脱走兵
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──脱走兵
ディザータの人間を探すのは簡単ではなかった。
まして私のインタビューに応えてくれるディザータの人間などひとりとして存在しないように思われた。
犯罪の記事で犯罪者側から書かれたものは多くない。
組織犯罪においてはその傾向が特に強い。
警察などの司法側には犯罪について語ることにメリットがある。自分たちの名声を高め、手柄を自慢でき、さらには同種の犯罪を抑止できる。
しかし、組織犯罪者たちが取材に応じることには何のメリットもないどころか、迂闊に口にした内容によっては刑務所行きか、もっと酷い結末が待ち受けている。
だから、私もインタビューに応じてくれるディザータの人間を探すのにはとても苦労した。
だが、最終的に私はひとりの人間に行きついた。
その人物はとある日本の刑務所に収監されていた。
彼の名前は仮にアンドリュー・モリと呼ぼう。
本名を記すことは私にも彼にも利益にならない。
「俺には3つの選択肢があった」
モリは語る。
「ひとつアメリカの刑務所に入る。ふたつ日本の刑務所に入る。そして最後のはその場で膝と頭をぶち抜かれて死ぬ。その3つだ」
そう言って彼が肩を竦めたのが印象的だった。
モリはディザータの幹部のひとりであり、キメラ作戦に関与した人間のひとりだ。
ディザータ──。
その脱走兵という名の通り、彼らは第三次世界大戦の脱走兵で構成されている。
主に戦場となった日本を含めるアジアを活動域とし、北米などでも小さな規模ではなく活動していると警察庁は年次報告の中で発表していた。
私はそんなディザータに所属していた彼にキメラ作戦について尋ねた。
そしてまず彼が告げたのが3つの選択肢についてだった。
「隠す必要もないが、俺はしくじった。失敗に対するディザータの制裁は大抵は両膝に2発、頭に1発の射殺だ。だが、俺は組織に多大な貢献があったし、幹部たちも俺から甘い汁を吸っていた。だから、何とか見逃してもらえた」
「見逃された結果が刑務所ですか?」
「刑務所に入るのは別に罪を悔いているからじゃない。ここは日本って国家が俺を守ってくれるセーフハウスだ」
そうモリは言って愉快そうに笑った。
「ここなら情報軍が口封じに俺を暗殺しに来ることもない。いくらなんでもリスクが高すぎるからな」
彼にとってこの刑務所の高い塀は自分を閉じ込めているものではなく、外部からの敵を寄せ付けないものらしい。
それは迷宮が侵入者を惑わせるためにあるのか、ミノタウロスを閉じ込めるためなのかというものだろうか?
「キメラ作戦にはどのような関与を?」
私は彼にそう尋ねる。
「異世界のヤクを売った。それだけだが、ちょっとした冒険だったぜ」
彼はそう言ってキメラ作戦において彼がどのような役割を果たしたか語り始めた。
「冒険の始まりは沖縄からだ」
沖縄。第三次世界大戦で激戦地となり、今も多くの不発弾が残る場所。
「沖縄にあるディザータのホテルに俺はボスから呼び出された。そのときの俺はミャンマーでのクリスタル・メス取引を仕切っててな。結構な上納金を収めてたから、決して悪い呼び出しじゃないと思っていたよ」
だが、予想外の話題が出たとモリ。
「沖縄のホテルのロイヤルスイートいたのはボスとよく知らない男だった。安っぽいスーツ姿でな。ただ警官でないことはすぐに分かった。どう見てもその佇まいは軍人だったからだ」
視線の動かし方や座り方。そういうものに軍人の色があったとモリは言う。
忘れてはならないが彼も脱走兵であり、元軍人だ。
「『なあ、モリ。異世界の話は聞いてるか?』とボスはそう言った。唐突な話題だったから俺は驚いたがボスを失望させたくはなかったのでオンラインのニュース記事で読んだ内容を必死に思い出した。『房総半島にできた門のことですか』とまずはそう言った」
モリの答えにボスは苦笑していたとモリも笑って語る。
「ボスは俺に言った。『ああ。そうだ。そこで戦争が起きている』と。『人食いの魔族って連中が現地の人間たちを虐殺してるんだ』とも言っていた。魔族なんてファンタジーな言葉をあの堅物のボスの口から聞くとは思いもしなかったぜ」
確かにクリスタル・メスという現実的な単語のあとに魔族という単語が出てくるのには、事情を理解している私でも違和感を感じるものだった。
「俺は異世界にいる人食いの魔族とクリスタル・メスの売人である俺の共通項が見つけられなかった。そんな俺にボスは言った。『異世界には脳みそを吹っ飛ばされても動き回れるようになるぐらいぶっ飛ぶヤクがある。扱ってみたくないか』ってね」
「それはホワイト・ピーク?」
「ああ。その通り。そのときはまだハッピーセットとは呼ばれなかったし、俺はその呼び名が嫌いだ」
「何故?」
「ハッピーセットは安っぽいガキの食い物だ。俺はホワイト・ピークにもっと高級感を出したかった」
安いドラッグはもうありふれているとモリは言う。
だから、そのレベルで扱われるのを避けるためにホワイト・ピークには高級感を出し、芸能人や金持ち向けのブランドにしたかったと彼は言った。
しかし、ドラッグにブランドとはと私はその話を聞いて心底呆れた。
「で、続きだ。ボスは俺にそれを扱うために異世界に行けと言った。俺は躊躇った。さっき人食いの化け物がいるって言われた場所に向かえって言われたんだ。どう考えたってこれは貧乏くじだった」
彼はどこかで化け物たちに捕まって生きたまま食い殺されるのではとずっと恐れていたと語る。
だが、それを語る彼の顔は深刻さのかけらもないにやにや笑いだった。
「『安心しろ』とボスは言った。『ちゃんと護衛はつける。現地は安全だ』と。それにもし俺が大成功したら幹部としての昇進もあるとボスは言っていた」
「それで異世界に行くことを決意したんですか?」
「ボスにいつまでも口答えすれば銃殺だ。俺には選択肢なんてなかった。だが、その前に俺は尋ねた。そこに安っぽいスーツの男が何者なのかを」
私もその人物が何者かを知りたかったので彼が語るのを待つ。
「『お前の身の安全を保障する護衛だ』とそれだけだった。あとで分かったが、そいつは情報軍の軍人だったらしい」
つまりはこの時点で情報軍はディザータに接触していたのだ。
「その説明に最初、俺はただ雇われの兵隊だと思った。ディザータはこれまでも民間軍事会社と関係を持ったことがある。民間軍事会社の中には犯罪組織に喜んで軍事サービスを提供する人間がいたからだ」
それは事実だ。
民間軍事会社の中には相手が犯罪組織だと分かって軍事教練や兵器のメンテナンスといった軍事サービスを提供する『ならず者』がいる。
「そして、俺は異世界に行くことになった。ヒノキのこん棒の代わりにAR-15アサルトライフルとグロックを手にし、いざ異世界の冒険が始まった」
モリが異世界に渡るのは私が異世界行きに四苦八苦したとのとは対照的にスムーズなものであったと彼の口から語られた。
「正直、ミャンマーから日本に行くより楽だったな。軍の輸送機で現地に向かい、税関も何もなく入国完了って代物だったし」
「軍の輸送機で異世界に?」
「ああ。横田基地からな。アメリカ空軍の輸送機だ。けど、ぼろいC-130輸送機だったな。今でも覚えている」
私はその話をよく記憶した。
キメラ作戦にかかわっているのは情報軍だけかと思われたが、他の軍組織も関与ないし黙認していた可能性が浮かんだからだ。
「驚くかもしれないが、異世界にはすでにアメリカ軍の基地があった。立派な滑走路を備えた基地だ。俺はそこで降ろされたが、まあ中も立派なものさ」
基地にはピザからハンバーガーのファストフードのチェーン店があり、コンビニも出店していたと語るモリ。
「あそこだけは地球そのものだった。話されている言葉も、使われている通貨も、漂う臭いも全部地球のそれだった」
モリは懐かしむようにそう言う。
「だが、俺は軍の関係者じゃない。すぐに外に追い出されたよ。基地の外に一歩出れば、そこは非文明の異世界だった」
少しばかり嫌悪感の滲む顔でモリは言った。
「まず臭いだ。悪臭だった。馬糞と人糞の臭いがする。まともな上下水道がないってのが一発で分かった。それから連中の格好だ。ぼろきれみたいな服を着て、髪は脂ぎってて、髭もまともに剃ってない」
彼はそれからあれこれと異世界にについて不満を述べた。
食べ物は衛生観念が皆無のものばかりで、薄汚い連中が大勢いたと言う旨の証言。
「こんな場所に本当に金になるものがあるのかと思ったよ。ボスも俺も騙されたんじゃないかってな」
「それからどうなったのですか?」
「やつが接触してきた。今じゃどうも思い出せない顔をした男だ。そいつは七尾大佐って名乗っていた」
ここで七尾一郎の名が出た。
彼はモリに、ディザータの幹部に接触していたのだ。
「やつは基地から追い出されてどうしたものかと迷っていた俺に声をかけてきた。『ディザータのアンドリュー・モリだな』と。それから俺をハンヴィーに乗せると基地から離れて、ある場所に連れて行った」
「それは?」
「基地だ。ただし地球の軍隊の基地じゃない。表向きは異世界の連中の基地だ」
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