追い詰められた結果
屋根の上でアランとフラウトゥーバは静かに対峙していた。下では兵士達が集会所に集まった人々を避難させている。
フラウトゥーバはそれをちらりと見てから、アランに向かって笑った。
「人間は弱いな。ほとんどはただ、ああして逃げることしかできない」
「それがなんだって言うんだい? 力なんていうのはほんの一面でしかないよ」
「ほう」
「戦うのはそれができる人間がすればいいことなんだ。まあ君のような存在にはわからないことかもしれないけどね」
「わからなくてけっこうだ。私が興味があるのはお前だからな」
そしてフラウトゥーバは右手を突き出し、そこに火の玉を出現させる。
「さあ、始めようじゃないか」
そこで先にしかけたのはアランだった。屋根がへこむほどの踏み切りをすると、フラウトゥーバに正面から突進していった。
「甘い攻撃だな」
フラウトゥーバが右手を握ると、火の玉が爆発して、炎の壁を作った。だが、アランは全く躊躇せずにそこに飛び込んでいく。
「水の精霊よ!」
声と共に右のナイフが振るわれ、水の刃が炎を切り裂いた。アランはその隙間を潜りぬけてフラウトゥーバの目の前まで到達する。
そこでさらに左のナイフを振るうが、フラウトゥーバは素早く左に回っててそれをかわす。そして左手に炎をまとわせると、それをアランに向かって振った。
だが、アランはそれを身を屈めてかわすと、フラウトゥーバに低い体勢から体当たりをした。それは空を切ってアランの体はそのまま屋根から飛び出していく。
それを予測していたか、アランは空中で姿勢を崩さすに、着地と同時に前転して受身をとりながら着地した。フラウトゥーバはすぐに追い討ちをかけようとせず、屋根の上からアランを見下ろしている。
「周りを見てみろ、ほとんどの人間は逃げているようだぞ。これならお前も何も心配することはないだろう」
「そうらしいね」
アランは立ち上がると、フラウトゥーバを見上げた。フラウトゥーバは屋根のふちに足をかけて身を乗り出す。
「さて、ここで提案だ」
フラウトゥーバの突然の一言に、アランは表情を変えずに口だけ動かした。
「聞こうじゃないか」
その返答にフラウトゥーバは満足そうにうなずく。
「今から一撃、強力な攻撃をしてやる。お前がそれを防げれば、この場は退いてやろう」
「僕の返事がどうだって攻撃はするつもりだろう? まあ、本当に退くっていうなら受けるよ」
「それなら、行くぞ」
フラウトゥーバが右手を空に向かって掲げた。火の玉が発生し、どんどん大きくなっていく。
「伝説の勇者ならこれくらい簡単に使ったと言うが、おそらく防ぐこともできたのだろうな。お前はどうかな?」
そしてその右手が振り下ろされると、巨大な火の玉がアランに向かってゆっくりと落ちていった。アランは落ち着いた様子でナイフを地面に突き立てると、両手を体の脇に下げた状態でそれを見上げた。
「やらないわけにはいかないね」
アランは両手を体の前で組み合わせた。
「大地の精霊よ」
アランの目の前の地面が盛り上がり、火の玉にたいして壁のようになった。それに火の玉がぶつかる直前、アランは目をつぶり、組んだ手に力を入れた。
「大地と水の精霊よ!」
その瞬間、火の玉を囲むように左右と後ろに土の壁が出現し、続けてその周囲から水が噴き出し、火の玉は水と土の壁に包まれた。
そして、火の玉は正面の壁にぶつかった瞬間、激しく爆発した。だが、その爆炎はアランが作り上げた水と土の壁に阻まれ、上にだけ抜けていく。
「その程度でいつまで防げるかな?」
フラウトゥーバの言葉通り、爆炎はおさまるどころか徐々にアランの作り出した壁を押し広げていく。アランはそれを押さえようとするが、むしろ爆炎はさらに勢いを増していった。
「さあ、弾けるぞ!」
水と土の壁が割れ、中の火の玉が全方位に弾け飛ぼうとし、爆炎の光が周囲を照らした。しかし、その光が引いた時には焼かれた地面と砕けた壁しかなく、周囲への被害は全くなかった。
「ほう、なんとか防ぎきったか」
それだけつぶやくと、フラウトゥーバは屋根の反対側に飛び降りていって姿を消した。アランは地面に突き立てていたナイフを手に取ると、それを鞘に収めた。
それからアランは周囲を見回したが、何も見つけられずにその場に立ち尽くした。
その夜、アランはトルビン邸の食卓でその出来事を仲間達に話していた。話が終わると、まずはエリルが口を開く。
「アラン様が攻撃を防いだわけではない、というのは本当に間違いないのでしょうか?」
「それは間違いないよ、僕が作った防壁は間違いなく破られていたはずなんだ。だけど、何かがあの爆発を防いだ。それが何かはわからなかったけどね」
「ファスマイドの奴のおせっかいってことはないんでしょうか」
ミラがそう言うが、アランは首を横に振った。
「たぶん違うかな。もっと大きな、何か得たいのしれないものを感じたんだ」
「そうですか。しかし、それが何にせよ、敵ではないのならそれほど気にすることもないと思います」
エリルがそう言うと、アランはうなずいた。
「まあそうだね。今は気にしないことにしよう。でも新しい強力な敵が出てきたんだから、それの対策は考えないとね。あれは一人でどうこうできる相手じゃないよ」
「そうですね。ところで、ミラ様とソラ様はこれからどのように行動されるのでしょうか」
「一応アンネットのアイデアで遊撃隊として動くことになってる。今回はまだ動いてなかったから対応できなかったけど、次は大丈夫になるんじゃないか」
ミラの言葉にエリルはうなずいてから口を開く。
「そういうことでしたら安心ですね。そういうことでしたら、私たちも一人にならないように行動したほうがいいでしょう。少々相手を侮っていましたね」
「それは確かにそうだね。最低でも必ず二人一組になって行動することにしよう。それで、ミラさんとソラさんが到着するまでは戦うよりも街に被害を出さないように時間を稼ぐことに集中したほうがいいかな」
「私もそれがいいと思います」
バーンズが真っ先に反応して、口を開いた。
「ミラ殿やソラ殿と協力すれば、悪魔や魔族でも撃退することは可能でしょう。とにかくその体勢でしばらくは様子を見るのがよいでしょうね」
一同はそれにうなずくが、ミラだけは笑顔で手を振った。
「バーンズさん、殿なんてやめてくださいよ。昔みたいに呼び捨てでいいですから」
だが、バーンズは微笑を浮かべて首を横に振る。
「いいや、ミラ殿もソラ殿も今では私よりもはるかに強いのだ。その実力に見合った敬意を表しているまで」
「またまた、調子がいいんだから」
ミラは笑って水をぐっと飲み干した。だが、むせてしまう。ソラはその背中を叩きながら口を開く。
「姉さん、バーンズさんはそういう人なんだから、諦めたほうがいいよ」
なんとなく、それから食卓はなごやかな雰囲気が支配していった。