桜咲く刀
「オヤジ、これは何だ?」
通りすがりに入った刀屋で某、本多頼忠は珍しい、いや珍しいと言うより、本当に刀かと疑いたくなる物を目にした。
普通刀という物は必ずといって良いほど反りがある。反っている刃は人を斬り易いからだ。
だが目の前にある刀は確かに刃が反っているのだが、何故かその反りが二つある。刃先が少しだけ反った後、その後ろの刃が大きく反っている。まるで波を打っているような刀だ。
頼忠がよほど物珍しく見ていたのか、店の主人は機嫌良く、自慢したいかのように頼忠へとよってきた。
「これはこれはお武家様、いらっしゃいませ。申し訳にくいのですが、生憎とこちらは売り物ではございません」
「では何故店に置いてあるのだ?」
「箔を付ける為ですよ」
誇らしげな顔をする店主に対して頼忠は思わずあきれた顔をする。
要するにこの店には値打ち物があると宣伝したいのか。まあ、確かにこのような変わった刀が置いてあれば誰もが目を引くだろう。
「これはそこまでの名刀なのか?」
店に箔が付くほどだ、よほどの物なのだろう。
頼忠も武芸をたしなむ者としてかなり興味を引かれた。
「そうですね。名刀というより……妖刀でございましょうか」
「妖刀?」
「はい。武蔵守清定、またの名を『桜花』と呼ばれております」
「妖刀桜花ね…」
確かに変わった刀であるが妖刀とまで言われると少し信じがたい。
頼忠は真っ直ぐな性格をしているのか思ったことが素直に顔に出ており、それを見た主人はむっとした後、勝手に桜花の事を話し始める。
よっぽど桜花が自慢らしい。
この桜花という刀はですね。先程妖刀ともうしましたが、別に不思議なことが起こったり特別な力が在る訳ではないのですよ。
えっ、じゃあ、何で妖刀なのかって?
お武家様、話を焦ってはいけませんよ。そいつをこれからお話するんじゃありませんか、まあまずは話を聞いてくださいよ。
この桜花はですね、そんじょそこらの刀よりかは遥かに名刀と言っても良いほど切れ味が良いのですよ。だから腕さえあれば一撃で相手を切り裂くですよ。
けど、その切れ味がうえに妖刀と呼ばれるようになってしやいやした。
どうしてって? 旦那、血の雨を降らせるって言葉だ出てくる芝居を見たこと無いですかい?
ありますよね。この桜花はその芝居どおりに血の雨を降らせることができるんですよ。しかも切り下げるんじゃなく、切り上げると血飛沫がまるで桜のように飛び散り、その切られた人の姿はまるで桜以上に美しいそうです。
つまり人の体が桜の幹で、血飛沫が花びらということですかね。しかもその人の桜はどんな桜よりも美しいときたものだから、それを見たくてこの刀を手にしたお侍様はつい人を斬っちまう。
まあそんなわけで桜花は妖刀とされてウチの店では売らないのですよ。
一通り説明して満足したのか店主は満足げに頷く、そして何故か頼忠も満足げな顔をしていた。
「それで幾らなのだ?」
「はい?」
「幾らでその桜花を売ると聞いておるのだ?」
突然の頼忠の申し出に店主は「いや、あの、そう申されても……」とかなり困惑する。
そんな店主に向かって頼忠は更に問い詰める。
頼忠も免許皆伝とは行かぬが一刀流の目録までは持っている。つまり武芸にはかなり自身がある。そのうえ桜花の話を聞いて興味を持つなということが無理な話だ。
それに桜花はそんじょそこらの名刀より切れ味が良いそうではないか、たとえどんな妖刀と言われようとも名刀には違いない。
だからなんとしても欲しい。
「はぁ…」
店主は諦めたかのように溜息を付く。そして自信満々に、いや、本人としてはかなり意地悪な顔をしたつもりなのだろう、指を一本だけ頼忠の前に突き出した。
「千両、そこまで申されるのなら千両で売りましょう」
「買った」
「はい!」
まさかそんな法外な金額で頼忠が即答すると思っていなかった店主は驚くどころか思考が止まってしまい、そのまま硬直する。
固まっている店主を見て頼忠は売買が成立したと思ったのか、それともこのまま成立させたかったのか「今は手持ちが無いので後で使いをよこす。その者が千両を持ってこの店に来るから、その者に桜花を渡してくれ」それだけ言い残して、さっさと店を出てしまった。
後に残ったのはいまだに固まっている店の者達だけである。
そして数日後、桜花は見事な桜を咲かせた。
以前書いた物を掘り出してみました。まあ、少し躊躇もしましたが、思い切って載せてみました。
出来たら感想をくれればありがたいです。
以上、葵夢幻でした。そしてここまで読んでくださりありがとうございます