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第九話 ≪雑な対応は親愛の証≫



「「うわー」」


 目の前の光景に感情の無い声を上げるセレーネとレオナルドに、オクタヴィオは苦笑しつつもやり場のない気持ちを抱く。


「ああ、前々から兆候はあったけど、ついにエリスさんもあちら側に行ってしまったか」

「あちら側ってー?」

「問題児ってこと。……あーあ、地面が歪んでるよ。どうなってるんだろ、あれ。と言うかいくら先生に頼まれたからと言って、流石にこれはやり過ぎでしょ」

「問題児かなるほどなー。でもま、おれほどじゃないけどな!」

「レオ、それは誇ることじゃないよ」

「もうエリスちゃんはあたしたちとは違う場所に行ってしまったんだねー」

「大丈夫だよセレーネさん。君も同じ場所に立ってるから」


 少し前に目を覚ましたセレーネとレオナルドに言葉を返し、オクタヴィオは再び目の前の理解不能な光景を眺める。

 エリスの魔術によって出現した漆黒の闇は未だ地上から少し離れた中空に存在し、蜷局(とぐろ)を巻いてうねり続けている。オクタヴィオには何がどうなったらあのような光景が作れるのか想像すら出来なかった。そもそも空間にぽっかり穴が空いたかのようなおどろおどろしい光景は見ていて愉快なものではない。エリスは通常の大規模魔術よりも威力が下がるなどと言っていたが、むしろ正体不明で何が起こるか全く予想がつかない“妖精の魔法(マギア・ネライダ)”とやらの方がよっぽど恐ろしい。


「それにしても、随分とあっさり認めたねー」

「うん? 何のこと?」

「カイト君の固有魔術だよー。今までも隠して来てたからさー。カイト君のことだし、もっと必死に隠すのかと思ったんだけどねー」

「ああ、うん。その考えは間違ってないと思うよ」

「ん? どういうことだ?」


 オクタヴィオの言葉にレオナルドが疑問の声を上げるのと同時に、ガンッ、という音と共に3人を囲っていた防護魔術に衝撃が走った。

 慌ててそちらの方向を見ると、髪はボサボサ、服装と身体は汚れと煤だらけで、まさに満身創痍と言った体のカイトが、防護魔術を足蹴にした状態で凄惨という言葉が似合うような笑みを浮かべて立っていた。


「か、カイト……」

「い、生きてた―――」


 んだ、とセレーネが言い切る前に、カイトの魔術が発動し防護魔術が粉微塵に砕かれる。

 思わず引きつった悲鳴を上げるセレーネとオクタヴィオを無視し、カイトはレオナルドに対して口を開いた。


「よう、レオ。突然で悪いがちょいと手伝ってほしいことがあるんだが」

「お、おう。な、何だ?」

「なに、簡単なことさ」


 肘を曲げ、背後で未だ渦巻き続ける漆黒の奔流を親指で指差す。


あと(・・)少ししたら(・・・・・)エリスは(・・・・)確実に(・・・)油断する(・・・・)から、その隙を付いて一撃で意識を落としてほしい」

「へ、へぇ……えーと、よくわかんねーけど、あの中に突っ込んでいくのはちょっとなぁ」

「おや、いいのか? 誇り高き獅子の民がそんな逃げ腰で」

「む」


 中空に浮かぶ漆黒に腰が引けていたレオナルドだったが、嘲笑うかのように顔を歪めたカイトの言葉に、少々眉をしかめる。


「それに、あんだけ欲しがってたエリスへの白星だろ?」

「むむ……でも、これはおれの喧嘩じゃねぇし」

「俺のでもねぇよ。これはちょっとした“面倒事”だ。だからレオが介入しようと問題ないし、お前もここでエリスに勝っときゃ次に弾みがつくだろう?」

「うーん……でもなぁ」

「ったく、しゃあねぇな。なら、手伝ってくれたら前に言ってた脚甲作ってやるよ。あ、素材は自分で調達しろよ」

「なに、ほんとか!?」

「おう、本当だ」


 一瞬前まで渋っていたのが嘘のように、カイトの甘言によってレオナルドは目を輝かせている。どちらかと言うと自分から手伝うと言いだしてもおかしくないほどの満面の笑みだ。


「ちょ、ちょっとカイト! それより今こんなことしてて大丈夫なの!? それに何で油断するって分かるのさ?」


 いとも容易くあっさりと陥落し首を縦に振るレオナルドを見て、慌てたようにオクタヴィオは言葉を放つ。カイトの意図を知るためと、その算段を少しでも邪魔するためだ。経験談として、カイトが自らの身を切るときは大抵碌なことが起きないことを知っているからである。


「何だよオクト。だからあれだけ“トイレは先に済ませておくように”って言ったのに」

「何の話!?」

「えー、オクト君それはちょっと流石のあたしでもー」

「君はせめて棒読みくらい隠そうねっ!?」


 息を荒げて声を上げ、疲れたように肩を上下させるオクタヴィオを見て、カイトとセレーネはケラケラと笑みをこぼす。


「ま、ほんの冗談さ。さっきのお返しだよ」

「合わせなかったこと根に持ってたんだ」


 合わせたら正体不明の漆黒を操るチートエルフとの戦闘に突入し、合わせなかったら災害の発信源たる筆頭問題児から報復を受ける。どちらにせよ逃げ道は無く、オクタヴィオからしたら良い迷惑である。


 ―――どこで間違えたんだろう。あ、始めからか。


 天を仰ぐオクタヴィオを慰めるようにセレーネは笑いかける。


「ちなみにあたしのは冗談じゃないよー」

「それは前提の話自体が冗談だからだよね……?」


 瞳の色を失いつつあるオクタヴィオの肩をすれ違い様に二度叩き、カイトはその意識を持ち上げるためにも若干明るめの声で「さて」と言った。長年の付き合いなだけあり、一応引き際や一線は承知しているのである。それを守るかどうかはまた別だが。


「取りあえずこの場でお前らにしてもらうことは無い。ってか本来レオも中立だしな。強いて頼むとすれば、この後のエリスのフォローだな」

「いや、フォローって。何するつもりなのさ?」

「ん? 何するって、もう(・・)終わってるぜ(・・・・・・)


 そう言って後方を示すと、そこには雄たけびを上げるレオナルドと、地面に沈んだエリスの姿があった。

 術者の意識が失われたことによってか、空中の暗黒は徐々にその規模を縮小していき、最後は虚空へと掻き消えた。


「え、いつの間に?」


 セレーネの言うことも尤もで、オクタヴィオの見た限り、カイトがこの場に着いてから魔術を行使した様子は見られなかった。それなのにエリスが倒れレオナルドが叫んでいるということは、カイトの言った通りにエリスが隙を見せ、いつの間にやら行動を開始していたレオナルドが一撃を叩き込んだのだろう。

 だが、相手は完全無欠のチートエルフである。そのような隙を簡単に見せるはずがない。

 2人の疑惑の瞳に降参したかのように座り込んで両手を上げ、カイトは再びその口を開いた。


「ま、正直今回のは博打に近かったし、運が悪けりゃ失敗してた。しかも、その結果は俺が死ぬか、エリスが死ぬか。その両方ってのもあり得るな」

「……どういうこと?」

「伸ばし棒が抜けてるぜ、セレーネさんよ。勝算は高かったし最悪の事態を避ける方法も覚悟もあった。許してくれよ」


 手をひらひらと振るうカイトを、セレーネはいつもの様子からは想像も出来ないほどの真剣な表情で見つめた。“軍師”などと自称して周囲を掻き乱す彼女だが、友達を大切にする心優しい一面も持っている。その友達から、友達自身や、互い共に密な親交のあるエリスが“死ぬ”などという言葉が出たのだ。しかも、何だかんだ言って彼女はまだ成人前の15歳である。動揺するのも無理は無かった。

 本当ならば今すぐ倒れているエリスの元へと駆けつけたかったが、カイトを信用している気持ちや、恐らくエリスの身に起こったことを正確に知る術がカイトから聞くしかないことが予想でき。感情のままに動き出したい衝動と、それをどこか冷静に眺めている理性がせめぎ合い、結果、思わずセレーネの瞳から涙が零れ落ちた。


「う、うぅ~~」

「お、おいおい、泣くなって。エリスなら大丈夫だよ。傷一つ無い……かどうかはレオの手腕に掛かっているが」

「むぅー……オクトくーん! カイト君が!」

「はいはい。それでカイト。結局何したの?」


 涙を流し、目を腫らしたままむくれるセレーネの頭を撫でつつ、オクタヴィオはカイトへと問いかける。

 「場合によっては容赦しないよ」と言わずとも語りかけてくる蒼の瞳に薄ら寒い物を感じつつも、カイトは疲れたように息を吐きつつも立ち上がり、レオナルドとエリスの元へと歩き出す。


「魔導具もちゃっちいのひとつしかなくて、意気揚々と晒した切り札も防がれた。あの時点じゃ俺に勝ち目は無かった」

「うん、それで?」

「……素気無い反応は悲しいな。それはともかく、簡単なことだ。俺は多分勝てなかった。だから自滅して(・・・・)もらった(・・・・)


 事も無げに言い切ったカイトに、流れるような自然な動作でオクタヴィオの背中に飛び乗ったセレーネは疑問符を浮かべた。

 そんなセレーネとは逆に、カイトとの付き合いも長く、その本質も理解しているオクタヴィオは納得したように「なるほど」と頷いた。


「エリスは“この魔術を十全に扱えない”と言っていた。あと、放り込むマナの量をセーブしてる、みたいなことも言ってたな。だから、自滅するようにマナを放り込んでもらったのさ」

「都合よく少し飛べば届く程度に広がってくれた魔術式に干渉して?」

「その通り。根幹部分の解析は全然進んでないが、色々と付け加えりゃマナ消費なんて調整して大きく出来る。俺の切り札に感化されたのか、エリスにしちゃ珍しい油断だな」


 人に限らず、生きとし生ける者は皆身体の内にマナを持つ。マナは生命エネルギーという側面も持つため、これはスピラを持つ、持たないに関係ない。魔術は、このマナを用いて行使される。

 だが、生命エネルギーと同義のマナを空になるまで使用して、生命に影響が出ない訳がない。結論から述べると、マナを失った者はその生命も同じく失うことになる。

 しかし、動物の身体とは良く出来ている物で、生命に影響が出る領域にまで進むと、自動的に意識が落ち、それ以上の暴挙を許さぬように設計されているのだ。強烈な意思があれば耐える事は出来るが、その先は文字通り“命を削る”ことになる。休息によって消費されたマナは回復するが、削られた命は二度と戻らない。マナに関する教育は親や教育機関に義務づけられているほど重要なことであった。


 今回のカイトはその現象を利用し、魔術を改竄して元より多くのマナを消費するように構築し直すことで、術者であるエリスの意識を奪ったのである。正確には何か後遺症が出ても困るので多少余裕を持たせたために意識を落とすまでには行かなかったが、後に向かわせたレオナルドに反応、抵抗出来るほどの気力体力は根こそぎ奪われており、地に倒れ伏す結果となった。


 本来ならばどんな魔術でも多少介入を受けた程度で制御を乱すことは無く、それは魔術の権化たるエリスならば一層のことである。また、魔術の制御をしくじってしまった場合は、それまでに使用したマナを捨てることにはなるが、自らの魔術を解体、破棄することも可能である。

 だが、今回干渉してきたのは固有魔術と言うある一点に特化した魔術の使い手のカイトであり、干渉を受けた魔術も今のエリスでは完全には使いこなせない超高難易度の物であった。しかも、これはカイトの与り知らないことだが、才気に満ち溢れているためかエリスは魔術の破棄の経験が非常に少ない。そのような要因が積み重なった結果、エリスはあっさりとカイトの術中に嵌ってしまったのであった。


「……なるほどねー。つまり、カイト君はとっても危険な真似をしたってことだね?」

「そう怒るなよ。俺は術式からどの程度マナを使うかある程度読み取れて、今まで散々戦ってきたエリスの使用限界量もそれなりに把握してる。逆算の誤差も許容範囲内の自信があったし、万が一やり過ぎた場合の奥の手もあった。行けると思ったんだ」

「その奥の手はー?」

「守秘義務が発生しますので」

「……けちんぼ」

「何とでも言えー」


 ケラケラと笑うカイトだが、その足取りは普段よりも遥かに重い。扱う魔導具と同様に、カイトがその身に宿す魔術もコストパフォーマンスが良いとは言えないのだ。干渉する規模が大きかったため、その疲労も一入(ひとしお)だった。

 わざわざレオナルドに追撃を頼んだのも、単純に疲弊したカイトではエリスの意識を落とせる自信が無かったからである。例え相手がフラフラの状態だろうと、自らも足元が覚束ない状態では倒せるものも倒せない。


「まあ、正直痛み分けに近いが、今回もまた俺の勝ちだな」


 そう言って地に伏したエリスを見下ろすカイトだったが、オクタヴィオの背から降りたセレーネによって跳び蹴りを喰らい、彼もまた地へと崩れ落ちた。


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