超大国
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──超大国
「私が輸送機でネプティスの米軍基地に降りたとき、すぐに出迎えの車がやってきた。その車に乗っていたのは見知った顔だ。そう、国連薬物犯罪事務所の佐々木だった」
リリエルが在ネプティス米軍基地にやってくると聞いて、国連薬物犯罪事務所の日本人職員である佐々木が彼女を出迎えにやってきた。
「『元気にしていたか』とか『政治的な弾圧を受けなったか』とか。彼女はとにかく私のことを心配してくれた」
そのときのことを思い出したのか僅かに微笑むリリエル。
「それから私たちは基地内の会議室に通された。麻薬取締局の捜査官たちもそこで待っていたよ。彼らは私の方を疑るように見ていたね」
「麻薬取締局の捜査官は名乗りましたか?」
「ああ。現場の責任者はカルロス・ラミレス特別捜査官と名乗っていた。ラミレスは私にまずはこう言った。『情報を提供してくれるのは確かか?』と。私はそれに答える前にこう言わなければならなかった。『情報は支援と引き換えだ。あなた方が私たちエルフを支援してくれるならば情報を提供する』と」
「彼らはどう反応を?」
「ざわついていた。だが、私の提案を快く思っていなかったのは確かだ。ラミレスを含めて捜査官たちは不満そうな表情を浮かべていたから」
それでも交渉しなければならなかったとリリエルは言う。
「私は言った。『ルナリエンにはホワイト・ピークしかなかった。それに頼るしなかった。過酷な戦争を戦い、エルフが生き残るためにはそれしかなかった。だが、私たちは決して望んでその道を歩んだのではない』と」
リリエルは捜査官たちにルナリエンのエルフの歴史を語ったという。
王国の崩壊から辛い隷属の日々、そして魔族との戦争とそこで果たした役割。
ホワイト・ピークがそれにどのように絡み、今もそれから脱せない理由を語った。
「『ホワイト・ピークだけを問題にしないでほしい』と私はそう訴えた。『ホワイト・ピークは独立した問題ではなく、ルナリエンの根底に絡んだ問題だ。ホワイト・ピーク問題を解決するためには薬物問題としてではなく、包括的な国家としての問題として扱ってほしい』とね」
「彼らは同意しましたか?」
「やはりざわついてはいた。だが、最初より拒絶するような態度はなくなっていた」
麻薬取締局の捜査官たちはしばらく話し合った上でこういったそうだ。
「『そういうことならば国務省とも話し合わなければならない』と。『まずは我々の大使会ってもらうことになるだろう』とラミレスは続けた」
そこでその日の話し合いは終わったとリリエルは言う。
「私はこれから先どうなるのは不安になってきた。麻薬取締局は私たちを支援することを拒み、魔族にそうしたようにルナリエンに爆弾を落とすかもしれない。私はこれが正しい選択だったのかと、基地で割り当てられた自分の部屋でずっと悩み続けた」
リリエルは苦しげにそう語る。
「佐藤は私を励ましてくれた。『間違ってはいないはずだ。君は正しいことをやろうとしている』と。そして『どんな結果になったとしても俺は君を見捨てはしない』と言ってくれたよ。その言葉に私は救われたと言っていいだろう」
彼女は僅かに視線を写真立てに向ける。
その私がこの部屋に入って最初に見た写真に写っているのは佐藤とリリエルだ。
彼らはいつあの写真を撮ったのだろうか?
「それから3、4日私たちは麻薬取締局側の反応を待った。そして、再びラミレスから話し合いたいと言われた。私は佐藤とともに会議室に向かった」
「そこでは何が?」
「ラミレスがひとりで待っていた。『国務省から許可が出た。あなたを大使に会わせる』とそう言われたよ」
そしてリリエルはアメリカの在ネプティス大使館の大使に会うことになったのだ。
私は取材の中でアメリカの在ネプティス大使館を訪れたことがある。
アサルトライフルで武装した屈強な海兵隊員が警備する大使館は、グラン・マドレアスの中心部に位置する。
かつてはある貴族のタウンハウスだった場所で、その貴族からアメリカ政府が買い上げたという経緯があるそうだ。
あとから取り付けられた鋼鉄製のゲートの向こうに白い3階建ての建物があり、窓のカーテンはほとんど閉じられていた。
その大使館でリリエルはアメリカ大使との面会に臨んだ。
「私は佐藤に車を運転してもらってアメリカ大使館に向かった。このときディザータやソフィエルに気づかれないように注意した。グラン・マドレアスではディザータやブリガンテが活動している。彼らに私がアメリカ政府と接触していることがばれれば、私の目論見も発覚してしまっただろう」
そう言ってリリエルは続ける。
「私たちはムーンライトの保有する車両を使わず、米軍基地にあった車両を借りた。それから麻薬取締局の護衛を受けて大使館に向かった」
そのとき大きな鋼鉄製の扉が開き、彼女は大使館に迎えいれられたのだろう。
「そして大使の部屋に通されて彼に会った。大使の名はオリバー・リード。気のいい老人だったと記憶している。彼はまずこう言ってくれた。『あなた方の苦境は理解できる。よく助けを求めてくれた』と。私はそれを聞いてアメリカが、国際社会が私たちを助けてくれるのではないかと強く期待したよ」
しかし、物事はそう簡単にはいかなかったとリリエルは言う。
「リードはすぐには支援できないと言った。『支援にはアメリカ国民の同意が必要だ。そして私たちはあなたがの政府を知らず、国のことについてもよく分かっていない。まずは彼らにあなた方のことを伝えなければ』と言った。私はそれにどれほどかかるだろうかと尋ねた。リードは肩を竦めてこう言った。『さて、5、6年はかかるかもしれない』と」
もうルナリエンには5、6年もの時間がないのは明白だった。
エルフたちは長寿だから待つことはできる。
だが、政治的な時間の流れは人間と同様なのだ。
「それから、とリードは続けた。『アメリカが支援する以上は政治形態は民主主義的ではなくてはならない。選挙の予定はあるか?』と彼は尋ねた。私はホワイト・ピークを根絶しない限り、選挙は無理だろうと伝えた。ソフィエルはホワイト・ピークによって権力を握っており、ホワイト・ピークがある限り彼女の体制は盤石だと」
「リードはそれに何と?」
「彼は考え込んでいるようだった。民主的でなければ支援は難しいが、民主化するには支援が必要。このジレンマだ。彼は最終的にこう言った。『麻薬取締局に協力し、ホワイト・ピーク根絶を目指すのならば支援は約束できるだろう』と」
まずはホワイト・ピークを根絶すること。支援はそれからだということだった。
「私は同意した。まずディザータの情報を麻薬取締局に提供することを彼らに約束し、私は再び米軍基地に戻った」
手ごたえはあったとリリエルは言う。
少なくとも出だしから全てを否定されるようなことはなかったと。
支援は可能になるかもしれないという言葉が引き出せただけよかったとも。
「だが、具体的な支援内容については何も決まっていなかったし、いつそれが行われるのかも決まっていなかった。私は譲歩を引き出せたと思っていたが、実際には口約束を取り付けただけだったのだ」
リリエルは自分とリードの交渉についてそう振り返ったのだった。
「私たちが基地に戻ると麻薬取締局のラミレスが待っていた」
米軍基地のゲートを越えてすぐにラミレスたちが待っていたそうだ。
「彼らは『情報が欲しい。悪党どもの』といった。『ホワイト・ピークを売り捌いている連中の情報を提供してくれるんだろう?』と言い、私と佐藤を会議室に連れて行った」
そこでいろいろと聞かれたとリリエルは言う。
「取引にかかわっているのはどういう人間たちか把握しているか。密売ルートについてはどうか。この取引の中心的人物の居所を提供できるかどうか。考えられるあらゆる質問を私に浴びせた」
リリエルは当時のことを思い出して語る。
「私はこう言った。『異世界側の情報ならば提供できるが、地球の方で行われていることはこちらからは把握できない。だが、求められる情報は可能な限り提供するつもりだ』とね。実際に私は地球の方で何が行われているかを把握する方法はなかった。ディザータが異世界から地球にホワイト・ピークを密かに持ち込んでリうということだけしか知らないんだ」
その答えを聞いたラミレスたちは僅かに落胆した様子だったとリリエルは言う。
「彼らは私がディザータの全てを知っているとでも思っていたのだろうか。私はディザータのメンバーではないし、メンバーになる気もないと言う点は念を押しておいた。それからもうひとつ彼らには言っておくことがあった」
「それは?」
「ルナリエンを直接攻撃するようなことは避けてほしいと。ディザータを叩き、ホワイト・ピークが富を生まなくなればルナリエンは自然とホワイト・ピークを手放すはずだ。そう私は彼らに訴えた」
「彼らは納得しましたか?」
「分からない。だが、ラミレスはこう言っていた。『この取引に関与したディザータの幹部が逮捕されるたびにアメリカはエルフを同盟者とみなすだろう』と。私はその言葉をただ信じるしかなかったよ」
それからリリエルはしばらくの間は基地にいたそうだ。
麻薬取締局からの聞き取りがあったし、先に帰したムーンライトのコントラクターがソフィエルたちがリリエルの動きに気づいていないか調べる必要もあった。
ソフィエルたちがリリエルが麻薬取締局に接触したことに気づき、ルナリエンで待ち受けているならばルナリエンには戻れない。
「私はその間、基地を見て回った。アメリカという国が異世界にこれだけの基地を短い間に作ったということに私は驚いていた。佐藤はアメリカは超大国と呼ばれる国であり、地球でもっとも国力が高いと言っていた」
そんな中で国連薬物犯罪事務所の佐々木が再びリリエルに接触してきたとリリエルは振り返る。
「佐々木は心配していた。麻薬取締局には乱暴なところもあると。彼らは何億ドル相当の麻薬を押収したとかメディアに自分たちの功績をアピールすることが第一で、薬物犯罪者の更生などについては二の次だと」
不吉な予言だ。
佐々木は国連薬物犯罪事務所の職員として麻薬取締局について無知ではなかっただろう。
彼女の言うことが確かならば麻薬取締局は『何億ドル相当の麻薬』がまさに栽培されているルナリエンを攻撃することの方を好むことになる。
「佐々木はそれから国連薬物犯罪事務所は引き続き、ルナリエンを支援する準備を進めると言ってくれた。アメリカに頼らなくとも支援を行う国はあると彼女は言ってくれたよ」
リリエルはそこで目を伏せる。
「思えば彼女の話をもっと聞いておくべきだった。そうすれば……」
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