婚約破棄? 泣きわめいて撤回させてみせますわ!
「婚約破棄? ゴネて撤回させてみせますわ!」と同じ冒頭で、泣き落としバージョンにしてみました。
「エレノア・ローズ・ヴィンセント! 貴様との婚約は破棄する!」
それは、この国の王太子である、セオドール・フォン・アシュバートンから発せられた言葉であった。
彼の左側には、男爵令嬢であるリリアナ・メルヴィルがひっついている。
王立学園の創立記念パーティー。陛下ご夫妻はもちろん、生徒の両親である、国の重鎮もいらしている豪華なものだ。
会場にいる貴族たちは、王太子の突然の宣言に、しんとしてこちらを注目している。
このような公の場で、こんなひどいことを言われた私エレノアは、もちろん、了承できるわけもなく!
「嫌です! なんでそんなこと言うんですか! こんなにお慕いしておりますのに!」
と泣き出した。
「その理由は今から……」
「思い起こせば10年前! 殿下と初めてお会いした時から! なんてかわいらしい男の子かと! ドキドキしておりました!」
「えっそうなの?」
「私は、思ったことを口に出せない、恥ずかしがり屋だったから! 殿下が庭園を案内してくれて、『これね、プルーンの苗木』と教えてくださった時も、どれほど嬉しかったか!」
「覚えててくれたんだ」
ちょっと嬉しそうな殿下を、横にいるリリアナが肘で小突く。
「だまされないで! どこが恥ずかしがり屋よ! 思ったことを口に出しまくりじゃない!」
「そ、そういえば…」
「私も大人になりましたから!」
リリアナのほうを向いた殿下を、大声で振り向かせる。
「言わなくちゃ伝わらないってことを学習しましたから! 今、必死で私の思いを伝えております! どれほど勇気をふりしぼっているか、殿下にはおわかりにならないのですか? うっうっ」
「エレノア……」
「こんなの演技に決まってる! 殿下! 私を信じてくださいまし! ううっ!」
あらまあ、リリアナのうそ泣きが始まりましたわ。
「エレノア様は、たしかに、殿下のことがお好きなのかもしれません! でも、そのせいで、殿下に近づく私に嫉妬して、ひどい虐めをしていたのです! 殿下は私の辛さをわかってくださったのではないのですか!? うっうっぐすっ」
今まで、成り行きを見守るしかなかった会場のみんなが、リリアナの言葉を聞いて参戦する。
「婚約者のおられる殿下に近づいたら、注意されるのが当たり前でしょう!」
「そうよ! 私も聞きましたわ! エレノア様は、近づきすぎだと諫めていただけでしたわ!」
それを聞いたリリアナの取り巻きも参戦する。
「それだけじゃないだろ! 教科書を破いたり、大事なネックレスを壊したり、つきとばして転ばせたりしたって聞いたぞ!」
「そうだ! リリアナ嬢が服を泥まみれにして泣いてるところを見た!」
「教科書もネックレスも転んだのも、リリアナ様が騒いでるのを聞いただけで、エレノア様がやったという証拠はないはずですわ!」
「そうよそうよ! 誰も現場を見てないわ!」
「でもリリアナ嬢が言ってるんだから!」
「嘘ついてるに決まってるじゃない!」
学園の男子と女子に分かれた大乱戦になってきたところで、陛下がドーンと床を杖で叩き、威厳のある声で「静まれ!」と言うと、一瞬で静まり返った。
「状況を整理しろ! 宰相!」
「はっ」
言いつけられた宰相が質問を始めた。
「リリアナ嬢は、エレノア嬢からたくさんの嫌がらせを受けたのだな?」
「そうです!」
リリアナが、まったく濡れてない顔を上げて答える。ウソ泣きするなら涙くらい出せるようにしとけ。
「しかしその現場を見たものはいないようだが、なぜエレノア嬢だと断言できる?」
「だって、私を恨んでいる人なんて、エレノア様以外には…」
「私も恨んでますわ!」
「私もです! 大嫌いですわ!」
「私も!」「私も!」「私も!」
令嬢たちがいっせいに手をあげる。おお、リリアナもびっくりしてる。笑える。
リリアナがちょっかい出してる令息の婚約者を味方につけといて良かった。
「君たちは、なぜ恨んでいるんだ」
「私の婚約者にも馴れ馴れしく話しかけてベタベタするからですわ!」
「私の婚約者にもですわ!」
「ベタベタするのがみっともないと注意したら、鼻で笑われたからですわ!」
「『私の婚約者を取らないで』と言ったら『取られるほうが間抜けなのよ』と言われたからですわ!」
「早く成仏なさればいいのにって思ってますわ!」
あまりの嫌われっぷりに、男子たちが唖然とする。
「あのでも、たぶん、リリアナがかわいいから、やっかみもあるんじゃないかな…」
騎士団長の息子が進言すると、他の子息たちが我が意を得たとばかり、リリアナの味方をした。
「そうそう! かわいい子って、それだけで反感を買うから」
「悪いほうにばっかり受け取られちゃうんだよきっと」
「ほんとはいい子なのに」
「いい子?」
私はうつむいていた顔をあげて、涙でぐしょぐしょの顔で令息たちを見た。
「あなたたちにとってのいい子って何ですか! 腕や背中に胸を押し付ければいい子ですか! 落としたペンを拾うふりで谷間を見せつければ、転んで下着をちらっと見せれば、耳元でいやらしいことを囁けば、いい子なんですか!? そんなこと、私にはできません! うえええええええん!」
と大声で泣いた。
「そんなことしてたのか…」
宰相があきれ返った顔でリリアナやリリアナを擁護する令息たちを見た。
「みんなにしてたのか…」
殿下もショック受けた顔してた。なんで自分だけが特別だと思うんだろうね。
「ご、誤解です! わざとやったわけじゃ!」
リリアナが必死でごまかそうとしているが、
「やってたことは認めるんだな?」
と聞かれると黙った。
「セオドール。おまえはこの女の言うことを真に受けて、婚約破棄をしようとしたのか」
陛下の声に、殿下はびくっとして
「はい……浅慮でした。申し訳ありません」
と答えた。
「とりあえずおまえは謹慎。その女は退学。風紀を乱す元凶はいらない。その女をかばった人間も謹慎させろ」
「わー!」
「そんな!」
歓声を上げる令嬢たちと、膝から崩れ落ちるリリアナと令息たち。
やらかしちまった憐れみと非難の目を一身に浴びて小さくなる殿下。
「婚約の話は、追って沙汰する。エレノア嬢のような優秀な人材を失うわけにはいかない」
陛下の言葉に(これできっと、殿下は一生私に頭が上がらないわ)と内心ほくそ笑みながら、
「陛下に…わかっていただけて良かった…!」
と言って、またうるうると泣いてみせた。
この日のために、水分いっぱい摂っておいて良かった。
9月10日、[日間]コメディー〔文芸〕 - すべて
で3位いただきました(≧▽≦)。とても嬉しいですありがとうございます!




