勇者の凱旋
人のいない街を抜けて機関車で移動し、大きな都市へ来た。
さっきまでの静けさとは打って変わって、こっちは賑やかだ。さすが大都市だ。
「おっ、美少女が多いなこの街は」
隣で目を輝かせてるのは、本の人格を取り戻した彩華だ。
ある意味で嬉しいのだけど、所構わず発情してくるから手に負えない。手綱を握っておくだけで精一杯だ。
他のヤツらといえば、
「わっ、馬車だ」
「白雪、真ん中ばかり歩いてると馬に潰されるわよ」
「ようやく自由を噛み締めてるのだから、邪魔をしないでください」
「ちょっと! あまり離れないでください。はぐれますわよー」
賑やかだった。
早く凜を止めないとヤバいのに、呑気に旅をしている。これはこれで楽しいから、敢えて何も指摘しない。
かくいう俺も絶賛、目の前の人だかりを気にしていた。
「何アレ」
男の人口密度が異常に高い。
この集まりは尋常じゃない。
もしや凜がいるかもしれない。
そう思って人垣を掻き分けて進んだ。
その中心に出た時、俺は一気に興味を無くした。
「凜じゃなかったか」
黒縁の眼鏡を掛けた分厚い本を腰に携えた純和風の女の子だった。
見た感じ異世界に召還された人間の内の1人だろう。ランダムだから、見知らぬ人間が召還されるのは仕方ないだろう。
少女は俺に目を向けると、周囲に集まってた人たちを追い払った。
そして俺に近づいて、ニコッと笑った。
「え、ええと……」
いきなり笑顔?
そう思ったのも束の間、少女は俺の手をとって駆け出した。
『はぁぁっ?』
呆気に取られた彩華たちが追いかけてくるが、少女の脚の速さに勝てず見えなくなった。
日の当たらない路地裏。大都市で豊かな生活を享受出来てる裏では、こうして明日の飯に困ってる底辺な連中がいる。
誰もが下を向いて歩く中、少女は俺をマジマジと見る。
「貴方、氷雨よね?」
「そうだけど。いや、お前こそ誰だよ」
「知らないの?」
「知るハズがないだろう」
『じゃあ私が氷雨の最初の家族になってあげる』
脳裏に一瞬だけど過ぎった。顔も判らない少女が手を差し伸べる姿が。
頭が痛い。今までいろんなことを思い出してきたけど、鈍器で殴られたような激痛を与えられるのは初めてだ。
「大丈夫? あんまり無理して思い出さなくていいのよ」
気遣ってくれるのは嬉しい。けど、何か重要なことを忘れてるんだ。
それを思い出さないと、何か大事なものが永遠に失われそうで怖い。
でも、思い出せないから保留した。
「とりあえず君は誰かな?」
「あたしは真田幸平。ところで君は、あたしの記憶が正しければ植物状態のハズだったが」
「何の話だよ。俺は健康だ」
「逢坂氷雨だよね?」
「当たり前だろう!」
何だこの女。俺の何を知ってるんだ。
今までの人生を振り返ってみても、幸平なんて男らしい名前の女の子も男の子とも交流はない。
「お前は何者だよ。お前は俺の何を知っている?」
「あたしは氷雨と玲の幼なじみだった。君が植物状態になった後、稀に君の看病をしていた」
「看病?」
コイツは嘘をついている。
だって俺はコイツと遊んだ記憶なんて微塵もない。
最近思い出してくることに便乗して、新たな記憶を植え付けようとするなよ。気持ち悪い。
「嘘つくなよ」
「嘘なんかついてない!」
「だってお前のことなんか知らないよ。知り合いのフリを装うなよ」
「ああ、そう。じゃあ何で君はあたしの知り合いと同じ顔して同じ名前なのよ」
「いや、確かに植物状態だったってことは玲から聞いてるけど………お前と会ったことも、看病されてたとか訊いたこと無いぞ」
「何で……」
真田さんの頬から、涙が零れ落ちた。
「家族になってあげる……って、約束したのに……!」
泣きながら真田さんはどこかへ走り去った。
最後に言ったことが頭に引っ掛かる。
だってあの言葉は、確か玲が言っていたハズだ。今更だけど。
ヤツは異世界に来た影響で記憶が混同したり、書き換えられたりしたらしい。
ならば、ちゃんと正してやらないといけない。それが無理でも、ハッキリと違うって教えてあげよう。
そう決意して俺は真田さんを追い掛けた。




