旅立ちの決定
あるところにノーデルシア王国という国があった。大きく、歴史のある国で、今の王は異世界からの人間を妃としていた。
今から十五年前、その妃ともう一人のタマキという男が勇者として召喚され、その男は魔族やその他の脅威を見事に打ち払い、一人の女性とこの世界から姿を消した。それは、今ではすでに伝説として語られている。
そして現在。王の長男であるアランは、父であるエバンスに呼ばれてその私室に向かっていた。その姿はどことなくおっとりした雰囲気で、比較的小柄な体に柔らかな黒髪をしていた。アランが部屋に入ると、そこには母であるヨウコもいて、両親が揃っていた。アランは二人の向かい側のソファーに座って、話を聞く姿勢になった。
「今日お前を呼んだのは重要な話があるからだ」
まずエバンスが口を開いた。アランはそれを聞いて軽く首をかしげる。
「あらたまってどういうことですか?」
「簡単に言おう。お前には王子としての地位を捨ててもらう」
「え?」
アランは間の抜けた声を出して、少しの間言われたことを理解できなかった。
「それは、どういうことなんですか、父さん?」
「旅に出ろということだ。お前にはその中で見聞を広げ、力をつけてほしい」
「旅に、見聞?」
「父さんはあなたに勇者になって欲しいのよ」
アランはまだ混乱していたが、ヨウコに勇者と言われて驚いたようだった。
「勇者? 僕にあの伝説の勇者のようになれと言うんですか?」
「その通りだ。お前にはそうなる資質がある」
エバンスの淀みのない言葉に、アランは少し落ち着いたようだった。そしてヨウコの顔を見る。ヨウコはうなずいてから、口を開いた。
「私の故郷には、可愛い子には旅をさせろっていう言葉があってね。もちろんそれだけじゃなくて、他にも理由はあるの。アラン、あなたには勇者の資質があるけど、王には向いていない。今回のことはそれも大きな理由なのよ」
「そうなんですか」
アランはうつむいてから、顔を上げる。その表情にはさっきまでの戸惑いはなかった。
「わかりました。父さんにも母さんにも考えがあるのでしょうし、僕は旅に出ることにします」
それを聞いたエバンスは深くうなずいた。
「供の者は二人、私が指定する。出発はまだ少し先だが、心構えだけはしておくのだぞ」
「はい」
アランは部屋を退出し、自室に戻った。それからすぐに自分のベッドに飛び込み、しばらくの間じっとしていた。
ドアがノックされ、アランの返事を待たずに誰かが部屋に入ってきた。
「アラン様、こんな時間にお昼寝ですか?」
アランは体を起こして部屋に入ってきた者を見た。一見したところただの眼鏡をかけた侍女だったが、それにしては遠慮がない感じではある。
「エリル、別に僕は寝ていないよ」
「それならいいのですけど、そのご様子ですと、何かあったのでしょうか?」
「まあ、何かあったんだよ。詳しいことは明日にでもなればわかるさ」
「そうですか。それより、そろそろ訓練の時間ですが」
「そうだったっけ。まあすぐに行くから」
「はい」
アランはベッドに座った状態のまま、しばらくそのまま時間が過ぎた。
「先に行っててくれていいんだけど」
「いいえ、ご一緒させて頂きます」
「わかったよ」
それからアランは立ち上がり、大振りなナイフが二本差してあるベルトを取り上げて装備をした。
「じゃあ行こう」
二人は連れ立って城内の訓練場に向かった。そこでは何人もの兵士が訓練をしていたが、アランが姿を見せると、少しの間だけ手を止めた。そして、その中から髪の半分は白くなっている、一人の中年の男が歩いてくる。
「少し遅刻ですよ、アラン様」
それにはエリルが頭を下げた。
「申し訳ありません、バーンズ様。アラン様はお昼寝をしていらっしゃったのです」
「そんなことはしてないよ」
バーンズはその会話に笑ってから、手に持っていた剣を肩にかついだ。
「ではアラン様、始めましょうか」
それから訓練場の中心で二人は向かい合った。
「いつでもどうぞ」
バーンズの言葉を合図に、アランは二本のナイフを抜いた。そしてバーンズを中心にしてゆっくりとその周囲を回り始めた。それに合わせてバーンズもわずかに体の向きを変えながら、常に剣の先端でその姿を捉え続ける。
数分がその状態で過ぎたが、アランはスピードを上げると姿勢を低くして一気に前に出た。バーンズは横にステップしてそれをすかそうとしたが、アランは急激に方向転換をしてそれを追う。
だがそれよりも早くバーンズが剣を跳ね上げると、アランはそれをよけられずに二本のナイフを交差させて受ける。その勢いでアランの体は吹き飛ばされたが、すぐに体勢を立て直して跳んだ。そのまま空中でナイフを逆手に持ち替え、それを上から振り下ろした。
バーンズはそれを素早く後ろに下がってかわすと、振り上げていた剣を着地したアランに向けて振り下ろし、アランの寸前で止めた。
それからバーンズとアランは同時に武器を引いた。
「さすがです、アラン様」
「またまた。軽く一本取ってたじゃないか」
「いいえ、ぎりぎりでした。アラン様が力を使えば、私には防ぎきれませんでしたよ」
「そっちだって、その剣の力があるじゃないか」
「それでも、ほぼ五分だと思いますよ」
アランが頭をかいてからナイフを収めると、バーンズも剣を背中の鞘に戻した。それを見ていた兵士達は全員軽く拍手をしていた。アランはそれに軽く手を振って応えてから、訓練場の隅に行って座り込んだ。
「また勝てませんでしたね」
そこにエリルがタオルを持って近づいてきた。アランはそれを受け取って顔をぬぐった。
「別にいいよ。お互いに本気じゃないんだしね」
「そんなことでは実戦で足元をすくわれますよ」
そこでアランは大きくため息をついた。
「それもそうか。あんまりのんきなことも言っていられないかな」
その反応にエリルはいつもと違う雰囲気を感じた。しかし、それを追求することはしなかった。アランはしばらくそのまま休んでいたが、しばらくすると立ち上がってタオルをエリルに返し、ナイフを抜いてお手玉を始めた。
バーンズはその様子を見て、タオルを手にアランの側から離れたエリルに近づいていった。
「アラン様はどうかされたのか?」
「詳しくはわかりませんが、今日は陛下から何かお話があったようですから、その件ではないでしょうか」
「あのご様子では、よほど重要なことだったのだろう」
「私が聞いてみましょうか?」
「今の様子が続くようなら、そうしたほうがいいかもしれないな。だが、エバンス様から何か話があるかもしれん」
「ということはバーンズ様にも関係のあることなのでしょうか」
そこでエリルは訓練場の入口に自分の同僚の姿を認めた。その同僚はバーンズとエリルを見つけると、早足で近づいてくる。
「お二人とも、陛下がお呼びです」




