不信
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──不信
麻薬取締局を信頼しなくなりつつあった佐藤。
彼は当時の様子をこう語る。
「麻薬取締局の態度は傲慢だった。『俺たち麻薬取締局は上で、お前たちは下。使う側と使われる側だ』って態度で示していたよ」
佐藤は忌々しげに当時の様子を思い出す。
「俺たちのことを小遣い稼ぎに密告するチクリ屋だと思っていたんだろう。だが、ルナリエンのエルフにとってホワイト・ピークに関する情報を提供するのには国運がかかっていた。そいつを連中は全く理解してはいなかった」
だから、情報を渡す際に何度も支援について問い合わせても『国務省が対応している』の一点張りだったと佐藤。
「特にラミレスには本当に頭にきた。やつはリリエルたちは命がけ手に入れた名簿を渡して喜んでいたが、俺が支援の話をすると嫌そうな顔をしてこう言ったんだ。『情報提供にはちゃんと金を払う。いくらほしい?』っな。ふざけるなって話だよ。最初にリリエルが言ったことを何ひとつ覚えちゃいなかったんだ」
麻薬取締局は確かに情報提供者に謝礼を払うと佐藤
しかし、彼らの払えるような小さな額ではルナリエンは救われないと続ける
ルナリエンを救うには麻薬取締局という小さな機関ではなく、アメリカという巨大な国家が動く必要があった。
欲を言えばアメリカが動いたことに連動して国際社会が動いてほしかった。
しかし、どうにも雲行きは怪しかった。
「アメリカが本当にルナリエンを支援する気があるのか。俺は不安になり始めていた。とはいえ、俺はルナリエンの国民でも代表者でもない。俺には支援を催促することぐらいしかできることはなかった」
そんな中で国連薬物犯罪事務所の佐々木が佐藤と基地で出会った。
「佐々木に事情を話したら彼女はやはりかという顔をしていた。『そのことは危惧していた。麻薬取締局は所詮はアメリカの一捜査機関に過ぎず、彼らはアメリカの国益を第一に考えるから』と」
彼女は麻薬取締局が頼りにならない理由についていくつか語ったと佐藤。
「麻薬取締局の捜査官は出世を考える以上、大きな手柄を上げたがる。大きな手柄というのは地道な努力で何十年もかけて麻薬を根絶するような長期的な視点のものではなく、1、2年の捜査で派手に報道される手柄だということ。それがあるから麻薬取締局は短期的な作戦に臨みたがると彼女は言った」
ひとりの捜査官が手柄を求める以上、その人間の麻薬取締局でのキャリアがある時期に成果を上げなければならない。
ひとり、また同期の数名の捜査官が数年の捜査を行い、派手に麻薬を燃やすシーンをメディアが取れば昇進は確実だろう。
だが、それは複数の世代に跨るような長期的視野の作戦を妨げる要因だ。
そして、まさにルナリエンに必要だったのは支援によってホワイト・ピークからの依存を脱すると言う長期的な作戦だった。
「それから麻薬取締局はそのときの政権によって動きが左右されると彼女は言っていた。麻薬に対するスタンスや外国に対する積極的な支援、または攻撃は政権が変わればリセットされると」
アメリカは民主主義国家だ。
当然その国家の政府機関である麻薬取締局も政権交代が起きれば、方針は大きく変更になる。
それもまた長期的な支援を困難にしていた。
「つまり現場の捜査官から大統領に至るまで長期的支援に向かず不安定だと佐々木は言っていた。さらに言えば捜査官から大統領まで全員が麻薬をただの点数稼ぎの道具にしている節があるとも彼女は憶測として口にしていた」
だが、麻薬取締局側の指揮官であるラミレスの態度を見れば彼女の憶測には頷けると佐藤は愚痴った。
彼個人がそうだったのかもしれないが、ああいう人間が指揮官に任じられているということはそういうことだろうと彼は言った。
「彼女の話を聞いて次に情報が入ったときにはすぐにそれを麻薬取締局に伝えるべきではないと考えた。思えば麻薬取締局やアメリカに期待しすぎていた。ホワイト・ピーク取引を拡大させた元凶たる情報軍だって連中のお仲間だったのにな」
そう後悔するように語る佐藤。
「リリエルにもそう説明した。『あいつは自分たちの手柄のことばかり考えていて、ルナリエンのことを考えていない』とね。それでも彼女は麻薬取締局以外に頼れるものがいないからと情報を麻薬取締局に渡すことを決断した」
「あなたはそれでも反対されたのでしょう?」
「したさ。だが、情報を得る努力をしたのはリリエルたちだし、俺はルナリエンの国民でも代表者でもない。だから決めるのはリリエルたちだった。俺は可能な限り彼女を説得したが……彼女が決めたことを俺が勝手に妨害することはできない」
結局、ディザータがどのようにしてホワイト・ピークを異世界から地球に運び出しているかの情報は麻薬取締局の手に渡った。
「俺から情報の入ったフラッシュメモリを受け取ったラミレスは大喜びだったが、やはり支援については『国務省の担当だ』の言葉だけ。俺は支援を約束しないなら、これ以上の情報は保証しないと言った。するとやつはこう返した。『じゃあ、領収書にサインしろ。金を払ってやる』とね」
頭にきたと佐藤は怒りを表情に滲ませる。
「『必要なのはあんたが払えるはした金じゃない』と俺は言った。『ルナリエンには国際社会の支援が必要なんだ。そうじゃなきゃホワイト・ピークは一生なくならない』と俺は叫ぶようにして言ったよ。ラミレスのやつは俺のことを気が狂ったと思ったに違いない。信じられないものを見るような目で見ていた」
それからラミレスはこう言ったそうだ。
「『俺たちの仕事は悪党を捕まえることだ』とやつは言った。『情報提供には感謝するが、お前の要求は筋違いだ』とね。そこで俺はやつの顔をぶん殴った。やつはよろめき、すぐに殴り返してきた。それからは殴り合いさ」
お互いに銃で武装していたが、銃に手を出すほど短絡的ではなかったのは幸いだったと佐藤は振り返る。
「最終的に憲兵がやってきて俺たちを引きはがした。ラミレスは言った。『二度とその面を見せるな!』と。俺も『二度とあんたに情報は渡さない』と言ってやったよ。それから俺は輸送機でルナリエンに戻り、事の次第をリリエルに報告した」
麻薬取締局はルナリエンを支援する意思はほとんどなく、佐藤ももうラミレスに情報を渡しに行くつもりはないと言うことを。
「……リリエルはしばらくの間、落ち込んでいたよ。彼女が頼りにしていた麻薬取締局に協力すればアメリカが支援するって話はどこかに行ってしまったんだからな。あのときの彼女の落ち込みようは今でも覚えている……」
リリエルは情報を渡せばアメリカが支援してくれるというリードの話を信じていた。
だが、どこかで情報のすれ違いがあったのだろうか。
その話はどこかに行ってしまっていた。
私はこのことについて国務省と麻薬取締局の公開されている文章などを調査した。
それによればルナリエンへの支援を国務省は検討していたが、麻薬取締局は『ホワイト・ピークの脅威は危機的であり一刻の猶予もない』として従来通りの取り締まりを行うという方針を示し、意見が分裂していた。
また国務省内でもルナリエン内部の実情が『独裁と恐怖政治』であるとして支援に後ろ向きな意見が見られ、アメリカ政府内で意見の一致が見られていなかった。
リードにしても彼はリリエルに会った1年後には心臓の病気で国務省を退職しており、影響力を発揮することはなかったようだ。
「彼女は俺に尋ねた。『どうすべきだと思う?』と。すでに俺たちはディザータの名簿などを麻薬取締局に渡してしまっている。今さら引き返せるのかという問題があった。俺たちは頭を悩ませたよ」
麻薬取締局にはディザータを取り締まれるだけの情報があり、彼らがディザータの幹部を拘束し始めれば、ディザータはどこから情報が漏れたかを探るだろうと佐藤は危惧していた。
「麻薬取締局側がどう動くかの問題だった。やつらはいくら俺がラミレスを殴ったからと言って、その報復に協力者の名前を公開するようなことはないだろう。そんなことをすれば他の捜査でも情報提供者が麻薬取締局を信頼しなくなるからな」
だが、捜査が本格化すればリリエルが麻薬取締局に情報提供したことはいずれ発覚すると佐藤。
「俺たちが麻薬取締局に渡した情報は内部協力者がいなければ絶対に分からない情報だった。ディザータだって間抜けじゃない。自分たちの本名や名前がそっくりそのまま麻薬取締局が把握していると知れば、まずは取引相手のソフィエルに情報漏洩について確認を取るだろう」
そうなれば……と佐藤は懸念を口にする。
「俺たちはリリエルをまた地球に逃がそうかとも話し合った。だが、そのことはリリエル自身が拒否した。彼女は言ったよ。『結果がどうあれ、私は見届けなければならない』とね。彼女の意志は固く、俺たちの言葉では彼女の決意を翻させることはできなかった」
リリエルについてあれこそまさに鉄の女だったと佐藤は語る。
「俺たちはせめて麻薬取締局の捜査によってリリエルたちが情報提供者であることが発覚しないようにしてもらうと考えた。俺たちはまだブリガンテの情報を麻薬取締局に提供していない。それを取引材料に麻薬取締局から譲歩を引き出そうと思ったんだ」
とはいえ佐藤はもうラミレスに会えない。
別のムーンライト所属のコントラクターがラミレスとの交渉のために米軍基地に向かった。
「結果はどうでしたか?」
「全然だめだった。ラミレスは情報はいらないから譲歩もしないと言った。もうすでに捜査はスタートしており、止められないとも。その上でやつはこう言ったそうだ。『情報提供者の安全のために亡命させる準備はある。証人保護プログラムの準備も』と。それはリリエルを助ける手段になっただろうが、すでに彼女が拒絶した道だった」
結局、ラミレスとの交渉には失敗したと佐藤。
「そしてついに始まった。麻薬取締局によるディザータへの攻撃が……」
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