それは正義の鉄槌か
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──それは正義の鉄槌か
爆撃に対して違う見方をしている人間もいる。
「ルナリエン爆撃は正当なことだろう」
七尾は大した感情も込めず、そう語る。
「君は情報軍がルナリエンを利用したという穿った視点を持っているようだが、これだけは言っておこう。ルナリエンが道を踏み外したのは我々の責任ではない」
彼ははっきりとそう言った。
「彼らは情報軍の関知しない麻薬密売に手を染めていた。キメラ作戦の最中も、それが終わってからも私利私欲を追及するためにホワイト・ピークの取引を続けたんだ。彼らは『麻薬国家』か? イエス。彼らは爆撃されるべきだったか? イエス。ソフィエルは指名手配されるべきだったか? イエス」
3回、七尾はイエスと繰り返した。
「もし彼らがディザータなどと私的に繋がり、私腹を肥やしていなければ日本政府が支援したかもしれない。だが、彼らは目先の利益に囚われて我々正義の側ではなく、ディザータという犯罪者と手を結ぶことを選んだ。彼らのその決断が、今回の爆撃を招いた原因だろう?」
彼のそれは事後弁護などではなく、ありえたかもしれない可能性だった。
ただその道を彼らが明白に示していたかは疑問が残る。
「あなた方情報軍は魔族内戦が終わってからすぐに撤退しましたが、ルナリエンがディザータと手を結んでいなければ残ったのですか?」
私のこの問いに七尾はしばらくの間、沈黙したのちに静かに告げた。
「……ああ。その可能性はあった。ルナリエンが政治的負債にならなければ、我々は駐留を続け、日本政府の支援もあっただろう」
私は七尾のこの言葉をあまり信じていない。
政治的負債というあいまいな条件と以前の彼の言動との不一致だ。
彼はルナリエンを含めた異世界に地球側が責任を持つ必要はないと語っている。
異世界のことは異世界で面倒をを見ろと言う風に。
それに中央アジアの内戦は今も進行中であり、日本国防四軍はそれに参加している。
情報軍には彼が以前言ったところの人的余裕はなかったはずだ。
「私が胸を痛めていないとでも思っていそうだな。私のことが人間ではなく心がない爬虫類にでも見えるかね?」
彼は僅かに嘲るようにそう言う。
「実際のところ、日本政府は爆撃には反対だった。彼らの事情は私たち情報軍が報告していたからね。ルナリエンを下手に爆撃するのは、地域の不安定化につながると分析されていた。しかし、アメリカは分かりやすい行動を目指した」
悪党に爆弾を落としてハッピーエンドと七尾は言う。
「ああ。ハリウッド好みのシナリオだな。派手な爆発とともにエンドロールが流れる。だが、この映画は今も続いている」
七尾はそう言って僅かに沈黙した。
「……魔族との国境という位置にあるルナリエンがアフガニスタンやイラクのように政情不安になったら、あの地帯は連鎖して不味いことになるだろう。そのことを脚本家には考えてほしかったものだ」
それは間違いなく爆撃を強行したアメリカ政府への愚痴であった。
「ともあれ、私が語れるのはこれぐらいだよ、ジャーナリスト君。もう会うこともないだろう」
「最後にひとつ」
私は席を立とうとする七尾を呼び止めた。
「どうして取材に協力を?」
私の疑問はこれだ。
情報軍にとって発覚すべきではない情報を彼は語ったように思える。
それは情報軍にとって不利益であり、将校にとって許されないことではないのか?
その問いに彼は笑った。
「広報対応というものもだよ」
彼はそう言うのみで、私は七尾の名を呼んでもっと詳しく聞かせてもらおうとしたが、しかし彼は振り返らずこう言った。
「七尾とはどこの誰だ?」
後日私は再び情報軍に七尾一郎についてと言わせたが、彼らは『そのような人物は情報軍に所属していない』と返すのみだった。
* * * *
ワンは爆撃についてこう語る。
「ありゃあ仕方ないことだ。現代のローマ帝国たるアメリカを怒らせたんだからな」
彼は肩を竦めてそう言う。
「国際社会は弱肉強食。食うか食われるかだ。強いやつが弱い連中を食い物にするのは仕方のないことなんだよ」
「だから、アメリカの行動は正しかったと?」
「ああ。まさに。ホワイト・ピークをガンガン異世界から地球に輸出して何万人が中毒になって死んだ? 何十万人が精神病院、あるいは刑務所にいる?」
ワンはそう語る。
「人の命は地球より重いなんて言葉があるが、ありゃ嘘っぱちだ。人の命は国籍、人種、収入に応じて変わる。鳥の羽より軽い命もあれば、超新星より重い命だってある。そいつが現実だぜ、ジャーナリスト先生」
そしてアメリカ人の命は重い方だとワン。
「アメリカは爆撃で死ぬエルフの数とこれからホワイト・ピークで死ぬアメリカ人の命を天秤にかけた。そしてどんと重くなったのはアメリカ人の未来の方だった。だからどかんと爆撃を食らわしたわけだ」
分かるだろう? というようにワンは私の方を見る。
「それに、だ。アメリカは大統領選挙が近かった。ルナリエンには気の毒なことだが、今の大統領が確実に当選するには悪党に爆弾を落としてアピールするのが手っ取り早かったんだよ」
爆弾を落とせば支持率が上がるとからかうようにワンは語った。
「そのことはアメリカが爆弾は落としても地上軍は投入しなかったことから分かるだろう? 地上軍の兵士が星条旗に包まれて戻ってきたら逆に支持率が下がっちまうからな。アメリカってのは本当にシンプルな政治をしている」
終いにはワンは自分の不謹慎な政治ジョークでくすくすと笑っていた。
「ま、これは半分は冗談だけどな。だが、政治的な都合だったのは間違いない。麻薬取締局はソフィエルを麻薬の皇帝だとか呼んでいるが、逮捕するような兆しは全然ない。ルナリエンは爆撃のあとでもソフィエルの独裁体制が平然と続いている」
ドアをキックして強引に開け、ソフィエルを拉致していく特殊部隊もなしとワン。
アメリカは爆弾だけ落として満足し、それで終わったと。
「あなたは今もルナリエンに?」
「ああ。顧客のひとりだからな。今度の注文は地対空ミサイルだ。仕入れてあるからあとは引き渡すだけだ」
「彼女が地対空ミサイルを欲しがったのは爆撃に対抗するためでは?」
私はアメリカの戦闘機や爆撃機を撃墜するためにソフィエルが地対空ミサイルを求めているのではないかと指摘した。
「だとしても俺の知ったことじゃない。俺は兵器ブローカーだ。売りたいやつと買いたいやつを結ぶのが仕事だ。その約束は必ず果たすが、それ以上の職業倫理は必要だって言いたいのかね?」
そう言って彼は私の方を嘲るようにしてみる。
「あなたもアメリカの敵になるかもしれませんよ」
「そうかもな。だとしても、それはリリエルやソフィエルより上手くやってのけるさ。俺は連中のように理想っていう足かせを嵌められていないんでね」
ワンはそう言ってホテルの部屋から去った。
その後の報道でもルナリエンと取引していた武器商人が拘束されたというニュースはなく、彼は宣言通りに上手くやったのかもしれない。
そして、私は再び彼に会うことはなかった。
* * * *
モリは刑務所の中でそのニュースを見たと言う。
「俺は地球に戻って行方をくらませようとしたが、ボスに捕まった。そして、三択だ。『ひとつ、アメリカの刑務所に入る。ふたつ、日本の刑務所に入る。みっつ、その場で膝と頭をぶち抜かれて死ぬ』の三択だよ」
モリはその中から日本の刑務所に入ることを選んだ。
「テレビでルナリエンが爆撃されているのを見て、俺は思わず歓声を上げたね。『ざまあみろ!』って。ルナリエンは確かに俺に稼ぎを与えてくれたが、俺から全てを奪った場所でもある」
彼はルナリエンのホワイト・ピーク取引で巨万の富を得たが、ルナリエン側の裏切りで全てを失っていた。
財産も、家も、地位も全てだ。
「恨みは山ほどある。だが、今は少し和らいだ。お互いに悪党だったってだけの話なんだからな。ルナリエンと俺たちディザータの関係はまさに悪党同士が檻に入れられた囚人のジレンマゲームだった。どちらか先に裏切った方の勝ちってやつさ」
そして私の方を見た。
「リリエルはまだ生きてているのか?」
私はモリの問いに答えるべきか迷った。
彼は今も報復を目論んでいるのかもしれなかったからだ。
ディザータとの繋がりが刑務所に入れられただけで断たれたとも思えない。
「生きているなら伝言してくれ。『悪かった』ってな」
しかし、モリは静かにそう言うのみで、私からリリエルの居場所を聞き出そうとするようなことはなかった。
私はもし彼女に会う機会があったら伝えると約束した。
「さて、俺の物語はこんなところだ。俺はこれから日本の刑務所で30年過ごし、それからアメリカの刑務所で200年だか300年過ごす必要がある」
モリは最初に日本の刑務所に入ったが、彼はアメリカでも麻薬取締局などから訴追されておりアメリカの裁判所では殺人などの容疑で有罪になっている。
それによって彼はこれから一生を刑務所で過ごすことになるのだ。
「後悔はしていませんか?」
私は最後に彼にそう尋ねた。
「俺には他の連中みたいに豊富な選択肢があったわけじゃない。選べる道しか選べなかった。それをどうやって後悔しろってんだ?」
彼はそう言って笑い、『面会時間は終わりだ』と刑務官がやってきて彼を牢に戻していった。
それから彼には会っていない。
私たちが必要以上に会うのはお互いのとってのリスクだったからだ。
私が不用意にモリに接触し続ければ、私に情報を提供したのがモリだとディザータに発覚する。
私は彼の両膝と頭に銃弾が叩き込まれるのは望まなった。
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本日12時頃に最終話投稿です。




