道中のこと
一行が町を出発してエリルの考えたルートに入っていくと、段々と人気がなくなっていった。
「魔物が出るという噂はかなり信じられているようですね」
エリルが周囲を見回しながらつぶやく。道は狭く周囲は林で見通しは悪い。アランは荷台の上で寝転がっているだけで何の反応もしない。馬車から降りて横を歩いていたバーンズはエリルと同じように周囲を見回しながら相槌をうつ。
「動物もあまりいないようだ。この様子では魔物が出るというのもただの噂ではなさそうだな」
「せっかくですから適度に姿を現してくれると腕ならしにちょうどいいのですが」
「それは勘弁してほしいな」
アランは寝転がったままつぶやくが、エリルは特に気にせず、自分の腰に差してある棒に軽く触れる。
「これを実戦で試しておきたいんです。アラン様も見てみたいと思わないんですか?」
「それより屋根のある場所で眠りたい」
「見たら驚きますよ。なにしろ最新の武器ですから」
アランはため息をついて姿勢を変えると、とりあえず目を閉じてみた。
さらに数日後、いよいよ道は荒れておかしな雰囲気が増してきていた。さすがにアランも寝転がるのはやめて、いざという時に多少は動きやすいように体を起こしている。バーンズはやはり馬車から降りて歩いている。
「なんか嫌な感じだな」
アランはつぶやいて右手でナイフを抜いた。エリルはそれに振り向く。
「何か感じるんですか?」
「それほど具体的なもんじゃないけど、まあなんとなく」
「なんとなくでも、アラン様の言うことなら気をつけておいたほうがよさそうですね」
エリルはそう言うとバーンズの方に顔を向けた。
「バーンズ様、少し馬車を止めようと思うのですが」
「わかった。私は先を確認してこよう。ここは頼む」
バーンズはそう言うと先に歩いていった。エリルは馬車を道端に寄せて止めると、御者台から飛び降りる。
「アラン様、馬を見ていてください。もし魔物が出てきても私が対応しますから」
「頼むよ」
アランはそう言って荷台から降りると馬の側に移動した。エリルはそれはわかっているかのようにそれを確認もせずに馬車から離れ、近くの茂みに近づいていく。しばらく立ち止まってそこをよく観察していたが、おもむろに茂みに向けて足を軽く振る。
その瞬間、振られた足の軌道から爆風が発生し、茂みを吹き飛ばした。だいぶ見通しはよくなったが特に何も見当たらない。しばらくそのあたりを見ていたがあきらめて、今度は道の反対側に向かう。
そちら側でも同じようにして茂みを吹き飛ばすと、今度は何かが逃げるのが一瞬だけ見えた。だが、エリルはそれを気にせずに馬車のほうに戻る。
「とりあえずこの近くに魔物はいないようですので、バーンズ様が戻ってくるまで待ちましょうか」
「何も出ないほうがいいんだけど」
「そうですか? ここで魔物を片付けておくのも悪くないと思いますよ」
「勇者の務めってやつ?」
「そうとも言えますね。やる気になりましたか?」
「倍増したよ」
二人はそれから馬車の側でバーンズが戻ってくるのを待つことにした。戻ってきたバーンズは剣を抜いて手に持っている。エリルはそれを見て眼鏡の位置を軽く直す。
「魔物が出たのですか?」
「おそらく新種の魔物らしい変わった小物が一体だけ出た。片付けてきたのだが、まだ他にもいるだろうな」
「そうですか。どうします、アラン様?」
アランは頭をかいてからため息をついた。
「わかったよ。せっかくだから魔物の相手をしていこう。ひょっとしたら新種に遭遇できるかもしれないしね」
「そういうことですから、バーンズ様は馬車をお願いします。魔物は私とアラン様で探して片付けてきますから」
「わかった。アラン様を頼む」
バーンズはそれだけ言って馬車を守るような位置に立つ。アランはそれを見ると仕方なくという感じでエリルの後についてその場を離れた。
「で、魔物のいる場所に心当たりなんてあるの?」
「バーンズ様の行っていた方向に行けばいるんじゃないですか。死体があるなら、それに引き寄せられているかもしれませんし」
二人がある程度進むと、バーンズが倒したと思われる魔物の死体が転がっていた。それは小さな四足の魔物で、確かに変わった魔物だった。
「ピットデーモン、に似ていますが違いますね。確かに新種のようです」
アランはその死体をチラッと見たが、すぐに顔を上げて林の方向を見た。
「何か来る」
エリルがそれに反応して顔を上げると同時に、木を薙ぎ倒しながら巨大な何かが飛び出し、二人に向かって突進してきた。二人は左右に別れてそれをかわし、すぐに身構える。
その何かは人間の三倍はある巨体で、二本の角を生やし、巨大な牙とまるで石のような肌、所々錆びていたりするが、巨大で無骨な鎧のようなものを身につけていた。武器は持っていないが、巨大な手と鋭い爪は十分強力な武器と言える。全体的にオーガと呼ばれる魔物に似ているが、明らかに違うものだった。
アランはもう一本ナイフを抜こうとしたが、小さな火の玉が魔物の肩に直撃し、その注意がエリルの引き付けられた。
「アラン様、せっかくですからこれは私が相手をしますよ」
エリルは眼鏡を外すと、腰の棒に手を伸ばし、そのうちの一本を手に取った。だが、そこに魔物が一気に近づいて腕を振り下ろす。エリルはそれを軽くステップしてかわすと、手に持った棒を左の腰の棒に叩きつけ、つながった状態になったものを引っ張り出す。
次は魔物の腕が横に振るわれたが、エリルはそれに足をかけて飛び越えながら、左手でもう一本の棒を取り、右手の棒の先端に連結させた。
さらに逆方向から魔物の腕が襲いかかるが、今度は地面を転がってそれをかわすと、最後の一本を放り投げ、右手の棒を突き出して空中で繋げる。それからエリルは後ろに飛び退いてその棒を槍のように構えた。
「よく見ててくださいよ、これが魔法槍です!」
その言葉と同時に、棒の先端から炎が噴き出し、それが槍の先端の形状になった。エリルは踏み込むとそれで魔物の胴を薙ぎ払う。炎の穂先は鎧の内側に入り込み、魔物の体を直接焼いた。体を焼かれた苦しみで魔物は数歩後ずさった。
エリルは手を休めずに連続で突きや払いを繰り出し、魔物をどんどん追い詰める。魔物は苦し紛れにがむしゃらに腕を振り回すが、エリルはそれを簡単にかわして距離をとった。
それから槍を構えると一度炎を消し、静かに力を集中させた。その手からわずかな放電が起こり始め、槍の先端に集中していく。
そこに魔物が恐ろしい勢いで突進してくる。エリルはそれをしっかり引き付けると、足を踏み出し、その瞬間に槍の先端から凄まじい閃光が走った。
アランは思わず一瞬目をつぶった。そして再び目を開けたときには、口から煙を吐き、胴体に穴を開けた黒焦げの魔物が倒れていくところが見えた。エリルはそれを確認すると、アランのほうに戻って来ながら、槍を元のばらばらの棒にして腰に戻した。ついでに眼鏡もかけなおす。
「どうでしたか?」
「すごい威力だったよ。でもあそこまでやらないで、原形を残しておいて詳しく調べたほうがよかったような」
「新種の存在が確認できたんですから上出来じゃありませんか。この調子ならまた遭遇できそうですし、それはその時にやりましょう」