謎解きの宿屋
危なかった。
7時50分を過ぎてから、予約を忘れてたことに気づいた。
ギリギリです。
日の当たらない街。
ルシファーはそう言って、亀甲縛りのままで飛び去った。
如何にも吸血鬼の住処に適しているけど、本当に実在するのだろうか。
現在、宿屋の広間にて会議中。
「日の当たらない街か。確かに吸血鬼の住処みたいじゃないか」
「確かに」
ミレイさんが呟き、レミが同意した。凜は俺の膝に座っており、ご満悦の様子ですね、はい。
位置的には、ちょうど国境に面したそこそこ発展している街にいる。
レミとミレイさんのいる国々では、西欧王国同盟なんて枠組みで関係を強めている。その枠組みの国にいれば、俺と凜の安全は保障されるし自由に行動できる。
それが東側に行っちゃえば、そういかなくなる。
東欧軍事条約機構。
東側の国々の枠組みで、西側に対立する強力な枠組みがあるからだ。暫定的に俺と凜は、西側に属する事になるのも理由の1つ。
元いた世界でも、西側と東側で社会体制の違いから対立していたように、この世界でも同じことが起きている。スケールは小さいけど。
ルシファーの拠点が、東側に無いことを祈ろう。
「そういえば、東側に『日のない街』なんて言われてる街があったな」
「……………」
駄目だったか。
「西側には無いのかよ。王女でもあるアンタが東側に行ったら、すぐに捕まって外交問題に発展するじゃん」
「大丈夫だ」
何が?
「魔王の台頭によって争ってる場合じゃなくなったから、一時的にだが国交は正常化してる」
「………そうか」
良くも悪くも魔王のおかげらしい。無差別に王女様を攫ったことの他に何かやらかしたのかな?
疑問は際限なく出てくるが、ひとまず置いておく。
俺は膝に座っている可愛い妹の頭を撫でる。
「凜。甘えてばかりじゃなくて、ちゃんと自分から会話に参加してこれからの事を決めないといけないんだぞ」
「私にはお兄ちゃんさえいれば、どこにいてもイイのに」
「俺は元の世界に帰りたいよ。そうしないと凜と一緒に楽しく暮らせないからな」
どういう理屈で成り立ってるのか、自分で言っておいて解らない。
ただ凜には効果てきめんだ。
「お兄ちゃんがそこまで言うなら、頑張るもん」
「おう、ガンバレガンバレ」
「うんっ」
そろそろ離れてほしい、なんて言いたいけど言わない。
凜がブラコンならば、なんやかんやで俺はシスコンなんだろう。
なんて道化なんだろう。
凜に兄離れさせたい自分がいるのに、同時に兄離れさせたくない自分の両方が存在する。
俺は自分に嫌気がさしてくるが、それでも凜をどけたりしない。
妹が俺を必要としている限り、優しい兄貴で居続けられる。
「あのホモのヒントを頼りにすれば、東側の街に移動しなければならないんでしょう?」
凜は無表情で淡々とクールに、透き通るような美声で尋ねる。
やはりさっきまでのギャップがあり、レミとミレイさんは面食らってしまった。先に復活したのはミレイさんだった。
「ああ、そうだ。ここから、蒸気機関車を使えば1日くらいで到着する」
「へー、蒸気機関車があるんですか。銃の開発とかしてるんですか?」
「銃? なんだそれは」
「単なるちょっとした飛び道具です」
よく分かんない、と凜は呟いた。
外面モードに入った凜は、表情を全く出さないクールで冷めた女性という仮面を被る。
これも中学一年生の夏くらいまでは誰にでも笑顔を見せていた。けど、勘違い野郎がでしゃばったせいで仮面を作ってしまった。でも、俺にだけは仮面を被らないで素の顔でいてくれる。
ていうか、凜が余計なことを口走ったせいで厄介な奴が食いついてきた。
「銃について詳しく聞かせてもらいたいのですが………?」
レミだった。王国の騎士たちの間では「異端児」と呼ばれると同時に、「物知りレミ」なんて呼ばれている。武器に関しては、実際に取り扱っている商人よりも詳しいらしい。オタクだなぁ。
「ただの飛び道具と言ったハズです。ていうか、それ以上近づかないでください。汚い。しかも鼻息が荒くて気持ち悪い」
「こらっ」
「あいたっ」
あまりにもヒドい言い草だったから、俺は凜の頭に拳骨を喰らわした。
凜は頭に手を当てて、涙目になって上目遣いに非難する。
「もうお兄ちゃん。頭を叩けば脳細胞が凄い失われるんだよ? 馬鹿にさせたいの?」
「えっ、バカになるんですか!?」
「初耳だ」
一斉に詰め寄られても困るんだが………。というかレミ、お前、さっきの辛辣の言葉と今さっきの驚きで話し方が目上の人間に対する物言いになってるぞ。
凜の言ってることは、正直に言えば俺は知らない。どうせ毎日、死んだり出来たりするものに新情報を加えられたって覚えてられるか。
だが妹の体裁もあるので、俺には否定はできない。
「人を叩くのはいけないんだぞ。叩かれて悦ぶんだったら、存分に心置きなくやってもいいんだろうけど………滅多なことがない限り、やめておくべきだ」
「まあ、確かに。新約聖書にも書かれて似たようなことが書かれていたな」
それは「右の頬を打たれたら、左の頬も差し出しなさい!」だったんじゃないかな。
聖人―――神の子を自称した人は、一体どんな気分で書いたんだろうな。小さい頃、悪用して人を平手打ちしまくった悪い記憶しかない。
話が脱線しているのに気づいたから、凜が「とにかくっ」と切り出す。
「東側の街に行く他に何か心当たりがある人物は?」
『…………』
「いない。じゃあ、決まりです。明日、出発しましょう」
『はい』
快く決まったのはイイだろう。夜も遅いから、誰もが早く寝たいだけだったのかもしれない。
なんか腑に落ちない顔をしてる奴を見ると、何となく気になってしまう。
ミレイさんは真っ先に部屋に戻り、俺は凜を先に行かせてちょっと話をする。
「何が不満なんだよ、レミさん」
「銃とやらのことを教えてもらえなかった」
「…………」
それだったのか! 確かに有耶無耶にされてたな!
「なんだ、知りたいのか?」
「私が知らないものは何でも知りたい! 特にそれが武器に関する類のものならばっ」
「そっかー」
などと感心しつつ、俺もあんまり詳しく知らなかったりする。
「製造方法とかはあんまり詳しくないぞ」
「構わない」
イイのかよ。
「銃っていわば、人を遠くから殺す飛び道具だよ。弓より遥かに威力が高くて速くて、剣で防ぐのは困難に近い」
「君がいた世界では、その銃とやらが主力なのか?」
「そうだよ。まあ、銃が開発されなかったら騎士は必要とされたかもな」
「騎士がいない? 大丈夫なのか?」
「良いんだよ。一般の人から徴兵したり、志願させたりしてんだよ。お前らの国だってやるだろ? 戦争するために、金払って若い奴を戦争に駆り出すのと同じだよ」
「君らの世界と対して変わらないんだな、形は違えどやってることは同じなんだな」
「大体、国がやることは今も昔も同じなのさ」
税金さえ払っておけば、あとは法律さえ守れば自由に暮らせる。
自由だの平等だの叫ぶ奴がいるが、俺には関係ない。
「で。話は戻って銃についてなんだが」
「早く教えてくれ」
目が爛々と輝かせるレミを余所に、俺は必死にテレビで得た知識を掘り起こす。
「火薬を使って衝撃を生み出して、それで弾丸―――例えるなら、矢の先端部分を撃ち出すんだ。ただ人差し指を動かすだけで人の命を奪えるんだってさ」
「便利だね。でも、あまり好かない」
ズルッ。
「おい、あんだけ興味深そうにしてたのに何なんだ、それは」
「人の命を奪うのに、簡単も何もあったもんじゃない」
そんなこと言われても困る。作ったのは俺じゃない。当時のヨーロッパの人たちに言ってくれ。
そんな事より、レミの言うことには同意できる。
でも、
「誰だって人を殺した後の重みを背負いたくないんだよ」
「だとしてもだ。人を殺すんだから、それ相応の痛みと覚悟を背負わなければならない」
良いこと言ってるなぁ。こういう人たちがいるけど、肌の色とか顔立ちやら何やらが違うだけで殺せるんだよな。同じ人間じゃない、とでも思ってるんだろう。
「じゃあ肌が黒い人がいたら、そいつを殺すときに罪悪感を感じる?」
「は? そんな人間、先ず同じ人間なのか?」
「うーん………まさか、そこからの疑問かー」
同じ人間じゃない。
そう喋ってきた連中が、あと何百年もの時間を過ぎて「同じ人間だ」と人権を尊重し合うんだよな。
あんまり政治とか歴史には興味ないから、話題は変わる。
「今は魔王を倒すことに専念しようか。でも、倒したら東側との争いが再燃か」
「そうなるだろうが、今は目の前の敵が最優先だ」
「俺は戦闘とか役立たずなんで、頼らないでくれよ」
「それは了承してる」
「凜と仲良くしてやってくれ」
「………善処する」
まあ、言っておいてなんだ。
ほぼ無理だろう。
互いに話を済ませたところで、俺は部屋に戻る。レミも同様だ。
ベッドに潜り込んで眠ろうとしたら、扉が開いた。
誰かが入ってきたのは解るし、その人物が誰なのかも解る。目的も理解している。
「凜。また一緒に寝たいのか?」
「ち、違うもん!」
顔を赤くした凜に否定される。違ったらしい。
凜はモジモジと落ち着かないから、こっちはどうすればいいか戸惑う。
「どうしたんだよ、いきなり」
「し、しょうがないから添い寝してあげに来たんだもんっ」
「そうかぁー」
何故にツンデレ?
「俺、別に添い寝してもらうほど寂しくないんだが………」
「ええっ? 駄目なのっ、寂しいって言わなきゃダメなのっ!」
どんな理屈だよ。
などと文言を垂れ込んでれば、凜の羞恥が限界に達するだろう。
「うん、ちょうど凜がいなくて寂しかったなぁ」
あからさまに凜の顔が華やぐも、すぐに咳払いして気を取り直す。
「しょうがないなぁー、お兄ちゃんは。しょうがないから、一緒に寝てあげる」
走りたい気持ちを押さえてるからか、凜の挙動はおかしかった。例えるなら、昭和に初めて設計されたロボットだった。
俺は体を寄せ、凜のスペースを確保する。
モゾモゾと凜は入り込んできて、俺に抱きついた。
「えへへ、暖かいや」
こっちもいろんな意味で暖かい。
すぐに寝入ったほうが、ここは楽だろう。
「お兄ちゃんは誰にも渡さない。一生、凜と一緒にいるんだもん」
最後に言っていたことは、聞かなかったことにする。