第十話 ≪噂話≫
「ほらー、ちゃんと運びなさーい」
「うっせー、おれとこいつじゃ身長差が……誰がチビじゃコノヤロー!!」
そうやって漫才のように掛け合いながら、エリスを背負ったレオナルドはセレーネに弄られつつも保健室へと向かって歩いていく。女子にしては高身長なエリスを抱えるにはレオナルドでは些か身長が足りておらず、エリスの両足は割と引きずられている。
だが、それでエリスに傷がつかないようには隣を歩くセレーネが配慮しており、エリスを対象として簡単な防護魔術を施し、傷や汚れが付かないように保護している。
そもそも、レオナルドは気付いていないが、エリスを引きずらずに運ぶのであればオクタヴィオやカイト、もしくは先程まで巻き込まれたくなくて避難していた生徒たちに頼めば良いだけの話だ。それをしないでわざわざ魔術でエリスを保護しているのは、単にセレーネが身長の件でレオナルドを弄りたいためだけである。
そんな2人を前に見ながら、オクタヴィオは先の傷跡を晒している演習場を眺める。
主にエリスの放った流れ弾によって地面は至る所が抉れ、中でも演習場の中心地は広大な窪みとなっている。“妖精の魔法”によって生まれたその窪みは、深さはそれほどでもないものの、その形状が不自然なものだった。何かが衝突して窪みが穿たれたのではなく、まるで地面が自ら湾曲したかのように表面が均等かつ滑らかなのだ。
その光景に空恐ろしい物を感じ、思わず身震いするオクタヴィオに対して、隣を歩くカイトは疲れた足取りではあったが、鼻歌交じりに軽く笑みを浮かべている。また何か新しい魔導具のアイデアでも思いついたのだろう、とオクタヴィオは思った。
「ところで、カイトはトーナメントどうするの?」
オクタヴィオが訪ねると、先程のエリスの事を思い出したのか、カイトは若干苦々しい顔を作った。
トーナメントとは、毎年各学年の戦闘系科目の受講者が強制参加させられる、新年度が始まって少し経った頃に行われる実力確認試験のことである。元々はただの模擬試合を教員の前で数回行うだけだったのだが、長い間を経て、いつの間にやら勝ち抜きトーナメントと化してしまったという由来を持つ。
本来はただの試験なのだが、今では戦闘系科目を受講していない生徒も観客として会場を訪れる“学院”の一大イベントとなっている。成績上位者には特別評価点に加えて賞品も与えられるため、参加する側のモチベーションも高い。とは言え、例外も存在するのだが。
「俺は今回もパス。新作が出来ればそれの試しに使うけど、まともにやる気は無いな」
その例外たるカイトだが、今回に関してはちゃんとした理由がある、と彼は主張する。
その理由とは、トーナメントのルールに「必要以上の傷害を与える魔術、魔導具の使用の禁止」及び「魔導具を使用する際は事前に教員による確認が必須」というものがあるからだ。
無論、こうもカイトを狙い撃ったようなルール設定には訳がある。というか、そもそもカイトが原因である。
“学院”に入学してすぐの頃、トーナメントを利用して、名家の嫡子や優秀な人材の集まる傾向にある“学院”において知名度の向上を図ろうとしたカイトは、100万ユルドは下らないほどの超高額かつ高純度なマナ結晶に物を言わせ、大規模転移魔術によって10メートルを超える巨大魔導人形を会場へと呼び寄せ、圧倒的な破壊力を持って相手を叩きのめし、出禁に近い物を喰らっているのである。
お蔭で知名度こそ鰻登りだったものの、それはどちらかと言うと「ヤバい奴が入学してきやがった」といったものであり、当初カイトが予想したような魔導具製作の依頼は訪れず、勿論初期投資として使ったカイト秘蔵のマナ結晶も無駄となった。そして、そもそもカイトが本気で戦うには多額のユルドが必要となるため、それに見合うほどの賞品が学内で行われる程度の大会で得られるとも思えず、カイトのトーナメントに対するやる気は低いままだ。
余談だが、その時を傍で見ていたオクタヴィオからすれば、一年次のトーナメントは明らかにやり過ぎだ、としか言えない事態に発展したのだったが、カイトからするとあそこまでしたのに依頼が来ないのはおかしい、ということらしい。この時オクタヴィオは齢十二にして相互理解の大切さを十分に理解した。
さらに余談だが、この時のカイトの対戦相手である、後の悪名高き筆頭問題児の第一被害者は、今前を歩いているレオナルドである。この件によって何故かカイトに懐き、それ以上に日々カイトに戦いを挑んでくるようになるのだが、それはまた別の話である。
「切り札もいくつかばれちゃったんだし、出ればいいのに」
「出はするさ、強制だしな。だが、今はあんまりそっちに気を取られていられないんだよな」
「ふーん。というか、最近なんか忙しそうだよね。金策?」
「ああいや、それはもう解決したんだが……何か面倒くさそうなことに巻き込まれてなぁ」
「うっわ」
相手を気遣って声を掛けたら思わぬ地雷を踏んでしまったオクタヴィオは思わず一歩引く。それを見てカイトは軽く睨み返した。
「……おい」
「いやだって、君が言う面倒って本当に面倒なことじゃないか。嫌だよ、巻き込まれるの」
「薄情な奴め。でもそんなこと言いながらも手助けしてくれることを期待してる」
「時と場合によるよ。でも、君の自業自得なら僕は動かないからね」
「なるほどね、オクト君が逞しく育ってくれてお兄さん嬉しいよ」
「誰がお兄さんだよ」
そう言ってオクタヴィオは溜息を吐いた。それを見てカイトはケラケラと笑うが、ふと表情を真面目なものに戻し、
「でも、一応言っておくと、今回のは最悪の場合マジでヤバいかもしれない」
「……何で君はそうとんでもない問題ごとを毎回引き寄せるのさ」
「うっせ、俺も知りてぇよ。んで、まだどう転ぶかは分からんが、もしかしたら手伝ってもらうかも。まあ、そこまで行ったら学院長が何とかしてくれそうだが」
「あの人がらみ? 特大の厄介事じゃないか」
「……だよなぁ。何があったか聞きたい?」
「聞きたくない」
憮然とした表情で即答するオクタヴィオを見て、これまた愉快そうにカイトは笑った。
◆ ◆ ◆
その日の講義を全て消化して学業から解放されたオクタヴィオは、“学院”から少し遠出し、モノレールを利用して大型商業区画“アークイラ”を訪れていた。
アークイラは首都アヴリオの中でも多くの商店が集まる区域であり、オクタヴィオの目的の店舗もその中に存在する。
モノレールを降りてすぐ目に入るのは活気に満ち溢れたメインストリートである。既に辺りは夕暮れに包まれているにも関わらず、通りは買い物客や客の呼び込みを行う店員で溢れており、ここがアヴリオ有数の商業地区であることが感じ取れた。
そのメインストリートから路地へと入って数分歩いたところに、オクタヴィオの目当ての店、“ウィンドヒル工房”は存在する。
メインストリートから少し離れているためか、少々寂れた印象を受ける通りを進み、ベルの付いた扉を開く。
カランカラン、という音を聞きながら店の中に入るのと、カウンターで頬杖をついて伸びていた女性がそれに気付いて飛び上がるのは同時だった。
「は、はいいらっしゃいませ! ウィンドヒル工房へようこそ……ってあれ、オクト君?」
「こんにちは、リリアさん。剣の手入れ、お願い出来ます?」
「もちろん! ……それであの、今日はカイト君は……?」
「ああ、今日はいませんよ。何でも最近忙しいらしくて」
「……そっか」
長めの前髪で目元を隠すようにして女性は顔を伏せる。だが、表情こそ悲しげなものを作っていたが、オクタヴィオにはその声から隠しきれない安堵が感じられた。相変わらずなその様子に苦笑しつつ、オクタヴィオは鞘から剣を引き抜き、カウンターへと乗せた。
工房の女主人であるリリア・ウィンドヒルは、若くして工房を持つほどの優秀な腕を持つ鍛冶師兼細工師である。大陸の出身であるリリアは、単身イリオスに渡った後に名のある剣匠に弟子入りして腕を磨き、若干大通りから外れてこそいるものの、遂には自身の工房を手に入れるまでの腕となった。そして、不運なことに偶然店を見つけたカイトにその腕前を気に入られ、少々気弱な性格が災いし、居城を問題児に荒らされるという悲しき定めを負ってしまった女性だ。
当初オクタヴィオは同情心から出来る限り被害を減らすように尽力していたのだが、カイトの“委託販売”を引き受けたことによって魔導具を販売するようになり、また、カイトの協力を得て自分の作品に魔術的な加工を施して販売するようになってから、売り上げが倍増したらしいので満更でもないようだ。そのことを堪えきれない笑みを漏らしながら話されてから、嬉しそうだしいいか、と放置している。
オクタヴィオの愛用する魔導剣は機構こそカイトの設計ではあるが、カイトに鍛冶の心得は無いため、剣身を鍛え上げたのはリリアである。オクタヴィオはそのメンテナンスに訪れたのであった。
「む、ちょっと酷使した? この子少し疲れてるね」
「うーん、夏休みにカイトに連れられて大陸に行ったからかな。そこで少し騒動に巻き込まれまして……」
「……私はもう気にしないよ。何も聞かないからね」
「うん、正しい選択だと思います」
そう言って同時に溜息を吐く2人。何となく(共に巻き込まれる側と言う意味で)波長が合うせいか、個性の強すぎる面子が周りに多いオクタヴィオにとってこの工房はとても居心地が良かった。
既に勝手知ったる何とやら。オクタヴィオは店舗スペースの脇にあるキッチンで紅茶を入れ、奥の工房で作業をしているリリアの元へと持っていく。
「はい」
「あ、ありがとう」
自分も紅茶を持って近くの椅子に腰を下ろし、作業をしている様子を何となく眺める。
詳しい手法などは分からなかったが、刃こぼれのあった剣身が見る見るうちに整えられていくのは、何やら“魔法”を見ているかのような気分になった。
「そうだ、オクト君は最近アヴリオで起きてる事件知ってる?」
「うーん、何かありましたっけ?」
作業が一段落ついたのか、紅茶を手にしたリリアはオクタヴィオの対面の椅子に腰かけて話を振った。
「何かね、街の中で突然霧が発生するの。特に害があるわけじゃないみたいなんだけど、みんな気味悪がってるんだ」
「そんなことありましたっけ?」
リリアが嘘を言っているようには見えなかったが、語られた内容はオクタヴィオにはまったく身に覚えがないことだった。
「最近話題になり始めたけど……オクト君たちの実家はエレフセリアだっけ。最近こっちに戻って来たのなら知らなくてもおかしくは無いかも」
「確かにまだこっちに戻ってから一月も経ってないですけど、事件と言うまでのことなんですか? 霧なんて特に珍しくもないじゃないですか」
浮遊諸島であるイリオス都市国家連邦は、標高が高く常に流れ動くことから、雲の中に突入することも、その逆も間々ある。そのため、イリオスの住民は突発的な霧や雷雨には慣れっこであった。
今語られた件もその類だと考えたのだが、リリアは首を横に振って否定し、何気なしに窓の外を眺める。
「そうなんだけど、これはそう言うのとは違ってね。何か、普通の霧とは違って、突然発生して周りが見えなくなって、すぐに何事も無かったかのように晴れちゃうの」
「うーん、そんなこと聞いたことが無いですけど……」
「すっごい狭い範囲でパッと霧が出てパッと晴れちゃうの。どう考えても不自然でしょ? これは事件だよ!」
「はあ、まあそうかもしれませんねぇ」
身を乗り出して熱弁するリリアの言を聞き流し、オクタヴィオは紅茶を口にした。
ジトッとしたリリアの視線を受け流して見た窓の外は快晴である。夕暮れに包まれてこそいるが、雲一つない空からは霧が出るなんて到底無いように思える。確かにイリオスの天気は変わりやすいが、限られた範囲で突如霧が発生するとなると、それは自然な物ではなく、他の要因に依る物としか考えられなかった。
(まあ、考えられる原因は1つか。でも、どんな構築にすれば霧なんか起こせるのやら)
ふむ、とオクタヴィオが考え込んでいると、リリアが椅子の上で身体を揺らしながら再び口を開いた。
「あとね、霧があった時に“出た”んだって」
「出た? 何がですか?」
疑問符を浮かべたオクタヴィオに対し、リリアは誇らしげに胸を張って、
「それはもちろん、霧の怪人だよ!」
さも、当然のように言った。
「…………は?」
「だから、怪人だって、か・い・じ・ん! 真っ黒なコートを着てフードまで被って、さらには白いお面をつけてたんだって! すごいよねぇ、これはもう立派な怪人だよ!」
「えー、いや、その……色々突っ込みどころはあるんですが、リリアさんはその怪人を見たんですか?」
「え? 無いよ」
でしょうね、とオクタヴィオは思う。もし見たことがあったならば、そんな如何にも人伝に聞いたかのような言葉使いはしないだろう。
「ちなみに見た人はいるんですか?」
「もちろん! 大通りの素材屋の奥さんがね、自分の友達の妹さんが見た、って言ってたんだ!」
「信憑性、って言葉知ってます?」
自分で見ていない時点で少々怪しいのに、いくらなんでも情報源が遠すぎる。如何にもらしい話だ。
オクタヴィオが知り合ってからまだ数年だが、リリアはあまり人を疑わない、よく言えば純粋な、悪く言えば少々抜けた性格をしているようであった。そして、どうも話しやすいらしいオクタヴィオに街で得た様々な噂話を度々披露するのだ。その噂話の真偽は不確かなものが多く、今回もその1つだろう、とオクタヴィオは適当に考える。
不満げに口を尖らせたリリアを宥めるようにして、オクタヴィオは適当に話を盛り込む。ともあれ、霧が出るのは本当のことのようだし、遭遇したら原因を探ってみるのもいいかもしれない、と思った。
そうしてしばらく雑談に興じた後、点検の終わった魔導剣を受け取り、まだ中身の入った紅茶のカップを持ったまま、店舗スペースのカウンターまで歩を進める。
外はすっかり暗くなっており、そろそろ帰らないと寮の門限に間に合わないだろう。
「じゃあ、もし霧の事で何か聞いたら教えてね」
「まあ、帰ったらカイトとかに聞いてみますよ」
「あー、カイト君なら霧でも何でも出せそう」
「いやまあ、それはどうですかね?」
苦笑するオクタヴィオに対し、リリアはきょとんとした顔で告げる。
「でも、出せそうでしょ?」
「……出せそうですねぇ」
頭の中で哄笑するカイトを押し退け、オクタヴィオはすっかり冷めた紅茶を飲み干した。




