急転
宿に戻る途中、ティリスは突然立ち止まって周囲を見回し始めた。
「どうしました?」
レンハルトが聞くと、ティリスは手で黙るように制した。そしてしばらく立ち止まったままでいてから、おもむろに走り出す。
「ちょっと待ってください」
レンハルトは慌ててその後を追った。ティリスは止まらずにそのまま南門まで到達した。そのままスピードを緩めずにティリスは門を強引に突破する。門番が困惑している隙にレンハルトもそれに続いた。
外に出てしばらく進んだところで、やっとティリスは止まり、レンハルトはしばらくして追いついた。
「一体何があったんですか」
「黙って待ってりゃわかるさ」
厳しい表情のティリスにそう言われて、レンハルトは念のために剣と盾を手にとった。
それから数分後、二人の目の前に巨大な黒いものがいきなり出現した。それはまるで巨大なオーガのような形をとり、二人の前に立ちはだかる。
「これは、あの新種の!」
レンハルトは剣と盾を構えるが、ティリスは腰に手を当てて笑みを浮かべた。
「そうか、こいつが噂の新種ってやつだな」
「気をつけてください、前に見たものとは違います」
「そうかい、それでこいつはそれよりも強いと思うか?」
「それはわかりませんよ」
会話する二人に魔物の腕にあたる部分が伸び、真上から襲いかかった。二人はそれをそれぞれ左右にかわす。
地面を打った腕が今度は横に動き、レンハルトに横薙ぎに襲いかかる。レンハルトはそれを盾で受け流したが、衝撃を殺しきれずによろめく。そして体勢を立て直す前に反対側からもう一度腕が襲いかかってきた。
「おらあ!」
それはティリスの拳が弾き飛ばし、そこからティリスは地面を蹴って、影の本体に突っ込んでいった。しかし、魔物の体が揺らいで穴が開き、ティリスはそこをすり抜けてしまう。ティリスはなんとか着地するが、殴りかかった勢いで地面を大きく削る。
「これは前のとは違います! 注意してください!」
「つまり強いんだな、面白いじゃねえか!」
ティリスはもう一度影に飛びかかったが、また同じようにすり抜けさせられてしまう。その着地した場所に魔物の腕が真上から振られた。だが、レンハルトがそこに飛び込み、盾でそれを受ける。
「なんなんだよこいつ!」
ティリスの大声の悪態に反応するように魔物の腕が引かれ、レンハルトは盾を構えなおした。
「攻撃は当るはずです! 落ち着いてください」
「落ち着けって、何が言いたいんだよ!」
「正面からでは駄目です!」
「んなこたぁわかってる!」
叫んだティリスは地面を蹴って上空高く跳び上がると、そこから急降下して魔物の中心に蹴りを打ち込む。それも開いた穴を通り抜けてしまうが、その隙にレンハルトが魔物の足に切りかかった。
剣は浅くはあったが魔物の体を切り裂いた。いくらかのダメージは受けたのか、魔物はレンハルト目がけて腕を振り下ろそうとした。だが、そこにティリスが横から強烈な一撃を食らわし、魔物の巨体は弾き飛ばされた。
ティリスは構え、魔物が起き上がってくるのを待とうとしたが、そうしている間に魔物の体は萎んでいって消えてしまった。
「どうしたんだ?」
ティリスは構えを解いて首を捻った。レンハルトはまだ警戒していたが、何もないのを確認すると剣を収めた。
「逃げられたみたいですね」
「チッ! 張り合いのない野郎だ」
「しかし、なぜあの魔物が出現するとわかったんですか?」
「臭いだよ。それより戻ろうぜ」
ティリスは町のほうに足を向けた。
その日の夕方、宿の食堂でティリスは魔物のことをアラン達に話した。
「それで、一人で暴走して魔物を取り逃がしたわけですか」
エリルにそう言われて、ティリスは不機嫌そうな表情になった。
「けっこう手強い奴だったんだよ、なあレンハルト」
話をふられたレンハルトは首を縦に振った。
「ティリス殿の言う通りです。例の新種の魔物でしたが、今までのものよりもかなり力が強いものでした」
「レンハルトさんがおっしゃるなら、その通りなのでしょうね」
その扱いの違いにティリスはさらにむくれてしまう。
「まあまあ、さらに新しい魔物っていうことなら、二人の意見をちゃんと聞いたほうがいいよ」
とりあえずアランがとりなしてその場はおさまる。
「で、その魔物はどこに逃げたんだと思う?」
「さあな、近くに出たんだから、この町に来ようとしてたんじゃないのか?」
アランはうなずいて腕を組む。
「だろうね。でもなんでこの町なのかな。僕達が来てから色々とあったわけだけど」
「やはりあの魔族達が原因なのでしょうか」
バーンズの意見にエリルは静かに首を横に振った。
「一因かもしれませんが、それだけが原因とは思えません。もしかしたら、何かもっとほかの、大きな目的の中の一つの動きにすぎないのかもしれません」
「でもそこまで大きな話になると、ここじゃなにもわからないんじゃないかな」
「確かにそうかもしれませんね。しかし、アラン様のおっしゃる通りだとしても、どうすればいいのか見当がつきません。私のほうでも決定的な手がかりはまだつかめていませんし」
エリルがそこまで言うと、その場の全員がしばらくの間黙り込んだ。その沈黙を破ったのはティリスがテーブルを叩いた音だった。
「うじうじ考えててもしょうがねえだろ。どうせならもっとでかい町に行くとか、とにかく動かなきゃ駄目じゃねえか」
エリルはそれにたいして眼鏡の位置を直してからため息をついた。
「そんな考えでどうにかなるとも思えませんが、この状況ではそれもいいかもしれませんね。あの魔族達も連れていければ、この一連の動きがどんなことなのかわかるかもしれません」
「つまり、お前は私達か、あの魔族達の誰かを目的として動いているものが黒幕だと、そう考えているのだな、エリル」
「はい、バーンズ様。この町の自警団に妙な動きが出てきたのは、ちょうど私達があの村に入ってからのことらしい、という情報もありますし。その後のことも考えれば偶然で片付けるわけにもいきません」
そこでアランはうなずいてから口を開く。
「それは一種の賭けだよね。やってもいいと思うけど、この町を放っていって大丈夫かな?」
「確かに心配ですね。それは私がレノールと相談しておきましょう」
「別に、僕達のうちの誰かが残るのもありなんじゃないの?」
「いつまでもここに滞在するというわけにはいきませんし、戦力を減らすわけにもいかないと思います。そうですね、シェーラ様に連絡をして少し人を送ってもらうのがいいのではないでしょうか」
「ああ、それもいいか。父さんもシェーラになら任せるだろうからね」
「では、それは私が連絡をしておきます」
「じゃあ、出発するなら目的地を決めないとね。それより、そろそろ夕食にしよう」
アランの言葉を合図に、とりあえず議論は打ち切られ、テーブルには食事が並べられていった。そんな中、アランはティリスの横に移動した。
「ところでティリス、君は僕たちと一緒に来るのかい?」
「ああ、お前がいいって言うんなら、一緒に行きたいな」
「もちろん、歓迎するよ」