白昼の襲撃
トルビン邸で、エリルは事務室として借りている部屋に一人で残ってなにやら仕事をしていた。しばらくは何も邪魔が入らなかったが、そこにロニーノックをして入ってきた。
「あれ、アランはいないのか」
「アラン様なら出かけていますが、何かご用ですか?」
「いや、大した用じゃない。でもちょっといいか」
「少しならかまいませんが」
ロニーは手近な椅子を引き寄せて座った。
「今まで聞く機会がなかったんだけど、なんていうか、アランはずっとあんな感じだったのか?」
「いいえ、旅に出てからアラン様は変わりましたよ。まあ雰囲気は変わりませんが、当然王宮ではあのほうが変わっていますから、今のほうが自由に楽しんでおられるのは間違いありません。それは確かにアラン様は一見気さくな方ですが、何も屈託のない方ではありませんので」
「そうなのか、色々あるんだな」
「ええ、傭兵とはまた違った苦労があるのですよ。しかし、私の個人的な見解を述べさせてもらえば、アラン様が今こうして自由にしているのは喜ばしいことですね。それには一応あなたも役に立っていると思いますよ、ロニーさん。まあティリスさんほどではないと思いますが」
「ティリスと? そういうふうには見えないぜ」
「私はアラン様とは長いので、大体わかります」
「そうか。じゃあ俺が特になんか特別にやったほうがいいこととかはないよな」
「ええ、そうですね。今のままでいていただければそれでいいと思います」
エリルの言葉にロニーは立ち上がった。
「わかった。そういうことなら、今まで通り気楽にやらせてもらうぜ。なんとなくあいつは危なっかしいところもあるしな」
それだけ言うとロニーは部屋を出て行った。
「意外と鋭いところもありますね」
エリルはつぶやくと自分の仕事に戻った。
その頃、アランは街の集会所に到着していた。そこにはすでに多くの人が集まっていて、兵士によってしっかり整理されているが、野次馬も多かった。
人々がアランの姿を見つけると、ざわめきが起こり自然と通り道が空けられる。アランは手を振ったりしながらその中心を通って集会所に入った。
集会所の中、入ってすぐのホールには何人かの医者や兵士がいた。その中の一人の医者がアランに近づいてくる。
「アラン様ですね。初めまして、私はパウロスと言います」
「ああ、初めまして。見たところ医者なのかな」
「そうです。この国で最大の医療院を任せて頂いています」
「なるほどね。でも、僕が使うのは精霊の力だし、あまり参考にはならないと思うけど」
「いえ、精霊の力を間近で見る機会はなかなかあるものではありませんし、もしかしたら応用できる発見があるかもしれません」
「まあ、そうかもね。じゃあ、早速始めようか」
アランは用意された椅子に座り、軽く手を叩いた。パウロスが医者や兵士達に指示を出し、並んでいた人々のなかの数人が屋内に入れられた。
その中の一人の中年の女性が緊張した様子でアランの前に座る。アランは軽く笑いかけると、軽く右手を上げた。
「緊張しないで、体からを抜いて」
そう言ったアランの背後に、水の影のようなものが現れた。それが中年の女性を包むと、その女性は一気に緊張がほぐれたらしく、表情が穏やかになった。
「水の精霊よ」
アランがつぶやくと、女性を包んでいたものが淡い光を発した。数秒すると、その光は消え、影も引いていく。すると、女性は表情が明るくなり、突然立ち上がった。
「すごい! ありがとうございます!」
そして喜びに満ちた声で言うと、勢いよく頭を下げた。パウロス達はその女性を奥に案内する。それからパウロスは戻ってきてアランに耳打ちする。
「アラン様、あの方はどこが悪かったのでしょうか」
「喉が悪かったみたいだね。とりあえずは問題なくなったと思うけど、あまり悪い空気を吸わせると再発するんじゃないかな」
「そこまでわかるのですか。しかもあの短時間でとは、やはり精霊の力というのは偉大なものですね」
「まあそうだね。特に水の精霊は癒しの力を持っているし、希少だからね」
それから十人が同じようにアランによって治癒されていった。そして、十一人目の少年がアランの前に立った時、アランはいきなり右手を前方に突き出した。
「伏せるんだ!」
アランの叫びと同時に少年は手を突き上げ、そこに火の玉を形成した。
「プロテクション!」
アランの突き出した手から魔法の盾が展開し少年が放った火の玉を遮る。だが、その爆風は押さえきれず、室内の小物は吹き飛ばされた。
初動と同じように、アランの動きは素早く、立ち上がると同時に今度は左手を前方に突き出した。だが、その手は少年が後ろに下がったことで空を切る。
そして少年は口を大きく開けると、そこから雷の矢をアランに向かって吐き出した。しかし、さらに踏み込んだアランが左手を開くと魔法の盾が展開し、それを打ち消す。
アランはそのまま右手でナイフを逆手で抜き、少年に向かって振った。が、それは当る直前で止められる。その体勢で二人は動きを止めた。
「誰だか知らないけど、その子の体を開放してもらいたいね」
数秒後、少年の口が開き、低い声が聞こえた。
「なるほど、確かに中々やるな。この体では無理だったか」
それと同時に、少年の背から赤い霧のようなものが立ち上り、その体は崩れ落ちた。そして現れたのは、真紅の長い髪と真紅の瞳を持った、一見すると若い女だった。
「オメガ様のおっしゃる通り、あなどれない人間だ」
アランはその女から目を離さず、左手でもナイフを逆手で抜く。
「初めて見る顔だね。名前は」
「我が名はフラウトゥーバ。オメガ様に仕えている」
それからフラウトゥーバは両手を広げ、どちらにも火の玉を出現させた。
「さて、お前はこれをどう防ぐ?」
その両手が上げられると同時に、アランは両手のナイフを床に突き刺した。
「水の精霊よ!」
次の瞬間、フラウトゥーバの足元の床が割れ、水が勢いよく噴出した。直撃をくらったフラウトゥーバはその勢いのまま天井を突き破って外に出る。
「早くこのあたりの人達を非難させて!」
アランはそれだけ叫ぶと、すぐにその噴出する水の中に飛び込み、その勢いに乗って外に飛び出していった。
そして先に屋根の上に着地していたフラウトゥーバの反対側に降り立つ。フラウトゥーバはアランをじっと見つめながら、真紅の瞳を輝かせて濡れた体から湯気を立ち上らせている。
「なるほど」
それだけつぶやくと、腰に手を当てた。
「お前の力をもっと見てみたくなってきたな。私の火とお前の水、試してみるか」
「悪いけど、そんなつもりはないよ。」
アランは両手のナイフを順手に持ち替え、それを構えた。