは大事故に発展するのは明白であった。


「勘弁してよっ!?」


 操縦桿を操作しようとするが、何故かロックが掛かっていてピクリとも動かず、他のレバーやボタンもまったく反応しない。そこで方針を変更して操縦席を見回し、目的の物を足元に見つけてすぐさま潜りこむ。操縦機器の下にはカバーが存在し、開くとモノレールの魔導回路を見つけることが出来た。

 モノレールも原理は魔導具と同じであり、供給されるマナを動力とすることで走っている。そのため、車体を動かす機能を持つ魔導回路を破壊すれば、理論上はモノレールを強制的に停止させることが出来るのだ。


(前にカイトが聞いてもいない薀蓄(うんちく)を垂れ流してくれたおかげだ)


 モノレールの車体はレールに食い込むように高架線と直結しているため、回路を破壊しても脱線等の被害は抑えられる。

 それでも損害金額が天井知らずなのは想像に容易いが、二次被害を引き起こして人命が失われるよりはマシだろうとそれ以上の思考を停止させた。

 そして、理論武装を完了させたオクタヴィオは魔導回路を破壊するための魔術を組み上げるが、その間にふと前面の窓ガラスへと目をやる。


 すると、そこに写っていた自分の後ろに佇む人影の、冷酷な光を宿した瞳と目が合った。


「―――ッ!!」


 強張りかける身体を意思で封じ込め、転がるようにして胴体を貫通するように放たれた前蹴りを回避する。そのまま体勢を立て直すや否や流れるような動きで側壁へと跳び、運転席よりははるかに広い客席側へと再度跳躍する。

 一時の難を逃れたことで頭の熱が引くと、相手を観察する余裕が出てくる。

 相手は黒の背広にチェックのネクタイを締めたスーツ姿の男で、歳は20代くらいか、自分よりは上だが若い印象を受ける。何より目を引くのは顔の上半分を覆う白の仮面で、その珍妙な出で立ちは歌劇で見る怪人のようだった。


(って、まさか……)


 「霧の中の怪人」という先程聞いたばかりの言葉を思い出す。モノレールは走り続けているにも関わらず未だ濃霧に包まれており、状況的には合致する。

 調べてみるなんて言ったのが悪かったのか、と身体を戦慄かせるオクタヴィオに、仮面の男は気だるげに口を開いた。


「まったく、奴の我儘に付き合わされたと思ったら、“彼女”に居場所を嗅ぎ付けられただけならまだしも、一般人に姿を見られるとは。肝心の玩具共も言うことを聞かんし、甘言に惑わされたのは失敗だったか」


 独り言を呟くように言の葉を紡ぐ男に、オクタヴィオは身体を緊張させる。

 オクタヴィオのことは目に入っていないとでも言いたげな男の態度だが、隙らしいものは全く存在せず、放たれる圧倒的なプレッシャーに思わず顔を顰める。

 “玩具”というのは、恐らく襲ってきた魔導人形のことだろう。そして、“奴”と呼ぶ人物がいることから、最低でも2人、もしかしたらそれ以上の組織であることが分かる。リリアの話した噂話を信じるなら、今回のような事は今までに何度も起きていると考えられる。目的が何かは分からないが、碌でもないことなのは間違いない。

 深く息を吸い、吐く。新鮮な空気を取り入れることで絡まった思考を解きほぐし、鋭く前を見据える。気になることは多々あるが、今はこの場を乗り切ることだけを考える。


「僕はオクタヴィオ・フローリオ。この身は一介の学生ですが、イリオスに仇なすと言うのであれば、見過ごす訳にはいきません」


 無論、オクタヴィオは相手が格下とは思っておらず、むしろ自分では敵わない格上と見ている。死ぬつもりはないので隙を見て逃げる気ではいるが、この国を守りたいという気持ちもまた本物であり、そのための出来ることをする覚悟を決める。

 雰囲気の一変したオクタヴィオに対し、仮面の男は特に構えはせず、自然体のまま応える。


「ふむ、察するにエレフセリアの市長の親族か。これはまた厄介な者に出会ってしまったな」


 余裕そうな男の態度に若干呑まれかけるが、すぐさま意識を集中して剣を構える。


「……あなたの目的は何ですか」

「まあそう構えるな。この国には少々邪魔させてもらっているだけで元より仇なす意思はないし、君を殺すつもりもない。ただこれを今止められるのは都合が悪い。それと記憶も消させてもらおうか」

「モノレールをここまで破壊しておいて何を言っているんですか。こんなことをして何が目的ですか?」

「この状況は私にとっても不本意な結果だと言っておこう。2つ目の問いには答える義務は無いな」

「狙いは帝国との親善の儀ですか」

「さて、な」


 一挙一動を観察するが、相変わらず隙は見当たらない。増援の可能性やモノレールに存在するタイムリミットから、時間が無為に過ぎるのは危険と感じ、オクタヴィオは踏み出すことを決意する。


「行きますッ!」


 態々攻め込むタイミングを教えるなど愚の骨頂ではあるのだが、恐らくその程度のことは格上と考えられる仮面の男にはお見通しであると予想出来る。ならば、とオクタヴィオは敢えて口に出すことで戦意を昂らせることを選んだ。

 剣を腰だめに構え、両足に力を込める。そのまま仮面の男へと一息で跳び、剣を振り抜いた。

 だが、仮面の男は右腕を閃かせて一瞬で取り出した銃、その先端部に付けられた刃でオクタヴィオの放った斬撃を受け止め、そのまま逆の手で構えたもう一丁の銃剣をオクタヴィオへと向ける。


「二丁拳銃……!」

「制作者は双銃剣(デュアル・ソードガン)などと呼んでいたが……まあ、ただの玩具だ」


 タタタンッ、と小気味良い音と共に拳銃が連続してマナの弾丸を吐き出すが、オクタヴィオは魔術で空中に作り上げた足場を蹴ることで回避する。そのまま追撃として放たれる銃弾を回避して狭い車内を跳び回る。


(座席を簡単に貫通してる。あんまり受けたくないな……それにしても場所が悪いっ!)


 オクタヴィオは狭い車内を器用に飛び回って銃弾を避けるが、幾分車内が戦うには狭すぎて、徐々に追い詰められていく。

 時に転がるように避け、時に剣で斬り払って防ぐが、気付いた時には壁を背にするまで追い詰められていた。しかも、多少切り結んだことである程度の実力差は分かる。現状、明らかに手加減されていた。


「―――くっ」


 瞳に躊躇の色を浮かべるが、それも一瞬。オクタヴィオは相対する仮面の男を見据え、決意を秘めた眼光を飛ばした。

そして、豪快なスイングで剣を手頃な座席へと叩き込んだ。


「む」


 外見にそぐわない質量を持つ直剣の一撃を受けたことで、金属と木材の入り混じった座席は木端微塵に破砕され、弾丸となって仮面の男へと飛んでいく。だが、男は左手を前見突き出し、それに伴って構築された防護魔術で廃材の弾丸を防ぎきる。

 そして、徐に右手を虚空へと這わせ、死角から現れたオクタヴィオの斬撃を右の銃剣で防いだ。

 驚いた顔のオクタヴィオに、男は感情を見せずにただお返しとばかりにマナの銃弾を叩き込む。


「筋は良い。だが甘い」

「く、この―――ッ」


 キンキンッ、と硬質な金属音が幾度となく鳴り響く。狭い車内で斬撃と銃弾が交錯し、剣と銃とが互いを喰い千切らんと噛み合い続ける。

 だが、形勢は相変わらずオクタヴィオの方が不利であった。ただでさえ技量で劣り、手数でも劣り、更には間合いでも劣っているのだ。しかも場所はオクタヴィオが剣を振り回すにはかなり狭いモノレールの車内だ。形勢がどちらに傾くかは明白であった。


 斬り合いの最中、男はオクタヴィオの眼前へと徐に右の銃を突き出し、虚を突かれたままの顔面に向かって弾丸を放つ。不意を突かれたオクタヴィオは床を蹴り、身を捻ることで回避するが、行動が一瞬遅れたためかその後の対処を仕損じ、続く前蹴りを回避できずに吹き飛ばされる。

 痛みに顔を歪めつつ、ミスを取り返そうと空中で器用に体勢を立て直して着地点を確認すると―――そこは、霧に包まれた外へと繋がる、車体に開けられた大穴だった。


「しま―――ッ」


 落下先は反対車線のレールの上である。

 足場を編むには時間が足らないと直感し、半ば反射的に防護魔術を展開。落下の衝撃に備える。

 スローモーションのように流れて行く視界の端に見えた仮面の男は、落ちて行くオクタヴィオには既に興味を無くしたかのように、一瞥の後に車両前方へと歩いて行くところだった。


「こ、のおおおお!!」


 時は正常に戻り、次の瞬間には右脚から着地し、そのままレールの上を転がる。防護魔術を貫いて襲い来る痛みに周囲の状況を見失うが、そんな状況で思うのは、このままでは仮面の男を逃がしてしまう、延いてはこのままではオクタヴィオの大切なものを危険に晒す、ということであった。

 気迫を声に出し、転がったまま魔術を構築。左手が地に着くと同時に起動し、身に加速を纏わせ空を弾丸のように駆けるという荒業をこなす。


 それは“飛ぶ”というよりは“飛ばされる”といった方が正しいほどで、姿勢も何も目茶苦茶ではあったが、少なくともモノレールから引き離されないということは達成し、そのままモノレールへと舞い戻る。車体の屋根に着地し安心から一息つくと、させぬとばかりに上空からガーゴイルの外見をした魔導人形が降ってきた。


「うわあ!?」


 大きな音を立てて落下してきたそれに身構えるが、魔導人形のコア部分には大穴が開いており、既に事切れた骸であることが分かる。

 落ちてきた方向を見上げると、霧に包まれて見通せないが、火花が散るような光と衝突音が微かに届く。


「一体誰が……?」


 もし魔導人形と敵対している人間がいるならば、その人物はオクタヴィオにとって味方となる可能性がある。

 浮かんだ希望と疑問に頭を悩ませるが、次の瞬間、ダンッ! という重い発射音と共に弾丸が屋根を突き破って飛び出してくる。

 音を聞いた身を投げたために直撃はしなかったが、銃弾はその後も続き、屋根を蜂の巣へと変えて行く。


「この威力で連射もありなのっ!?」


 思わず泣き言が口から出るが、それで銃弾が止まるはずも無く。屋根の上を走りながら覚悟を決め、モノレールから突き落とされようと離さなかった剣を固く握りしめた。


「ごめんなさい!」


 一度宙へと跳び、魔術で足場を編んで下方へと再度跳躍。謝罪の言葉を発しながら剣を構えてモノレールへと突っ込んだ。

 空中で放たれた剣閃はモノレールの屋根を四角く斬りおとし、その奥でこちらを見据える仮面の男と視線が合う。


「ハァッ!!」


 オクタヴィオの右手が閃き、一瞬で数度の斬撃が繰り出される。そして、それと同時に自身すら巻き込むように魔術を発動し、四方八方から魔導砲を発射した。

 間違いなく普段は出来ないようなレベルの攻撃であり、土壇場が生み出した決死の一撃である。―――だが。


「先も言ったが、君の筋はなかなかの物だ。……だが、まだ甘い」


 仮面の男は一瞬周囲に意識を向けるや否や、放たれた斬撃を完全に見切り、同時にマナの弾丸を的確に放って砲撃を少々乱す(・・)。そして、出来た隙間に身体を潜り込ませオクタヴィオの猛攻を最低限の動作で躱し切った。

 そのまま、攻撃後の隙をついてオクタヴィオの胸倉を掴み、後方へと投げ飛ばした。


「うぐっ!」


 車両後方の扉に叩きつけられ、思わず息が詰まる。そして、衝撃で身動きの取れないオクタヴィオへと向け、男は魔術を構築する。殺す気はないのか魔術は対象を気絶させる類の物であったが、どちらにせよ先の言葉通りならオクタヴィオは記憶を弄られ、このことを忘れてしまう。

 だが、オクタヴィオにはもう動く気力も残っていない。実力に大きな差があるとは察していたが、まさか手も足も出ないとは。心中が悔しさで溢れかえる。

 しかし、その引き金が引かれることは無かった。


「そこまで」


 車両に響いた若い女の声に、魔術を構築する男は動きを止める。

 床に倒れ伏したオクタヴィオが顔を上げると、車体前方部の出入口をくり抜くように空いた大穴から黒いフード付きのコートにすっぽりと身を包んだ小柄な人影が姿を覗かせていた。

 人影はそのまま車内へと歩を進め、仮面の男と向かい合う。


「流石と言うべきか。それなりに数はあったはずだが」

「児戯に等しい」


 呟くような仮面の男の言葉への返答は、刃物で切ったかのような端的なものだった。

にべも無い返答に男は苦笑をし、普通に言葉を返す。


「それで、どうするつもりだ?」

「こうする」


 人影は右手を前に突き出し、魔術を展開する。

 その時、オクタヴィオは人影がこちらを見たかのように感じた。

 次の瞬間、人影が後方へと腕を振り抜くと、放たれた魔導弾が露出していたモノレールの魔導回路を的確に撃ち抜き、車体に急ブレーキが掛かった。

 不意を突かれてつんのめった仮面の男に対し、オクタヴィオはその隙を見逃さず、疲労の溜まった身体に鞭打って床を蹴り、人影の後方へと倒れ込むようにして着地する。

 近くで見ると人影はオクタヴィオよりも一回りほど小さいことが分かった。先程発した声も女性の物であったし、恐らくは同じ年頃の少女であろうか。

 体勢を立て直した男はやれやれとばかりに肩を竦める。すると、同時にピピピ、という発信音が車内に響き渡った。

 男は仮面越しでも分かるほど大きく顔を歪め、溜息を吐いて懐から小型の通話魔導具を取り出した。


「……反応が消えただと? おい、貴様が必要不可欠だと言うから余計な被害に目を瞑ってまで急行しているというのに、それを貴様自身が無駄骨だったと言うのか」


 通話相手の声は聞こえなかったが、その言葉に今まで見せなかった精神的な揺らぎを露わにし、仮面の男は悪態をついた。その後も何事かを話し合い、魔導具を懐に仕舞いこむ。

1つ溜息を吐いた男は、そのまま割れた窓ガラスに歩み寄り、窓枠に足を掛けた。


「頃合いだ、今回はこれで引くことにしよう。少年、被害については事が終わった後に正式に対応することを約束しよう。それと、一応言っておくがこの件は他言無用で頼むぞ」

「……嫌だと言ったら?」

「詳しくは彼女が教えてくれると思うが、聡明そうな君なら言わなくても分かるだろう?」


 仮面の男から放たれた混じり気無しの殺気に思わず身を竦めるが、それでも目は離さず、オクタヴィオは座席の背もたれを支えにして立ちあがり、男を思い切り睨みつけた。

 その様子を見て男は口元を僅かに歪めて放つ殺気を和らげる。そして、未だ完全に止まるには至っていないモノレールから、躊躇なくその身を投げ出した。


 スーツ姿が霧の奥へと消えると、やがてモノレールは完全に停止し、車体を覆っていた霧が晴れ、夜の帳が周囲を包み込んだ。霧が晴れたことで近くにあった時計塔が見えるようになり、モノレールに乗り込んでからあまり時間が経っていないことを教えてくれる。

 静寂が訪れたことで濃い密度の非日常を乗り切ったことを実感し、緊張から張りつめていた糸が切れる。気を振り絞って意識を保っていたオクタヴィオは、そのまま床へと崩れ落ちた。


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