伝えたい言葉
自分がつまらない人間だとは自覚している。
趣味らしい趣味も無く、友人らしい友人も居ない。
過ごす日々は単調で、学校に通う傍らに見えた景色はひどく色褪せて見えた。
きっと自分はこのまま消えるように、誰からも気にとめられず死んでいくのだろう。
そんな事を考えた罰なのだろうか。
信号待ちをしていたところに、トラックが狙ったように突っ込んできたのは。
突然の事に逃げる隙もなく、トラックは幾人かの通行人や標識もろとも、俺の体をなぎ倒した。
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目を覚ましたら異世界だった。
なんて事があるはずもなく、未だ回らない頭のまま突きつけられたのは、片足が無いという現実。
他にも体の中も外もぐちゃぐちゃで、臓器移植を含む大手術のおかげで何とか命を繋いだと聞かされたが、片足が無いという事実が大きすぎで、詳しくは覚えていない。
それでも痛む体は、迷惑なくらい現実というものを知らせ、押しつけてきた。
あわてて駆けつけてきたらしい両親は、俺の姿を見て号泣した。
その様子に申し訳なくなったが、少し申し訳ないだけで終わる自分はやはり人としておかしいと、冷静に思う自分が居た。
――少し胸がチクリと痛んだ。
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リハビリの最中に渡された義足は酷く無骨で、棒の先に足形がついた単純なものだった。
訓練用のもので、望めば本当の足そっくりなものも作れるらしいが、見た目にこだわる気もないため断った。
歩行訓練は予想以上に辛かったが、淡々とした性格が幸いし、文句も出さずに黙々と続けられた。
周囲は凄い精神力だと褒めたが、決して誇れる事ではないだろう。
やることがないから無いからやっている。ただそれだけなのだから。
――少しだけ胸の内で苛立ちが浮かんだ。
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義足にも慣れ、普通の生活に戻ることができた。
まだ歩き方はぎこちないが、ズボンの裾をまくりでもしない限り、義足だとは誰にも分からないだろう。実際体育の授業を見学するまで、クラスメートの誰も俺が義足だと気づかなかったのだから。
義足だとばれてから、クラスメートがうざくなった。
段差を歩く度に注目し、何か重いものを持とうとすると大丈夫かと駆け寄ってくる。
ありがたいことだが、やはりうざい。
そして他人の好意を煩わしく思う自分に落胆した。
――それでも感謝している自分が居た。
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夢を見た。
視界いっぱいに広がる青い空。その空を遮るように、女性の顔が現れる。
誰かの名を呼びながら、その女性は泣いていた。
女性に見覚えはない。
呼ばれる名は自分のものではない。
目覚めてみれば、夢の内容は曖昧で、女性の顔もすぐに薄れていく。
だけど瞼の縁から、一滴の涙が零れた。
――胸が締め付けられるように痛んだ。
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ある日おかしな事が起きた。
いや、起こしたと言うべきかもしれない。
学校からの帰り、慣れた時間に電車に乗り、特になにも考えず電車を降り、駅を出たところで違和感に気づく。
全く知らない場所だった。
少なくとも自分には見覚えはないし、自宅からは二駅は離れている。
何故こんな場所で降りてしまったのか。
そんな疑問を置き去りにするように、歩き慣れた道を行くように、足と義足は動いた。
たどり着いたのは、大きな川のそばにのびる土手沿いの道路。
傾いた夕日を受けて輝く水面に、水鳥が何羽か浮いている。
どこにでもある見慣れた光景。
だけどそれがかけがえのない大切なものに思えて、知らず頬を雫が流れていた。
――胸の中に切なさが浮かんだ。
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またあの夢を見た。
見下ろしてくる女性はやはり知らない人で、泣きながら誰かの名前を呼んでいる。
それが悲しくて、何とか泣きやんでほしくて、だけど口から言葉がでない。
薄れていく意識の中で、それでも伝えたい言葉があった。
目が覚めて、夢が遠くなっても、その言葉だけは胸に残っていた。
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事故現場に来た。
あれ以来避けていたそこは、既に事故の痕跡は綺麗に消されていて、亡くなった人のために捧げられた花だけが、静かに事故があった事実を告げていた。
そんな場所に、新しい花を供えている人が居た。
明るい亜麻色の髪の女性。会ったこともないその人の後ろ姿に、既視感とともに哀愁が胸に広がった。
視線に気付いたのか、女性が振り向き、俺の顔を見て少し驚いた顔をする。
俺は彼女を知らないが、彼女は俺を知っているのかもしれない。
だって「僕」は俺と同じ病院に運ばれたのだから。
「……ありがとう」
口から出た言葉に女性が驚き、俺も驚いた。
「……僕は幸せだったよ。心残りはあるけど、姉さんと一緒に居られて、姉さんの弟で良かった」
残り香のように一言だけ覚えていたはずの言葉は、随分と多くなっていた。
それに驚きつつも、ただ伝えられた言葉を、伝えたい言葉を紡ぎ出す。
「僕は幸せだったよ。だから、泣かないで。幸せになって、笑っていて。……姉さん」
僕の言葉を聞いて、女性は笑みを浮かべ、それでも堪えきれなかったのか涙を零した。
そんな女性の顔を隠すように、俺は無意識にその顔を抱きしめるように胸に押しつけていた。
止まった俺の心臓の代わり。新しい僕の心臓が、その存在を主張する。
その鼓動が「ありがとう」と言っているように、俺と女性には聞こえた。




