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囮作戦

「とりあえず今回の騒動はアラン様を狙ったものだと仮定して、行動を起こそうと思います」


 その日の夜、宿の一室で一行に事情を説明したエリルはそこまで言ってから、一行を見回した。アランの正体を知ったロニーとティリスは驚いていたが、二人ともそれはとりあえずおいといて話に集中している。


「まずはアラン様とあと一人が街のある地点で散歩でも昼寝でも好きなように行動しておいてもらいます。誰かは知りませんが相手の狙いがアラン様ならば、うまく誘い出すことができる可能性があります」

「で、誰が一緒に行くんだ?」


 ティリスがそう言うと、エリルはそれを受けてその顔をまっすぐ見た。


「あなたですよ。あの黒い魔物を察知できるようですし、それに、アラン様のいない場所であの魔物と遭遇したと、はっきり言えるのはあなただけですからね」

「ん? つまりあたしも狙われてるってのか?」

「その可能性もあるということです」

「そうか、そんならやってやるぜ。出てきたらすぐにぶっ潰せばいいんだろ」

「違います。アラン様とあなたが行く場所は魔物が出てもすぐ対応できるように手配されていますが、それでも避難まではしていませんから、できれば魔物を街から引き離すのが先決です」

「どうやってやるんだ?」

「それはアラン様ができますから、それまでは余計なことはしないでいてください」

「わかったわかった。せっかくだからそういうことにしておいてやるよ」


 ティリスはそれからアランのほうを向いた。


「どんな手を使うのか楽しみにさせてもらうぜ」

「期待に応えられるように頑張るよ。じゃあ、早速出発しようか」

「早速って、こんな時間からかよ」

「そうだよ、夜だからって魔物は待ってくれないからね」


 アランが立ち上がると、ティリスもそれにつられて立ち上がり、二人は一緒に部屋を出て行った。それを見送ったレンハルトは一つの問いを発する。


「エリル殿、残った私達はどうすればいいのでしょうか」

「私たちは交代で決まった場所に待機することになります。とりあえず今日は」


 そこでロニーが勢いよく立ち上がった。


「俺に任せてくれ」


 エリルは立ち上がったロニーのことをしげしげと見てから、うなずいて見せる。


「わかりました。では、今日は私と一緒に待機してもらいましょう」


 エリルは立ち上がり部屋を出て、ロニーもポールアックスをかついでそれを追う。部屋に残されたバーンズは立ち上がり、椅子に立てかけていた自分の剣を手に取った。


「レンハルト、我々は休もう。明日から忙しくなりそうだからな」

「わかりました」


 それから二人は自分達の部屋に戻って行った。



 宿を出たアランとティリスは夜の街を歩いていた。指定された場所は比較的建物の密度が低く、いざという時も避難の経路などは確保しやすそうだった。夜ということもあって、通りに人気は無く静かなもので、響くのは二人の足音と虫の声しかない。


「しかし驚いたな、お前が王子様だったなんて」

「そうかい? まあらしくないと言われたことはあるけどね。今はもう違うんだし、別に気にしなくていいよ」

「ああ、そうさせてもらうぜ、そんなことにあんま興味もないしな。それより、魔物が出てきたらどうするつもりなんだよ」

「それは僕の持っている精霊の力を使うんだよ。ティリス、君の持っているのと同じね」

「あたしの力? 精霊の力ってやつなのか」

「気づいてなかったのかい? まあ僕と違って周囲に働きかけるんじゃなくて、ほとんど一体化して自分の力だけを強化しているみたいだからね」

「ふーん、まあいいや。あたしにもあんたと同じようにできたら、便利かもな」

「無理にそうする必要はないと思うよ。精霊の力を自分の体に取り込むっていうのは、一人しかできる人は知らないし、その人はすごく強いからね。何しろ伝説の勇者の弟子で、共に戦ったっていう人だから」

「そりゃ心強いこった。まあ魔物をぶっ潰すのはあたしに任せときな」

「よろしく頼むよ」


 そんな調子で二人が雑談しながら歩いていたが、いきなりティリスが足を止めた。


「近いぞ」


 そのつぶやきにアランは右手でナイフを抜く。


「方向は?」

「こっちだ!」


 ティリスが走り出し、アランはその後を追う。そして狭い路地の入口で立ち止まった。


「この奥だ」

「人の気配はないね。じゃあ、ちょっと下がってて」


 アランは路地に一歩入り、地面に左手をついた。


「大地の精霊よ!」


 声と同時に、路地全体の地面から岩の槍が突出し、一瞬で路地は槍衾のような状態になる。そして、貫かれた黒いものが蠢いているのが見えた。


 だが、その黒いものはそこから跳ぶと、アランとティリスの背後に着地し、その場で人のような形をとった。


「見た目は小物だな」


 ティリスは構えもせずに、その魔物を眺めている。アランはその前に立つと、左のナイフも抜いて姿勢を低くした。


「どうするんだ?」


 ティリスが聞くと、アランは魔物を見据えたまま答える。


「倒さずに捕らえるつもりだよ。ここならあまり人もいないみたいだし、この場でなんとかできるかもね」


 魔物は両手にあたる部分を剣のような形に変えると、一気に踏み込み、アランに向かってそれを同時に振り下ろしてきた。アランは左右のナイフでそれを受けると、間髪入れずに魔物の足を払う。そして体勢を崩した魔物の体の中心に右手のナイフの柄を叩き込んだ。


 その隙にアランは一歩下がり、左のナイフを地面に勢いよく突き立てた。それと同時に、魔物の周囲の地面がそれを囲むような形で隆起し、魔物を幽閉する檻を作り出した。


 数秒の沈黙。だが、その檻は内部から崩れる音がすると、一気に崩れ落ちていった。その中から姿を現した魔物は一見さっきまでと同じ姿だったが、一瞬後、その体は膨張して二倍くらいのサイズにまで膨張した。


「こりゃ捕らえるなんていってる場合じゃないぜ!」

「そうみたいだね」


 ティリスに同意したアランは地面に突き立てていた左のナイフを引き抜く。そのナイフは固められた土で巨大な剣になっていた。


 アランは力強く踏み込むと、その巨大な剣を魔物に正面から叩きつけた。アランの剣は魔物に強烈な一撃を与えたが、魔物はそれに耐え切ってアランに襲いかかろうとする。


「潰れやがれええええええ!」


 だが、そこに空高く跳んだティリスが降ってきて上空から強烈な拳を叩き込んだ。魔物はその拳に潰され、弾けるようにして霧散していった。


 ティリスは体勢を崩しながらも着地して周囲を素早く見回す。だが、魔物の姿も気配も全く感じられなくなっていた。


「チッ! 逃がしたな」


 ティリスは悪態をつき、アランはナイフを元に戻して鞘に収めた。


「なんとかなるかと思ってたんだけど、駄目だったね。とりあえず今日のところはもう戻ったほうがいいね」

「それでいいのかよ」

「たぶん大丈夫だよ。この調子で僕を狙ってくるなら、それに対応すればいいだけだから」

「まあ、そうだな」


 二人はその場を離れるべく歩き出した。

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