魔物の波
だが、アランが考えるようなのんびりしたような事態にはならなかった。しばらくすると、街の東の森に大量の魔物が忽然と姿を現し始めていた。
警備の兵士達から連絡がすぐに入り、街は慌しく動き出したが、その魔物達の前には一人、アランだけが立ち塞がっていた。
「さて、魔族はとりあえず他の皆に任せるとして、僕の相手はこいつらか」
「アラン様!」
そこに兵士を引き連れた将校が走ってきたが、アランはそれに軽く手を振った。
「ここは僕が引き受けるから、君達は街の守りを固めててくれれば大丈夫だよ」
「しかし、あれだけの数が相手では!」
「大丈夫だよ。仲間達も僕のことを信頼してここを任せてくれたんだからね」
「しかし、アラン様の身に何かあっては」
「執政からずいぶんきつく言われているらしいね。でもあれくらいの魔物なら僕が一人でやったほうが都合がいいんだ。とりあえず、任せてもらいたいね」
将校はどうすべきが迷ったようだが、結局自信満々のアランの様子と、執政から何かを聞かされていたせいか、従うことにしたらしかった。
「はい。わかりました」
「少し地形が変わるから、後片付けはよろしく」
「はっ?」
将校はアランの言ったことに多少疑問を感じたようだったが、特に何かを聞くこともなく兵士達と共にその場から立ち去っていった。それを見送ったアランは、静かに両手を地面につける。
「さて、少しばかり乱暴に行こうか」
アランを中心として少しずつ地響きが始まった。そして数十秒後、アランのいる場所を中心として一気に地面が陥没した。
「水の精霊よ!」
鋭い声と同時にアランの周囲、陥没した地面を囲むように十二本の水柱が立ち上った。アランがゆっくりと右手を上げると、その水柱はアランを中心として回転を始める。
「大地の精霊よ!」
すると地面が砕け始め、水柱は回転しながらそれを巻き上げると、その色を黒く濁らせていった。
そして、その回転する水柱が全て黒い濁流となると、アランは左手を上げながら立ち上がった。そして、その手を軽く振り下ろす。
「いけ」
水柱のうちの一本が空中で巨大な球状になり、魔物に向かっていった。轟音が響き、魔物の大軍の一部がそれが破裂して発生した濁流に飲み込まれる。
「これなら足りそうか」
つぶやいたアランが右手を横に振ると、さらに三本の水柱が球状になった。その三つの水球は一発目と同じように魔物の大軍に突っ込んだ。それで発生した濁流は魔物を飲み込み、周囲の地形も大きく変えてしまう。
それを街の見張り塔から見ていた将校は想像を絶する光景に絶句していた。
「話には聞いていたが、まさかこれほどとは。これでは少し地形が変わるくらいでは済まないな」
「もし敵だったらと思うと、ぞっとしますね」
「まったくだ。しかし、味方であればこれほど頼りになる方もいない。魔物どもも運がないな」
「そうですね」
そうして将校と兵士が会話しているうちにも、アランは魔物を掃討し続けている。さらに三発、連続で水球が魔物に向かって撃ちこまれて行った。地形を大きく変えながら魔物達もまとめて大量に駆逐されていき、すでに半分以上は濁流に流されていた。
「残りは五発。まあ足りるかな」
アランが軽く手を振ると、水柱は一層大きくなってアランの目の前に並び、巨大な水の壁を形成した。アランは両手を勢いよく打ち合わせた。
すると、水の壁はその頂上部から前方に崩れ始め、巨大な波となって魔物の大軍に襲いかかっていった。
魔物の大軍はその黒い津波に飲み込まれ、一気に押し流されていった。残ったのは五分にも満たないだけの、もはや大軍とは呼べない数だけだった。
アランは二本のナイフを抜いてその残りの魔物達に向かって走り出した。
その少し前の時間、アランがちょうど最初の水球を放った頃、ミラはエリルとティリスの二人に合流していた。
「アラン様が始めたようですね」
エリルはアランが戦っている方向を見ながらつぶやいた。
「なあ、本当に一人で大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。というか、アラン様が本気を出したら私達が一緒でもできることはありません。それにさっきも言いましたが、あれにまともに対応できるのはアラン様だけですから、私達は魔族に警戒すべきなんですよ」
「そうだったな」
ティリスはそう言ってから、何かに気がついたようだった。
「なにかいるぞ、あっちだ!」
ティリスが走り出すと、エリルとミラもそれを追った。そして数分走り、小さな藪の前に三人は到着した。
「特に変わったところもないようですが」
エリルはその藪や周囲を見回してそう言うが、ティリスはいきなり自分の右の拳に炎をまとわせた。
「下がってろよ!」
ティリスが拳を地面に叩きつけると、そこから炎が走り、藪は一瞬で燃え上がった。そして、その炎の中、黒い影が数十体立ち上がった。
「本命か?」
ミラは聖剣に手をかけた。だが、エリルはそれを制するように前に出る。
「いえ、おそらく違います」
「そうだ、ここから離れた場所からも臭うぜ」
それからエリルは立ち上がっていたティリスの肩に手を置いた。
「ティリスさん、あなたはミラ様と一緒に本命を探してください。ここは私が引き受けます」
「だけど、けっこう数が多いぜ」
「大丈夫です、私はあなたよりも強いんですから。それより、ミラ様の邪魔をしないように気をつけてくださいよ」
「チッ! もうちょっとまともなことは言えないのかよ」
しかし、ティリスはすぐに笑って、自分の肩に置かれたエリルの手を軽く叩いた。
「気をつけろよ」
「ええ」
それからティリスとミラはその場から走り去っていった。一人残ったエリルは立ち上がった黒い影を見ながら、魔法槍の準備をする。
「さて、悪魔はすでにいないはずですから、あなた方を生み出したのはあの魔族でしょうか」
落ち着いた声でエリルは影に向かって問いかけたが、当然答えがあるはずもない。エリルは自嘲とも取れるような笑みを浮かべ、魔法槍を構えた。