魔人の憂鬱
難病で余命が幾ばくも無い少女がいた。
少女は身体中に様々な管をつけ、ベッドの周りには様々な医療機器が規則的に音をたてている。
すると、突然少女の部屋に一人の男が現れた。
男はタキシードにシルクハットというおよそこの場に似つかわしくない格好をした青年だった。
「あなたは、だあれ?」
少女には不思議と恐怖や驚きはなく、ただただ突然目の前に現れた男に対する興味と好奇心でいっぱいだった。
「私は魔人です。」
男は片手を胸に当て深くお辞儀をした。
「どうしてここにきたの?」
続けて少女は聞いた
「あなたの願いを叶えに来ました。」
魔人はにこりと笑って答える
それを聞いた少女は困った様に首を傾げ
「……本当に?」
「ええ、本当です。ただし願い事と言っても何かを与えるための願いではなく《なくしてしまいたいもの》の願いでなくてはいけません。」
魔人はゆっくりと少女に語りかけるかのように話した
「そうなの……せっかく健康な身体にしてもらおうと思ったのに」
少女の表情にふっと陰が落ちた
「そうですか。では、あなたの身体にある病気の原因を《無くして》しまいましょう」
魔人はにっこりと笑うと指をパチンと鳴らした。
すると、少女の表情がみるみる内に生気を帯びる
「……わぁ、凄い!息も苦しくないし、胸も痛くない!」
少女は勢い良く起き上がると、口元につけられていた呼吸器を外した。
「おにいちゃん!ありがーー」
少女が顔を上げると魔人は音も無く消え去っていた
・・・・・・・・・・・
爆発の衝撃で土埃が舞い、あちこちから銃声や怒号が飛び交う。
少年は小脇に小銃を抱えたまま、ビルの隙間や道端に転がるドラム缶を遮蔽物にしながら、路地を駆け抜けた。
少年の家族は皆、既に亡くなっていた。
内紛の絶えないこの小国では、もはや国土の全てが戦場になっており、軍人だった兄は政府への反乱を企てた民間人の凶弾に倒れ、母は少年が物心つく前に病死していた。
そして、少年と父は隣国へ亡命するために夜の闇に紛れて国境へ向かう計画を立てたのだが、懇意にしていたはずの叔父にその計画を反乱軍に密告され、父は処刑された。
少年は兄と父の命を奪った反乱軍の一員として、銃を取り戦うことでしか生きる術が無かった。
少年が路地を抜けると、少し開けた広場に出た。広場の中央には随分と前に枯れてしまっていた噴水がどこか寂しげに佇んでいた。
少年は人の気配を感じ振り返ると、そこにはタキシードにシルクハットを被った明らかにここには不釣り合いな男が立っていた。
「だ、誰だっ!」
少年は慣れない手つきでガチャガチャと小銃を構えた。
「私は魔人です。」
魔人は胸に手を当て深くお辞儀をした。
「ま、魔人だって!?」
少年は警戒心を剥き出しにしたままトリガーに指を添える。
「あなたがこの世から《なくしてほしい》と願うものを消し去りに来たのです。」
魔人は口元に微笑をたたえながら話した。
少年は今の状況と魔人の言っている言葉の意味が理解できず、目を白黒させたまま動かない。
「あなたのお望みは?」
魔人は淡々と少年に問いかける。
「僕の……望み……?」
少年は魔人の問いかけに不思議と安らぎを感じた。そして、少年の脳裏に真っ先に浮かんだのはもう二度と会うことの出来ない家族の笑顔だった。
「僕は……ぼく……は……」
すっかり枯れ果てたと思っていた涙が少年の瞳から溢れ出ていた。気が付けば、小銃は少年の手から離れダラリと下を向いていた。
「家族に……会いたい。」
少年はぽつりと呟く
「それはできません。私にはあなたの家族を生き返らせることはできないのです。あくまで何かを《なくす》だけです。」
魔人は少しだけ寂しそうな表情をみせた。
少年は先程の魔人の言葉から薄々勘付いていたらしく汚れた袖で涙を拭い、こくんと頷いた。
「こんな寂しい思いをするのは僕で最後にしたいんだ。だから……だから僕の願いはーー」
少年は魔人の顔をしっかりと見据えながら言った
「世界から争いをなくして!」
「わかりました。」
魔人は指をパチンと鳴らすと少年に向かって笑みを見せた。
途端に、辺りは静寂に包まれた。
先程まで遠くで聞こえていた銃声も、誰かの悲痛な叫び声もピタリと止んでいた。
少年は驚いて辺りを見回した。
「まさか……本当に?」
少年は魔人のいた場所に視線を戻すと、そこにはもう魔人の姿は無かった。
・・・・・・・・・・・
公園の片隅に置いてある大きめのダンボール箱、それが彼の寝床だった。
男はダンボールをこつこつと叩く音で目が覚めた。
どうせいつもの嫌がらせだろうと思い無視を決め込んでみたが、どうにも音が鳴り止まないので、思い切って外に出ることにした。
「おい!なんなんだ!」
男は寝床を叩いていた人物の正体を見て驚いた。
それはまるで、マジシャンのようなパリっとしたタキシードとシルクハットを身に付けた長身の男だったのである。
「こんばんは、私は魔人というものです。あなたの願いを叶えに来ました。」
魔人は深くお辞儀した
男は直感でこいつ関わってはいけないとわかっていたが、心の何処かで願いを叶えるという言葉に甘い響きを覚えていた。
「ね、願いを叶えるって……何だ?」
男は警戒するように魔人に言った。
「言葉通りの意味です。ただし私が叶える願いは《なくしてほしいもの》に対してのみの願いですが。」
魔人がにっこりと笑みを浮かべる
「な、なくしたいもの?……お前!!俺が何も無いホームレスだからってからかってんだろ!」
男は語気を強めて魔人に食ってかかった
魔人は無言のままゆっくりと首を横に振った
男は平静を取り戻すと地面に唾を吐き捨て、寝床へと戻って行った。
魔人は何も言わなかった。
それからしばらく間をおいてダンボール箱の中から男の声がした。
「なぁ、あんたまだいるか?」
「はい。」
魔人は口元に微笑みをたたえたまま答えた
「じゃあ少しだけあんたのおふざけに付き合ってやるよ。」
男はダンボール箱の中で意地悪そうに笑った
「こんな生活しかできねぇ、クソみてえなこの国を、いや、この世界まるごとぜ〜んぶ消しちまってくれ……どうだ兄ちゃん、これで満足か?」
男はぶっきらぼうにそう言うと、ダンボール箱からは男の笑い声が漏れ聞こえてきた。
「わかりました。」
指先をパチンと鳴らした魔人は、ほんの少しだけ憂いの表情を浮かべていた。
ダンボールの中で男は、ふと周りの雑踏や車の音がしなくなったことに違和感を覚え、外を覗くとそこには草ひとつ生えていない荒野が辺り一面に広がっていた。
そして魔人の姿も既にそこには無かった
・・・・・・・・・・
魔人は自分の部屋に戻ると、気だるそうにソファーに腰掛けた。
そして、小さくため息をつくとシルクハットを脱ぎ隣に置いた。
するとテーブルを挟んだ向かいのソファーに突然ひとりの男が現れた。
男は両腕を広げソファーの背もたれに乗せると、魔人に言った。
「よぉ、また失敗したんだってな。」
ジーンズにワイシャツといったラフな格好をしたその男は魔人の顔と瓜二つだった。
「あぁ……全くニンゲンという生き物はつくづくよく解らないと思い知らされるよ。」
魔人は小さくかぶりを振った。
「だから俺みたいに望むものなんでも与えてやればいいんだよ。その方が上手くいく。」
男は両手をひらひらさせた
「君の考えもわかる、しかし君も知っているだろう?ニンゲンの欲望は際限がない。そうした所で遅かれ早かれ今回と同じ結果になっていたさ。」
魔人は膝の上で両手を組むと男に一瞥をくれた。
「ハッ、今のお前じゃ負け犬の遠吠えにしか聞こえないがな。現に《俺の世界》のニンゲン共は問題なくやってるよ。なんなら様子を見に行くか?」
男は得意気に魔人に言い放つ。
「与えるだけでは駄目なんだ。それではニンゲン同士の格差を更に広げ、世界全体のパワーバランスさえ崩しかねない。だから私は彼らが互いに長く共存できる環境を作るために色々とーー」
「くどい!」
男の怒声が魔人の言葉を遮った
「勝手に講釈を垂れるのは構わんが、相手を間違えているんじゃないか?今回の最大の目標は奴らを多く生かすことじゃない、一人でも長く生かすことだ。だからパワーバランスがどうなろうと一握りの強者さえ長く生き残ってればそれで良いんだ。」
男は勢い良く立ち上がると魔人へと詰め寄る
「つまり成績はお前より俺が上。わかるよな?」
男は魔人の頭の上に手を置いた
「……あぁ、そうだな。」
魔人は小さく俯いた。
「弱者を救うつもりだったのかは知らんがな、そんなお情けも大概にした方がいいぜ。今回はそのお節介がお前の世界を終わらせたんだ。」
男は吐き捨てる様に言うと魔人の前から姿を消した。
「お節介……か。」
魔人は苦笑しながら天井を見上げた
今回の成績により魔人の評価は下がることは目に見えていた。つまり《神》の候補生への道が一層厳しくなったと言い換えてもいい。
しかし、魔人はそれほど落胆してはいなかった。それは自分がほかの魔人の誰よりもニンゲンのことを考え、研究しているとの自負があったからだ。今回のことに関しても結果は悪かったが、争いを無くすという願いを引き出せたのは魔人にとって大きな収穫であった。
次こそは大丈夫だ。
魔人は再びシルクハットを被り直すと、テーブルに置いてある地球儀に手を伸ばした。
地球儀の台座にはいくつかのスイッチが付いており、魔人はその中から《再スタート》のボタンを押した。
次はどんな風にニンゲン達に介入してみようか。
魔人はしばし考える……
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