副作用
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──副作用
リリエルの改革は次のように作用した。
まずルナリエンの食料自給率は向上し、いざという場合の備えと自分たちが食べられる作物を育てていることへの精神的な自信が生まれた。
次に識字率を上げることでエルフの学力を底上げし、新聞などのメディアの発達を促すことに成功した。
そして、それらによってエルフたちは自分たちの将来を楽観できるようになった。
だが、ここには記していない副作用もある。
それについてはそれに関係している人間から話を聞こう。
「ああ。改革ね。あのクソッタレか」
そういうのはモリだ。
リリエルの改革は彼のビジネスに影響したのだ。
すなわちホワイト・ピーク取引に。
「まず勘違いしないでおいてほしいが、俺はエルフたちがトウモロコシを育て始めることそのものには反対していなかった。連中だってタコスやブリトーが食いたくなることだってあるだろうからな。そのために多少ホワイト・ピーク農園が小さくなっても、まあ仕方のないことだった」
「ホワイト・ピークの出荷量が減るのにですか?」
「はんっ! お前、ジャーナリストのくせに分かってないな。ジャンキーは多少ドラッグが高くなっても買う。それに、だ。ホワイト・ピーク農園が半分になって価格が倍になるわけじゃない」
モリは取引の仕組みについて説明し始めた。
「デカいスーパーマーケットが格安で商品を売るにはどうしたらいいと思う?」
彼はまず私に問いかけたが、私の答えを待たずに彼は続ける。
「仕入れ値を抑えることだ。仕入れ値が低ければ、それだけ安く売っても十分に儲かる。シンプルな経済の話だ。そのデカいスーパーマーケットがサプライチェーンを掌握していればなおのこと」
モリはそう言ってにやりと笑う。
「アルフヘイム株式会社が下っ端の従業員に支払っている賃金は低い。だから、俺たちは低い仕入れ値でホワイト・ピークを手に入れられた。アルフヘイム株式会社は俺たちディザータ以外にホワイト・ピークを買ってくれる人間はいないから、俺たちはどれだけでも安く買いたたくことができた」
もっとも反発を招くほどにはやらなかったがとモリ。
「ホワイト・ピーク農園が半分になったならエルフの給料を半分にすればいい。人件費の削減は経営難の企業における基本だ。それに連中はそれでも働く。まあ、実際にはそこまで酷いことはしてないけどな。ただアルフヘイム株式会社の取り分を減らしたことは事実だ」
それで十分儲かったとモリは言う。
「ホワイト・ピーク農園は半分になっても、まあ大丈夫だ。数字の魔術師である俺が利益を生み出して見せる。だが、ゼロになったら? 流石の魔術師である俺も無からホワイト・ピークは生み出せない。だが、連中のやろうとしていることはそういうことだった」
忌まわしい改革とモリは呟き、手錠をした手で中指を立てる。
「どうしてそれを知ったのですか?」
リリエルは国連からの支援が受けられるまではホワイト・ピーク農園を残し、ソフィエルの権力を維持するつもりだった。
だが、モリはどういうわけかリリエルがホワイト・ピーク農園を根絶するという目標を秘めていることを早期に把握していた。
「そりゃあ予想できるさ。急にトウモロコシを植え始めて、ガキを学校に行かせてとなれば次はお決まりの『よい子のみんな! ドラッグはやめよう!』のスローガンだ。俺は間抜けじゃない。歴史からちゃんと学んだ人間だ」
それに、とモリは続ける。
「情報軍から密かに情報提供があった。リリエルが国連薬物犯罪事務所の人間に密かに接触したとな。だから、俺は確信に近いものを得た。『ああ。こいつはホワイト・ピークを潰すつもりだな』ってね」
それ以外にも問題はあったと彼は語る。
「ガキが学校で学び始めたせいで働き手が減った。給料を減らしても利益は減り始めた。そして、こいつは常識だが働き手が減ってる中で給料を減らせば、さらに働き手が減る。これまで奴隷のように働いてくれたエルフたちはより良い給料のために学校に行き始め、学をつければホワイト・ピーク農園で働きたがらなくなる。最悪の状況さ」
どんどん働き手がアルフヘイム株式会社から流出したとモリは言った。
「連中の改革が始まって2年程度でホワイト・ピークから得られる収益はがくりと減った。俺たちは焦った。今のうちに山ほど稼いでおこうってときにこれなんだからな」
「どうしてそのときに稼ごうと?」
「言っただろう。戦争が終わりそうだったからだ。魔族王とやら死んで人食い魔族は共食い魔族になって内戦をやっていたが、そいつもそろそろ終わりそうだった。で、戦争が終わればどうなるのか? もう情報軍は俺たちを守ってくれなくなる。異世界のゲートだって使えなくなるかもしれない」
そのような理由からモリたちディザータが今のうちにたっぷり稼いでおこうと思った矢先にリリエルの改革は始まったのだ。
「仕方ないので地球で売るホワイト・ピークの値段を釣り上げた。2倍にしてもまだ売れたが、3倍、4倍になると怪しくなってきた。ジャンキーは中流階級が多い。そいつらが嗜好品として手が出せる金額を越えたらアウトだ。も売れなくなる」
そこそこいいタバコや酒にいくら出すかの話であると彼は言う。
それから『はあ』と深々とモリはため息を吐いた。
「ボスからは段々と問い詰められるようになった。『官憲を買収しておく金は残ってるのか、モリ? ちょっとお前たちは遊びすぎたんじゃないか?』ってな。俺はフィリピンで豪遊したことを後悔し始めていたよ」
財布のひもを締めて、稼ぎに集中しようとしたが物事はさらに悪い方向に向かったとモリは語っていく。
「さらなる困難はソフィエルが改革を交渉カードにし始めたってことだ。俺はやつとやつに忠誠を誓った秘密警察ども──国家保安隊が改革をいずれ潰すだろうと思っていた。だが、そうじゃなかった」
アルフヘイム株式会社でともに利益を得ていたソフィエルがモリを裏切ったのだと彼は手錠をされた手を握り締めて主張する。
「やつは俺にこう言った。『改革の進みを止めることはできない』と。『だが、あなた方が大きな利益を示せば遅らせることはできる』と。つまりこういうことだ。金を寄越せば改革を妨害してやる。そうじゃなきゃ失せろってことだよ」
ふんと鼻を鳴らしモリ。
「俺たちディザータに選択肢はなかった。ホワイト・ピークがなければ俺のビジネスはご破算だ。俺たちはしぶしぶ取引におけるソフィエルたちの取り分を増やした。俺たちの儲けはますます減ったが、それでも取引そのものがなくなるよりマシだった」
しかし、やつは約束を守らなかったとモリは憤りを示す。
「俺たちは大金を払ったのにソフィエルは改革派を弾圧するようなことはなかった。ひとりの教師を逮捕したぐらいで、それ以外は何もなし。俺たちは言ったよ。『もっと積極的に動いてくれ。このままじゃ俺たちは共倒れだぞ』と」
「彼女はどう返したのですか?」
「『善処している』と。そればかりだ。『善処している』っていうなら何か行動してほしかったね。俺たちには時間がなかったんだから」
魔族内戦は当初の勢いを失い、徐々に終結に向かっていた。
空軍が落とす爆弾の数は減り、メディアに発表される暗殺された魔族の幹部に関する報道も減った。
魔族王暗殺から始まった魔族内戦はどの陣営も勝利しないと言う形で終わろうとしていた。
そしてそれによって情報軍にとってのディザータの価値は低下しつつあった。
この時期から日本の厚労省やアメリカの麻薬取締局による異世界捜査の圧力が強まり始める。
私が調べた報告書では『異世界への捜査が急務であり、軍と連携して現地を調査することを計画している』という文言が何度が出ている。
それは情報軍が密かにかけていた圧力が失われつつあることを意味していた。
「時間切れには3つのパターンがあった」
モリはそう言って3本の指を立てる。
「ホワイト・ピーク農園が物理的に完全になくなるパターン。これは一番気長なタイムリミットだ。まだまだトウモロコシがホワイト・ピークを侵食しきる様子はなかった」
そう言って指を1本畳むモリ。
「次は採算が取れなくなるパターン。アルフヘイム株式会社の人件費はこれ以上抑えられなかったし、ドラッグの値段もこれ以上は釣り上げられない。そうなるといずれ仕入れ値が売り上げを上回り、ホワイト・ピークビジネスは赤字の負債になる」
そう言って指をもう1本畳むモリ。
「最後は戦争終結だ。こいつが一番危ういタイムリミットだった。戦争終結してすぐに麻薬取締局の類が乗り込んでくるとは思ってなかったが、それでも戦争が終わるのはおそらくビジネスの終わりだろうと予想はしていた」
モリはそう言って全ての指を畳む。
「俺たちは昔みたいに豪遊できなくなり、本当に働きづめになった。あるメンバーは言っていたよ。『これだけ普通に働けるならディザータになんか入らなかった』と。俺も同意だったね。犯罪組織に入るのは楽して儲けられるからだ。真面目に働けるなら、普通に就職していたさ」
脱走兵であるモリがか真面目に働くことができたかは疑わしいが、彼らがフィリピンで豪遊したときのようなことがなかったのは事実らしく、彼はその手のエピソードを一切語らなくなっていた。
「で、だ。ソフィエルはもう当てにならなかった。せめて戦争終結までに十分な資金を確保したいという俺たちの思いに反して、やつはアルフヘイム株式会社の取り分を増やしていき、いろいろなものを俺たちから買収した。それがやつの狙いだったんだ」
当初はディザータが運営していた飛行場そばのドラッグ工場や輸送機、そのパイロットと様々のものの権利がディザータからソフィエルたちに渡ったと言う。
「俺たちはある種の疑いを持った。ソフィエルはアルフヘイム株式会社を国営化するつもりなんじゃないかってな」
「アルフヘイム株式会社は国営企業ではなかったのですか?」
私はてっきりアルフヘイム株式会社はとっくにルナリエンの国営企業になっていると思っていた。
だが、モリはそんな質問をした私を鼻で笑って続ける。
「そいつの答えはノーだ。アルフヘイム株式会社には俺たちディザータが一定の権利を有していた。そりゃそうだろ。会社に莫大な初期投資をしたのは俺たちだ。俺たちは会社の立派な社屋を立てて、ホワイト・ピークを錠剤に加工する機械を導入し、お膳立てしやったんだ」
投資者としての権利を持っているのはおかしなことじゃないとモリは言う。
「だが、ソフィエルは改革への妨害を餌に俺たちからその権利を取り上げていった。あの女エルフを信頼すべきじゃなかった。今となってはもう手遅れだがね」
そう言って肩を竦めるモリ。
「しかし、ソフィエルが何もしないのならばここは俺たちの手でやるしかない。そう決意した」
「つまり……」
私はモリの答えを待つ。
「そう、俺たちディザータの手で改革とやらをぶっ潰してやるってわけだ」
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