元王子の力
アラン茂みの中に隠れて二体の魔物の様子を見ていた。一体は先に片付けた二体と似たような小型の四足の魔物で、もう一体はエリルが倒したのと似ているが、巨大な斧を持っている物騒な奴だった。
「水の精霊よ」
そうつぶやいてからアランは茂みから出ると、その二体の正面に自分の姿をさらした。魔物達はすぐにそれに気がつき向きを変える。それに向かってナイフが振られると、水でできた刃が勢いよく飛んだ。それは四足の魔物を鮮やかに切り裂く。
それからアランは前方に走りながら、左のナイフも抜く。魔物はそれに向かって走りながら斧を振り回してきた。アランはそれを軽い身のこなしでかわすと、ナイフで魔物の足を切りつける。
だが、それは浅く、魔物に決定的なダメージは与えられない。アランは勢いのまま魔物の後ろにまわると、止まってからナイフを構えた。魔物も巨体に似合わぬ素早さで振り返ると、斧を振りかざして突進する。
振り下ろされた斧をアランは横に移動してかわし、さらに間髪入れずに横薙ぎにされた斧は転がってかわした。
アランは膝をついた体勢から地面を蹴ると同時に左手のナイフを空中に投げ、そのまま魔物の顔面に左手を突きつける。爆発が魔物の頭に直撃し、その巨体がぐらついた。アランは落ちてきたナイフをつかむと、魔物の足を二本のナイフで深く切る。
深手を負った魔物はその場で膝を地面につく、アランはその膝を踏み台にして飛び上がると、一瞬でナイフを逆手に持ち替え、魔物の首に突き立てた。
魔物は斧を落とし、もがきながら後ろ向きに倒れる。アランがナイフを握る手に力を込め、さらに深く抉ると、魔物はしばらくして動かなくなった。アランはナイフを抜いて血を払ってから鞘に収め、その場を立ち去った。
その頃、料理を済ませたエリルはバーンズに留守番を任せ、出歩いていた。別に村の人間が何を考えていようとどうでもいいことだったが、せっかくだからその事情でも調べてみようと考えた。
昨晩村を調べて気になっていた集会所のような大きな建物の近くにまで来てみると、昼間だというのに完全に閉め切られ、表の入口には一人の見張りらしき者が立っている。
エリルは誰にも見つからないようにその裏にまわると、見張りに立っている村人に音もなく近づいて、自分の姿が見られるよりも早く一撃を加えて意識を刈り取った。
見張りの体を隠してから、エリルは鍵の内部を小さく爆破してドアを開けた。中は薄暗く動いている人影もなく、空気が淀んでいて妙な熱気がこもっている。
薄暗い室内に目が慣れてくると、藁が敷かれただけの床に何人もの様々な年齢の人間が寝かされているのが見えた。エリルはその光景で自分の想像が正しかったのを知った。
「やはり疫病ですか」
そうつぶやいてから、エリルは小さな火の玉を出して空中で固定すると、その明かりで室内を調べだした。まずは病人のことをよく観察してみると、全員高熱で意識が朦朧としているようで、見覚えがないはずのエリルを見ても特に変わった反応はない。
エリルにはその疫病の診断はできなかったが、深刻な状況であるのはわかった。それから入口近くの机に向かうと、その中を静かに漁り始める。そして一枚の紙を見つけると、それに目を通してからベルトに挟んだ。それから手を軽く振って火の玉を消すと、入ってきた裏口から静かに外に出て行った。
「なるほどな」
バーンズはエリルが持ち帰ってきた紙を見て自分のあごをなでた。
「疫病に魔物の二重苦で、訪れた旅人にたいして追いはぎのようなことをしていたようですね」
「我々にもそうするつもりだったのだろうな。魔物を退治すればそれでよし、駄目でも荷物は自分達のものにできる。それにしても、なぜ中央に助けを求めなかったのだろうな」
「恐らく疫病で村が隔離されることを恐れたのではないでしょうか。もっとも、魔物のおかげでその努力も無駄になったようですが」
「そうだな。それに、もうアラン様がお帰りになる頃だろう」
そこでタイミングよくドアが開けられ、アランが入ってきた。
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
エリルはすぐに立ち上がり、アランにタオルを手渡した。アランはそれを受け取り顔を拭うと、すぐにベッドに腰かけた。
「魔物は四体、全部片付けてきたよ」
「さすがです。ところで、もう一仕事あるのですが」
「もう一仕事?」
「はい。この村には疫病が流行っているようなのですが、アラン様の力ならばその苦しみを少しでも和らげることもできると思うのですが」
「疫病か。それならすぐに行こう。場所は?」
「ご案内します。バーンズ様もご一緒に」
三人は連れ立って、さっきエリルが侵入した建物の前に来ていた。そこには村人が何人か集まっていて、物々しい雰囲気になっている。エリルは何も知らないような態度でしてそこに近づいていった。
「どうかしましたか?」
エリルが聞くと、昨日食事を持ってきた女が一歩前に出た。
「いえ、お客様方には関係のないことです」
「そうでしょうか? 疫病、だったら私達にも関係がないとは言えないと思いますよ。そこを通してもらいましょう」
エリルは目を細めてから足を踏み出した。女は行く手を遮るようにその場から動かない。
「手荒なことはしたくないので、どいてもらえますか」
冷たい声がエリルの口から発せられ、眼鏡の奥の目も、その声と同じように一瞬冷たい光を放った。女はそれを見ると一瞬硬直してから、よろめくようにしてその場からどいた。
エリルが足を進めると他の村人達も同じように道を開け、三人は建物の前にたどり着いた。まずはエリルが火の玉を出して中に入り、アランとバーンズもそれに続く。
エリルの灯した火でアランは室内を見回す。それから寝かされている疫病患者に近寄ると、しゃがんでその額に手を当てた。その体勢のままアランは目を閉じて、しばらくその体勢を維持してから、ゆっくりと目を開いた。
「これは簡単に治るものじゃなさそうだ。とりあえず体力が持つようにしておくようにして、回復するまで体が耐えられるようにしておくしかない。早速取りかかるよ」
そう言うとアランはその場に座り、全身の力を抜いた。すると、その背後に薄い水の影のようなものが現れ、それが広がると寝ている患者達を包んでいった。
「水の精霊よ、癒しの力を」
小さくつぶやくと水の影が淡い光を発した。室内に入ってきていた女はそれを見て驚きのあまり固まる。
「すぐには治りませんが、これでこの方達は大丈夫ですよ」
エリルの言葉に女は顔を動かし、その顔を見た。それにたいしてエリルは笑顔を見せると、口を開く。
「では、私達は別の問題について話し合いましょうか。バーンズ様はアラン様をお願いします」
「わかった。任せる」
バーンズはそれだけ言うと、アランの近くに移動し、守るように立った。