勇者再臨
アランはバーンズが呼んだ名前を咀嚼していた。それは両親から何度も聞いた、伝説となっている勇者の名前だった。だが、その勇者は明らかに若すぎる。
「エリル、勇者を見たことがあるかい?」
「遠くからならあります。しかし、あれではまるでその時と変わっていません。十五年前と」
エリルの声には珍しく驚きが含まれていた。
「消えた時と同じ姿で現れたわけだ」
それだけ言うと、アランは口を閉じてタマキのことをじっと見つめた。その視線を感じたのか、タマキはオメガデーモンを無視して振り返ると、まずはバーンズに向かって手を上げた。
「久しぶり。けっこう老けたんじゃないの」
「いえ、それよりタマキ様は以前と変わっていませんね」
「まあ、それは色々あってさ。それより、そっちにいるのがエバンスとヨウコさんの息子か」
タマキはアランのことをじっと見る。
「確かに、あの二人の子どもっていう感じだな。ああ、俺はタマキだ、よろしくな」
背後にオメガデーモンがいるにも関わらず、タマキはリラックスした様子で手を上げた。アランもなんとなく同じようにする。
「俺のことは、まあ聞いてるか。実はここに来る前にお前の両親のところには顔を出してきたから、大体のことは聞いてる。なかなか大変そうだな」
「まあそれは大変なこともあるけど」
「だろうな。でもまあ、とりあえずこの悪魔は俺が相手をするから、とりあえず見ててくれ」
タマキはそれからまたオメガデーモンを見上げた。
「待たせたな。これからお前の相手をしてやるよ」
そう言うと、タマキはマントを羽織った。それはすぐに漆黒に染まって、風もないのにはためていみせる。
「それより、さっきの攻撃は穴があったな。おおかた、アランに止めを刺さないようにしておいたんだろ。体を奪うためにな」
「ふん、その通りだ。人間にしては強い力を持っているからな」
「だけど、それはさせない。お前にはこの世界から退場してもらうからな」
タマキが右拳を握ると、強烈な魔力の波動がその場に満ちる。その力にアラン達は圧倒され、後ろに下がる。
「いくぜ!」
タマキは一直線にオメガデーモンに向かって飛びたった。オメガデーモンはとっさに障壁を展開するが、それは一瞬だけタマキの突撃を止めただけで、あっさりと打ち砕かれる。
「十倍! バースト!」
オメガデーモンが強力な爆発に巻き込まれる。だが、その姿はいきなりタマキの背後に現れた。
「わかってるぜ!」
タマキは体を反転させながら、その勢いで回し蹴りを放つ。オメガデーモンはそれを腕で防御するが、衝撃で体が流れる。タマキはそれから右手に雷をまとわせた。
「ライトニングブレード!」
雷が刃のような形になり、それがオメガデーモンに振り下ろされた。雷の刃はオメガデーモンの腕を切り落とすが、なんとか距離をとったオメガデーモンはすぐにその腕を再生させてしまう。
「外したか」
タマキがつぶやいて腕を軽くふると、雷の刃は放電して消えた。それからタマキは両手を腰にあてて、軽く笑ってみせる。
「さて、今のお前が俺に勝てる要素はないと思うけど、おとなしくやられてくれる気はないのか?」
「断る。貴様など今ここで葬ってやろう」
オメガデーモンは体中から濃く粘度のありそうな闇を滲ませた。その体は少しずつその闇に侵食され始める。タマキはそれを見て笑顔を引っ込めた。
「やっぱりおとなしくはしてくれないか。そりゃそうかもな」
そう言うと、タマキは左の手のひらを上に向け、火の玉を発生させた。それを下から見上げていたアランは小さくつぶやく。
「あれは次元が違う感じだね」
そのつぶやきにエリルはうなずく。
「そうですね、伝説の勇者の力がこれほどとは思いませんでした。これでは私たちの介入する余地はありませんね」
「あっちの魔族もおとなしくしてるみたいだし、今は見ているだけが良さそうだね。それより、さっきのライトニングブレードっていうやつ、あれってあのライトニングの応用だよね」
「そうだと思います。おそらく、より力を集中させることで、周囲を巻き込むことを避けているのでしょう。しかし、それを体の一部のように使うというのは、体にかかる負担を考えるとなかなかできることではないですね」
「なるほどね」
その間にも、タマキは自分で発生させた火の玉を握りつぶした。左手に炎が燃え移るが、タマキは特にそれを気にした様子はない。
「いくぜ、メテオフィスト!」
声と共に左の拳から燃え盛る岩のようなものが発生し、左腕全体を覆っていく。
「くらいやがれ!」
タマキはオメガデーモンにその燃え盛る腕で殴りかかる。オメガデーモンはそれをかわすが、タマキはそれにかまわず連続で攻撃を繰り出していく。
「あれはメテオストライクの応用だね」
「はい。勇者様は魔法を使った格闘戦が得意なのですね」
アランとエリルは下からそれを見ながら会話をしている。その間にも、ガードの上からだが、タマキの左腕がオメガデーモンにヒットした。
「ぐおお!」
うめき声を上げながらオメガデーモンは地面にまっすぐ落ちていく。だが、タマキはそれより早く降下して今度は左腕でそれを打ち上げた。
タマキはそのまま地面に降り、上空でなんとか静止したオメガデーモンを見上げた。それから、左腕を振って燃え盛る岩を地面に落とした。
「さて、まだまだいくぜ」
そしてタマキは一瞬でオメガデーモンよりも上空まで飛び上がると、今度は両手を広げた。
「ブリザードストーム!」
タマキを中心として小さな竜巻が発生し、その体をさらに上昇させながら高速回転させる。
「トルネードクラッーシュ!」
超高速できりもみ状態のキックがオメガデーモンを貫いた。タマキは地面に激突するまえに回転を止めて、多少は地面を掘って止まってみせる。
「お、おのれ、これでは私の悲願が」
体に大穴を空けられたオメガデーモンは、まだなんとか空中で静止しながら地面のタマキを見下ろした。タマキはそれにたいして、振り向きもせずに口を開く。
「お前は生きたかったんだろ。何もない世界を漂う純粋な力じゃなく、しっかりとした存在としてな」
それから、タマキは首から下げている狼の形をしたアミュレットを取り出す。
「お前らは体は持てないかもしれないけど、誰かと一緒にいることはできるんだ。何も人のものを奪うようなおかしなこだわりは持たなくてもいいんだぞ」
そこで、タマキの取り出したアミュレットが生きているかのように口を動かした。
「タマキの言う通りだ。我のようにしても生きることはできるのだぞ」
「ほら、お前の同類のサモンもこう言ってる」
だが、オメガデーモンは体の穴を再生させてから首と手を強く振った。
「貴様らなど、この私から見ればゴミだ! 同じ道など存在しない!」
タマキはそれを聞いてため息をついた。
「たくっ、わからずやだな」