拷問
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──拷問
リリエルはそのときモリたちが自分の裏切りを把握したとは知らず、ただ自分たちの故郷であるルナリエンが国際社会が敵になったことに衝撃を受けていたという。
「地球の国際社会はルナリエンの名を麻薬の原産地として知った。第一印象は最悪だと言うことだ。人々はエルフを麻薬密売人だと言って批判していた。私は……国際社会が援助してくれるという夢を失った……」
そう言って悲痛な表情を浮かべるリリエル。
「エセリオンは私は数日部屋に閉じこもって食事もしていないことを気にかけて、パンを持ってきてくれた。私たちの畑で取れたトウモロコシで作ったパンだ。それを差し出して彼は言ってくれたよ。『戦士リリエル。あなたのでせいではありません。約束を違えた地球の人間が悪いのです』と」
そして、まだ希望はあると彼は言った。
「『このパンはあなたが最初に苗を植えたトウモロコシ畑で育ったものです。これからも実りがあるでしょう。簡単に諦めてはいけません』とそう言って励ましてくれたのを覚えているよ」
彼の励ましは嬉しかったとリリエルは語る。
「しかし……私が次の実りを見ることはなかった」
リリエルは続ける。
「司令部を出て、自宅に戻った。その日は佐藤やエセリオンはそばにおらず、私だけで歩いて帰っていた」
自分のやったことを考え直すためにリリエルは考えながら道を歩ていたという。
「そのときだ。急にブレーキ音が響くと車両が私の行く手を塞ぎ、覆面姿の男たちが車両から飛び出してきた。彼らは私にスプレーを浴びせ、私がそれに目を潰されて声がでなくなったときに地面に押し倒して手を縛った」
そこからは真っ暗なことしか覚えていないとリリエル。
「私は気づけば全く知らない場所にいた。痛む目を開けると目の前にモリがいた」
モリはリリエルの方を敵意ある視線で見つめていたという。
「『やってくれたな、クソアマ』とモリは言った。『お前が麻薬取締局に密告したってことは割れているんだ』と」
そのモリの言葉にリリエルは知らないと言った。
「『ふざけるな。基地の人間にお前の写真を見せた。麻薬取締局の連中がいるときに米軍基地に向かって、何もなかったとでもいうつもりか? ただ米軍基地を観光したかったとでも?』とモリはそう言って私の顔を思いっきり殴った」
何度も何度も意識を失いそうになるほどモリはリリエルの顔を殴った。
「それから拷問が始まった。モリは私が麻薬取締局にどのような情報を渡したかを聞き出そうとしていた。それから他に誰が麻薬取締局に協力しているかを自白するように要求してきた」
リリエルにはエセリオンや佐藤といった人間が協力していた。
だが、彼女は決して彼らの名前を言わなかった。
それは自分の命より守るべきものだったからだ。
「彼らは国家保安隊と同じような拷問の手順を取っていた。私を騒音のような音楽で何日も眠らせなかったり、狭い箱の中に閉じ込めたりと。それから水責めも行われた。顔に布をかぶせられ、そこに水が注がれると溺れているような苦痛を感じる。それを何度も何度も何度も繰り返しやられた……」
それはまさに地獄のような拷問だっただろう。
ディザータの拷問は非人道的であり、苛烈だった。
それでもリリエルはエセリオンたちの名を出さず、抵抗を続けた。
「モリたちは苛立ち始めていた。私の単独行動ではないと彼らも確信していたのだろう。確かに私だけではディザータの名簿を手に入れることも、輸送ルートを知ることもできなかった。それをモリは分かっていたんだ」
だから拷問は続いたとリリエルは振り返る。
拷問は何日も続き、リリエルの意識は朦朧としてきたそうだ。
「何が現実で、何が夢が分からなくなり始めていた。私はあるときはトウモロコシ畑にて、あるときは息苦しい檻の中に閉じ込められていた。そのどれが現実で、どれが幻覚だったのか今でも分からない……」
それほどまでにディザータの拷問は苛烈だったそうだ。
「彼らは私を何日も拷問し続けた。もはや彼らに私の答えなど必要ないとすら思えるほどだった。水責めを繰り返し、モリは笑っていた。『ざまあみろ。俺の全財産はお前のおかげでなくなったんだからな!』と彼は言っていた」
もはや拷問は情報を引き出すためのものではなく、リリエルを辱め、いたぶるためだけのものになっていたようだ。
「彼は言った。『お前も全てを失うべきだ。財産も信頼も、その美しさも』と。そう言って彼は……バーナーを手にした。そのバーナーで私を……」
ああ。リリエルの片目を潰した顔の火傷はそのときに負わされたものなのだろう。
モリはリリエルの美しかった顔を、文字通り焼いたのだ。
「……それから私は自分の焼かれた顔を見せられた。『よく見ろ。これがこれからのお前の醜い顔だ』とモリが言う。絶望で心が折れそうだった。もう誰も私をかつてのように受け入れてはくれなくなる。そう思うと水責めより心が折れそうになった」
リリエルがかつてどれほど美しかったかは、私も写真で見ている。
彼女は決して自分の美しさを誇りとはしていなかったが、彼女の意志をへし折るのに顔を焼くと言う行為は絶大な効果を発揮したようだ。
「だが、それでも私は沈黙を続けた。ただ火傷のあとから感染症を起こしたのだろう。私は高熱を出し、寒さに振るえた。私は毛布も、着るものも与えられず、コンクリートの床に放置されており、寒さから逃れる方法はなかった」
モリたちディザータはその様子を見て笑っていたという。
「私はがたがたと震えた。火傷のあとは猛烈に痛み、寒気は止まらず、今にも私は死にそうだった。誰かが助けてにきてくれないだろうかと必死に祈った。だが、それが望み薄な願いであることも朦朧とした頭で僅かに理解できていた」
そしてあるときモリたちの態度が変わったとリリエルは言う。
* * * *
リリエルを拷問したことをモリに尋ねると彼は肩を竦めた。
「そりゃあそうさ。あいつは俺の全財産を奪って、ディザータでの地位まで失わせた。当然だろ? 報復する権利が俺にはあった」
しかし、とモリは続ける。
「いくら拷問してもあいつは何も喋らなかった。何もだ。恐れ入ったね。正直、すぐにべらべら喋ると思っていたからな」
リリエルの意志の強さにモリたちは計算違いが生じたと言う。
「あいつが麻薬取締局にどれだけの情報を渡したのか、他にどいつが密告者なのか。そういう情報を手に入れてボスに報告しなければならなかったんだが、雲行きは怪しかった。あいつは本当に何ひとつとして喋らないクソみたいな野郎だった」
「それでどうしたのですか?」
「ボスからメッセージが届いた。『モリ。例のチクリ屋からの情報はまだか? こっちの状況は最悪だ。誰もかれもがサツにマークされている。お前が手ぶらで帰ってきたら……それ相応の覚悟はしておけ』と」
そう言ってモリは深々とため息を吐く。
「マジで状況は最悪だった。俺が調子乗ったせいであのアマは死にかけている。そして何とか情報を引き出さないと俺はお終いだ」
それからモリは懐柔する方向に動いたという。
「俺はあのアマに毛布を与え、食い物と飲み物を与えた。それで友好的に振舞って情報を引き出そうとした。『ゼロ・ダーク・サーティ』の冒頭のシーンみたいにさ」
だが、それでも無意味だったとモリは肩を竦める。
「あのアマは何も喋ろうとしない。終いにはトウモロコシの収穫が楽しみだとか言い出し始めた。俺はついに高熱で脳みそがやられちまったんだと思ったよ」
リリエルは繰り返しトウモロコシ畑について朦朧とした意識の中で語り、彼女の夢であったホワイト・ピーク畑が全てトウモロコシ畑になる光景を語っていたという。
子供たちがルナリエンで育ったトウモロコシを食べて育ち、ホワイト・ピークが焼かれる様子を彼女は嬉しそうに語っていたとモリ。
「『トウモロコシ畑なんてクソくらえだ!』と俺は叫んだ。『情報を吐け! 麻薬取締局に何を渡して、誰が他に協力している! さっさと喋らないともう片方の顔も焼くぞ!』と。しかし、あの女は完全に壊れちまっているように見えた」
ジャンキーみたいに虚ろな目をしており、顔は青白く、それでいて笑っていたとモリは不気味そうに語った。
「俺は手ぶらじゃ戻れない。何かしらの功績が必要だった。だが、それを喋るはずの女はいかちまっている。俺は絶望したよ。ああ、これで俺もお終いだってな」
そう言って顔を覆うモリ。
彼は恐怖していたし、リリエルは苦しんでいた。
誰もこの状況に喜びを見出さなくなっていた。
「ボスからは催促のメールやメッセージが続けざまに届き、部下たちも俺のことを幹部ではなく処刑待ちの人間として見るようになってやがった。俺はとにかく焦った。何でもいいから情報を手に入れるように部下たちに命じた。ソフィエルを頼ってもいいと」
部下たちは走って倉庫の外に出て、ソフィエルからリリエルに関する情報を聞き出そうとした。
だが、それが間違いだったとモリは言うのだった。
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