アウトローを撃ち殺せ
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──アウトローを撃ち殺せ
「エルネスト・レポートにはある目的があった」
これまでの出来の悪い学生に説教するような口ぶりではなく、どこか平坦な口調で七尾はそう言った。
「当時の我が国の政府とアメリカ政府の都合だ。私はエルネスト・レポートの提出に関わったアメリカ国務省の人間と話したことがある」
「国務省?」
「そう。彼は言っていた。『我々には悪党が必要なんだ。よその街で悪逆非道をおこなっているアウトローさ。そして、その噂を聞いて駆けつけた我々保安官にアウトローが射殺されるというシナリオが必要なんだ』と」
アメリカが正義の味方でいるために悪党を欲しているというのはよくある陰謀論だったが、七尾はそれを淡々と語った。
「世界は第三次世界大戦が終わったばかりで、我々には団結が必要だった。世界は一度酷く分断されてしまったのだから。だから、外部に敵を作って団結しよう。その敵があっさりと倒せるならば状況は常にコントロールできる。それが国務省と我が国の外務省が結託してやったことだ」
彼の口調には罪悪感も後悔も一切の感情がなかった。
「魔族連合軍は簡単に倒せたと?」
「ああ。そこに疑う必要はあるか? 彼らは原始的なマスケットを使い始めたばかりの文明だが、こっちには異世界を数回焼き尽くせるだけの核爆弾があるんだ。たとえ核を使わなかったとしても倒すのは容易だろう」
ただ、と七尾は続ける。
「地球はヒステリーを起こして魔族を批判したものの、戦争そのものにはうんざりしていた。第三次世界大戦が終わるまでに7年かかったんだ。当然だろう」
今さら異国の地で自国の若者が棺桶で送り返されれば、批判されるのは魔族から政府に代わっただろうと七尾は言う。
「そこで、だ。我々にはふたつの手段を使った」
七尾は太い指を2本立てて語る。
「ひとつは魔族を地球の若い兵士がリスクにさらされないように慎重に攻撃して、我々は敵と戦っていますよとアピールすること。空軍による40000フィート上空からのピンポイント爆撃で悪逆非道な魔族の幹部の誰それが死にましたとジャーナリストが報じれば、国民は無邪気に喜ぶ」
「……つまり、戦争は必要だった。でも兵士の死体は困る、ということですか」
「その通り」
国民に公表できるプロパガンダ的な軍事作戦だと七尾。
ジャーナリスト諸君にはネタができると僅かに皮肉げに追加するのを彼は忘れない。
「しかしながら、そのためには魔族の幹部の位置を特定し、何より戦っている人類国家がうっかり滅亡しないようにしなければならない。当然、異世界なんてよく分からない土地に大規模な地上軍は派遣できない」
「それを解決するのはキメラ作戦?」
「ああ。その通りだ。あの作戦が異世界には必要とされていたのだ」
あくまでキメラ作戦を必要としたのは異世界だという前提を彼は崩さない。
「それに我々がリリエルを、エルフを必要としたわけじゃない。彼女の方が我々を必要としたんだ」
ルナリエン自治領のことを七尾は当然知っていた。
ホワイト・ピークしか育たない、貧困の中に沈んだエルフの生息域。
「これはある種の軍事的なODAだ。我が国はいろいろな国が必要とする支援を与えてきた。それはダムや橋を作ることもあったし、他国の沿岸警備隊を強化するために中古の巡視船を与えることもあった」
「では、教えてください。あなた方はルナリエン自治領にどのような支援を?」
私は七尾に奪われている会話のペースを奪い返すべく、そう尋ねた。
このインタビューは私の知識不足と少しの罪悪感から七尾が『政治的に正しい理屈』を述べているだけになってしまっている。
私は意を決して彼のペースを崩そうとした。
「それは当然ながらホワイト・ピークという麻薬の密売から脱却するために支援だ」
「具体的には?」
「ルナリエン自治領の問題の全ては魔族連合軍に彼らが屈したことに始まってる。ならば、君は何が必要だと思う?」
また彼は私に問う。
しかし、私の脳裏に浮かんだのは不吉な答えで、それを口にすることは憚られた。
「……独立だよ。魔族連合軍からのね。そのために必要なものは当然──」
七尾は言う。淡々と冷酷に。
そして、次に彼が言う言葉を私は予想できた。
「武器だ」
* * * *
リリエルは七尾という人間にあまり好感を持っていなかった。
「彼はどこか信用できない雰囲気が常にあった」
リリエルはそう回想していた。
「人間というよりも魔族のようにすら感じられるときがあった。特に彼がキメラ作戦について語るときには……」
冷酷な情報軍将校にリリエルに不信を抱いたが、それでも彼の提案は魅力的だったと彼女は言う。
「彼の提案はこうだ。『あなた方エルフを魔族連合軍から独立させる。奪われた平地を取り戻すことも手助けしよう。そうすれば小麦でもライ麦でも、普通の作物を育て、民族としての誇りを取り戻せる』と」
確かに魔族から独立して奪われた平地を取り戻せれば、この農村でお茶が栽培できているようにホワイト・ピーク以外の作物を育てられるだろう。
それはルナリエンのエルフにとってこの上なく魅力的な提案だったに違いない。
「しかし、独立のためには戦わなければならない。私は戦争を知っている。ルナリエン王国が滅んだときに私も戦争を戦ったのだから。ゆえにまた同胞たちに犠牲を強いなければならないのかと悩んだ」
戦争に勝てばエルフには未来が開けるかもしれない。
だが、負ければ今度こそエルフの未来は閉ざされてしまう。
リリエルは覚えている。エルフの王国が崩壊したときの惨状を。
泣き叫ぶ子供たち、顔から感情が消えた男たち、絶望に表情が歪む女たち。
リリエルは確実に勝てるという保証が欲しかった。
「解決策を提示したのも七尾だった」
彼女は続けた。
「彼は地球製の武器を我々に与えると言った。地球製の優れた武器があれば魔族を打ち負かすのはそう難しくないとも。私はこう返した。『実際にその武器を見なければ同意しかねる』と。そして、彼らに連れられて地球製の武器を見に向かった」
リリエルはその時のことを語る。
「私はネプティスに来て初めて銃という武器があることを知った。学者のひとりが君たちがいうところのマスケットを見せてくれたのだ。それはとても強力で、これまでの弓による戦いが瞬く間に陳腐化すると感じた。だが、地球の武器はそれ以上だった」
ネプティスの陸軍基地内にある隠された場所に地球製の武器はあったとリリエル。
「それは耳をつんざく轟音だった。連続して響くけたたましい炸裂音。それとともにハチの巣になる目標。地球製の武器は恐ろしいほどの威力を持っていた。私が驚いたマスケットが子供の玩具に見えるほどに」
まずリリエルは機関銃という武器を見せられたと語る。
機関銃は一瞬で金属製の鎧をまとった藁の的をハチの巣にし、その威力をリリエルに見せつけた。
「私は思った。『これがあれば魔族に勝てる』と。『次の戦争は王国が崩壊したときのような惨めな結果にはならない』と」
今思えば浅はかだったとリリエルは後悔をにじませる。
「だが、当時の私は飛びついた。『ぜひ我々にこの武器を与えてくれ』とそう七尾に言った。彼はゆっくりと頷いたが答えは私が予想したものとは違った。『これを数丁ならばただで与えられるが、それ以上となると──あなた方の協力が必要だ』と言ったのだ」
「協力……ですか?」
「そうだ。彼らもまた欲したのだよ。ホワイト・ピークを」
* * * *
「あなたは武器を与える引き換えにリリエルにホワイト・ピークを要求した」
私は七尾に突きつけるように言う。
「ああ。そうだ。当然ながら商品には対価が必要だ。違うかね?」
「あなたはキメラ作戦は異世界に必要とされて行った作戦だと言った。それは一種のODAだとも。それなのに?」
私が問い詰める番だと思った。
何故日本情報軍がホワイト・ピークを必要としたのか。それを突き止めるのだ。
「第三次世界大戦は終わり、世界には武器だけはたっぷりとあった」
七尾は語る。
「だが、それでも武器はただじゃないし、我々の財布には限りがある。武器はありあまるほどあったが、我々には金がなかった」
「だから、ホワイト・ピークを?」
「ルナリエンに他に我々が利用できそうな資源はなかった」
ホワイト・ピークならば魔王軍に出回るのを防げ、同時に異世界における人類国家に売却することで武器を購入する資金源にもなると七尾。
「経済的に日本国に余裕があったわけじゃない。アメリカにしても同様だ。空からレジスタンスに向けて無差別に武器を落としていた第二次世界大戦やベトナム戦争のときのような余裕はどこにもなかったのだ」
どうにかして資金源を見つけなければ異世界への支援は続けられない。
そしてルナリエンにおいて資金源となるのはホワイト・ピークだけだった。
「まさか君は私が喜び勇んでこの取引を提示したと思っているわけではないだろうな? これは私にとっても苦渋の決断だった。麻薬に関する倫理観のない異世界の人間と違って、私たちには良識があった」
僅かに視線をそらして七尾は言う。
それでも魔族の圧政の下で困窮したエルフたちを見捨てられなかったという七尾を、私はどこまで信頼していいのか迷った。
「ですが、そのホワイト・ピークがどうして地球で蔓延したのですか?」
麻薬について良識があり、ホワイト・ピークは異世界側の人類国家が買い取ったという七尾の証言には矛盾がある。
ホワイト・ピークは地球で流通しており、麻薬取締局がそれを追っているのだから。
「……ディザータだ」
七尾はしばらく黙ったのちにそう重々しく口を開いた。
「連中がやらかしたんだ」
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