麻薬王の冒険
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──麻薬王の冒険
モリが向かった異世界側の軍隊が有する基地。
そのモリの証言から七尾がリリエルに接触したのときからキメラ作戦が具体的に進行しているのが分かった。
「異世界の基地だが、まあそこそこしっかりした場所だった。赤レンガの建物でな。何というかレトロな感じのものだった。しかし、俺が通されたのはそこではなくその近くに設置されていたプレハブの建物だ」
モリが当時の様子を語った。
「異世界は少し肌寒かったが、建物の中は温かかく、コーヒーの匂いがしていた。俺は七尾に連れられて建物の奥に通された。そこにはデカい地図が机に広げられていた。航空写真をベースに作られたであろう地図。七尾は地図を指さす。『ここにお前たちが目的とするドラッグがある』と」
「それがルナリエン自治領ですか?」
「そう、ルナリエン自治領って場所だ。航空写真のそれじゃあ森と山があるだけで、街らしきものはなく俺がいたミャンマーよりも貧相な場所みたいに見えた」
いくら儲かるヤクがあると言われても行きたくなかったとモリ。
「俺はまず現在地はどこだと七尾に尋ねた。七尾は無言でまた地図を指さす。俺たちがいるネプティスって国からルナリエン自治領まではざっと4000キロだった。アメリカ大陸を東西に横断するようなもんだな」
追記するとC-130の航続距離が3000キロ程度である。
4000キロというのは軍用輸送機にとってはなかなか長い距離になる。
「七尾は言う。『我々はルナリエン自治領に武器を売り、ホワイト・ピークを対価に受け取る。お前にはホワイト・ピークをどうにかして現金化してもらう』と。そこで俺は自分が扱う商品の名前を知ったよ。それまでの儲かるドラッグXってのに名前がついた」
ホワイト・ピークって名前は気に入った。だって、すげえハイになれそうでジャンキーが飛びつきそうだったからな、とモリは罪悪感のかけらもなく語る。
「ホワイト・ピークってやつを一度試させてくれっていうと七尾は凄く嫌そうな表情をした。俺がジャンキーだと思ったんだろう。『商品の価値も分からないのに売れるわけないだろ?』って俺はやつを説得してホワイト・ピークを小指の爪の、さらにその半分ぐらい受け取った。最初はケチな野郎だと思ったよ」
それから現地の連中がやるように白い粉末にしたそれを鼻からキメたとモリ。
「すげえ効果だった。頭の中に、脳みそ全体に幸せが広がった。天国にいるみたいな気分になって、俺が自分が全知全能の神になったように思えた。心臓が心地よく鼓動して、世界がモネの絵みたいに色鮮やかに見えた。ホワイト・ピークはこれまで試したどんなヤクより凄かった」
モリの笑顔が浮かんだ顔は今でもその体験を明確に覚えているような、そんな幸せそうなそれであった。
「それでやつがほんの少ししか渡さなかったのを理解できた。あんな凄いヤクを一気に決めたらあの世行きだ。俺は『こいつは売れる。間違いない。俺に扱わせてくれ』と七尾に懇願したよ。七尾は呆れていた。『そのためにお前を呼んだのだ。他に何をするつもりで来た?』と」
モリが証言するのに私は次が気になった。
彼はどのようにして4000キロ離れたルナリエン自治領に向かったのか、と。
「さて、ここからが大冒険の始まりだ」
モリがそう言ってにやりと笑う。
「俺たちはそれからさらに移動した。基地から別に基地に。そっちの基地は……ブラックサイトって代物だったな」
「ブラックサイト?」
「CIAや情報軍が運用する秘密基地のことさ。軍服ではなく身分の分からなようにした服装の兵士たちが警備していて外には高い塀と鉄条網。内側も兵舎のほとんどに窓がなかった。恐らくこれから拷問する捕虜をぶち込んでおくためのものだったんだろう」
モリの証言は憶測であり、根拠のあるものではなかった。
のちに私はモリが示した場所に向かい、確かに黒いポロシャツにカーゴパンツといった恰好のいわゆるPMCファッションの兵士たちが基地を警備しているのを見た。
しかし、取材は一切許可されなかった。写真の1枚も撮影できなかった。
「で、そこで俺は自衛用にグロックを渡されて、パワード・リフト機に押し込まれた。これからどこにどう向かうかの説明は何もなし。俺はもしパワード・リフト機が墜落してブラックホークダウンみたいなことになったらどうしようかって思ってたよ」
なお悪いことに敵地にいるのは人食い魔族だとモリは言う。
「俺に渡されたグロックはいざってときに自殺するためのものだったりするのか? とすら思っていたとき、パワード・リフト機は海に出ているのが分かった。洋上を飛行し、しばらくするとその先にコンテナ船が見えてきた。かなり年季の入った船だ」
モリはそう言い、続きを語った。
「パワード・リフト機はコンテナ船に着艦した。びっくりしたぜ。連中、コンテナ船を空母代わりにしてやがったんだ」
モリの証言に私が付け加えるが、コンテナ船を空母代わりにするというのはフォークランド紛争でも行われたことがあった。
パワード・リフト機では4000キロを往復できない。ならばどうしたのかの謎が明らかになり始めたのを私は感じた。
「そこでパワード・リフト機は給油を済ませて、再び洋上を飛行し始めた。やがて陸地に入り、山の方に向かい始めた。そしてゆっくりと高度を落とし始めたんだ」
「ルナリエン自治領に到着したと?」
「ああ。その通り。エルフが俺たちを出迎えた。ファンタジー映画まんまな光景さ」
耳のとがった美形の男女が森の中にいるのは映画のセットのようにすら見えたとモリは冗談めかして言う。
「だが、ファンタジー映画と違って持っているのは弓でなくAR-15だ。実に奇妙な光景に見えたぜ。エルフたちがアサルトライフルで武装していて、迷彩服まで着ている光景ってのはさ」
ファンタジーに必要な夢もへったくれもない感じ、分かるか? とモリが問うので私も頷いた。
私もエルフがアサルトライフルを握っていた光景には衝撃を受けたものだ。
「ともあれ、俺は無事にホワイト・ピークの原材料があるルナリエン自治領に到着した。俺はまずホワイト・ピークを作っている作業が見たかった。俺の専門は合成ドラッグで、正直ヘロインやらの類には詳しくなかったしな」
自分がさも当然のことをしていた、いや自分はただ仕事をしていたというように、平坦な口調でモリは語る。
「ホワイト・ピークの収穫から乾燥させる作業まで眺めて俺は思った。そう、無駄が多いってな」
「無駄が多いとは?」
私も麻薬製造のついては素人なので、モリが感じたものは分からない。
「基本的な話だよ。エルフたちは分業ってものを知らなかった。あいつらはひとりひとりが一定の量のホワイト・ピークを作る作業を請け負っていた。つまり、ひとりで花を育て、果汁を収穫し、そいつを器に詰めて乾燥させて……ってな」
モリは手錠のされた手で可能な限り、作業の様子を再現する。
「どう考えたって花を育てる人間は育てることに集中し、果汁を集める人間は集める人間が、乾燥させる作業はその作業をする人間がって並行してやった方がいい。その方がもっと多くのホワイト・ピークを集められた」
分業した方が作業効率は上がるし、それぞれの作業に習熟できるとモリは企業経営者のように語った。
実際に彼はクリスタル・メスを作る会社をミャンマーで経営していたわけで、企業経営者という表現はそのままなのだが。
しかし、ホワイト・ピークというドラッグをまるで鉛筆やペットボトル飲料を作るように語るのは不気味に感じられた。
「俺はそのことを指摘し、エルフたちに作業方法を変えるように言った。だが、連中は聞いちゃくれなかった。『そんなことをしたら自分の取り分がなくなる』とその一点張りでな。エルフってのも案外がめついもんだったぜ」
酷く呆れた様子で当時のことを思い出すモリは肩を竦めていた。
「だが、あの非効率なやり方では俺は儲けられない。ヤクは職人が手作業で作ったって価値は上がらないんだ。スイスの時計じゃねえんだから」
「諦めたのですか?」
「なわけねえ。俺は話の通じるエルフを探し出した。そうソフィエルってエルフは俺の話を聞いてくれた」
「ソフィエル……」
リリエルの盟友であったエルフであり、ルナリエン自治領の指導者だ。
「彼女は他のエルフたちと違った俺の話を聞きたがった。あのエルフだけは文明を理解していたというべきかね。俺たちはあいつの家で瓶ビールを持って集まり、あいつに俺の話を聞かせることにした」
ソフィエル。彼女は何を思ってこの麻薬の売人と接したのだろうか……?
「そこで俺はあいつにどうすればホワイト・ピークをもっと効率的に収穫できるのかを説いた。その上で問題になるものを確認したんだ」
「問題となるのは?」
「まずルナリエン自治領には物々交換の経済しかないってことだ。だから、自分で一から農地で作業を行い商品であるホワイト・ピークを作らないと収入がない。分業するにはこいつをどうにかする必要があった」
「貨幣経済の導入ですか?」
「まさに。ソフィエルはエルフたちに貨幣でやり取りするように促した。すでにネプティスなんかでは出回っている物を利用してな」
まるでルナリエン自治領を自分が発展させたとばかりにモリは誇らしげだった。
経済の発展は確かに有益だと言える。それが麻薬のためではなければ。
「で、だ。次は誰がどういう風に金を配る仕組みを作るかだった。俺はソフィエルと相談してあるものを作った。ここでクイズだ。俺が作ったものとは何でしょうか?」
工作機械? いや作ったと言うからには現地で一から作ったものなのだろうが……。
「会社だよ。俺はソフィエルと会社を作った。エルフたちのホワイト・ピーク事業を一括して手がける会社。名付けてアルフヘイム株式会社、だ」
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