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隔たり。  作者: 神月鳴
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眩い光源

 涼子(りょうこ)はコーヒーショップのカウンター席から窓の外を覗いている。空は重々しいくらいに曇っていて何故だか今にも雪が振りそうに見えてきて…スマホに「今日の予報は?」と話しかけてみるが曇りのマークが三つ子の兄弟のように並んでいてまったくもって雪が降りそうにないらしい。今年は暖冬なのかまだ一度も雪という雪が降ったことはこの東京ではなかった。暗い空とは対照的に街並みは赤と緑をベースにしてイルミネーションの光でいつもより華やかに彩られていた。きっとここに生クリームのように真っ白なものがあればさらに綺麗なのになあと新商品のストロベリーショートケーキ風の入ったカップを持ち上げるとストローに食いつく。上は甘そうなのに思ったよりストローの先のある下層部が苦かったのか…カウンターのカップに入っていたマドラーにも似たスプーンで大好きな生クリームをすくい上げ、苦味にやられた舌を休めた。時計に目をやると約束の時間を五分過ぎている。ふぅーと息を吐くと隣の席に置いてあった鞄から手帳を取り出す。ぱらぱらと暇そうにめくっていると…ある一ページが目に入る。昨年の…十二月の…二十四日…つまりクリスマスイブだった。そこには昨年までよく使っていたお揃いのボールペンでびっちりその日の予定が書かれていた。しかしこの予定はどれも叶うことはなかった、いやそれからずっと…約束していただろうどんな未来の約束もたちまち泡となって消えてしまった。涼子の手からまるで水を掴んだように指の隙間からこぼれ落ちていって今の自分に一体何が残っているのか分からなかった。緩み始めていた目頭に指を栓の代わりのように押し付けてぎゅーと目を閉じた。ちょうど一年前の今日のこと…今でも一つ一つ鮮明に覚えている、忘れられるわけなんてないのだ。少なくともここで…今、目の前で笑いあい祝いあっている人たちのほとんどがキリスト教徒なんかじゃないのに…なんでこんなにバカ騒ぎしているのか分からなかった。いつもは神様なんか信じないで好き放題やっているくせしてなんでこの日に限って…と目の前の人々は何ら悪くないのに思ってしまう汚い自分が出てきてしまう。今すぐに街中の光をすべて消してしまいたかった。…いや今でこそ、そうやって冷めた目でクリスマスを見ているが、一年前までの十九回のクリスマスのすべてにおいて自分も騒いでいる側の人間だった。でも今の私、これからの私はクリスマスを心から楽しむことは出来ないと思う。むしろクリスマスこそ寂しく悲しい気持ちになってサンタさんに叶わぬ願いをしたくなる。もし本当に神様なんているなら…神様なんてやつは非情で…卑劣で…そんなやつ大嫌いだ。そんな人を祝う、クリスマスなんて心の底から楽しむ気にはなれなかった。というより何を祝っていいのか?むしろ悲しむべきことが多すぎて…特別な日という点では共通しているもののその意味合いは天と地ほどの差があった。まだまだこれからだったのに…これからの未来は目映いほど輝いていたのに…それなのに神様とか言うやつは私から全てを奪った…いや私の生きる意味を…、何の罪もないのに…。もう一度時間を見るためにスマホのホーム画面を覗き込むが海をバックに二人で撮った写真を見つめてしまい不覚にも次第にぼやけていく。その感情をどこにぶつけてよいか分からず、涼子は恨みがましくビルの隙間から覗く、いつにも増して重々しい空を睨んだ。


 一輝(かずき)は涼子がふぅーと息を吐くのとほぼ同時くらいにその最寄りの駅に降り立った。時計を何度も見直すが逆さまにしたって明らかに遅刻している。こっちから誘っておいて…遅刻はまずい…まず過ぎると全速力で階段を駆け上がった。涼子とはバイト先が同じだったことが全ての始まりだった。その日、レジから戻ってきた一輝はふと通路を見ると…彼女がこぼさないように両手にのせた料理やら何やらをゆっくりゆっくりと運んでいた。見るからに慣れていない手つきで、ほっといて厨房に戻るなんてことは出来なかった。

「えっと〜新人さんかな?ん、手伝うから、早く持ってくよ!」

と有無を言わせず半分の運搬物を手に取った。最初こそ驚いたような顔をした涼子だったが

「あ、ありがとうございます!じゃあこっちです!」

と目映いほどに輝く満面の笑顔でお礼を言った。遠くから見たときは顔がよく見えなかった分、…うーん、例えるとしたら…太陽みたいな…うーん、なんか心の底からなぜかポカポカしてくるような雰囲気だった。その笑った顔は水晶体を屈折しつつ鋭く貫き、網膜に深く焼き付いた。店長の「急いでよ〜」との声に急かされるようにしてお客さんに届けに回った。見せてくれた笑顔は一瞬だったが…それは火傷のようにずっと忘れられないほどの痛みを残した。やっとバイトも終わり、「お疲れ様でーす」とドアからすり抜けていくのを見て慌てて店長に挨拶して追いかけた。話してみると思ったとおり明るく、人懐こい…いわゆるフレンドリーといった感じの子でさらに…惹かれた。ついこないだまではコンビニのバイトをしていたらしい。その始めた理由が面白くて欲しかった一番くじの景品を一番近くで見守れるから、というそんな一面もあるのかと思えるほどお茶目なところがたくさんあった。そんな抜けているところも…全てを愛おしく感じた。しかしその景品が彼氏の好きな漫画の主人公だと知ったときには絶望したが、今ではその一途さにも惹かれている…がそれを知るのはもう少し先だった。もっと驚いたのは…同い年で…通っていた大学が同じ大学だったのである。それ以来、シフトの日や大学のキャンバス内で探してはみたもののなかなか巡り会うことはなかった。授業を受けているときも、通学の電車の中でも、家で風呂に入っているときもずっと考えていた。何を?と言われたら彼女のこと!と言えるがそれだけ?と言われたら彼女のあの笑った顔を反芻して、前に座る子を重ね合わせてみたり豊かな想像力を持ってして、最新式のホログラムすら凌ぐほどの立体感を可能にしていて語りかけたりするぐらいだった。そのくらい一輝の頭の中は彼女のことでいっぱいで離れなかったのである。週一回のバイトのシフトが被る日を狙ってことあるごとに…女子が喜びそうな場所に誘ってはみていたが…返事はいつも変わらず一つだった、もちろん…ノーである。最初のうちは彼氏がいるからと断れ続けてそれはそれで傷ついたが、最近は気が乗らないからと…やっぱり断られ続け、男としてすら見られていないとまたも傷ついた。それでも惹かれているのは変わらなくて意を決してクリスマスに表参道のイルミネーションに誘った。 誘った場所こそ…最大の勝因だったと一輝的には思っている。遊びに誘われた涼子は少し困ったような顔を浮かべていたが…クリスマス、イルミネーションの二単語を聞くなり、驚いたように一輝の顔を見上げた。その零点何秒後かにぎこちない笑顔でサッと本心を覆ってしまった。なんでそんなに驚いているのか分からなかった一輝は「いや、もし場所が嫌なら変えてもいいよ!俺、行けるだけで十分だし!」と言ってみるが…ふるふると首を左右に振って、もう耐えられないとバイトの控え室のドアから飛び出していった。その日はそのままメールが来ることもなく、一輝の不安度が最大に高まった丸一日後に「昨日はごめんなさい。行きたいと思います。詳しい時間はまた後ほど。」と極めて事務的なメールが届いていた。そうしてイブの予定が二十回目にして、今までの人生で初めて埋まったのだった、家族の行事と友達とのバカ騒ぎを除けばという話だが…。駅の改札からシグナルが青になるのを確認して他人の間を縫うようにすり抜けていく。もうすでに光の粒が寸分の狂いもないようにタイミングを合わせ、街全体を幸せなオーラで包み込んでいく。前に下見で来た時よりも街の一つ一つのパーツが…より輝いて…より鮮明に目に映し出される。これからの人生に起こる全ての幸運を捨ててもいいから、その分、今…この瞬間に…これからの時間にその全てを注ぎ込んで欲しいと思った。そんな魔法みたいなことはまったく期待は出来ないが、二個目の信号で捕まっている間に重々しい空に向かって「上手くいきますように!」と神様だか、仏様だか…まあとにかく名のある全てのそういう存在に祈りを捧げた。赤から緑がかった青へと変わったと同時に道路を挟んで向かいにある、約束のコーヒーショップへと急いだ。きっと時間に厳しい涼子に怒られてしまうかもしれないが、特に言い訳することなく正直に謝ろうと一度、目を閉じて心の中で復唱して数秒後の対応とこれからの数時間のシナリオへの確認を改めて念入りに繰り返した。気持ちの高ぶって昇天しそうになるのをなんとか諌めて、お店の重厚そうなドアを引いた。


 その頃、弘樹(ひろき)は年に一度の願い事を何にしようと考えていた。ここでは年に一つだけ願いことを叶えることが出来る。それが出来る日が今日の…いわゆるクリスマスイブから明日の…クリスマスにかけての四十八時間である。しかし何から何まで叶えられると言うわけではない。ここにもここでのルールが存在する。

一、自分の私利私欲には使うことは出来ない。また特定の人物が得をすることも同様である。

一、他人の害になるようなことはすることは出来ない。

一、人と相手に見える形での面会等は出来ない。また自らの名前を名乗ることも出来ない。

一、クリスマス及びクリスマスイブの四十八時間後の願いの行使は出来ない。

一、一度申請した願いの変更を受け付けることは出来ない。

一、願いは年に一度、必要であると判断された時のみすることが出来る。

とその立て看板には書かれていた。隣の年季の入ったおじさんに聞いてみると…とりあえず立て看板の横にあるポストみたいな箱に自分の名前を書き入れる。するとそこから事務所みたいなところに呼び出され、このルールを守れると誓約書を書かされる。その後、俗にいう裁判所のようなところで五人の陪審員的な人たちから軽く質問をされるらしい。そこで必要があるとみなされた場合に限り、さらに奥のドアに案内される、そういったシステムらしい。しかし残念なことにそのおじさんはその扉の前までしか行ったことはないようだった。そのおじさんの話によると毎年、ここだけで百人くらいは奥に行けるらしい。この場にいる人がその…軽く…六倍はあるので倍率もなかなか高い。大学受験の倍率を考えれば大したものでもないかもしれないが…それでも不安になった。横にあったペンで紙に「後藤弘樹(ごとうひろき)」と願いごとを一画一画丁寧に書き込み、箱の口に押し込んだ。

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