過去の幻影
「卒業式だ!」
思わず叫んでしまって、ちょっぴり恥ずかしい。
なんて思ったが、誰も私に注目しない。
あ、これ、私が見えてないんだ!
いつも視線を集めていただけに、それがないと逆に寂しい。
そこは別に問題ではない。
最も重要なのは、何故か私ではなくお兄ちゃんの卒業式を見てるのか、だ。
その時の事は嫌でも覚えてる。
お兄ちゃんがしばらくの間、素っ気ない状態で口をきいてくれなかったからだ。
「玲、ちょっと話がある」
「………うん」
ヤバい、隠れなきゃ!
って、要らないんだっけ?
だけど、近くの木に隠れるのは何となくです。
さあ、何があったか聞こうじゃないか!
「俺はお前が嫌いだ。目の前から消えてほしいくらいに」
………………………………えっ?
信じられない言葉が発せられ、私は目を丸くした。
なんで、どうして嫌いなんて言うの。2人は付き合ってたじゃん。そりゃ私は許せなくて張り合おうとしてしくじったのを、玲さんに逆恨みしたけどさ。
でも、まさかこんな展開があったなんて。
ドキドキと見守る中、玲さんが非難するような目でお兄ちゃんを見る。
「そんなに妹が大切?」
「――――」
あれ、聞き取れなくなったぞ。
うーん、その後も何か話してるみたいだけど聞こえない。
ていうか、どんどんさっきみたいに真っ暗になっていくんだけど!
ちょっと結末ぐらい見せてよ。これじゃあ、お兄ちゃんが何を言ったか解らないじゃない。
お兄ちゃんなら否定してくれてるって事を、確認しようとしたのにこれでは無駄骨ではないか。
消えないでほしい、という願いは届かなかった。
真っ暗闇となった周囲から、再び新たな世界が映し出された。
今度は一度だけ見たことがある風景だ。
私が入学し、お兄ちゃんが通う高校だった。
「あー、もう。あの泥棒猫は何をさせたいんだ」
ボヤキながら、何となくお兄ちゃんの姿を捜す。
時刻は午後5時。もう少しで教室にいる生徒が全員帰宅か部活行く時間帯だが、その前だから喋ってたり居残りとか以外で教室に残る人間は少ない。
そんな中で数少ない生徒の視線を集めているのは、私が実体化してるからだろう。見えたり見えなかったり、忙しい。
「こんにちは」
「あ………えっと………その………こんにちは………」
そこらへんにいる生徒に挨拶してみれば、皆一様にキョドってちゃんと返事してくれない。しかも普通に挨拶しただけなのに、勘違いしてしつこくなる阿呆までいる始末。
お兄ちゃん以外の男の人は、みんな嫌いだ。
お兄ちゃんは最初、1組だったけど、その後はずっと2組にいた。
で、一年一組の教室に着いた。
そこで目を疑う光景があった。
「お兄ちゃん………?」
なんで泥棒猫によく似た女と抱き合ってるの?
そしてキスまでしようとしてる!
こんなの幻覚だ! そうに決まってる!
私は泥棒猫に怪しげな魔法を掛けられたんだから、ここにいる。
これは全て泥棒猫が見せる幻影なのだ!
必死に自分に言い聞かせ、耳を塞いで目も閉じる。
こんなの悪夢だ。お兄ちゃんは私だけものなのに、何で奪おうとしてくるの。
あの女、消えてしまえばいいのに。
心の中に黒い何かが渦巻いて、不確かな形となって願いを口にする。
「お兄ちゃんの前から消えろ! この泥棒猫!」
次の瞬間、お兄ちゃんは椅子に座って外を眺めていた。ボンヤリと眺めてる姿に、うっとりと見惚れていた。
教室に入れば、足音に気づいたお兄ちゃんがこちらを見る。
「お、凜か。どうかしたのか?」
「お兄ちゃん………!」
感極まって私は抱きついていた。
「わっ、どうした」
「悪い夢を見てたの」
「そっか。俺がついてやるから、安心していいよ」
「うん!」
お兄ちゃんさえいれば、もう何も要らない。
お兄ちゃんさえいれば、私は生きていける。
そう、お兄ちゃんさえいれば―――
「本当にそれでいいかニャ?」
あの泥棒猫が現れた。
お兄ちゃんは幻影だったから、すぐに消えてしまった。
私は泥棒猫を殺気立った目で睨み、剣を抜く手に力が入る。
それでも泥棒猫は、飄々として笑い続けてる。
「ニャハハハ。幻影に依存するなんて新しいニャー」
「ウザい。確かに私からしてみれば悪夢だけど、もう引っかかったりしないよ」
「ニャハハハ! 滑稽ニャー」
何だと?
「あんなの本当にあった事に決まってるニャ」
「はぁっ? 嘘を言わないで」
「ニャーの幻術は他人の記憶からしか幻術を作れないニャ」
「だから、嘘に決まって」
「本当ニャ」
絶対に信じない。
「敵の言うことなんて信じるもんか!」
「でも、本当のことを見せたニャ」
一歩も譲らない姿勢らしい。
仮に本当だったとしても、お兄ちゃんが他の女とキス未遂するなんて有り得ない。
「お前の兄ちゃんだって青春してるニャ。彼女作ったり、人並みに恋愛したいに決まってるニャ」
「お兄ちゃんに彼女とか恋愛なんて必要ない! 私だけいればイイの!」
「ふーん」
泥棒猫は眉根を寄せ、不敵に笑む。
「でも、お前の兄ちゃんはお前を必要としてないニャ」
「アンタに何が解るのっ?」
「だって実の兄妹で恋愛とか恋人同士になるのは、気持ち悪くて吐き気がするニャ」
「それはアンタの価値観でしょ? 他の国では、結婚まで認めてるんだから!」
「お前とお前の兄ちゃんがいた国では認められてないんだから、今すぐその考え方はやめるニャ」
「うるさい!」
ニャーニャー煩いんだよ、このネコは。
正論だろうけど、それは客観的に見た第三者の意見だ。
だけど、それは本人たちを妨げる障害でしかない。害悪だ。
「認めないんだったら、力ずくで認めさせるんだからっ」
「ふーん。どうでもいいけど、お前の兄ちゃんは幼なじみを好いてたニャ」
「ウソだ!」
だって「嫌い」って言ったもん!
泥棒猫は深く溜め息を吐いた。
「これだけは言っておくニャ。お前の兄ちゃんが、お前に恋心を抱くことなんて絶対に有り得ないニャ」
それを言った刹那、泥棒猫は姿を眩ました。
最後に言ったことは、奥へと深く楔となって心に打ち込まれた。
ずっと解っていたこと。
お兄ちゃんと私の「好き」は違うってことくらい。
でも、認めない。
だってお兄ちゃんは私しか見てないから、絶対に大丈夫。焦らず時間を掛けて慎重に、お兄ちゃんを私に振り向かせる。
「お兄ちゃんは誰にも渡さないんだからっ!」
どっかにいる泥棒猫に向かって、私は大声で叫んだ。




