暴力
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──暴力
リリエルは彼女が始めた改革に入った妨害についてこう語る。
「ある日、トウモロコシ畑で火災が起きた。畑が燃えて、多くのトウモロコシが失われた。幸い死者は出なかったが、この事件は妙だった」
不審な点がいくつもあったとリリエルは眉を歪める。
「出火元には何かの燃焼促進剤──油が撒かれていた痕跡があった。べとべととしたものであり鼻を突く化学薬品臭がしていた。そんなものにはほとんどのエルフたちは縁のないもので、手作業で収穫を行っていたトウモロコシ畑にも関係ない。そして、火事が起きる前に不審な人間が目撃されている」
「人間、ですか?」
「ああ。エルフではなかったことは確かだと目撃者は口をそろえて言った。『あれは間違いなく人間だった』と」
服装や顔立ち、それらはエルフではなく人間のそれだったと目撃者は全員がそう言っていたと彼女はそういう。
しかし、ルナリエンには3種類の人間しかいない。
佐藤たちコントラクター、七尾たち情報軍、そしてモリたちディザータ。
その3種類だ。
「佐藤たちは最初から容疑者ではなかった。トウモロコシ畑を作るのに彼らも手を貸してくれていたからね。作業を手伝ってくれたり、水路を作るために重機を操作してくれたり、苗を輸入してくれたりと。だから間違いなく彼らではなかった」
残る容疑者は2種類。
「情報軍は疑わしかった。彼らが今までやってきたことを思えば私たちのやろうとしている改革を妨げる可能性はあった。王党派や共和派を助けていた時点で、彼らはもはや完全に我々の友人と言える立場ではなかったから」
しかし、とリリエルは続ける。
「彼らにしてはやり方が杜撰に思えた。情報軍はこれまでいくつもの陰謀を操ってきたが、彼らが直接関与するそれは一見して分かりにくく、高度なものばかりだった。それが目撃者も残る放火をやるのはどうにもミスマッチだ」
そうなれば残るのはひとつ。
「ディザータはもっとも疑わしい容疑者だった。彼らにとってトウモロコシ畑は忌々しいものに見えていたことは聞こえてきていたから。ホワイト・ピークの収穫量が減り、アルフヘイム株式会社のソフィエルたちに利益を奪われている、と」
「それは誰から?」
「エセリオンだ。彼が警告してきた。『私たちの改革はソフィエルたちだけではなく、ディザータやブリガンテのようなならず者たちも敵に回すことになります』と。彼はその上で警戒するように私に言っていた。身辺警護の兵士を必ずつけておくようにとも」
エセリオンには心配をかけたとリリエルは思い返す。
「そんな放火事件から1週間と経たないうちに、今度は学校が夜中に放火された。木造の建物だった学校は全焼して、子供たちのために準備した教材も、子供たちが書いた作文や絵画も全て燃えてしまった……」
そこでぎゅっと怒りを込めるように手を握り締めるリリエル。
「そして、やはりあの嫌な薬品の臭いがして、同じ手口だと分かった。学校への放火はルナリエンへの攻撃だ。私たちはRLAで学校を警備することを決めた。一日中の警邏の兵士を付けた。今回は夜中だったから誰もいなかったものの、もし学校に誰かいたときに火を付けられていたら最悪だったから」
リリエルはそう彼女が心配していたことを告げる。
学校には子供たちが集まる。
そこに火が放たれたら最悪だ。
ましてまともな消防機構を持たないルナリエンにおいては致命的である。
「新しい学校の建設には佐藤たちが手を貸してくれた。彼らは重機などを使って学校を再建するのに手を貸してくれたんだ。彼らも憤っていたよ。『子供たちが学ぶ学校に火をつけるなんて最低のクソ野郎の仕業だ』と」
傭兵たちは戦争が仕事のようなものだが、彼らが全員戦争を好んでいるかといえばそうでもない。
佐藤が証言していたように彼は戦争を嫌っているが、他の人間と違った戦争に耐えられるから戦場に身を投じている。
そんな佐藤だからこそ、戦争の最中にあったルナリエンが平和になり、徐々に安定していくのを見るのは達成感があっただろう。
同時にそれを破壊する人間には激しい嫌悪を覚えたはずだ。
「私たちは自分たちの改革が攻撃されていることに気づいた。エセリオンの警告通りにソフィエルではなく、外の人間から攻撃を受けていた」
彼女は僅かに怒りをにじませた表情でそう言った。
「そして、今度は収穫したトウモロコシを保管していた倉庫が放火されて私たちは本格的に対策を取らなければと決意した。しかし、どうすべきかは定まっていなかった」
学校や畑の警備を強化するのか、それとも犯人の捜索に力を割くのか。
「私たちはまずは警備を固めることにした。犯人を捜すような技術は我々には足りなかったから。ルナリエンには監視カメラのようなものも、科学捜査を行う捜査機関もない。いくら証拠らしき油のあとがあっても、私たちには追えなかった」
犯人たちにもそれが分かっていたのだろうと悔しげにリリエルは言う。
「私たちは警備中に犯人を拘束することを目指した。広いトウモロコシ畑や倉庫、学校などをRLAを動員して警備したよ。だけど、犯人はよりによって……」
彼女はそう言って僅かに俯いた。
「犯人は何を?」
「やつらは私たちが警備していない目標を狙った。学校の教師を務めているエルフが暮らしている家を狙ったんだ。教師の家に火をつけ、そして機関銃を家に向けて乱射した。その襲撃を受けて、教師は……」
リリエルは力なく首を横に振った。
「流石のRLAでもルナリエンにいる全ての学校関係者や生徒を守ることはできない。私たちは厳しい状態に置かれた」
「では、どのようにしたのですか?」
「私たちが頼れるのはひとつだけだった。国家保安隊に対応を要請したんだ」
リリエルは改革に反対していた保守派の牙城である国家保安隊を頼らざるを得なかったと語ったのだった。
「私は一連の事件を受けてソフィエルに接触した。『今まさにルナリエンは攻撃を受けている』と。『学校やトウモロコシ畑への攻撃は、ルナリエンとそこに暮らす全てのエルフへの攻撃だ。これを阻止しなければならない』と。私は彼女にそう訴えた」
「彼女の反応は?」
「彼女はまずこれが私たちの自作自演ではないかと疑った。保守派の犯行だと騒ぎ立てて、改革を革命に変えるための口実ではないかと。そう疑ったんだ。私は違うと言った。『犯人は人間だ。それも地球の』と彼女に告げた」
これまでの調べで犯人が人間なのは間違いなかった。
目撃情報、使用された燃焼促進剤や機関銃、車両。
それらからして情報軍かディザータの犯行だとリリエルは言ったそうだ。
「ソフィエルは考え込んでいた。彼女がディザータと取引していることは私も知っていたが、それでも彼女の協力が必要だった。RLAが不用意にルナリエン全土に展開すれば、国家保安隊も過剰反応しただろう。RLAが展開するにしてもソフィエルと国家保安隊にそのことを許可してもらう必要があった」
リリエルはまだソフィエルを説得する必要があると考えたそうだ。
「『もし、国家保安隊が警備に当たらないならばRLAがそれを行う。だが、私もそうすることで生じる問題は理解しているつもりだ』と私は脅迫も混ぜてソフィエルを揺さぶった。彼女はそれでもやはり黙り込んでたが、やがてあることを口にした」
「何と?」
「『犯人が地球の人間だった場合、それをルナリエンから追放するのか、処刑するのか。君はどっちを選ぶ?』という問いかけだ。確かに私たちは事前にそのことについて考えておかなければならなかった」
ルナリエンには未だ軍法以外の法律はなく、外国との国交もなく、外国人の犯罪を裁く方法は明文化されていなかった。
「私たちは悩んだ。下手に捕らえた人間を処刑すれば、彼らが学校に放火した人間であろうと過剰な処罰だという批判を受けるかもしれない。そもそも魔族が地球の国家から攻撃を受けたのは、彼らの残虐性が理由だったのだろう?」
私はエルネスト・レポートのことを説明すべきか迷ったが、説明しておくべきだと考えて説明した。
そこに記された内容とそれに対する民衆の反応、そしてその裏で意図されていたものについて。
「ああ。やはり攻撃の口実というわけか……。私たちがそんな魔族の同じ轍を踏むのは避けたかった。だが、追放というのは甘い刑罰だ。そもそも彼らはここに定住しているわけでもないのだから、追放したところで犯人にしては痛くもかゆくもない」
犯人かもしれないディザータや情報軍の人間は、ルナリエンに暮らしていて他に行き場がないわけでもない。
追放されても地球に帰り、代わりの人材が送り込まれるだけだ。
組織的な犯行であれば、人員を入れ替えて攻撃は続くだろう。
そんなことではエルフたちは、殺された教師であったエルフたちは、報われない。
殺された教師のことがこの議論の際に常に頭に浮かんでいたとリリエルは言う。
「投獄すると言うことも考えた。だが、私が日本で調べたときに知ったような近代的な刑務所を私たちは有さない。私たちの刑務所は原始的なただの檻であり、そこに収容された人間の姿が写真にとられたら不味いことになる」
それに、とリリエルは続ける。
「ルナリエンを支援してくれている佐藤たち傭兵が私たちが地球の人間を処刑なり、投獄したことでルナリエンを信頼しなくなることを私たちは恐れていた。彼らはまだルナリエンに必要だったから」
一度粛清された将校の再育成から、学校教育の現場にまでアークライトのコントラクターたちは関わっていた。
彼らは特に数学や科学の面でエルフより優れた教師であったらしい。
「何日も何日もソフィエルと議論した。最終的に私たちは国外追放という穏便な手段で妥協したよ。それ以外の方法では大きな問題が生じる可能性があったからね」
リリエルたちは逮捕者の処罰を決め、そして国家保安隊が警備に乗り出した。
それからすぐに逮捕者が出たとリリエルは言う。
「案の定というべきか……逮捕されたのはディザータの人間だ。これまでの犯行に使われた可燃性の油とライターを持って、夜中にトウモロコシ畑の付近を歩いていたところを捕まえたんだ」
間違いなくその油はこれまでの犯行で使われたもので、それはディザータが有している輸送機の航空燃料だと分かった。
「私たちは犯人を拘束して問い詰めた。『これまでの放火や殺人は全てお前の犯行か?』と。それに対してそのディザータの男は『弁護士を呼んでくれなきゃ何も喋らない』と言ってへらへら笑っていたよ」
本当にふざけた人間だったと彼女は怒りをにじませて思い出す。
「だが、その人間を拷問するわけにはいかなかった。そうすれば魔族と同じだ。だから、我々はさっさと国外追放にすることにした。見せしめのために国外追放は多くのエルフや人間たちの見る前で行われ、そいつは情報軍のパワード・リフト機に手錠をされたまま押し込まれて追放された」
しかし、とリリエルは目を伏せて続ける。
「無意味といえば無意味だった。予想したようにディザータは次の人間を入国させ、また放火事件は起きたのだから……」
ディザータというヒュドラの首はいくら斬っても復活する。
そういうことであった。
神話のヒュドラを倒したように不死身を首を──ディザータそのものを潰さない限り、無意味であるのだ。
「ソフィエルもこれ以上手は打てないと言った。彼女も下手をすればディザータだけではなく、地球を敵に回すと恐れていた。それは正当な恐怖だ。私たちは地球の国家がいかに強力な軍隊を有しているか、情報軍を経由して知っていた」
有効な対策手段がて打てないまま、事件は続いたとリリエルは語る。
「次に狙われたのは……」
彼女は僅かに沈黙したのちに沈痛な表情を浮かべて言った。
「……子供たちだった」
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