奴隷
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──奴隷
私はリリエルから受けた情報提供を下に、ネプティスの首都グラン・マドレアスである娼館を訪れた。
腰にグロックの入ったホルスターを下げたブリガンテの用心棒がいるエントランスを抜けると、そこには写真が飾ってあるのが見えた。
それは綺麗なドレスを纏ったエルフの少女たちだった。
エルフの年齢は私にもよく分からないが、外見年齢は9歳から12歳ほど。
その写真では口では笑みを浮かべているが、その目には生気がなかった。
「どの娘になさいますか?」
私がその写真を見ていると支配人らしき男がやってきたので尋ねた。
「彼女たちはどこから?」
と尋ねると彼は首を横に振る。
「知りません。奴隷として買い取っただけですから」
彼はそれ以上私のインタビューに応じなかった。
それから私は娼館の個室から下種な笑いを浮かべて出てきた中年の男を見て、吐き気がして娼館を出た。
それから私はどうして彼女たちが娼館に奴隷として売られる経緯を調べるために、モリへのインタビューを再開した。
「ああ。ガキのことか。それについては仕方のないことだった」
モリはなんてことないというようにそう語る。
「俺たちはクソッタレな改革──俺に言わせれば改悪たったが、それを阻止しなければいけなかった。そうじゃないと俺たちはおまんま食い上げで、上納金が収められず、俺はボスたちに膝と頭に鉛弾を食らってあの世行きだ。俺は生き残るためにやっていたんだ。分かるだろ?」
モリはそう言うが私は納得できなかった。
彼のやってきたことをこれまで記録してきたが、私にとってそこに『やむを得なかった』という理由で済ませていいと思えるものあまりなかった。
「トウモロコシ畑や学校に火をつけてやった。連中は確かに慌てふためいたが、改悪をやめるまでにはいかなかった。連中は軍隊をルナリエンに展開させたりして、俺たちの妨害に対処し始めた」
モリがそう語るときにはRLAと国家保安隊がルナリエンに相次ぐ『テロ』に対策し始めて展開していた時期だった。
「俺たちの収入はそうしている間にも低下していく。密輸した端から売りさばかなければ赤字になるまるで火の車だ。『やばいやばい。ここままじゃあ破産だ!』と俺はそう叫びまわったよ。帳簿を見ていなかった連中は俺の気が狂ったと思ったようだが、帳簿を見れば俺と同じように発狂しただろうさ」
愚痴るようにモリはそう言う。
「愚痴っては俺だけじゃない。ワンもだった。ワンも『エルフたちが武器を買ってくれる量が少なくなった』とそう愚痴っていたな。弾薬の類は売れていたが、新しい重火器は全然売れないと」
兵器ブローカーであるワンもホワイト・ピークの売り上げが低くなり、ルナリエン自治領の収入が低くなったことで武器も売れなくなった。
「俺たちはどうにかしなければならないと言いあっていたよ。だが、ワンのやつは手を汚すつもりはなかった。ワンは言った。『あんたらディザータが不甲斐ないからエルフはつけ上げっているんじゃないか』ってね。腹が立ったよ。俺たちはできることをやったが、ワンのやつは何もしちゃいなかったんだ」
そうモリは憤慨して見せる。
「そう、トウモロコシ畑や倉庫、学校への放火も意味がなかった。連中はゴキブリみたいにしぶとく『よいこのみんな! ドラッグはやめよう!』という方向に向かいつつあった。では、どうすればいいのか?」
モリはこれまでのように自分の悪行を自慢するような態度を取った。
「俺たちはまずは脅迫って手段を使った。教師や農民を脅してまわった。一度は連中が大事にしている農耕馬の首を農家に放り込んだこともある。『ゴッドファーザー』みたいでイカしてるだろ?」
モリのその問いに私は静かに首を横に振ると彼は見るからに不機嫌になった。
「ふん。分からない野郎だな。だが、その脅迫のことをエルフどもはRLAや国家保安隊の連中に密告した。またしてもディザータから逮捕者で国外追放される。国外追放そのものはくだらない措置だったけれど、ディザータがあまりルナリエンで嫌われるのには問題がある。俺たちディザータがまるまる追い出されたらビジネスはご破算だ」
俺たちはエルフたちからの評判も気にする必要があったと彼は言う。
「そこで、やつらが絶対に密告しない方法で脅迫することにした」
「それはどのような方法なのですか?」
「犯人から警察に通報するな、その結果は致命的だぞと言われる犯罪で思い浮かぶのは、ジャーナリスト先生?」
私にはその答えが分かった。
「……誘拐」
「イエス。俺たちは反抗的なエルフの家族を誘拐した。主にガキをな」
彼は誘拐という単語に全くの嫌悪感を示さなかった。
まるでそれはコンビニでコーラとポテトチップスを買ったと言うぐら特に感情を見せることではないらしい。
「ガキを攫ってこう脅迫した。『学校の教師をやめろ。そうじゃないとガキに油をぶっかけて焼き殺す』ってな」
「……それは成功したのですか?」
「一部はな。一部のエルフは俺たちの脅迫に怯えて教師をやめたりした。農民もこの脅迫には屈した。それによって連中の学校やトウモロコシ農園には影響が出始めた。しかし、俺たちはあることに気づいた」
「それは?」
「いつまで人質を取っていればいいのかって話だよ。俺たちはこれ以上くだらねえトウモロコシ畑が広がるのを阻止し、改悪をやめさせたかった。だが、RLAのクソ司令官は諦めやしなかった」
人質を解放してまたエルフたちが教師や農家に戻れば意味がないとモリ。
「で、人質を食わせておくのも金がかかる。飢えて死ねば、人質として価値がなくなる。ではどうすりゃいいのか? いつまでも無駄飯ぐらいを抱えているのは利益がさらに減ることになる。俺たちは頭を悩ませた」
そこでひとつの答えに辿り着いたとモリは笑う。
「連中にも働いてもらうことにしたのさ。ただし、ルナリエンではなく別の場所で」
ああ。それがネプティスの奴隷娼婦なのだろうと私は悟った。
「俺たちは攫ったガキをコンテナに押し込めて、ネプティスに運んだ。輸送機でネプティスの飛行場に付けば待っていたブリガンテの連中にガキを渡した。『しばらくの間、働かせておいてやってくれ』ってな」
モリは自分たちが奴隷として彼女たちを売ったとは言わなかった。
だが、間違いなくネプティスで奴隷娼婦として扱われていたのは、モリたちが誘拐した子供たちだ。
「俺だって胸が痛んだよ。親元から罪のない子供を引きはがし、異国の地で働かせるってのはな。だが、俺だって利益を上げないと撃ち殺されるんだ。これは、そう、あれだ。カルネアデスの板ってやつだ」
モリは自己弁護する。
私はその反論に僅かに嫌悪が浮かんだが、今は中立を保つために、そして彼からもっと証言を引き出すために黙った。
「誰だって自分が可愛い。だろう? それに俺たちだってあとになってガキが娼館で働かされているって聞いてマジかよって思った。ブリガンテの連中がそこまでやるなんて思ってなかったからな」
もっとマシな仕事をやっているかと思ったとモリ。
「ガキを働かせるだけならエルフたちだってやってたんだ。別にその点はおかしくないだろ。ただブリガンテの連中が俺たちの予想より遥かに性質が悪かっただけだ。異世界人ってのには倫理も常識もねえ。ガキを娼館に売り飛ばすなんてな!」
ぶつぶつとそう愚痴るモリの言葉を聞いて私は彼がどこまで事実を言っているのだろうかと疑問に感じた。
本当に子供たちを奴隷として娼館に売るつもりなかったのか、それとも今になって自分がやったことを罪をごまかそうとしているのか。
「だが、俺たちがそこまでやっても連中はくだらねえトウモロコシ畑や学校をやめやしない。俺は腹を立ててソフィエルに言ってやった。『あんたが今の動きを野放しにするならば、俺たちは完全に取引から手を引く』とな。もちろんブラフだったが、そのことをソフィエルの野郎は読んでやがった。『手を引くなら自由にするといい。止めはしない』と澄ました顔で言いやがったよ。腹が立ったが他のエルフと違ってやつには手が出せない」
「どうして?」
「国家保安隊がいるからに決まってるだろ。俺たちだってエルフが同じエルフを粛清するのを見てるんだ。それもスターリンの赤色テロが可愛く思えるようなやり方でな。ソフィエルを殺せば俺たちは死ぬまで拷問される。それは勘弁だった」
俺は異国の監獄で一生を終えるつもりはなかったとモリ。
「だから、俺たちは取引の主導権が完全にソフィエルの側に移るのを許容して、どうにか一定量のホワイト・ピークを確保してもらった。全く屈辱的だったが、何とかビジネスは続けられた」
もっとも儲けはごっそりと減ったがとモリはうんざりしたように言う。
「もうホワイト・ピークは金の生る木じゃない。少なくとも俺たちディザータにとっては。『アルフヘイム株式会社の取り分をもっと増やせ』とか『ホワイト・ピークを加工する技術をルナリエンに転移しろ』だとかソフィエルにいろいろと注文を付けられて、俺たちはまるでやつの下僕だ」
うんざりしたとモリは頬杖をついて愚痴る。
「エルフどもを揺さぶってやろうとトウモロコシ畑にも何度も放火してやったが、効果なしでな。学校に銃弾を叩き込んでも無意味だった」
「学校に銃弾?」
「そうだよ。アサルトライフルを学校に向けて遠くから乱射した。狙ったのはガキじゃねえ。RLAの兵士だ。連中に警備してても無駄だって教えてやるつもりだった。もっとも狙撃犯はすぐ取っ捕まっちまったが」
それでもどうせ国外追放されるだけだしとモリは悪びれもなく言う。
「国外追放なんて痛くもかゆくもなかった。適当な鉄砲玉を入国させて、そいつに放火やら銃撃やらやらせてあとは国外追放で帰国させればいいだけなんだからな。罰則にも何にもなってない。エルフってはの阿呆だったよ」
にやにやと当時のやりたい放題だった時期を思い出すモリ。
リリエルたちが懸念したように国外追放はあまりに軽い罪だったのだ。
それに再犯を防止する効果もなく、ディザータは破壊活動を繰り返したのだから。
「それから子供たちはどうなったのですか?」
私はこのことを聞かなければならなかった。
ディザータにさらわれたエルフの子供たちは今も全員が奴隷なのかを。
「ああ? 知らねえ。何せ奴隷になっちまったらしいからな。回収するには買い取らなきゃならない。そんな出費が許容されるほど俺たちに余裕はなかった」
ホワイト・ピークの儲けは減りつつあったし、タイムリミットは迫りつつあったとモリはうんざりしたように言う。
「俺としてはそりゃあ子供は親の元に帰してやりたかったぜ? だが、連中だって悪いんだ。俺たちを無視してトウモロコシ畑を広げ続け、労働者を奪ったんだからな」
「……では子供たちは今も?」
「そうなんじゃないか? 知らんけどさ」
いい人間に買われたことを祈るよとモリは他人事のようにそう言った。
そのモリの投げやりな返答に言葉がなかった。
「それより重要なことが俺たちの身には振りかかっていて、俺たちはそっちに対処しなければならなかった。正直、エルフのガキどころじゃなくなっていた」
彼は続ける。
「そう、とうとう戦争が完全に終わりやがったんだ!」
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