吸血鬼退治1
吸血鬼。
イメージとしては、先ずイケメンであることだ。次に処女の血ばっかり飲む美血家であることが、イメージとしてある。
この異世界でも、大体として合っている。
その吸血鬼とやらが、町外れにある古びた城を陣取っているらしい。
老朽化が甚だしい城は、草木が生い茂っているが警備してる人間がいないから容易に侵入できた。
「注意しろよ。どこに潜んでるか解らないからな」
ミレイさんが忠告してくれるけど、あいにく普通の高校生である俺は「注意散漫」との評価を受けてるので不可能に近い。
ていうか、襲ってくる奴は凜が瞬時に消してしまうので大丈夫だ。
「何がきても、私がお兄ちゃんを守るからね」
本人もそう言ってるから、あながち間違いではない。
警戒しつつも前へ進み、広間に辿り着いた。
王様が座る玉座には、黒いマントを着けた男が足を組んで座っていた。
俺に向かってウインクしたかと思えば、高笑いをする。
「よくぞ来たな。歓迎しよう、勇者よ。私は魔王に仕える上級悪魔の1人、ライザ・フェルディナンド・ルシファーだ」
「長い」
凜の言葉に納得してしまった。ミドルネームも付けたもんだから、覚えるだけでひと苦労だ。
だが、そう思っているのは凜と俺だけだったようだ。
レミとミレイさんを衝撃を受けたように、同時に思わぬ敵と遭遇して険しい顔となる。
「よもやルシファーとは。リン様、コイツを倒せば魔王へ近づく第一歩になります」
「そうなんだ、ふーん」
興味が無いのか、凜の反応は薄い。
倒すのは良いけど、確認することがある。
「おい、ルシファーだっけ? お前、あの街で男性が原因不明の病気を患って倒れてるんだけど、何か知ってるのか?」
「なんだ、そんな事か。言うまでもなく、俺がその原因だよ」
あっ、やっぱりそうなんだ。
納得していると、急にルシファーは語り出す。
「私は類い希なる美食家でな。ある日、処女に代わる極上の血を求めて旅を始めたのだ。たくさんの女性の血を様々なパターンに切り替え、配合したりして試してきた。
だが、いくら頑張っても処女に勝る血は無かった」
「テメェの過去なんか知るか」
「諦めかけていたその時だった。
偶然にも、うっかり毛嫌いしていた男の血を吸ったら処女以上の美味だったのだ」
あれ、急に寒気がしてきたぞ。
「私はある結論に達した。女性に処女があるように男にも処女があるということを………!」
ルシファーは俺に熱い眼差しを向けてくる。
より一層、寒気が感じられる。冬でもないのに。
「男の血を吸った時、あまりにも美味で興奮した俺は、その場で血を吸った男を襲った。言うなれば、男の処女を戴いた」
女性メンバーが引き気味になってルシファーを見やる。
「それで街中の男たちを襲い、血を貰うと同時に掘らせて貰った」
嫌な予感がしてきた。
「まさか街中の男たちの病気って………」
「お恥ずかしながら、腰痛と精神的ダメージだ」
ミレイさんが身内の恥、とばかりに顔を赤くして言い放った。
さっきから寒気がしてると思ったら、身の危険を感じてのことだったらしい。本能的な恐怖を感じ取っていたのか。
とんだ傍迷惑な吸血鬼だ。男の血を吸うと同時に男の処女を奪う。世の中の殆どの男性が処女だぞ。まだ童貞の血を吸うなら、理解できたかもしれん。だが、予想を遥かに超えて理解する以前の問題だった。
原因不明の病気は、謎の男専門の吸血強姦魔だった。
衝撃的過ぎて声が出ない。顎が外れたんじゃないかと錯覚するくらい、開いた口が塞がらなかった。
どっちみち俺はヤツの守備範囲に入り込んでいるのだから………!
命の危険とは別の貞操の危機が訪れて、身震いが止まらない。
その時。凜が俺を庇うようにして前に立つ。
「私は貴方を倒します。お兄ちゃんの貞操は私のものだ!」
頼もしい、と感じたことを後悔した。
そもそもお兄ちゃん大好きっ娘の凜を頼りにした時点で、何かの選択を間違っていたかもしれない。
更に衝撃を受けた今も、斜め上を行く口論は続く。
ルシファーは癪に触ったのか、鋭く凜を睨む。
「この世の男は全て俺のものだ。貴様のものであるハズがないだろう」
「でも、お兄ちゃんだけは私のものです!」
「いいや、お兄ちゃんが必ずしも君のものであるとは限らない。大人になれば甘えてられなくなるように、いつかは俺のものになって離れ離れにならないといけないんだぞ?」
大人になってもテメェのものにはならないからな。
なんて言ってしまえば、妹が変に勘違いするから、不本意だけど口を噤むしかなかった。
凜は涙目となり、反論する。
「でも………それでも、お兄ちゃんは私のだもんっ」
意固地となっているのが見て取れた。
必死に兄を取られまいとする妹の姿に、俺の我慢が臨界点を一瞬で突破した。
「言い争ってるところ悪いけど、俺はテメェのものにはならないからな」
「なん………だと?」
「いやいや、普通に考えてみろよ。俺とお前は男同士なんだぜ?」
「真の愛とは性別を超えた境地にある」
「無いよ!」
どこの特殊部隊だよ。
新しい味を手に入れた同時に新しい性癖と恋愛観、その他諸々も手に入れてしまったらしい。
そんな事はどうでもいい。
「テメェに貰われるくらいなら、妹に貰われるとかの方がまだマシだ」
「なっ………!?」
「お兄ちゃん!」
―――ガバッ。
目の前が突然、真っ暗闇となった。
顔面には柔らかい物体の感触。
すぐにそれが女性の胸だと合点がいき、誰の胸か気になる。
「私もお兄ちゃんを貰うっ。むしろ私をお兄ちゃんのものにしてっ」
普通に考えたら、凜しかいなかった。
レミとミレイさんが「兄妹でありなのか?」と疑問符を浮かべる中、俺は言葉の選択に間違って頭を抱え込みたかった。凜が抱きついてなかったら、叫びながらいずこへ走り去っていただろう。
自ら妹の依存度を上げるような発言をしてしまうなんて………俺も人のことを言えた義理じゃない。
俺が妹を引き剥がそうと努力していると、ルシファーから悔しそうな声が上がる。
「なんて事だ。まさか俺がフられるなんて………!」
「フられる以前の問題だ」
「同意します」
「グハァッ」
瓶に入った血を飲みながら喋っていたのか、レミとミレイさんのダブルアタックによって吐き出した挙げ句、空中に撒き散らした。汚い。
ようやく引き剥がした頃には、ルシファーは玉座に体育座りしてブツブツ呟いていた。
「何があったんだ?」
「ちょっと言い過ぎたかな」
「ミレイさん………それとレミさん。もっと言ってやっても良かったのに」
でなきゃ俺の貞操が危ない。
2人は微笑すると、いきなり剣を構えた。凜も同様だ。
何が起こったのか。
体育座りしてブツブツ呟いていたルシファーが、ただならぬプレッシャーで玉座から降りていた。
「もう―――」
ルシファーから尋常じゃない量の魔力が漏れ出す。
「こうなったら実力行使だ! お前らを倒してソイツを貰うっ!」
ズビシィッ!
俺に向かって指差した。
寒気を感じたのは一瞬、また別なとこから寒気を感じた。
一瞬で氷付けになりそうな絶対零度の眼差し、感じるハズのない冷気をまとった凜に引きつった笑いが止まらない。
「お兄ちゃんは私のものなの。邪魔する奴も奪おうとする奴も全て、私は消してやるっ」
聖剣を抜刀。
切っ先をルシファーに向け、戦闘が始まろうとしていた。
今回は紆余曲折の末、戦闘に入る寸前で終わりました。
本当は宿屋に泊まった時の話を書きたかったけど、それを思いついたのはこの回を書いてる最中でした。
仕方ないので、宿屋での主人公のモノローグを所々、暇つぶしに入れてきたいと思います。