残留するもの
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──残留するもの
まず私が尋ねたのは佐藤だ。
彼は情報軍撤退の日について記憶していた。
「ああ。あれは唐突だったな」
彼は語る。
「本社から『情報軍から来月でルナリエンにおける契約を終了させるという連絡があった』と来て、情報軍はそれより前に基地を畳んで撤退していった。飛行場を作った重機などはアルフヘイム株式会社が買い取ったが、他は全部燃やすなり回収するなりしてパワード・リフト機で去っていった」
それから佐藤たちは魔族内戦が終わったことを知ったそうだ。
「魔族内戦が終わったことを知らせたのはリリエルだった。彼女は『魔族内戦が終わり、ルナリエンの独立も保証された』とまず言って、俺たちは笑顔になった。ルナリエンのエルフたちはようやく平和を手にできたんだなって」
コントラクターたちはビールを開けようと冷蔵庫に向かったそうだ。
「しかし、俺は気づいた。リリエルの顔は勝利を祝っているようなものではなかったことに。俺は彼女に尋ねた。『ルナリエンのかつての領土は返還されるのか?』と彼女は静かに首を横に振り、コントラクターの間のお祝いムードも霧散した」
佐藤たちアークライトのコントラクターたちもリリエルが、かつてのルナリエン王国の領土の奪還を求めて戦っていたことを知っていた。
それは独立派──今の北部連合の約束の反故によって裏切られ、講和会議でソフィエルがそれを追認したことで固定された。
「領土問題は地球でもあちこちにある。歴史的な事実としても、生身の人間の事情としても俺は知っている。領土問題ってのは戦争とセットであることが多いからな……」
やはり民間軍事会社のコントラクターとして佐藤も領土問題に関する戦争に従軍したことはあるらしい。
しかし、具体的に彼はどのような領土問題に関与したかは伏せた。
「俺に友人にはそのとき知らずに敵側にいた人間もいる。そういう人間との友情を崩したくないんだ。戦争で個人的な友情まで壊されたくない」
多くの傭兵やコントラクターが彼と同じようなリスクを抱えていると佐藤は言う。
コントラクターたちは自分が正規軍で従軍していた経緯については語る。
そのことはすでに契約した会社にも伝えられており、どのコントラクターも知ることはできるし、自分がどこの国の人間かを伝えれば相手も想像はつく。
だが、コントラクターとなってからの経歴は伏せるのが基本だと佐藤は言う。
ルナリエンについては佐藤が実名でインタビューに応じてくれたのは、魔族側に地球の人間が民間軍事会社のコトントラクターとして加担していることがないとはっきりしているからだとも。
「俺はリリエルたちがかつての祖国の土地を取り戻せればと思っていた。俺だけじゃない。多くのアークライトのコントラクターたちがそうだった。彼女たちが今暮らす山林は暮らしやすいとは言えず、農耕にも適していない」
佐藤はそこまで言って少し考え込むように視線を伏せた。
「……だが、彼女たちが完全に貧しかったかったと言えば断言できない。リリエルはそうではなかったがアルフヘイム株式会社や国家保安隊、そしてRLAの幹部の中には高級SUVを乗り回し、イタリアやスイス製のブランドもので身を固めているエルフもいたからな」
金がないわけではなかったのだと佐藤。
あるところにあり、富は再分配されていなかっただけだと。
「だが、その富は偏っていた。そう、さっき述べたような特権階級にな。だから、貧しいエルフはとことん貧しかった」
高級SUVを何台も保有するエルフもいれば、明日の食事にも困るエルフがいた。
それが当時に歪んだルナリエンの現状だったと彼は語る。
リリエルはそんな歪みも嫌っていた。
「俺たちはこれからのルナリエンの将来が心配だった。彼らは情報軍に利用されるだけ利用されて、当然投げ出されたんだからな。リリエルの民主化を目指し、ホワイト・ピークを根絶するという願いもまだ果たされていない。彼女の頼みは国連だったが、その国連との窓口は閉ざされかかっている」
情報軍の撤退とそれに伴うアークライトの契約終了で、リリエルたちルナリエンのエルフたちの下に残るのはディザータと兵器ブローカーのワンだけだ。
「俺たちは仲間と話し合った。『どうにかして何名かだけでもルナリエンに残れるようにしないか』と。そうすればリリエルと地球の国連薬物犯罪事務所との繋がりは維持できる。俺たちはどうすればいいのかを何日も考えた」
会社からは契約は来月で終了だから現地からの引き上げの準備を始めるようにと圧力がかかり始めた。
アークライト本社は『契約内容を守らずルナリエンに残ることはできない』と、コントラクターたちが考えていることを否定するような文章まで送ってきていた。
そう佐藤は思い出している。
「刻々とタイムリミットが迫っていた。俺たちはこのままルナリエンを去って、忘れてしまうこともできるだろう。だが、ずっとどこかで良心が痛み続けるはずだ。『あの時の決断は本当に正しかったのか?』と。だから、俺たちはそういう後悔をすることのない選択肢を選びたかった」
佐藤はそう言って彼がやったことを語る。
「俺はアークライトとの契約を終了させた。そして、まずは個人的な意志で現地に残った。何名かのコントラクターたちは俺と同様に現地に残るのにそういう選択肢を選んだよ。『ルナリエンを、戦友たちを見捨てることはしない』というのが俺たちの間でのスローガンのようなものになっていた」
それから他にルナリエンで事業を展開するのに興味がある民間軍事会社を探したと佐藤。
「だが、それはなかなか見つからなかった。ルナリエンにはダイヤモンドや石油がでるわけじゃなかったし、今は戦争も終わって安定に向かいつつある。軍事教官としての役割はあったが、エルフたちが貧乏だと知るとどの民間軍事会社もそっぽを向いてしまったよ……」
佐藤もまたルナリエンのために繋がりを保とうと必死だったのだ。
「ルナリエンと契約してくれる民間軍事会社が見つからない中で、ソフィエルから申し出があった。俺たちのうち数名を軍事顧問として雇用したいと。俺たちはまずはその申し出を疑った」
彼女はこれまで国家保安隊を使って散々好き勝手やってきた。
その彼女が自分たちを必要としていると言って警戒するのも無理はない。
これが何かしらの罠であったり、彼女の独裁体制を強化するための手段である可能性はあるのだ。
「俺たちは慎重に考えた。個人としてソフィエルを契約するのは主導権を向こうに握られる可能性があった。だが、アークライトも他の民間軍事会社もルナリエンには興味を持っていない。では、どうすればいいのか?」
そこであるアイディアが佐藤の頭に浮かんだと言う。
「俺たちが自分たちで民間軍事会社を設立するってことだ」
驚くべきことに佐藤たち自身が民間軍事会社を設立したのだ。
「会社の資金はアルフヘイム株式会社やRLAが出資してくれた。コントラクターにはこれまで地球から来ていた人間とさらにはエルフたちも加わった」
彼は会社についてそう語る。
「名はムーンライト・セキュリティ。俺たちはその形でソフィエルからの軍事顧問としての仕事を受けた」
ムーンライト・セキュリティ──。
それは一応東京に本社があることになっている実在する会社である。
彼らがルナリエンのために結成した企業だ。
「ムーライトの仕事は、まあ、アークライトのときと大して変わらない。エルフたちを訓練し、彼らの足りない技術を俺たちが補う。そういうものだ」
無人航空機の運用やヘリの運用というエルフにはまだ技術が習得できていないものに関してはムーンライトが引き受け、教育を行ったそうだ。
しかし、戦争が終わったのにそれらのものは必要になるのだろうかとい疑問を私は抱き、彼に尋ねた。
「無人航空機には国境警備の仕事があった。ルナリエンの周辺に暮らすようになった人間の入植者はときどき密猟をしに森に入ろうとする。それを無人航空機で捉えて捕まえるんだ」
そこで私は思い出した。
初めてルナリエンを訪れたときにエセリオンたちRLAがすぐに駆けつけてきたことを。
彼らは今も無人航空機で上空から周囲を見張り、それによって私のことも捉えたのだろうか?
「ヘリは農薬をまく時などに動員されたし、急病人を運ぶのにも使われた。平和にはなったが無人航空機やヘリの役割は失われていない」
確かに無人航空機やヘリは戦争のためだけの道具というわけではない。
そこには国境監視といった業務から民生利用も可能な機能もある。
「それから重要なのは俺たちがリリエルと地球の人間を結び付けることだった。俺たちは地球の窓口としての機能があった」
どんなムーンライトの支援より、リリエルにはそれが必要だったと彼は言う。
「俺たちは情報軍の撤退で薄れかけたルナリエンと地球の繋がりを維持した。彼女が望む改革を完遂するならば、それは必要だったからな……」
「あなたは国連薬物犯罪事務所にコネクションがありましたが、他の国際機関にも似たようなコネクションが?」
「あると言えばある。企業やNGOにもコネクションはあった。戦争で彼らからの依頼を受け、そのことで繋がりができることがあったからな」
そのように佐藤は語る。
「国連薬物犯罪事務所以外にも違法薬物の原材料を作らされている農家に代替作物への転換を支援するようなNGOも知っていた。だが、俺がルナリエンのことを頼めないかと言ったときは首を横に振られた。『異世界のことはよく分からないから、職員へのリスクを考えると支援は難しい』と……」
佐藤はそこで小さくため息をついた。
「どんなNGOも独裁者が秘密警察を使って国民を拷問し、政情的に不安定な国に赴くのには二の足を踏む。まして、それが人食い魔族の噂が流れた異世界ならなおのこと。どのようなNGOに支援を頼んでも、やんわりと断られた」
佐藤は悔しげにそう語る。
「だから、俺たちムーンライトが健全な発展を支援することにした。俺たちは知識を出す分には協力していいというNGOのメンバーとオンライン会議で話し合い、ルナリエンのトウモロコシ畑や学校を魅力あるものにしようとした」
私はこれまでの佐藤の発言がまるでそのNGOのようだと言った。
彼は民間軍事会社のコントラクターであって、発展途上国を支援するような団体の職員ではないのだが。
「意外か? 別におかしなことじゃない。対反乱作戦の基本は、ゲリラと民衆を切り離すことであり、そのためには医療支援や道路の整備といった民政支援も行う。その応用みたいなものさ」
彼は軍隊にいたときにも災害支援などに従軍したと語る。
「俺たちは戦うだけじゃない。武器を持って殺すのは簡単だが、それだけ戦争は終わらないものだからな」
佐藤はそうかすかに笑って言った。
「そういうことで俺たちはNGOと接触してトウモロコシ畑を改良し、トウモロコシの美味しい料理法なんてのも教わったな。とにかくホワイト・ピーク頼みの経済から彼らが脱出できるように支援したよ」
だけれど、と彼は続ける。
「リリエルの言っていたタイムリミットが迫っていたんだ」
「X-デイのことですか?」
「そう、それだ」
佐藤はやりきれない表情を浮かべて言う。
「厚労省と麻薬取締局が異世界に踏み込んできた。リリエルたちを支援するためではなく、ホワイト・ピークを流した人間を罰するために」
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