猜疑心
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──猜疑心
麻薬取締局の捜査の手が及んだことについては当事者からも言葉を聞かなければならないと私は考え、再びモリにインタビューを行った。
「……ああ。あのクソッタレな日々のことは今でも覚えてる。俺は第三次世界大戦に従軍したことが一番のクソッタレだと思っていたが、あの日にランキングは更新された。もっともクソッタレな日はあの時期だ」
モリは忌々しげに語り始める。
「最初はアメリカ国内だった。ホワイト・ピークに関係していることがどこから漏れたのかその時点ではさっぱりだったが、罪状は違法薬物取引になっていた」
最初は不可解な逮捕だったとモリ。
「その次に捜査の手が最初に及んだのは日本にいた幹部だ。最初にパクられたやつとは繋がりがあったが、ルナリエンにはほとんど関係していないやつでな。俺たちは日本で何かしくじったのだろうかと警戒した。日本ではヤクザとかなり揉めたからそのせいじゃないかとな」
彼が暴力団と揉めて、殺し合いになっていたことは以前に記した通りだ。
銃撃からばらばら死体まで様々な惨劇が繰り広げられたため、モリがまずそこから情報が漏洩したと考えるのも当然だと言えた。
「次はフィリピンで、その次は再びアメリカ。覚えているのはそこまでだ。そこからは数えきれないぐらい逮捕者が続いたからな……クソ……」
モリでも把握できないほどに逮捕者は続いていたということだった。
確かにアメリカで最初にディザータの幹部が逮捕されてから、続けざまに幹部やメンバーが逮捕されている。
その様子は当時の報道記事などからも分かった。
「だが、どいつもルナリエンに直接かかわった人間ではなかったから、エルフどもの裏切りに俺は気づかなかった。思えばルナリエンとは直接かかわっていなくとも、ルナリエン関係者に間接的に関与していた連中ではあったんだ……」
モリはそのときはまだリリエルが自分たちを密告したことに気づかなかったそうだ。
「逮捕者が数えきれなくなり、押収されたホワイト・ピークの量もとんでもないことになった。ボスから警告された。『このクソッタレな事態がお前が原因ならば、命はないと思え』ってな。今でも思い出すだけで背筋は震えるし、胃も痛くなってくる」
そう言ってモリは顔色を悪くした。
そのときの彼のストレスは相当なものだったのだろう。
今の彼の顔色はこれまで自慢するようにホワイト・ピーク取引について語っていたのとは打って変わって青白くなり、険しい表情を浮かべている。
「全ては地球側のトラブルだって考えた俺たちはディザータで指名手配された幹部をルナリエンに一時避難させた。俺たちディザータは軍政下のミャンマーや他のアジア諸国にセーフハウスを持っていたが、ルナリエンが一番安全だろうと考えたんだ」
それがミスだったとモリは語る。
「裏切り者がルナリエンにいたのにルナリエンに避難させて状況が改善するわけがない。俺たちは墓穴を掘った。地球ではガンガンディザータが摘発され、ワンの野郎も雲隠れしやがった。俺たちは孤立無念の中で、これからどうすべきかを話し合ったよ」
ルナリエンに作ったセーフハウスの中でモリたちディザータの幹部はこれからのことを相談したそうだ。
だが、有効な手立ては何ひとつ思い浮かばず、苛立ちと恐怖だけが強まったとモリ。
「そんな中で俺が国際指名手配された。俺の名義だった口座はもちろん資金洗浄のために偽装して持っていた口座も全部凍結。家も何もかも差し押さえ。俺はそれを知らせてきた部下と通話したのちにスマホを床に投げつけたよ。まさにあのときに俺の人生は詰んじまったんだ」
はあと深くため息をついて語るモリ。
「だが、それで終わりじゃなかった。最悪の状況ってはのはどんどん更新されていく。次に起きたのは異世界側のホワイト・ピーク取り締まりの開始だ」
そう、モリの逮捕のあとのX-デイは訪れたのだ。
「まずネプティスがホワイト・ピークを非合法化した。ブリガンテの連中が俺たちに泣きついてきたよ。『助けてださい、モリさん。俺たちの仲間が次々に衛兵に捕まっています』と。俺にしてやれることはなかった。俺はただひとつアドバイスした。『ジャンキーは多少値が吊り上がってもドラッグを買う。だから、売値を上げろ』ってな」
ドラッグを厳しく取り締まれば取り締まるほど売人は売値を上げることができ、麻薬カルテルはダメージを受けないという経済学者の分析もある。
しかし、これまで全く合法だったところで非合法化された場合には、それが応用できるのかは分からない。
ただ禁酒法時代はマフィアが勢力を伸ばすのに密造酒を使っている。
密造酒はマフィアたちの大きな資金源となったのだ。
それでも当時はディザータもブリガンテも取り締まりに危機感は覚えていた。
「とにかく状況は最悪だった。地球でも異世界でも俺たちは追い詰められつつあった」
地球側での大規模な取り締まりと異世界側のでホワイト・ピーク非合法化。
ディザータとブリガンテにとって栄光の時代終わりつつあった。
「しかしながら、どうにも俺が疑問を覚えた。一体どうして今になって突然ディザータの幹部が狙い撃ちにされるようなことが起きたのかと」
モリは静かにそう告げる。
「仲間を疑いたくはなかったが、どうにも俺たちには密告者がいるように感じられた。そうでなきゃいきなりあれだけの幹部やメンバーが逮捕されるなんてありえねえってな」
モリは疑いを持ち始めた。
誰から自分たちのことを密告しているか、また潜入捜査官がいると。
「俺はルナリエンにいた全員のスマホを集めて通話記録を調べた。だが、麻薬取締局に連絡しているやつなんていなかったし、疑わしい通話記録もなし。密告者はいないんじゃないかと俺は考えを変えようとしたが……」
そこで発表があったとモリ。
「ルナリエンがホワイト・ピークの原産地だという発表があった。上空に飛ばした偵察機からの写真付きでな。写真はホワイト・ピーク農園や俺たちのセーフハウスが写っていた。幹部たちは狼狽えていたが、そこで俺は間違いなく密告者がいると確信した」
普通の捜査方法でこの広い異世界の中からピンポイントでルナリエンがホワイト・ピークの出所だなんて分かるはずがねえとモリはいう。
「もちろん情報軍の連中ならば知っていただろうが、情報軍の連中が今になって俺たちをサツに売る理由もない。間違いなく密告者はいた。それもルナリエンにいる人間か──エルフの誰かが裏切っている」
声を低めてモリは続けた。
「俺が次に疑ったのはムーンライトの連中だ。ムーンライトはホワイト・ピーク取引に関係していなかったし、どちらかといえばホワイト・ピークを嫌っていた。特に佐藤って男が俺のことを毛嫌いしていたからな」
佐藤のことを語るときにモリは眉を歪め、眉間に深い皺をよせて、不快と嫌悪を表情を示した。
「俺たちはまだ拘束されていなかった米軍基地の連中に尋ねた。『基地にムーンライトの輸送機が離発着しなかったか?』と。そいつは金を積んだらようやく答えた。『ああ。来てたぜ』と。さらに俺たちは調べようとしたとき、麻薬取締局側がさらにパンチを放ってきやがった」
「次のパンチとは?」
「異世界から地球にホワイト・ピークを密輸する際に使用していた中継地点の接収だ。俺たちは状況が怪しくなる前にネプティスを経由しない密輸路を作っていたが、そいつが摘発されちまったんだ」
異世界から地球への密輸経路をモリたちが保険のためにネプティスを避けて作っていた話は聞いた。
だが、その保険もついに接収された。
「その飛行場に俺たちの所有する輸送機が給油しているときに捜査官どもはなだれ込んできたんだ。最悪だった。大事な輸送機もそれに積んであった大量にホワイト・ピークも全て接収されちまったんだよ」
そう言ってまたため息を吐くモリ。
「俺たちはせめてこんな事態に俺たちを追い込んだ野郎を血祭りにあげてやると決意した。米軍基地での情報を集めるのを再開し、ムーンライトの輸送機が頻繁に行き来していた時期に麻薬取締局の捜査官が米軍基地にいたことを突き止めた。間違いなくムーンライトは密告にかかわっている。俺たちはそう判断した」
それからは具体的にムーンライトの誰が自分たちの情報を密告したかを調べ始めたとモリは語る。
「それから俺たちはムーンライトの連中を監視した。連中が麻薬取締局に連絡していると分かれば、傭兵だろうと構わず拉致して殺すつもりだった」
しかし、ムーンライトの連中はどちらかといえば麻薬取締局の取り締まりに動揺している様子だったとモリは語る。
「やつらは連中が嫌っている俺たちディザータが窮地なのに祝っている様子はなかった。何やら落ち着かない感じで、兵舎をうろうろしていた。ムーンライトの事実上の指揮官である佐藤は頻繁に外出していて、RLA司令部に出入りしていた」
RLAの司令部の中がどうなっているかは自分たちにも分からなかったとモリ。
「そこで俺たちは考えた。ムーンライトの連中が俺たちの使っていた中継地を知るにはどのような手段があるだろうかってな。つまりは逆算だ。中継地の密告したという答えから、その方法を逆算する」
モリはムーンライトの輸送機や無人航空機が中継地を見つけることができたと考え、できるならばそれに誰かが関わっただろうかと計算する。
「最悪なことに問題の輸送機はすでにパイロットごと麻薬取締局に押さえられている。俺たちはパイロットから話を聞くことはできなかった」
中継地で差し押さえられた輸送機とパイロットという最も分かりやすい手がかりは、すでに麻薬取締局の手の中だ。
「逆算した結果はムーンライトの輸送機でも無人航空機でも中継地のことを知るのは難しいってことだった。輸送機があとからついてきたらレーダーで分かるし、無人航空機には航続距離が足りねえ。つまりムーンライトは容疑者から外された」
ムーンライトの装備では中継地のことは分からない。
それは間違いなかったとモリは語る。
「じゃあ、無人航空機はどうやってルナリエンや俺たちの中継飛行場を見つけたのか? 地図にダーツでも投げて適当に当たった場所を調べてたのか? んなわけないから俺たちは密告者を引き続き探した」
そこでモリたちはあることに気づいたという。
「あるエルフが麻薬取締局がいる時期にルナリエンを留守にしていた。エルフってやつは滅多に森を離れない。戦争は例外だったが、戦争が終わってからはほとんどのエルフが森にずっと暮らしていた」
ただひとりを除いて、とモリは憎悪に表情を歪ませて言う。
「……リリエルだ。やつは米軍基地にいたんだ」
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