嵐の前の
翌日、アランはバーンズと共に街に出ていた。
「アラン様、今日はこれからどうされるのですか」
「昨日ので予定がなくなっちゃったからね、まあ散歩かな」
「しかし、落ち着いて散歩というわけにもいかないようですね」
バーンズの言う通り、街の人々はアランを見ると話しかけようとしたり、注目したりで、落ち着いた雰囲気とは程遠い。
「まあそうだね。でも、これくらいなら問題はないよ」
「そうですね。マグダレン様もしっかり手をうっていただいいるようです」
「あとは悪魔達がどう動いてくるかだけど、無差別に攻撃してきたらどうしたもんかな」
「そうなりますと、我々だけでは間に合わない可能性もありますね」
「そうかもしれない。でも、もし魔物の大群が攻めてきたら手段は選んでいられないから、この街にも多少は被害が出るかもしれないね」
「アラン様、そこまでやるおつもりですか」
「そうなったらだよ、できるだけやらないつもりだから」
そして、また街の違う場所では、エリルとティリスが歩いていた。
「しかし、魔族とかそういう連中も一気に来てくれりゃ楽なのにな」
「そんなことが起きたら大変なことになりますよ。少し考えればわかると思いますが」
「そうか? まとめて片付けられれば楽じゃないか」
「いいですか、そうなったら街に被害が及ぶでしょうし、簡単なことではないんです。私達の力にも限界がありますからね」
「それもそうか。じゃあ、こっちから探し出して叩くのがいいよな」
「それができればいいのですけどね。相手も簡単には姿を現してくれません。だからこうして見回っているんです」
「でもな、こんな街中にいるもんなのか?」
「おとなしくしていれば、普通の人には魔族と人間の区別はつきません。ティリスさんはわかるようですけどね」
「まあ、あたしは鼻が利くからな」
「だといいですね。しかし、魔族を見つけたとしても、あまり先走った行動はとらないでください。あなたの力は以前よりも強力になっているんですから」
「それもそうだな。まあ見とけよ、しっかりやってやるから」
エリルは何も言わずにティリスの顔を少しの間見てから、やはり黙って前を向いた。
そして、ロニーとレンハルトはトルビン邸に残り、中庭で互いの武器を構えていた。
「俺達はここに残ってていいのかな」
構えたままロニーは口を開いた。
「今はとにかく、この技を完成させましょう。私もロニーさんのおかげで新しい気導術の使い方が見えてきたところですから」
レンハルトも構えを解かずに答える。
「そうだな、それができれば俺ももっと戦力になれるか。今のままじゃ、ちょっと居づらいところもあるしな」
「それは私も同じですから、集中してやりましょう」
「ああ」
ロニーはポールアックスをまっすぐ振り上げた。レンハルトはそれに応じるように盾を前面に突き出す。
「オラアッ!」
ロニーがポールアックスを勢いよく振り下ろすと、そこから細い縦の衝撃波が発生し、レンハルトに迫る。
「破!」
だがレンハルトはそれに合わせて盾を突き出し、広範囲の衝撃波を発生させた。二人の放った衝撃波が空中で激突し、それが渦を作りながら一つにまとまっていく。しかし、それはしばらくして勢いを弱めると、消えてしまった。
ロニーはそれを見てため息をついた。
「また駄目か。俺のほうがうまくできてないのか?」
「いや、タイミングがうまくいってないみたいですね。もう一度やってみましょう」
「ああ、そうだな」
二人は再び構えをとった。
その頃、ミラとソラの二人は街の見張り塔に立っていた。
「今のところ、おかしなことが起きる様子はないみたいだね」
「それは昨日もそうだったから、気は抜けないじゃないか」
「わかってるよ。でも、もし師匠達がいたらどうするかなと思うんだけど」
「今はいないんだから、私たちで何とかするしかないってことくらいわかってるでしょうが。何を今さら」
「そうなんだけど、なんとなく感じるんだよ。これから何か想像を超えたことが起こりそうな気がしてしょうがないんだ」
「何かか。まあ、それは私も感じてる。師匠達から逃れたあの残りかす悪魔が出てきてるんだ。それにおかしな魔族が三人も関わってる。これで何も起こらないほうがおかしい」
「それに、アラン様もいるわけだし」
「そうだな。あんたと同じ二つの精霊の加護を受けていると言っても、その潜在能力はずっと大きいんだよな」
「完全に力を解放したら天災級だと思うな。でも、アラン様の性格だと、よほどのことがない限りその力を使うことはないだろうね。安心していいのか、心配すべきなのか」
「それは大丈夫じゃないか、多分。今は一人じゃないんだから」
ソラは黙ってうなずいた。
「全員、心構えはしっかりできているみたいだね。これなら楽しめそうだ」
ファスマイドは街の上空に浮かびながらつぶやいた。
「何が楽しみなのだ」
「完全には程遠い悪魔といっても、それなりに強いし、その配下というか、まあ活きの良さそうな若い魔族も絡んでいるようだし、面白くなると思うよ。フィエンダ、君もよく見ておくといい、きっと君が研究しているものにとっても、参考になるだろうからね」
フィエンダはファスマイドの言葉に眉だけ動かした。
「なぜ貴様がそれを知っている」
「楽しそうなことはなんでも知るのが僕の趣味だからね。君が精霊の力を研究していることは知っているよ」
「ほう」
「そのためには、今最高の力を持ってるアラン君の力を見ておきたいだろうね。力を使うような状況に追い込まれるのは、君にとっては嬉しいことじゃないか?」
「それが見るに値するものならばな」
それだけ言うとフィエンダは黙りこんだ。そのまま二人は黙っていたが、ファスマイドがその沈黙を破る。
「ところで、レモスィドはどうしてるのかな」
「知らんな。余計なことをしなければそれでいいが」
「僕と違って彼は直接手を出すのが好きだから、そうはいかないかもね。どうしてもというならフィエンダ、君が止めればいい」
「ほう、だがそれでいいのか? あれが何もしなくても問題がないと思っているのか」
「そう思うのなら、よく見ておくといいよ。人間の強さをね」
「勇者とやらもいないのにか」
「勇者と言っても、彼だって人間だったんだ。一人で強かったわけじゃない」
「わからん話だな」
「見ていればわかるよ。ああ、レモスィドがあんなところにいた」
ファスマイドはレモスィドの姿を一際高い屋根の上に見つけた。フィエンダもその視線を追ってレモスィドを見つける。
「何を考えているんだろうね」
ファスマイドはつぶやくが、フィエンダは黙ったまま目を逸らした。