過ちの象徴
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──過ちの象徴
リリエルが救出され、モリが逃亡した日から2日後。
ソフィエルはまだ昏睡状態にあるリリエルを『職務不能』としてRLA司令官の地位から解任した。
その理由は彼女が脳に障害を負った可能性があり、正常な判断を行うことが難しいからというものであった。
「私は意識を失っていた間にもうRLAの司令官ではなくなったことを佐藤から知らされた。ソフィエルは私を脳障害を理由に解任したと……」
これでリリエルのルナリエンにおける政治的地位はなくなった。
「それを聞いたときはショックだった。まだ私には改革をやらなければならないという思いがあったし、ディザータが去った今ならばそれが可能だと思ったんだ」
リリエルは顔を焼かれようとくじけなかった。
彼女はホワイト・ピーク取引にかかわっていたディザータがルナリエンから駆逐された今こそ改革を推進すべきだと思ったという。
「しかし、そのときの私にはもう政治的な力はなかった。RLAの将兵で私の見舞いに来てくれたのはエセリオンだけだった。彼は言った。『新しい司令官がソフィエルによって任命され、その人物に忠誠を示すことを将兵は強要されている』と。『あなたはもう休むべきだ。あなたはもう十分ルナリエンのために働いた』とも……」
そう言ってリリエルは窓の外をじっと見つめる。
「それから何日か経ち、私が立って歩けるようになったときだ。意外な客が見舞いにやってきた」
「誰です?」
「ソフィエルだ。彼女が見舞いにやってきた」
確かに意外な人物がやってきた。
リリエルをRLA司令官から解任したソフィエル当人が見舞いにやってきたと言うのは予想できないものだっただろう。
「彼女は『大丈夫か? 傷はまだ痛むか?』と私を心配してくれた。それから彼女は私を解任せざるを得なかった理由について語った」
リリエルはそのときの様子のことを話す。
「ソフィエルは私にノートパソコンである文章を見せた。それはルナリエンを『麻薬国家』としソフィエルを『その首魁たる麻薬の皇帝』とする麻薬取締局の発表した文章だった」
麻薬取締局はついにソフィエルを名指しで麻薬の皇帝として指名手配したのだ。
そのときリリエルは言葉がでなかったという。
麻薬取締局はついにソフィエルを捜査対象にしたのだ。
「『これからルナリエンは新しい戦争を迎える』とソフィエルは言った。『君がともに戦ってくれれば心強いが、君にそのつもりはないのだろう』と問いかけではなく、断定するように彼女は言い、そして『そうであるならばルナリエンから追放するしかない。今のルナリエンに内輪もめをしている余裕はないんだ』と……彼女は言ったよ」
エセリオンが私が初めて森を訪れたときに言った言葉を思い出す。
彼はあのとき『麻薬取締局だ。正義を標榜する新しい侵略者』と嫌悪を込めて語った。
リリエルが何度も求めた支援の約束を反故にし、ルナリエンを悪として攻撃対象にした麻薬取締局はエルフたちから見ればそう見えてもしょうがなかったのかもしれない。
「答えを渋る私に彼女は続けた。『私は君に友であり続けてほしい。敵として君を殺したくないんだ』と彼女は言ったよ。彼女の後ろには国家保安隊の将校が無言で立っていて、私の方をじっと見ていた」
国家保安隊の将校はいざとなれば銃殺刑執行隊に変わったかもしれない。
だた、ソフィエルはそうなることを決して望まなかった。
そして、リリエルはルナリエンを去る決断をしたと私に語った。
「私は佐藤たちに荷物を運んでもらってこの村に移った。それからだ。ルナリエンに恐れていた爆撃があったのは……」
ついにエルフの森は焼かれたのだ。
そして、爆撃が開始された。
リリエルはルナリエンが爆撃される様子を村から見つめていた。
「夜中に轟音が響いて起きた。村の人々と丘に登ると森の方から炎が立ち上っているのが見えた。『見て。炎が上がっている!』と子供が叫ぶのを聞いた。それから何度も爆破は生じ、ルナリエンは炎に包まれていったよ。私はだたそれを見ていることしかできなかった……」
そこで初めて彼女の目に涙が浮かんでいることに私は気づいた。
彼女にとって森が焼けたのは、自分の人生の過ちそのものなのかもしれない。
彼女は何度も後悔を口にしていた。
ネプティスでキメラ作戦に参加しなければ、改革が成功してれば、麻薬取締局を信用しすぎなければと。
「地上からかすかに対空火砲が発射されるのが見えた。打ち上げ花火のように曳光弾を光らせていた。けど、地球の航空機はドラゴンよりもはるかに高い高度を飛んでいて一発も命中しなかったように見える」
そう言ってソフィエルは視線を落とした。
「恐らくはあの爆撃でホワイト・ピークは燃えたのだろう。そして私たちが作ったトウモロコシ畑も学校も燃えたのだろう。全てが燃えたのだろう……」
リリエルはそう呟き、そして沈黙した。
祈るように。燃えた森に黙祷するように沈黙し、目を閉じた。
* * * *
ルナリエン爆撃のちょうど1日前にムーンライトのコントラクターである佐藤たちは脱出していた。
「脱出したというより、俺たちも追放されたんだ」
そのときのことを佐藤は語る。
「ソフィエルから『契約を打ち切る。支払いはこれで以上だ』とそう言われてドル札が詰まったスーツケースを渡された。俺たちは迷った。このままルナリエンを捨てていっていいのかと」
だが、決断しなければならなかったと佐藤は続ける。
「俺たちがルナリエンにいたのはリリエルがいたからだ。彼女がルナリエンのホワイト・ピークに依存した酷い状態から脱したかったために、俺たちはルナリエンに残っていたんだ。だけど、もうリリエルはルナリエンにいない。そこに留まる理由もなかった」
だから、佐藤たちはルナリエンを去った。
宿舎や一部の装備はそのままRLAに引き渡し、ルナリエンを発つ輸送機に乗ってネプティスの米軍基地に向かった。
そこでは厳戒態勢が敷かれていたという。
「あれは間違いなく爆撃の準備をしていた。B-52爆撃機がその巨体を見せ、駐機場に何機も止まっていた。俺たちは最悪の状況を想像した。何人かのコントラクターが米軍の兵士に『どこを吹っ飛ばしに行くんだ?』と聞いたが誰も答えてはくれなかった」
そして、そのまま横田に向かう輸送機に乗ったと佐藤。
「次にニュースを見た。ルナリエンが爆撃されるのがテレビに映っていた。テロップには『異世界の麻薬国家、爆撃される』と報じられていたよ。アメリカの大統領が『麻薬を蔓延させる悪党どもを罰するために我々は正しいことをした』と誇らしげに演説していったっけ」
テレビのアナウンサーはその演説に興味なさそうに淡々とニュースを読み上げていたそうだ。
はあとそこで彼はため息を吐く。
「俺も現地を見ていなければドラッグで大金を稼いでいた麻薬国家が爆撃されただけだと思っただろう。だが、俺は知っている。そこでどのような努力が行われていたかと。麻薬国家と全てを一括りにしていいはずがないと」
確かに悪党はいたと佐藤。
だが、全員が爆撃で吹き飛ばされていい悪党ではなかったと。
「だが、そのときの俺はもうコントラクターから一般人になっていて、ルナリエンのためにできることは僅かにしかなかったよ」
彼はそう言って首を横に振った。
佐藤はその爆撃の日からルナリエンについて地球の国際社会に正しく知ってもらおうと本を書いた。
それは『エルフたちの故郷ルナリエン』というもので、私も読ませてもらった。
そこには彼が経験したことからルナリエンという国がどのような歴史を辿ってきたかまでが詳しく記されている。
エルフたちの文化に関した当時の写真などもあり、私が知るよりも詳しく記されているのでぜひ一読されたい。
彼はさらに国連薬物犯罪事務所の活動に寄付をするようになったと語っていた。
ルナリエンのような国が異世界だけにあるわけじゃないと彼は語る。
「地球にだって貧困から麻薬の原材料を作っている国や地域はある。せめてそういう国がいい方向に行ってくれることを祈っている。もし、地球にリリエルのような人物が生まれたら、その人物は成功してくれるといいなと思うよ」
彼は少し寂しげにそう語った。
彼にとっても爆撃は失敗の象徴だったのだろう。
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明日54話と55話投稿で完結です。




