湧き出るもの
アランは夜の町を歩いていた。今のところ怪しい気配は感じないが、それでも気は抜かずに用心している。
人通りはあまりないが、それほど物騒な雰囲気ではなく、自警団のパトロールもそれなりにいて、アランはとりあえずそれには見つからないようにしておいた。
そうして町の南門に向かって行く途中、昼間に見た顔を見かけた。アランは隠れようとしたが、それより早く相手に見つけられてしまった。
「よおアラン、こんな時間に何やってるんだ」
機嫌の良さそうなロニーだった。
「散歩さ。そっちは?」
「ちょっと楽しんできたんでな、酔い覚ましだ」
「そうかい、じゃあ気をつけて」
「ああ、お前もな」
二人は別れようとしたが、そこでアランは危険な気配を感じ、すぐにナイフを抜いた。
「気をつけるんだ!」
ロニーはその声に反応して、考えるよりも早く自分の剣を抜く。
「なんだ!?」
アランは返事をせずに右手のナイフを逆手に持ち替え、自分の足元の影に突き立てた。そこから黒いものが逃れ、あっという間に人のような形をとった。
「こいつは」
「新種の魔物だよ。全く気配を感じさせなかった」
「そうか、こいつが噂の。なんかやばそうだな」
アランとロニーはそれぞれ武器を構え、その黒い魔物と対峙する。魔物の右腕が蠢き、その先が剣のような形に変形した。
「いっぱしに剣士だってか?」
ロニーは馬鹿にしたようにつぶやくが、それと同時に魔物が襲いかかってきた。その動きは速く、あっという間に間合いを詰めると剣を振り下ろす。ロニーはなんとかそれを剣で受けたが、体勢を崩される。
さらにもう一度剣が振り下ろされようとしたが、横からの爆発で魔物の体は弾き飛ばされる。アランは上空に投げていたナイフをつかむと、すぐに魔物とロニーの間に立つ。魔物は何のダメージも無い様子で立ち上がり、再び剣を構えた。
「ちくしょう、剣は苦手なんだよ」
ロニーが毒づきながら体勢を立て直し、アランの横に並んで剣を構える。魔物は再び動きだしたが、それよりも速くアランが距離を詰めて剣をナイフで押さえ込んだ。
間近で見ると、魔物はあれだけ自由に姿を変えるにもかかわらず、非常に硬質で、作り出された剣も本物と全く変わりない手応えがあった。
魔物はいったん後ろに跳び退くと、今度は左手が剣に変形し、左右の刃でアランに襲いかかってきた。鋭く、素早い攻撃が繰り出されるが、アランは身のこなしと二本のナイフで全ての攻撃をさばく。
ロニーはその光景を見て驚いていた。アランを見て実力はあると思っていたが、ここまでできるのは予想外だった。それと同時に興味も沸いてきて、援護をするよりも、とりあえずよく観察することにした。
アランはしばらくの間は受けに徹していたが、いきなり雰囲気を変えると、一気に攻勢に転じる。二本のナイフが閃き、魔物以上のスピードでどんどんそれを追い込んでいく。
「はぁっ!」
気合と共にアランの蹴りが叩き込まれ、魔物の体が飛ばされる。それからすぐにアランは右手のナイフを地面に刺し、地面を削りながら走り出す。
魔物は立ち上がったが、アランの左手のナイフの一撃で再びその体勢が崩される。そして、地面を削っていた右手のナイフに力が込められる。
跳ね上げられたそれは、土が強靭に固められ、無骨で巨大な剣のようになっていた。それが一気に振り下ろされ、魔物を真っ向から叩き潰す。
その体勢のままアランが力を抜くと、巨大な剣は元の土となり崩れ落ち、魔物も一部だけが残っていたが、すぐに蒸発して消えてなくなった。アランは立ち上がると、ナイフを収めてロニーに近づいていった。
「怪我はないかい?」
ロニーは剣を収めてから自分の体を確認する。
「ああ、俺は大丈夫だ。それより、お前がここまでやるとは思わなかったよ。まさか、精霊使いだったとはな」
「精霊の力だとよくわかったね」
「これでもけっこう色々見てるんでな。最後のあれが魔法じゃないってのはわかった。だとしたら、精霊の力でもないと、あんなことはできないだろ?」
「まあ、そんなところかな。それより、少し派手にやったから自警団が来る前にここを離れよう。面倒だし。いやその前に合図をしておかないといけないな」
そう言ったアランは空に向けて火の玉を放った。それは町の中ならどこでも見える規模の爆発をした。
「こりゃ騒ぎになるぞ」
二人はすぐにその場から離れていった。
一方その頃、エリルは魔物に遭遇することもなく、夜の町を歩いていた。だが、アランの花火を見ると立ち止まり、額に手を当てた。
「派手すぎですね。しかし、トラップにかからなかったのはどういうことなのか」
エリルはつぶやきながら、騒然となってきた通りを見つめた。しかし、当初の予定は変えずに、とりあえず町の北門に向かうことにした。
しばらく歩いて目的地に到着してみると、そこでは門番が全員倒れていた。エリルは周囲を見回してから慎重にそこに近づいていく。
膝をついて倒れている者の一人を調べてみると、目立った外傷はなく、意識がないだけのようだった。エリルはその体を抱えて額に手を当てると、回復の魔法を使って目を覚まさせる。
「っ!」
門番は目覚めると同時に動こうとしたが、エリルはその動きを無理矢理抑えて落ち着くまで待った。そして門番が落ち着くと、静かに口を開く。
「何があったのか、聞かせてもらえますか?」
門番はまだ当惑しているようだったが、それでもエリルの問いに答えようとした。
「わからない。突然何か影みたいなのが後ろからかぶさってきたと思ったら、そこで」
「そうですか。すぐに助けが来ますから、下手に動かないようにしていてください」
それからエリルは門番の体を門に寄りかからせて、再び町の中に戻っていく。その頭の中にあるのは、まともな魔物や人なら確実にかかるであろうトラップにかからなかった存在。とは言っても、まともな道を通って正面から来たのなら、かからないようにはしてあったのだが、門番の話ではルートがそうであっても、まともに大手を振って来たのではないのも明らかだった。
とりあえず、何かと遭遇したはずのアランと一度合流することに決めた。だが、その考えは町の上空から響いた轟音で遮られた。
エリルが空を見上げると、そこにはさっきアランが放った火の玉とは比べものにならないサイズのものが浮かび、町を照らしていた。