否定
凜とココアの対決は言わずもがな凜が勝った。
凜の勝利を信じて疑わない俺だから、この結果は当然のように受け止める。
でも、ココアの格好は目の遣り場に困る。
ビリビリに所々破けた衣服を纏ってるから、ドキッとしてしまう。チラチラと視線が動いてしまう。
それを見てココアがニヤリと笑む。
「そんなに気になるかニャ? ニャーの体が」
「いちいちエロい言い回しするな! 嫌でも意識しちゃうだろうが!」
「お兄ちゃん……?」
「あー」
面倒くさいヤツに聞かれたか。
凜は俺が他の女に目移りするのは、どうにもお気に召さないらしい。
俺が誰と何してようが凜には関係ない。
そう言えるなら、どれだけ楽なんだろう。
今はまだ言えない。
「どうした凜。胸でも揉まれたい?」
「い、いいいきなり最低なことをしないでよ! ビックリするじゃんっ!」
「イイじゃん。俺はお前の胸を揉みたいんだ。直で」
真顔で言ってみる。これで俺がどれだけ真剣か判るハズだ。
「待つニャ! そうさせるくらいなら、ニャーの胸を揉ませてあげるニャ!」
「あ? 無いヤツの胸を揉んで誰が得をするんだ?」
「フギャンッ!」
ココアを轟沈させることに成功した。
実際、胸を揉むとしたらある方が良いよな。無いと触り心地というか何というか……感触が手にないと興奮しない。
ある意味でトドメをさしたけど、凜は納得いかないらしい。
ココアの前で剣を振り抜こうとしている姿を慌てて押さえる。
「離して! コイツは……コイツだけは殺さなきゃいけないの!」
「殺しは駄目って言っただろうが」
「そんなの知らないっ! コイツがいれば……」
凜は急に口を噤んで剣を下ろした。
こっちを真正面から向き直った。
「お兄ちゃんはどうして私のやることなすこと否定するのっ?」
「人の道理に反することを否定してるんだよ。別にお前のやること全てを否定してるワケじゃない」
「全部お兄ちゃんのためにヤってることなんだよっ? それを何でお兄ちゃんが否定するの?」
「ハァ……」
ちょっと頭にキタ。
恩着せがましいにも程がある。
「可愛い女子に好かれて嬉しくない男子がどこにいるっ? 全て自分のためにやってるんじゃないか、お前は」
「お兄ちゃんには私だけ見ていてほしいの!」
「嫌だね」
即答した。
マズい、と思っても一度喋り出したらブレーキの壊れた機関車みたく止まれない。
ただ走るのみだ。
「どんなにお前が足掻いたって俺が凜に恋愛感情を抱かねーよ」
「それでもいいから、凜の傍にいてほしいの」
凜が俺に抱きついた。
「こうして抱きつけるだけでいいの。私にはお兄ちゃんしかいないから」
上目遣いで見上げる凜の瞳には俺しか映っていない。
柔らかそうな唇に見入ってしまい、そっと顔が近づいていく。
それに合わせるように凜は目を伏せる。
互いの唇が触れ合う。
―――ヤメロ!
どこから聞こえたか判らないが、俺の心に響いた。
目の前には目を閉じた凜の艶やかな姿。
何をしようとしてた?
なんで実の妹とキスしようとしてたんだよ。いや、先ず誰か判らないが止めてくれてありがとう。
でも、この声は聞き覚えがあった。
この声は―――
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
笑顔で尋ねてくる凜。
いつも見せてくれる笑顔なんだけど、今は背筋が凍るほどに怖い。
そもそも笑顔なのか、と疑いたくなる。
それは限りなく無表情であり、何より―――
「お兄ちゃん、さあ早くキスしましょ?」
得体の知れない恐怖を与えてくるワケがない。
気づいた時には手遅れだったのか、凜は兄離れ出来ないことくらい。
俺には凜を突き放せないし、凜は俺を突き放せない。
兄妹の絆が壊れるから? 断じて違う。
判らない。なんで俺が頑なに凜を突き放すことを躊躇うのか。
「凜にはお兄ちゃんが居てくれるだけでイイの。後はなーんにも要らない」
その笑顔の正体が判った。
ドス黒く異常なレベルで病んでいる。
この笑顔をいつも見ていたことを自覚し、とてつもない恐怖心が蠢いた。
とにかく怖い。
全身が震えて力が入らない。
凜の顔が近づいてきても、動くことが出来ない。
「もうお兄ちゃんったら、妹とキスするくらいで緊張しちゃ駄目ー」
「き、兄妹でキスとかは、間違ってる、かなーとか何とか……」
これで頭を撫でれば、凜はおとなしく―――
「ひっ!!」
凜は笑っていなかった。
俺以外の人間に見せる無表情とは違う。
あらゆる光を通すことも無い闇だ。
「お兄ちゃん、どうしてキスを拒むの? いつもしてるよね、私の思い通りに動かなくなったら」
凜の抱きつく力が強さを増す。
爪が布越しでも背中に食い込み、痛みが駆け抜ける。
「ねぇ、私はお兄ちゃんと一緒にいたいの」
「俺もお前と一緒にいたいよ」
これは偽らざる俺の本音―――じゃない。嘘だ。
本当は別にいる。
幼なじみに対しては言ってない。
俺を変えてくれたあの人に―――
「お兄ちゃんと私は相思相愛だね。じゃあ誓いのキスを―――」
でも、凜には逆らえない。
兄妹でキスしちゃいけない、なんて理性では当たり前のことを囁いて拒もうとしてくれている。
でも、それ以上の強制力を凜は持っている。
抗うには根本的な部分……感情なんだ。
凜を否定するには、それ相応の覚悟を持たなければならない。
それこそ全世界を敵に回すくらいの覚悟を。
それを持てないから体が動かない。
「お兄ちゃんは永遠に私の物で在り続けるの。ずっと一緒だよ」
嫌だ。
「そんなの絶対に嫌だ!」
衝動的に動いてしまった。
凜を突き飛ばしていた。
凜は虚を突かれて、キョトンと俺を見つめている。
「駄目なんだよ、それだと。俺とお前は嫌でも離れなきゃいけないんだよ! いつかはさ。いつまでも子供みたく一緒にいられたら幸せなんだろうけど、そんなの世間が許さないし俺が許さない。お前はいい加減に兄離れしやがれ!」
凜は顔を伏せた。
「私に逆らうんだ」
表情が見えないから、余計に怖い。
何が怖いって言われたら、存在自体だよ。
「どうやら今のお兄ちゃんだと駄目みたいね」
ゆらりと立ち上がって剣を抜いた。
これは殺す気だ。実の兄貴を殺そうとしてる。
もう何もかも怖くて、ただがむしゃらに逃げ出した。
とにかく凜から逃げたくて。
暗闇の空間をひたすら走り続けて、出口を見つけた。
背後にはミレイやレミの姿が見える異世界があり、凜がいる。
助かったかもしれない。
とにかく凜から離れられるなら、どこへでも行きたかった。
着いた先、俺は違う俺になった。




