表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/33

プロローグ ≪少女の旅路≫

師曰く「風呂敷とは広げるためにあるのです」

ラノベ2冊程度の予定。隔日くらいで頑張りたい。




 初夏。硝子で作られた天窓からは陽の光が差し込み、飛空艇の発着所は朗らかな陽気に包まれていた。

 その陽気は飛空艇を待っている乗客たちを微睡みの中へと誘い、思わず舟をこいでいる人もチラホラと見受けられる。

 そんな中、突如陽気を斬り裂くようにボー、という地響きにも似た音が鳴り響き、飛空艇の運行状況を告げる掲示板の表示が変わる。

 発着所に飛空艇が到着した合図だ。

 その音を聞き、待ち時間を潰すために駅のあちらこちらに散らばっていた人々は、皆一斉に同じ方向へと動き出す。関わりのない人々が同時に同じ動作をするその様子をどこか可笑しそうに眺めながら、フードを目深に被った少女もまた同じように飛空艇乗り場へと向かうため、肩に掛けた荷物を背負い直し、さて、と座っていたベンチから立ち上がった。


「姫様、本当に行かれるのですか?」


 姫様、と呼ばれた少女が振り向くと、そこには齢40ほどの女性が心配そうに少女を眺めていた。少女の御付の役目を担っているバーサである。

 立ったところで勢いを削がれた少女は苦笑を浮かべ、不安げな表情を浮かべる女性へと口を開く。


「心配せずとも大丈夫ですよ、バーサ。正直計画に不安なところは多々あるけれど、筋道は何通りかありますし、現地で調整すれば何とかなるはずです」

「ですが……」

「それに、これは必ずやり遂げなければならないことです。どの道既に賽は投げられました。後は行けるところまで行くまで、ですよ」


 そう言って、瞳に決意の色を浮かべ、遠くに見える飛空艇を見つめ、その先にある目的地へと思いを馳せた。


 ここは国土が大陸の大半を占める大陸の雄、イフェスティオ帝国。その中でも有数の大きさを誇る港町ポートルートである。ポートルートは他大陸へ移動するための船着き場の他に、大洋の上を漂う浮遊島へと渡るための飛空艇の発着所を有する港町だ。

 少女が居るのは街を挟んで港の反対側にある飛空艇の発着所である。帝国最大という規模や、帝都やその他大型都市とポートルートが大陸横断鉄道で繋がっているためか、利用客は非常に多く、雑多な人混みが見て取れる。行きかう人々は性別年齢人種と多種多様であり、全身を隠した少女やバーサ程度ならば特に怪しくも見えないほど様々な人に溢れており、まさに坩堝のような場所であった。


 さて、と一度挫かれた出鼻をもう一度立て直し、少女はバーサへと向き直った。


「ここまでありがとうございました、バーサ。お役目ご苦労様です」

「そんな、勿体無きお言葉です、姫様。このバーサ、こんな小さな時から姫様に仕えているのです。これくらい当たり前のことですよ」


 こんな、と言って親指と人差し指に豆をつまむ程度の空間を開けて突き出し、バーサは言った。もちろんそんな胎児の時から少女個人に仕えている訳では決して無いのだが、既に何度もこのようなやり取りをしている少女はもはや慣れてしまい、苦笑に留めて特に指摘はしない。


「えっと、それでも、ですよ。感謝の念は言葉にする。あなたが教えてくれたことでしょう?」

「ひ、姫様……ご立派になられて……」


 ううっ、とバーサはハンカチを取り出して目元を拭う。その様子を見ながら少女は軽く呆れを含んだ苦笑いを浮かべた。幼い頃から家族同然に育ったため、バーサのことは大切に思っているし、大切に思われていることも知っているが、このようなやり取りは少々過剰だと思わずにはいられなかった。


「姫様、敵はどこに潜んでいるか分かりません。それに、彼の国の人々は何やら怪しげな術の研究ばかりと聞きます。どうかお気を付けください」

「分かっていますよ。それと、イリオス連邦の人々は別に敵ではありませんし、彼らの研究は全世界を豊かにするものです。その言い方では誤解されてしまいますよ?」

「あ……こ、これは申し訳ございません」


 頭を下げるバーサから視線を外し、遠くに見える飛空艇と、それに乗り込む人々を眺める。


 イリオス都市国家連邦。

 それが少女の目指す国の名前だ。

 大洋上空を雲のように浮遊する大小さまざまな浮遊諸島から成る小規模の国家であり、元は3つの小さな王国だったものが100年ほど前に同盟を結んで1つとなった国である。

 その中心となるのは三王国時代の各首都であった浮遊都市―――“学術都市イストリア”、“交易都市エレフセリア”、そして“首都アヴリオ”である。

 全ての都市は主要三都市を頂点として形成されたグループに属し、市民の投票によって選出された市長によって統治されている。王政、帝政が常の中で、珍しい民主国家である。


「姫様。お役目のことは分かっていますが、どうかご自愛ください」

「分かっていますよ。心配してくれてありがとう」


 飛空艇へと乗り込む人々の列へと並び、この場に残るバーサとの別れを済ませる。

 必要な物は向こうで購入する予定のため、持つ物は最低限であり身軽なものだ。


「それでは、行ってきます」


 風切り音が聞こえそうな勢いで大きく手を振るバーサへと手を振り返し、飛空艇の中へと乗り込んだ。


 飛空艇の中は寛げる空間が形成されており、事前に聞いた情報によると、1人ひとつ用意された客席の他に、簡単な飲み食いが出来るバーや周りの景色が楽しめるラウンジなどがあるらしい。目的を思い浮かれた気持ちを抑え込んでいたが、少女は今まで乗ったことが無かった未知の乗り物に思わず瞳を輝かせる。

 バーサと別れて寂しい気持ちや今後への不安はあるが、それよりも期待や好奇心の方が大きかった。それと、少々口煩い気質のあるバーサと離れたことを僅かにだが好ましく思う気持ちもある。

 もちろん嫌いなわけではないのだが、幼少期から厳しくしつけられ、丁寧な言葉遣いを強制させられた身としては、若干の開放感を感じずにはいられなかった。


 飛空艇が離陸してしばらく経ち、飛行が安定したことを知らせる乗務員によって席から離れて良いと告げられ、少女はすぐさま景観を望めるラウンジへと向かった。

 自分の行動を客観的に見て小さな子供みたいだなと思わなくもなかったが、その思考は一旦頭の隅に追いやり、水族館の水槽のような巨大な窓越しに外の光景を眺める。

 既に雲は眼下に存在し、狭間から見える青い海とのコントラストが瞳の中へと入り込む。空の中という、見たことのない美しい光景に心を奪われる。だが、自分の目的とこれから向かう国が何処なのかを思い出し、すぐさま我に返った。


 向かう先は魔術、魔導具研究の最先端であり、今少女が乗る飛空艇の他、新たな魔術理論や画期的な新魔導具を次々と生み出し続ける技術先進国、イリオスである。

 国力は帝国とは比べ物にならないほど低くとも、保有する技術と人材、生み出す魔導具によって交易の手を各地に伸ばし、技術資源を依存させることによって帝国の支配を跳ね除け続けている剛の国だ。ひとつの大陸をほぼ手中に収めた国と複数の島が集まって出来た程度の国が対等な立場に居ると言えば、その異常性も分かるだろう。


 やがて、雲の合間に半透明な膜につつまれた浮遊島が見えてくる。周りの乗客たちの声を盗み聞くと、あれがイリオスの玄関である、交易都市エレフセリアであるらしい。

 乗客たちはエレフセリアに着いたら何をするか、等と話し合っていたが、それよりも、少女には注目すべきことがあった。


「あれが、大結界……」


 “大結界”。イリオスが生み出した世紀の天才、魔導王の作り上げた最高傑作である。

 浮遊島の下部、人の住めない岩肌に装置を張り巡らせ、大気からマナを取り入れて循環させることで、半永久的に人の手では生み出せないほどの超巨大な結界魔術を維持する魔導装置だ。

 その規模はもはや戦略兵器と言うに相応しく、結界の大きさは都市を丸ごと包むほどである。天然の要塞である浮遊都市の防御性能をさらに高める画期的な技術だ。

 幸か不幸か、魔導王と呼ばれた人物は型には収まらない破天荒な自由人だったらしく、その恩恵は国益を無視して世界各地に残されていたが、中でも“大結界”の効果は群を抜いており、貿易等の要素を抜いたとしても、帝国が軽々しく攻め込むことの出来ない防衛力を持つ。


 魔導王が活動した時期は既に昔の話であるが、それでもイリオスが魔導大国であることに変わりはない。そして、職人たちは皆奇人変人揃いであり、いつも騒ぎが絶えないと云う。そんな国に1人で乗り込むのだ。所詮は噂であり、先程と同じように期待感も持ってはいたが、不安を覚えずにはいられなかった。


 だが、と少女は拳を握り込む。

 一度は諦めかけた夢がある。

 幾年と思い続けた願いがある。

 必ず達すると誓った目的がある。

 決意を胸に秘め、瞳に日輪を灯し、少女は前を向いた。


「待ってて、スィエラ」


 風によって雲は流され、日の光に照らされた浮遊都市は全貌を晒す。交易都市エレフセリアは、少女の到来を祝福するかのように輝いていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ