諜報作戦
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──諜報作戦
それからリリエルは再び輸送機でルナリエンに戻った。
彼女は副官であったエセリオンだけに彼女の計画を打ち明けたと言う。
「彼に言った。『外圧を利用する。私たちはあえて麻薬取締局に情報を流し、ホワイト・ピーク取引を抑制すると同時に情報の対価として支援を引き出すんだ』と彼に説明した」
リリエルはそう振り返る。
「彼は最初は衝撃を受けているようだったが、やがて冷静にこう言った。『その取引相手は本当に信じられるのですか?』と。私はそれにすぐには答えられなかった。すると彼は続ける。『もし相手が裏切れば私たちは終わりです。相手側には裏切ることのデメリットがありません』と」
大使館でのリードとのやり取りや麻薬取締局のラミレスとのやり取りを考えるとリリエルが即答できなかった理由は分かる。
そして、リードの口約束がふいになり、麻薬取締局が手柄を求めてルナリエンに攻めてきてもアメリカには何の不利益もないのもまた事実。
しかし、それでもエセリオンは彼女を止めなかったそうだ。
「『ですが、あなたを信じます』とエセリオンは言ってくれたよ。『あなたはこれまで私たちを導いてくれてきたし、あなたは私が国家保安隊に拷問にかけられるのを防いでくれたから』と……」
彼女の言葉には後悔の色が強くにじみ出ていた。
それは自分を信頼してくれた副官への約束が果たせなかったためであろうか。
「エセリオンはそれから協力してくれることになった。かつてのルナリエン遊撃隊の将兵たちも私に協力してくれたよ」
まずは麻薬取締局に提供するためのディザータの情報を集める必要があったとリリエル。
そこでエセリオンたちは力を貸してくれたらしい。
「私たちが集めるべき情報はいくつかあった。麻薬取締局から求められていたのはまずディザータのメンバーの名前を顔写真、そして可能な限りのプロファイル。次にディザータがどのようにしてルナリエンからホワイト・ピークを運び出しているか。それからこちら側でディザータに協力しているブリガンテの情報。この3つだ」
リリエルは3本の指を立てて言う。
「私たちはそれらの情報を集めるために行動を始めた。幸いにして私の裏切りはまだディザータにはばれておらず、彼らはルナリエンでこれまで通りに行動していたよ。ルナリエンにはまだ麻薬取締局の手は伸びていないと思ってね」
だから情報を集めるのはそう難しくはなかったとリリエル。
「私たちは麻薬取締局から与えられた隠しカメラでディザータのメンバーの顔写真を撮影した。しかし、名前を把握するのは苦労した。ソフィエルならば知っているだろうか彼女に気づかれたら終わりだ。私たちがそのことを佐藤に相談すると彼は盗聴器を使うことを提案してくれた」
佐藤は麻薬取締局に連絡を取り、彼らから盗聴器を受け取って戻ってきた。
リリエルたちはそれをこっそりとディザータの施設や輸送機に設置し、そこから聞こえてきた情報で名前を把握しようとしたそうだ。
「しかし、これがなかなか上手くいかない。ディザータのメンバーたちはお互いを本名で呼ぶ機会がほとんどないんだ。ニックネームで呼び合うことがほとんどであり、私たちは麻薬取締局が求めるディザータのメンバーの名前という情報をなかなか入手できなかった」
しかし、展開が変わる事件が起きたとリリエルは言う。
「ルナリエン遊撃隊の兵士のひとりがアルフヘイム株式会社に忍び込み、そこから情報を手に入れようと提案した。危険な賭けだったが、情報がなくては麻薬取締局は満足せず、アメリカは支援してくれない。そこで私たちは作戦を立てた
アルフヘイム株式会社への侵入作戦だとリリエル。
「私たちがアルフヘイム株式会社への侵入を企てるにおいて有利だったのは、以前のクーデター騒ぎの際にアルフヘイム社屋の見取り図を入手出来ていたということだ」
リリエルは言う。
「私たちは前回はクーデターを起こしたエルフからソフィエルを救うために見取り図を利用したが、今回は情報を盗み出すためにそれを利用する」
厳重に警備されたRLAの司令官室で密かに見取り図を広げて元ルナリエン遊撃隊の将兵たちと作戦を話し合ったとリリエル。
「しかし、見取り図だけでは警備の隙は分からない。事前にある程度の内部情報が必要だった。そこで私はソフィエルに面会すると言う名目でアルフヘイムの社屋に向かった。私自身が内部を調査して確認しようと言うことだ」
下手に本番に侵入前に動けば警戒されると彼女は言った。
だから、外部からの監視の他にリリエル自身が斥候としてアルフヘイム社屋に入ることになったのだと。
「私はソフィエルに表向きはアルフヘイムのことを理解したいと伝えていた。私の行う改革のためにアルフヘイムの効率性を取り入れたいとね。ソフィエルはそれを拒否しなかったし、疑りもしなかった。彼女は私に国家保安隊の将校を1名案内役としてつけて、あとは自由にさせてくれたよ」
自分はそのときソフィエルという友を裏切っているのだと明確に感じたとリリエルは語る。
彼女は言葉だけとはいえリリエルの改革の進展を気にし、必要な技術があれば提供すると言っていたのだからとリリエル。
それがもしRLAを刺激しないための表向きのものであったとしても、彼女はまた自分を友として扱ってくれていたのだと。
「私は裏切りの罪悪感を覚えた。そして、この先に起きることが本当にソフィエルを害するようなことはないだろうかと心配した。麻薬取締局が約束を破ってルナリエンを直接攻撃し、ソフィエルを殺したり、拘束したりすることを恐れたよ」
私にはソフィエルがそのときまだリリエルの友だったのかは分からない。
だが、リリエルにとってはソフィエルはまだ彼女の友だったのだ。
そのことは彼女の言葉の節々から理解することができた。
「この裏切りで私はアルフヘイム社屋の情報を手に入れた。それからアルフヘイム社屋のへ侵入が計画された」
高い壁と有刺鉄線に囲まれた社屋に侵入する一番の方法はアルフヘイム社屋の地下倉庫からホワイト・ピークが飛行場に運ばれるタイミングだったとリリエルは言う。
「壁を超えるのは不可能だ。よってトラックがアルフヘイムの敷地に入るのに乗じて忍び込み、トラックとともに脱出することにした」
アルフヘイム社員であるトラック運転手を買収し、リリエルたちはトラックに潜んでアルフヘイム社屋への侵入を試みた。
トラックの荷台に潜んだ元ルナリエン遊撃隊の兵士がアルフヘイムの敷地と外を仕切るゲートを越えるのをリリエルたちは息を飲んで見守ったという。
「もし、この企てがばれればソフィエルはRLAを国家保安隊に攻撃させるだろう。麻薬取締局のことがなくともRLAが彼女のテリトリーを害したということになるから。だから私たちはこの作戦に文字通り命を懸けていた。失敗すれば全てはお終いだ」
トラックは無事に敷地内に入り、1時間後に出てきたとリリエル。
リリエルたちはトラックより先に飛行場に行き、潜入した兵士が脱出してくるのを待った。
トラックからホワイト・ピークが積み下ろされ、運び出されて、しばらくしてから兵士は戻ってきた。
「『手に入れました、司令官』と彼は言った。『ディザータの連中の名簿です』と」
リリエルたちは成功した。
潜入した兵士がセキュリティの甘いタブレット端末からデータを抜き出し、フラッシュメモリに収めて持ち帰ってきたのだ。
アルフヘイムのセキュリティが薄いのも無理はない。
ここではインターネットのことをちゃんと知っているエルフなど片手で数えられるだけであり、実際にパソコンやタブレット端末を触ってことがあるのはアルフヘイムの幹部や情報軍と共同作戦を行ったRLAの一部将校ぐらいなのだから。
「フラッシュメモリの情報にはディザータの名簿があった。恐らくは無関係の人間がアルフヘイムやそれに関係する施設に入るのを防ぐためのものだろう。それは問題なく麻薬取締局に渡すべきものだった。それを手に入れたことに私たちは喜んだよ。しかし……」
リリエルは不意に口を閉じた。
「……もうひとつの名簿には地球の人間だけではなく、ルナリエンのエルフの名もあった。それはアルフヘイムの幹部の名簿だ。彼らがどうディザータと関係しているかの名簿だ。身勝手な話かもしれないが、これを麻薬取締局に渡せば同胞たちもディザータの仲間として拘束されるのだろうかと私たちは恐れた……」
そして、もうひとつ見つけなければよかったもあったとリリエルは重く口を開く。
「それは国家保安隊に協力しているRLAの将兵の名簿だ。つまりは密告者の名簿を私たちは見つけてしまったんだ」
リリエルたちはそれをどうするか悩んだと言う。
「裏切り者として軍から放逐するのは簡単だ。だが、そうすればどうして私たちが彼らが密告者だったと知ったが国家保安隊は調査を始めるだろう。それに密告者だからと言って敵意があってRLAを裏切ったわけではないかもしれない。やむを得ない事情で密告者になったとも考えられる。だから、私は何の処罰も下さず、表向きは名簿を見なかったことにした。私は間違っていただろうか……?」
そう彼女は問うので私は首を横に振った。
彼女は間違ってはいないと個人的に思った。エルフをそのとき分断させてはいけなかっただろう。
分裂していればディザータのモリは日本の司法当局に拘束されず、エルフたちはただ無為な内戦を戦うことになったかもしれないと私は思ったのだ。
「ありがとう」
リリエルは私の言葉に小さく笑った。
「私たちはディザータの名簿だけを麻薬取締局に渡すことにした。ファイルを分けてフラッシュメモリに収め、米軍基地に向かう佐藤に麻薬取締局のラミレスに渡してくれるように頼んだ」
数日後に佐藤は帰ってきた。
「彼は言ったよ。『ラミレスは大喜びしていた。これでディザータの連中は縛り首の縄がかかったも同然だと』と。しかし、佐藤は不満そうだったのでその理由を私は聞いた。彼は『ラミレスは次の情報を催促するだけで、いくら尋ねても具体的にルナリエンを支援する計画が進んでいるのかどうかすら口にしなかった』と彼は僅かに憤っていた」
佐藤は麻薬取締局に失望しつつあったようだとリリエル。
「彼はこれだけの情報を渡せばラミレスはその情報で出世コースに入るだろう。だが、ルナリエンのエルフたちは何も得られていないと言っていた。『もしかすると俺たちは選択を間違ったかもしれない』と彼は気にし始めていた」
しかし、今さら予定を変更するのは無理だったとリリエルは言う。
「そのときは麻薬取締局に頼るしかないと私は思い込んでいた。だから、麻薬取締局が求めるままに次の情報を集めることにした」
「次の情報は密輸ルートの特定でしたね?」
「ああ。それについては簡単だった。私たちは金を払ってディザータのパイロットから話を聞くだけでよかった。ディザータがどこを経由して地球にホワイト・ピークを運んでいるのかはそれだけ分かった」
ただ……とリリエルは言葉を詰まらせる。
「この情報を渡すべきかは佐藤と意見が割れた。彼は麻薬取締局やアメリカが支援を確約するまでは情報を取っておくべきだと言ったんだ」
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