計画と相談
アランが宿に戻ってくると、ちょうどエリルが下に降りてきているところだった。
「ああエリル、ちょっといいかな」
「なんですか?」
「今、街中で一騒動あったんだけど」
「何か騒がしいと思ったら、そういうことですか。それで、何をやってきたんですか?」
「魔物の相手をしてきただけだよ。まあ、ちょっと目立ったとは思うけど」
「ちょっとですか、本当にその通りならいいのですが、まさか一人で魔物に立ち向かった後、さっさと立ち去ってきた、ということではありませんよね」
「まるで見てきたみたいだね」
「やっぱりそういうことでしたか」
エリルはわざとらしく額に手を当ててため息をついてみせた。
「このまま知らないふりをしているわけにもいかないでしょうね」
「まあ宿の場所は教えてきたから、向こうから接触してくるはずだよ。それに、トルビンにちょっと手を貸してもらうことになると思うけどね」
「来て早々に迷惑をかけることになるんですね。大事にならなければいいのですが」
「なんにせよ、何もしないよりはマシだと思うよ。まあすぐにトルビンのところから連絡係が来ると思うから、その時に相談してみよう」
「その前にアラン様の身元がばれなければいいですね」
「そうだね。それより、部屋は?」
「それなら、もう大丈夫ですよ。アラン様の部屋は一番角でロニーさんと一緒です」
「じゃあ、ちょっと一休みさせてもらうよ」
アランはそれから二階に上って教えられた部屋に入った。室内ではロニーがベッドに腰かけて自分のポールアックスを磨いているところだった。アランが入ってきたのを見て、手を止めてポールアックスをベッドの上に置く。
「思ったより遅かったじゃないか」
「まあね、ちょっと寄り道してたし」
そう言ってから、アランは自分のベッドに身を投げ出した。
「これからちょっと忙しくなるかもね」
「どういうことだ? 何があったんだよ」
「すぐにわかるよ。ちょっと休むから、夕食に起こしてくれないかな」
「ああ、わかった」
アランはろくに着替えることもせず、そのまま目を閉じた。
そのまま時間は経過して、アランがロニーに起こされた時には夕食の時間になっていた。二人で下に行くと、すでにバーンズも帰って来ていて食卓についていた。
「おかえり、あっちのほうはどうだったかな」
アランが椅子に座りながらそう聞くと、バーンズは多少疲れたような様子で口を開く。
「さんざんつき合わされました。それより、街中で魔物が出たようですが、ご存知ですか?」
「それなら、アラン様が詳しいことをご存知です。なにしろその魔物を相手にしてきたのですから」
エリルの言葉に一行の視線がアランに集まった。アランはそれを受け、お茶を一杯飲んでからその場の全員を見回した。
「公園でいきなりあの黒いだけの魔物が突然出てきたんだ。それが人を襲おうとしたから、ちょっと止めて来たんだよ」
「チッ! そうことならあたしも一緒に行ってりゃよかったな。今度こそ逃がしゃしなかったのに!」
ティリスが悔しがるが、エリルはそれをしらけた目で見る。
「街中ではあなたの戦い方では駄目ですよ。魔物よりも被害が大きくなりますからね」
ティリスはむくれて黙ってしまう。そこで今度はレンハルトが問いを発した。
「魔物は我々がここに来る前は出現していたのでしょうか?」
その問いにはバーンズが首を横に振った。
「いいや、少なくとも街中に魔物が出現したということはなかったようだ。もしかしたら我々がそのきっかけになったのかもしれない」
「それじゃあ、俺達はまるで疫病神みたいじゃないか」
ロニーは何か釈然としていない様子だった。だが、アランは特にそれを気にしない様子で、皿の料理を一つ取って口に放り込む。
「別にそういう話でもないさ。目的がなかったらなかったで、好きに暴れるかもしれないんだし、むしろ僕達の前に現れてくれるのは都合がいいくらいだよ」
「そういう考え方もあるか。確かに、倒そうっていうんなら、近くに出てきてくれたほうがやりやすいよな」
「そういうこと。それに、ここならある程度の協力だって見込めるんだ」
「協力? そういえば誰かお偉いさんに会ってきたんだっけな。そんなすごいのと話をつけてきたのかよ」
「まあね。いずれわかるから楽しみにしておいてくれればいいよ」
そこで、それまで黙っていたレモスィドがにやりと笑った。
「さすがに面白いな」
アランはレモスィドに顔を向ける。
「できれば協力してもらえると嬉しいんだけどね」
「気が向いたらな。それまではお前達がどうするか見物させてもらおう」
「まったく、使えませんね」
エリルが毒づいたが、レモスィドはそれを軽く聞き流した。
「姿は見えないがファスマイドもフィエンダも近くにいるだろう。あいつらもおもしろくなってくれば介入してくるかもな」
「ご期待に沿えるように頑張るよ」
その後、夕食は何事もなく進み、アランは自分の部屋に戻らず、散歩に出発した。
夜の街はそれなりに明かりがあったが、さっきの魔物の出現のせいか人通りは少なかった。だが、警備兵はそれなりにいて、治安が悪化している雰囲気はない。
そうしてしばらく歩いてから、アランはおもむろに狭い路地に入っていった。そうすると、突然その背後に人影が現れた。
だが、アランが振り返らずに足を止めると同時に、さらにその人影の後ろからエリルが姿を現し、人影の首筋に手をそえた。
「まず、あなたの身元を教えて頂きましょう」
人影はおとなしく両手を上げた。
「ご安心ください。私はトルビン様の使いです」
アランはゆっくりと振り返ると、腕を後ろで組んで、エリルに目配せをする。エリルは手を引いてから一歩下がった。
「宿じゃ人目も多いし、僕が外に出るまで待っていてくれてよかったよ」
その一言に、トルビンの使いはその場に片膝をついた。
「トルビン様からご連絡をお伝えします。まず、公園でのことは手をまわしておいたので、警備からアラン様に接触することはありません」
「なるほどね、それは助かるよ。それで、当然それは取引なんだと思うけど?」
「はい。それにつきましては、明日トルビン様の屋敷に来て頂きたいのですが」
「わかった。それについては明日ゆっくり聞かせてもらうよ。昼頃に行けばいいのかな」
「はい。お待ちしております」
そう言ってトルビンの使いはその場から姿を消した。アランはしばらくその先を見つめてから、足を動かし始める。
「ところでエリル、トルビンはどんな取引を持ちかけてくると思う?」
「強かな方ですから、かなり思い切ったことをするかもしれませんね。本当に大丈夫なのですか?」
「まあ、考えすぎてもしょうがないよ。明日になればわかるさ」
二人は宿への道を戻りだした。