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修理屋と客

 ここは、かつて土地不足のために、上へ上へと建増しを続けた街。人口が激減した今も、取り壊すのが困難という解かり易い理由で、半廃墟な雑居ビルがそのままになっている。動力資源不足でエレベーターは動かず、人々は下の階に固まって暮らしているのが現状だ。

 最上階から見える景色を知らず、それを不満とも思わず、住処が風に少しずつ削られるように、いつか、自然に朽ちて崩れ果てるまで。




修理屋と客



 まるで、ロールプレイングゲームだ。

『修理屋を捜しているのなら、虫屋に聞いてみな』と、虫屋の居場所を教えてくれる。

『修理屋を捜しているのなら、配管屋に聞いてみな』と、配管屋の居場所を教えてくれる。そんなことを六回も繰り返して、ようやく挽屋にいた男が先へ進める情報をくれた。

『修理屋を捜しているのなら、旧憲兵司令部下士官アパート前に行ってみな』

 少し聞き取り難い話し方だったけれど、わたしが広げた地図にマルを打ってくれた。渡したペンは先が潰れて返ってきた。呆然として裂けたペン先を見つめたが、当然、元には戻らない。ヒヨコ模様が可愛いお気に入りのペンだったので、すぐ捨てる気にはならず、またペンケースにしまった。


 アパートはよく知っている道沿いにあった。門柱に彫られた文字は、溝に塗られた色が殆ど剥げていた。勿論、当時のままだから、旧という文字はない。鉄柵はコンクリートの門柱に蝶番だけを残してなくなっていた。人が住まなくなったアパートのひとつだろうか。

 敷地の中を覗くと、正面玄関前の階段に彼がいた。



「ようこそ」



 わたしは、ここに来るまで、修理屋がどんな人間であるかを想像したつもりはない。老人であろうが、中年であろうが、学生であろうが、今、目の前にいるような子供であろうが、噂が本当ならそれでいいのだ。

 修理屋は片方の目が緑色である他は、これといって特徴のない顔立ちをした男の子だった。


「あなたが修理屋なら、これを直せる?」

「直せというなら直すよ。ただし、これは難しい仕事になるから、それに見合う料金を取るよ」


 修理屋はカゴの中で動かない小鳥を、一目見るだけでそう言った。青い宝石と金で作られた小鳥の中身は精密機械。細工師は百二十年も前に亡くなっていて、今ではこれを作れる職人はいない。けれど、機械なら何でも直す男の話を耳にして、わたしはその噂を追いかけた。わたしは彼が必要なのだ。どうしても、どうしても、必要なのだ。




 やはり、ロールプレイングゲームだ。

 修理屋に解体屋の所で鍵を借りて来るよう言われた。どうして、こう、いちいち手順を踏まないとダメなのだろう。解体屋は何処かと訊ねると、修理屋はわたしが最後に会った男だと答えた。いいや。最後に会ったのは挽屋にいた男だ。そう言うと、昔は持ち込まれた肉を挽くだけの商売をしていたのでそう呼ばれたが、今は違うとの事。思い出した。それは教えられた場所の、わたしが知っていた呼び名だった。


「ああ、五番目の人も解体屋って言ったっけ」

「そう。あんた、されないように気をつけなよ」


 にこりともしない子だ。冗談を言うタイプには見えないので、どう反応していいのかわからなかった。





 集合住宅の一階にある店の奥で、さっきの男が大きな肉の塊を解体していた。前髪を小さな女の子がするように横で結んでいる。邪魔だというなら、もっと他にやりようがあるだろうに。

 窓ガラスを叩いて呼ぶと、男は特徴ある眠そうな目をこちらに向けた。妙な形の包丁を手にしたまま出て来られたので、思わず後ろに下がってしまった。


「鍵?…へぇ、あいつ仕事受けたんだー」


 解体屋はそう言って配電盤の扉を開けると、中から鍵束を取り出した。直径五センチ程のくすんだ色をした金輪に、大小十以上の古鍵が付いている。


「それ、全部持って行って。好きに使えって言っといてよー」


 どうやら、解体屋は修理屋が仕事をする場所の持ち主らしい。管理人かもしれない。仕事を兼ねるのはよくある事。だけど、そんなことは、わたしにはどうでもいいから考えない。重い鍵束を手に、わたしは急いで修理屋の所へ走った。


 川を越えて南の工場区。建物を覆う複雑な形状をしたパイプライン。骨組が剥きだしになって壁の役目を果たしていない壁の向こうに、腐食した巨大な機械が見える。時折、軽いものがコンクリートに落ちる音がする。錆びて剥がれ落ちた金属の破片だ。しゃらり、しゃらり、皮膚に心地良い音がする。


 途中、いくつもの扉を開けたが、修理屋は毎回似たような鍵の中から、迷い無く合う鍵を選んだ。奥の区間は稼働していたが、作業員の姿は見当たらない。機械音と振動。これが伝わって、さっきの建物はああなったのだろう。


 やっと到着した部屋には大きな木の机と部品棚。どう使うのやら見当もつかない小型の機械が沢山と、大きな機械が少し。修理屋は小鳥を籠から取り出すと、左目に合わせたスコープを調節した。そして、何も言わずにいつのまにか修理を始めていた。わたしは、機械の事はわからない。彼のしている事が、どんなにすごくても分からない。



ピーッ・ピーッ・ピーッ


 突然、安っぽい電子音が耳を塞ぎたくなる音量で鳴り響いた。


「出て」


 修理屋は手が離せないのか面倒なのか、わたしにそう言った。赤いランプが点滅しているマイクのスイッチを入れると、ムー…という低く震えるような音がして、横のモニタに不鮮明な映像を映し出した。

 解体屋だ。背景から、中央区の街角にある公衆電視電話からである事がわかった。


『メシー』


 ……が、何?と思う間もなく、修理屋に右手を上げるように言われ、モニタの前でその通りにすると、通信は切られた。今の横着なやりとりの意味はさっぱりわからない。修理屋は一方的に切られた電話を気にする様子もなく、淡々と作業をしている。集中しているというより、あくまでも淡々と、だ。だから、話しかけるのもかまわないような気がした。


「今の、何なの?」

「夕食をここで食うか外に出るか聞かれた」

「どうしてわたしに右手を上げさせたの?」

「ここで食う時は左手、外で食う時は右手を上げる事にしているから」

「こっちからの音声は向こうに届かないの?」


 壊れているなら直せばいいのに。修理屋なんだから、と不思議に思った。


「向こうには届くよ。でも、あいつには聞こえない」

「 どうして?」

「耳、聞こえないんだよ」

「…だけど、わたしが言った事、わかってたわ。それに、さっき店で呼んだ時は振り返ったわ。後ろからだったのに」

「呼んだだけかい?」

「えーと、窓を叩いたけど」

「振動。それで振り返ったんだよ。あとは読唇術。だけど、それは不鮮明で大きな動作でないとわからないから」


 修理屋はドライバの先で、電視電話のモニタを指した。解体屋の話し方はクセがあって聞き取り難かったけれど、聴覚がある者と変わらない。生まれつきではないように思えた。だんだんに聞こえなくなっていったのか、突然なのか、そんなことを考えていると、修理屋に暇なら使いに行ってくれと言われた。行き先は道具屋。ここに辿り着く前、汚れた服を着た大男に行けと言われて行った場所だ。頭髪も眉も剃った猫目の青年が店番をしていた。

『修理屋を捜しているのなら、○○に聞いてみな 』 と、台本のように皆と同じセリフを言ったけれど、彼だけが笑って 『 お嬢さん、またおいデ』と付け足した。


再び橋を渡り、修理屋のアパートの前を通って、道具屋へ。道具屋は店先で大男と茶を飲んでいた。確か、配管屋だ。頬杖をついた彼が、からかうように言う。


「よぉ、ねーちゃん。修理屋は見つかったかい?」

「おかげさまで」


 嫌味でそう言ってやった。クソオヤジと続きそうになった言葉は何とか飲み込んだ。


「修理屋にこれを取りに行けと言われたの」


 修理屋から預かった5514DRFSPという番号しか書かれていないメモを渡すと、道具屋は奥から小荷物程度の箱を持って来た。


「ご注文の充電式インパクトドライバ。スライド式ニッケル水素バッテリ搭載ネ 」

「ここ、何でも売ってるの?」

「捜し物を捜す店ネ。店にある物も売るヨ?」

「こんなガラクタ、ゴミ屋だって持って行きゃしねぇや。だがな、ねーちゃん。こいつはこの世にある物なら何でも調達しやがるぜ。自分はこのボロ店から動かねぇのにな」


 道具屋は唇から片八重歯をにゅっと出して笑っている。本当に猫みたいな人だと思って見ていると、猛スピートで近づいて来たバイクが土煙をたてて店の前に止まった。咄嗟に顔を伏せ、きゅっと目を瞑る。


「先週、連れてたねーちゃんじゃねぇな」

「先月、連れてたお嬢さんとも違うネ」

「何で女ってのは、酷ぇ男が好きなのかねぇ? 」


 配管屋と道具屋の会話がエンジン音に紛れて聞こえる。顔を上げると、視界が黄土色に煙る中、解体屋の顔が見えた。彼はバイクに跨ったまま、サングラスを上げてわたしが抱えている箱を指した。


「それ、修理屋のー?」


 わたしは大袈裟なほど大きく頷いた。


「乗りなよ」


 と、言われても、解体屋の後ろには、ぽってりと厚い唇が色っぽい女の人が乗っている。三人乗りなんて危ない事は遠慮したい。首を振ると、解体屋は自分の背中にぎゅうっと大きな胸をくっつけている女の人に言った。


「用が出来た。下りてー」

「そんなぁ。こんな所で下ろされても困るわ」


 女の人はサイドミラーに解体屋の顔を確かめ、彼から自分の口が見えるように喋っている。けれど、解体屋が前を向いたまま女の人の腕を掴んだかと思うと、彼女の体は道に転がっていた。


「あーあ、美人が道に座り込んで大泣きしてらぁね。勿体無ぇよなぁ。拾えるモンなら拾いてぇや」

「ゴミでもあんたには拾われないネ」

「お前な、さっき言った事怒ってんなら、そういう顔しろや」


 道具屋も配管屋も慣れた様子で茶をすすっている。だけど、わたしはこんな人に慣れていない。この状況に混乱しつつ、まずは、女の人を起こそうと近づくと、今度はわたしが解体屋に腕を掴まれた。


「乗って」


 この人、本当に力が強い。もたもたしていたら、今度はわたしが投げられるような気がする。修理屋はやはり、冗談を言うタイプではなかったのだ。




 コンクリート塀の向こうに、角度は違うけれど、さっき見た大きな煙突がある。裏門からなら、修理屋がいる場所まではすぐだった。解体屋は門に巻かれた太い鎖を紐のように軽々と解く。しかし、地面に投げ出された鎖の鈍い音と足に伝わった振動で、それがかなりの重量を持つとわかった。


「早かったね」

「この人がバイクの後ろに乗せて運んでくれたの」

「修理屋ー。まだかかんのー?」

「いや、今日はここまでだよ」


 修理屋はスコープを外した左目を布で覆った。休ませるためだろうか。少し疲れた様子だ。


「じゃあ、メシ食いに行こ」


 解体屋の言葉に、修理屋は胸の前で手を短く動かした。手話なのかもしれないし、また、二人だけに通じる合図なのかもしれない。返事はどうだったのか、解体屋は机の上に座り、足をぶらぶらとさせている。それから、手に触れたドライバを握ると、机の傷をギギギ…と更に深く削って遊び出した。修理屋は咎めもせず、するりとそれを取り上げて、何事もなかったかのように道具入れにしまった。


「待つってどのくらいー?…そ、小1時間ね。いーけど中途半端にヒマー」

「それなら、あの女の人の所に戻ってあげればいいのに…」


 わたしは、人前でなりふり構わず泣いた彼女が可哀相だった。なのに、この男は全然気にしてないのだ。あんまりだ。だから、つい、ぼそりと独り言を呟いてしまったのだ。


「女ー?」


 サングラスで隠れた目が、わたしの顔を見ていたとは全く思わなかった。ぎくりとして、後に続く言葉は途切れ途切れになる。


「あ…だから、さっき一緒にいた…人…」

「んー?何で一緒にいたんだっけ。あー・・・あ、仕事の後にシャワー使ってたら誘いに来たからヤってー、そしたら腹減ってー、メシ奢ってくれるって言うから外に出てー、道具屋の前にあんたがいたから拾ってー、修理屋とメシ食う事になったんだよね」


……何故、そうなる?それとも、解体屋の思考は、本当にこの言葉通りなのだろうか。


「部品から作るから、時間かかるよ。二週間から一ヶ月。あんた、急いでるようだけど、俺の他を捜しても無駄だよ」


 愛想のない修理屋の声が、わたしの疑問などおかまいなしに話を進める。


「それで、いくらで直してくれるの?」

「三十五萬 」

「それなら出せる。お願いするわ」

「修理屋ー。メシ、やっぱ運ぶー?」

「いや、休憩したら大丈夫だ。少し寝る」


 何となく、わかって来た。修理屋がここに篭る時は、解体屋が食事を運んでいるのだ。それで、さっきの電話だ。


「じゃあ、わたし帰る」

「あんた、家はこの近くかい?」

「鳥通りの西」

「解体屋。中途半端にヒマなら送ってやるといい。往復すれば、丁度俺を起こす時間だ。途中、虫屋の所で茶でも飲んで時間を潰せばね」


 修理屋は解体屋にそう言うと、病院の待合室にあるような長椅子に体を横たえて、官給品のタッグが付いた薄い毛布を体に巻きつけた。


「いいっ!大丈夫。一人で帰れる」

「じゃ、行こっかー」


 どうして聞いて(見て)欲しい言葉は逃すのだ解体屋。がっくりと机に両手をついているわたしの事などどうでもいいのか、解体屋はさっさと部屋を出ようとしている。けれど、ジーンズの後ろポケットに手をつっこんだ途端、くるりと戻って来て修理屋を揺すった。


「修理屋ー。さっきバイクのキーも取り上げた?ないんだけどー」

「仕事を終えるまでは俺の客だ。面倒事はごめんだよ」

「そうそう事故らないって。ダメ?そ、わかったー」








 裏門の両端には、ひょろっと背の高い水銀灯が立っている。十八時になると、一本だけがぽうっと点いて、真下のバイクをやわらかい光で照らした。まだ日は暮れきっていない。けれど、すぐに夜は来る。


「これに乗ればすぐなんだけどねー。修理屋がああ言うから歩いてくよー」

「バイク、好きなの?」

「配達に使うから店のヤツをもらっただけ。あいつは機械が好きだけど、俺は興味ないよー」


 ああ、それで、昼間は中央区の公衆電視電話を使っていたのかと納得する。少し遠いけれど、中央区の電視台通りは人が多いから、料理屋も多い。ちゃんと仕事をしている人間なら、そんなにヘンな人でもないかもしれない。まだ、少し怖いけど。

 点いている電灯は少なく、稼働していない工場に囲まれた道はひたすらに薄暗い。裏門を離れてからは、お互いの顔もよく見えないので黙々と歩く。修理屋が止めなければ、この男はこんな視界の悪い道も平気でバイクに乗り走っていそうだ。いや、実際、走る気でいたのだった。


 五分も歩くと、前方に横長く居住区の明りが見えた。ヒビ割れたアスファルトの道一本を隔てて、世界はがらりと変わる。物干しロープに裸電球と洗濯物が下げられっぱなしの路地は、机ひとつ程のスペースに少しの品物を置いた店が並ぶ。

 この辺りは皆、あまり商売っ気がない。呼び込みもせず、うとうとと半分眠っている。虫屋もそんな一人だ。

 一斗缶の中で廃材を燃やし、穴を沢山空けた蓋の上にヤカンを置いて湯を沸かしている。解体屋はその前にしゃがみ込み、勝手にお茶をいれた。


「俺、腹減ってたんだっけ。茶ー飲んだら余計に減ったじゃん。爺ー、食うもんはー?」


 これまた勝手に虫屋の荷物を探る。大きな身体をしているのに、修理屋よりもよっぽど子供だ。案の定、虫屋に頭をポカリ叩かれている。居眠りしていた老人にしては素早い動きだ。

 虫屋には今日、まだ日が高い内に会っている。わたしの顔を見て、しゃがんでいる解体屋の足を蹴り、何でお前さんが連れ歩いているんだと聞いている。何でだっけー、と、へらり笑っている解体屋に、修理屋はわたしを送った後にここに寄ればいいと言ったのだと教えてやりたい。




か くん



 わたしは膝の後ろを蹴られた人間みたいに体のバランスを崩し、虫屋の机に倒れこんだ。器をいくつか落としてしまい、売り物の蟋蟀が目の前を飛び跳ねて逃げる。


「どうした、貧血か?」

「爺ー、逃げた虫捕まえたらさっきの弁当くれるー?」


 上の方から二人の声が聞こえる。起き上がろうとするけれど、手足は反応しない。動かせるのは眼球だけだと気づき、わたしは迷子札のように首から下げていたカードを目で二人に示した。


『わたしが倒れていたら一般の病院ではなく下記住所の診療所へ運んでください。そして、修理屋を呼んでください。お礼します』


 一応、作っておいて良かった。視界は停電した室内のように真っ暗になり、一瞬、横に細く赤い光線が走った。その後は、もう何も見えない。耳は、聞こえる。ああ、そうだ。声は、まだ出せるだろうか。


「…○ン○ン」

「何だ?」

「そう修理屋に伝○○…」

「音が抜けてわからん」


「レンレン。そう言ったー」

「そうか。女の子にはよくある名前だがな」

「修理屋には意味があるんだろ。爺、あいつに連絡して。俺はこいつを運ぶから 」

「ここに書かれている場所までか?お前さんにしては親切なこった」

「修理屋の客だからね。でなきゃ、ここに捨ててくよー」


 声の位置で、解体屋に担がれたとわかる。体に一定のリズムで伝わる振動。

 ことん、ことんと、揺れるこの感覚は知っている。昔々に乗った電車のようで眠くなる。



   キ ィーン



 これも知ってる。飛行機が飛び立つ時の音だ。もう、長く、高い空にそれを見ていないのに。

 ノイズ。解体屋の声が遠くなる。


「あんた、重い。やっぱ、捨ててっていいー?」



 もう、何も見えない。聞こえない。

 解体屋が最後に聞いたのは、何だったのだろう。音だろうか。誰かの声だろうか。

 無遠慮な質問だけど、わたしは、この男に聞いてみたかった。





 聞いた事があるけど、思い出せない。そんな音で目が覚めた。ぼんやりと見えた映写機のシルエットで、すぐにフィルムが回る音だとわかった。


「……なら…だろう?こんなフィルムもすぐに手に入れたくらいだ」


 変声途中のかすれた声。修理屋だ。


「これはオリジナルではないヨ。個人所有の非公開フィルムではあるけどネ。ニホンの大金持ちが所有していた『ダイアナ』が二十年前に停止。これは、その三日前の記録映像」


 これは道具屋の声。わたしは体を起こして、二人の背中の向こうに映し出された映像を見た。ゆっくりとゆっくりと同じ歩幅で歩くダイアナの姿。わずかな言葉を繰り返し話すだけだった妹。わたしよりもずっと大きな体で、外見年齢は十も上だった。マリリン・モンローに似た容姿は客の趣味。


「ヨシザキ博士が製作したと認定されているのは五体。〇三年製『ダイアナ』。〇八年製『クララ 。一一年製『エリザベート』。一六年製『メアリ』。二二年製 『華子』。いずれも個人所有のため、後に博物館に寄贈された華子以外の情報は少ない」


 修理屋が懐かしい妹たちの名前を連ねた。


「この記録、面白いネ。新しい順に壊れてル。それとも、直せなかっタ順かナ」


 書類をパラパラとめくって、道具屋が愉快そうに笑う。


「どっちも正解だよ。新しい順に構造が複雑で、直せなかった」

「修理屋。お嬢さんが起きたヨ」


 フィルムを止める為、体の角度を変えた道具屋が、先にわたしに気がついた。修理屋も振り返る。また左目を布で覆っている。利き目で疲れているか、こちらの目の方が弱いとか、あるのかもしれない。


「一応、後で解体屋に礼を言った方がいいよ。ここまで運んだだけでなく、修理中もあんたの体を移動させるのはあいつに頼んだから」


「わたし、重いから、あの人、本当に途中で捨てて行くと思った」


「あいつは牛より軽いものなら大丈夫だよ」


 牛…豚と比べられるよりはマシかもしれないけど、牛…。ちょっと引っ掛りながらも、修理屋に礼を言った。


「これも直しておいたよ。腕試しなら、もう意味がないけどね」


 アメでも配るように渡されたのは、鳥篭の中で首を傾げ囀る青い小鳥。扉を開けてやると、とん、と入り口に足をかけ、宝石の付いた翼を広げて飛んだ。


「この青い鳥はヨシザキの師が作った物なの。ヨシザキが亡くなる時、この小鳥をわたしに渡してこう言ったの。自分が死んだらこの小鳥を直せる腕を持つ者を捜しなさい。その人ならわたしの構造を理解して直す事が出来るって。見つからなかったら、それがお前の寿命だって」


 鳥は部屋の中を何周か飛び回ると、すぅーっと下りてきてわたしの指にとまった。


「記録によれば、ヨシザキ博士は二一二六年に亡くなっている。あんた、六十年以上そいつを捜していたのかい?」

「ううん。捜し始めたのはつい最近。わたしは寿命というものを迎えてみたかったのかもしれない。でも、ようやく壊れ始めた頃に、思い出しそうになった事があるの。わたしはそれを知りたい。修理屋、わたしを直してくれてありがとう」

「仕事だ。修理代はもらうよ。三百萬」


 手元に置いている現金は少ない。ヨシザキは価値が変わらないからと、財産の殆どを金に換えてわたしに遺した。地下に二人を案内して聞いてみる。


「これで足りるかしら?一生分」


 修理屋が小さく落胆したような溜息をついたので、わたしは十年分ならどうかと聞こうとした。


「あんた、よく知らない人間にこれを簡単に見せるもんじゃないって教えてもらわなかったのか?」

「あら、人に見せるのは初めてよ。だって、ヨシザキは言ったの。鳥を直せた人にだけ見せなさいって」

「そいつがあんたを壊してこれを奪うとは考えなかったのかい」

「あのね、ヨシザキは言ったの。たかが天才に鳥を直すのは無理だって。直せる人間がいるとしたら、そいつは天才ではなくて変わり者だって。だから、心配無いよって」


 わたしの言葉に道具屋が笑い出した。笑うとますます猫目になる。眉がない分、表情に乏しくなりそうなものだけれど、修理屋の方がよほど無表情だ。




「君がいたヨコハマの研究所は博士の亡命後、沢山の人間が侵入した形跡を残して放置されたままになっていたヨ。もう、中には何もないみたいニ。実際、ヨシザキが完成させた最初の人型ロボットの名前は-Lingling-玲玲-レンレン。そう当時の侵入者が知り得た事以上の情報は、あの場所にはなイ。ボクには、語り継ぐには少な過ぎる情報だと思えるけド、この名前はそっちじゃ有名なのかナ?修理屋?」

「俺たちにとってヨシザキ博士の名前はヒューマノイドで知られているわけじゃない。他の人間がどのくらい関心を持っていたかは個人差があるだろう。俺は先輩から聞いたが、玲玲機が現存するとは思わなかったし、触れない物に関心はなかった」




 ニホンでは、飛行場の近くに住んでいた。華子がアメリカに売られてすぐに、ヨシザキとわたしはこの街に移り住んだ。この街の住人は皆、少しだけ変わっていて、わたしも紛れてしまえるからとヨシザキは言った。

 ヨシザキが年を取ってからは、歯も顎も弱くなって肉の塊を噛み砕けなくなったので、よく挽屋に肉を持って通った。彼の死後は通う必要もなくなり、店の呼び名が変わったことも知らなかった。

 そんな事を思い出していると、修理屋がぼそり、ぼそりとかすれ声で言った。


「この設備がなかったら、あんたの修理にはもっと時間がかかっていたよ。年単位で。あんたは増築を重ねた建造物のようで、シンとなる部分が随分と古い。それでも、俺は確かに構造は理解出来たよ。あんたの行動、思考、全てに説明は出来ないけどね。いずれにしろ、あれこれと調べる気はない。あんたが機械なら、俺は直せる。重要なのはそのくらいだ」


 修理屋にしては口数が多い。ああ、そうか。この人は本当に機械が好きなんだ。嬉しい。



 元は診療所だったこの家で、ヨシザキは研究を続けていた。研究所に比べれば、ここに設置出来た設備などわずかなものだ。でも、わたしは機械の事はよく分からない。修理屋の腕がどんなにすごくても、やはり分からない。

 わたしは薬棚からノートの束を出して修理屋に渡した。ヨシザキのノートは亡くなる三ヶ月前で終わっている。びっしりと書かれている専門用語はさっぱりだけれど、最後の数行なら読める。


『人の魂が何処から来るのか、私はLinglingに訊ねたが、Linglingは何を聞かれているのかわからない様子だった。私達が人に生まれたように、Linglingはロボットとして生まれた。機械である自分の存在に疑問はない。だから、これは、機械が人になりたいと願い、人になったというお伽話ではない。ただの、奇跡だ。』


 わたしはわたしとして生まれた。それ以外の者になりたいと願う理由はない。

 説明が要るのなら、こう言えばいいのだろう。わたしは、ただの奇跡なのだ。



2099 『玲玲』 起動

2103 『ダイアナ』 起動

2108 『クララ』 起動

2111 『エリザベート』 起動

2116 『メアリ』 起動

2122 『華子』 起動

2126 芳崎薫死去

同年 『華子』 停止

2131 『メアリ』 停止

2154 『エリザベート』 停止

2162 『クララ』 停止

2170 『ダイアナ』 停止


2190 『玲玲』 修理屋を訪ねる


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