日のない街2
前回までのあらすじ。
酔っ払ったルシファーが「奴隷売買の市場に来い」と言いました。終わり。
奴隷。
ミレイさんたちがいる国では、奴隷の売買は禁止されてるんだって。差別してはいるけど。
とりあえず、奴隷を買わないといけないんだろうか。
それとも、
「誰かを奴隷として売り飛ばせばいいのだろうか?」
「妙案だね、お兄ちゃん。早速、どっちを売るか決めないと」
「バカなのか、この兄妹は!」
ミレイさんにダメ出しを貰いました。
「あの、凜さま。奴隷を買いにこいって言ってたはずですよね?」
レミが確認するように訊ねると、レミは無表情で返す。
「裏を読むことが必要だからね。これは誰かを奴隷として売り飛ばして買うことが目的よ」
「いやいや、考え過ぎですよー」
「あら、残念」
あら、珍しい。笑っていないけど、冗談を言うなんてな。
笑えない冗談だけど、これはちょっと進歩したと取っても構わないかな。
だが、すぐに勘違いだと悟る。
だってコイツ、本気で残念がってるもん。ガチで消しに掛かってるよ。
凜が「仕方ないか」と諦め、別の提案をする。
「じゃあ、言葉通りに受け取ってしまえば、この奴隷リストから奴隷を買えばいいのかな?」
「そうだな。私たちが市場を潰せば、ちょっとした外交問題に発展するからな」
「嫌ですね、奴隷を買うのは」
『うんうん』
レミの言葉に、2人して同時に頷く。
俺はあんまりシビアな事は考えたくない主義だから、会話には参加しない。
女の子が「奴隷」とか軽々しく言うもんじゃないと………言ってやりたいんだが、女子連中の社会的立場を考慮すれば仕方ないこと。言わせるようなことしたことをしたホモ野郎を終わり次第、無理やりにでも女性とキスでもさせてあげよう。
「奴隷を買うなら、誰を買うかなのだけど………………うん?」
リストに目を通していた凜が、どこかに注目したらしい。
気になった俺といえば、凜の視線を辿って見る。
奴隷にはファミリーネームは無いから、何に注目していたのか気になる。でも、凜が注目していたのは名前の他にもう一つあった。
経歴。人種と売られる奴隷の中に家族が居るか否か程度のことを書いた簡単なもの。
リストの中に姉妹が居るらしく、そこに凜が注目していた。
奴隷ということを考慮しなければ、俺と凜に似た境遇だからな。凜が注目するのは、致し方ない。
だが問題がある。
「買う奴隷を決めました。この姉妹です」
「それを買うのは不可能に近いな」
「どうして?」
「姉妹を買うには金が掛かる」
「初歩的だった!」
大事なことでもある。
奴隷は競りでもあるから、値段をどんどん吊り上げて落とさなければならない。
姉妹となると値打ちが高く、ミレイさんとレミのポケットマネーでは足りないだろう。足りるかもしれないが、旅費に影響を出してしまう。
言い忘れてたけど、凜は頑固だ。
「絶対にこの姉妹を買い取る!」
「値段に上限を設けるが、それを超えたら無理だ」
「無理してでも買い取る」
「旅に影響が出かねないから、他の奴隷にしてくれないか?」
「すみません、凜さま。こればかりはどうにも………」
レミとミレイさんが同時に視線を同じ方向へ向ける。俺だった。
何とか説得してくれ、とでも頼っているんだろう。
あんまり頼られても困るんだよ。何が妹の依存度が高めるのか解らずにいる状況下で、凜に指図するのは気が引ける。
そもそも俺の方針は、凜に自律を促して兄離れさせる事だ。俺が干渉するのは、方針に背く形となる。
なんとしても避けなければならなかった。
「もう俺………ルシファーの猛烈アタックに辟易してるから休む」
「おい!」
「あんまり俺が口出したら凜のためにも、世界のためにもならん」
「私たちの金銭のためになる」
「上手いこと言ったって乗せられんぞ!」
「えぇー」
なんでミレイさんは失望したとでも言うような眼差しで、俺を見てくるのかね。俺は基本的に妹のためにしか動かないのに人間だと、理解してるハズじゃないかね。
「だったら、自分たちで説得しろよ。レミさん、仲良くなれるチャンスや」
「どう生かせと? 無茶を言わないで」
「おや、行けると思ったのに」
何が足りないだろうと思案する。
その時。
「随分、そこの女騎士と仲が良いんだね、お兄ちゃん」
凜からの謎のプレッシャー! 冷や汗が止まらない。
仲裁に入ったのは、ミレイさんだ。
「まあまあ。とりあえず、どの奴隷を買うか決めようじゃないか」
「だから、この姉妹を………」
「私たちの金銭面の問題があって………」
「仮にも王女でしょ? たかが2人の白人奴隷を買うだけの余裕が無いの」
「まさか奴隷を買うなんて予想外だ。そんなの予定外の出費だから、経費で落とすのが難しいんだ」
「ポケットマネーを使えば?」
「私は基本的に経費でしか物は買わない主義だ」
「この浪費騎士! いつか首を斬られるよ!」
「なんて不吉なことを言うんだっ」
ここは異世界なんだから、元の世界で起きたことと一緒の事が起きるハズがない。確かにヨーロッパの王族は、度重なる浪費と税金の搾取が原因でギロチンで首を飛ばされたけど、そんな事は起きるとは限らないからな。
って、誰に対して誤解を解いてたんだよ。
互いに譲れないのか、ミレイさんと凜は互いに睨み合ったままの状態だ。レミはオドオドと落ち着きない。
「お前も参加してこいよ」
「私、人見知りなんで長い時間、人と目が合わせれない性分でして」
「大変だな。ちょっとずつ慣れていけばいいよな」
口では何とでも言える。
大体俺が妹に対して思ってもいないことを言うときは、追求を防ぐために頭を撫でてやる。
今回はうっかりやらかしちゃった。
目の前には凜と同年齢のレミがいる。
俺は彼女の頭に手を乗せ、ついつい癖で撫でてしまった。
妹曰わく、「お兄ちゃんが頭を撫でてくれると気持ちいい」らしい。本当なのか?
殴られると思って目を瞑ったのに、未だに拳か足が動かない。
レミはうっとりと目を細め、心地よい感触に身を委ねていた。
「そんなになのか!?」
これぞ俗に言うハンドマジックです。
凜がこっそり耳打ちして、欠伸をして寝た。
「行く時間になったら起こして」
「もうそろそろなんだが………」
「………………」
不機嫌な表情を凜は露わにしながら、起き上がった。
そして、俺の背中に抱きついた。
「お兄ちゃん分をチャージ中………」
ため息を吐きたかった。
凜の自由な振る舞いに、ついにミレイさんは諦めた。
「解った。とりあえずヤるだけやるからな」
こうして会議は終了を迎え、早速とばかりに市場に向かった。