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静かな一歩を踏む

……………………


 ──静かな一歩を踏む



 始まったリリエルの改革。

 それは静かでとてもささやかな始まりであった。


「ソフィエルは私たちにアルフヘイム株式会社が有していたホワイト・ピーク農園の一部を与えた。私はそこに地球から取り寄せたトウモロコシの苗を初めて植えて見せた。みんなが見守る中で静かに……」


 地球で国連薬物犯罪事務所(UNODC)の佐々木から見せてもらった資料に従い、リリエルたちはホワイト・ピークからトウモロコシへの転換の第一歩を踏んだ。


「私たちがアルフヘイム株式会社から譲渡された土地はほんの僅かだった。ソフィエルはは慎重だった。『もし、そのトウモロコシという作物がここでは全く育たなかったら?』と彼女は問うた。『私たちはまずは実験から始めるべきだ。地球の作物が本当にこの地で育つのか」とね」


 だから最初はホワイト・ピーク農園の片隅を与えられたという。

 ほんの僅かな拠点からリリエルは改革を試みたのだ。


「私たちが植えたトウモロコシの苗は僅かに20本程度だった。私たちはそれが実ってくれることずっと祈っていた」


 トウモロコシの世話はリリエルを始めとするRLAの将兵たちが行ったと言う。


「彼らは元は農民であったりして、私よりずっと土や植物に詳しかった。彼らから肥料の作り方などのアドバイスを受けたことは覚えているよ。私たちは地球から肥料を輸入することもできたけれど、それでは地球に依存せず食料自給率を高めると言う名目に反するので行えなかったからね」


 家畜の糞や枯草を使ってリリエルたちは肥料を作り、慎重にトウモロコシの世話をしていった。

 なかなか苗が育たず、RLAの将兵の中には早くも諦めの声を上げるものもいたが、リリエルは粘り強くトウモロコシの栽培に向き合った。


「しかし、栽培から1か月でトウモロコシは育ち始めた。それから2カ月で立派なトウモロコシ畑が出現したんだ」


 リリエルはそのときのことを思い出したのか、笑みを浮かべる。

 彼女は賭けに勝った。

 不安視されていたトウモロコシはルナリエンの大地でもちゃんと育ち、収穫の時期を迎えたのだ。

 RLAの将兵たちに加えて子供たちも収穫を手伝ったとリリエルは振り返る。


「無事に収穫されたトウモロコシで小さな晩餐会を開いた。佐藤に進められて醤油で焼いたものやパンに加工したものが食卓に並び、私やソフィエル、アルフヘイム株式会社の幹部やRLAの司令官たちが集まってそれを食した」


 試食会は大絶賛だったとリリエルは振り返る。


「彼らは本当にこれがルナリエンで育てられたのかと何度も質問していた。私は言った。『これは完全にルナリエンで作られたものだ。エルフたちはこれからこのトウモロコシで飢えを満たすことが可能になる』と。そして『これからもっと食料自給率を高め、非常事態に備えよう』と訴えた」


「彼らの反応は?」


「ソフィエルは前に向きになっていた。彼女もホワイト・ピークに依存する経済に危機感を覚えていたのだろう。私にこう言った。『リリエル。もっとたくさんのトウモロコシを育てることはできるだろうか?』と。私は頷いた。『土地さえあれば可能になる』と」


 それからソフィエルはさらにアルフヘイム株式会社からRLAに農地を譲渡した。


「順調だった。ホワイト・ピークは農園から撤去されて焼かれた。そして、その代わりにトウモロコシが導入されていくんだ。最初はほんの小さな農園が成功するごとに徐々に大きくなっていたよ」


 だが、問題はルナリエンが山岳地帯であることだ。

 平地の少ないルナリエンでは農業の機械化と大量生産は難しかった。


「全ては作業だった。傾斜に作られた段々畑で私たちはトウモロコシを栽培し続けた。土を耕すのも苗を植えるのも肥料を与えるのも、そして収穫することもRLAと農民で行った。非効率だったのは確かだが、そこには同じ作業に汗を流すことで団結心が生まれつつあったんだ」


 RLAは民衆と確かな繋がりを得ていたとリリエルは語る。


「トウモロコシの栽培が上手く行ったことで私はさらなる改革に踏み込むことにした。それは教育だ。ルナリエンの知識階級層の低さを補うために、初等教育から始めようとソフィエルに訴えた」


「彼女はそれに賛成したのですか?」


「したよ。ただし、学校に使う教科書は慎重に選ばなければならいとも言っていた。『ルナリエンにはルナリエンに合う教科書が必要にある』と。そこで私たちは佐藤にいくつかの教科書を取り寄せてもらい、それを改善することにしって私たちルナリエンのエルフに沿った教科書を作った」


 教科書作りはリリエルやソフィエル、そしてエセリオンといった人間たちによって作られたと彼女は語る。


「私たちエルフの言葉を教え、計算を教え、基礎的な科学について教えた。子供たちはこれまで労働者として働いていたが、私たちはその中から学校のための時間を作ったんだ。子供たちは最初は退屈そうだった。学校で勉強をするより、農業を手伝いながら遊んだ方がいいと思っていたようだ」


 子供たちはある意味ではソフィエルより手ごわい相手だったとリリエルは苦笑。


「だから、私たちは昔話や童話を交えて読み書きや計算を教えていき、それで彼らも私たちの教えることに興味を持つようになった。最終的にはほぼ全ての子供が熱心に学校で学んでいたよ」


 ある子供は外で遊びまわることにしか興味がなかったが、昔話の続きを聞きたくて毎日ちゃんと学校に出席し、熱心に学んだと彼女は話す。


「問題はなかったのですか?」


「子供たちが農作業をせず、学校で勉学に励んだためにホワイト・ピークの収穫量は徐々に減っていった。私たちがホワイト・ピーク農地をトウモロコシ農地に変換し始めたこともそういう影響を及ぼしていた」


 だが、私たちはエルフたちの未来を作っているという実感があったとリリエル。

 彼女はまだ理想に燃えている改革者だった。

 そのときはまだ。


「上手く行っていると思った。学校はちゃんと機能していて、トウモロコシ栽培も順調だった。ソフィエルも『君の考えがここまで成功するとは思ってもみなかった』と言い、『流石だ。これならホワイト・ピークから脱却できるかもしれない』と言っていた」


 ソフィエルもホワイト・ピークへの依存を減らそうとしていたとリリエル。

 私はその意外な事実に驚いて見せた。


「当然だろう。ホワイト・ピークの密売は地球では犯罪だ。地球の影響を受けている異世界でもいつ全面的に禁止になるのか分からない。地球も異世界もホワイト・ピークを拒む日──X-デイに私たちは備えていたんだ」


 そう、ソフィエルは別にホワイト・ピークに依存することに執着していたわけではないのだ。

 彼女はあくまでルナリエンの存続と自分の体制の存続を望んでおり、そのための武器のひとつとしてホワイト・ピークを使っていただけに過ぎない。

 もし、ホワイト・ピーク抜きでもルナリエンと自分の体制が存続するのならば、彼女は喜んでそうしたのだろう。

 リリエルの言葉からはそう読み取れる。


「彼女は愛国者だった。私と同じく。それを疑うつもりはない。ただこれまではルナリエンという国を救う手段で若干の意見の隔たりがあっただけだ。その意見の隔たりも、私たちは乗り越えつつあった」


 リリエルとソフィエルは和解し、ふたりでルナリエン再興の道を歩み始めていた。


「トウモロコシの栽培が上手く行き、子供たちの教育も進んだ。改革は順調に進んでいるように思えた。しかし、私がゆっくりとした改革を望んだのに、反発するのはソフィエルの側にいるエルフだけではなかった」


 一度改革が始まり、そのことを理解するエルフたちが生まれると、今度はその歩みが遅いことに不満を持つものが現れたとリリエルは語る。


「ある日、小学校の教師が国家保安隊に拘束された。彼は子供たちに『ホワイト・ピークは悪であり、根絶しなければならない』とか『ソフィエルと国家保安隊はいずれ倒される』と吹き込んだとして国家反逆罪に問われた」


 ルナリエンに緊張が走ったとリリエルは言う。

 これはソフィエルによる改革への締め付けの始まりなのではないだろうかという恐怖が広まり、学校は休校になり、トウモロコシ畑も一時封鎖され、RLA司令部は守りを固めたというリリエル。


「しかし、教師は国家保安隊から注意を受けただけで釈放された。拷問はなし。それは私たちにソフィエルは改革を受け入れてくれているというメッセージを与えた」


 その事件のあとでリリエルはソフィエルに呼ばれたと言う。


「『私は君の行っている改革を否定しない』とソフィエルは開口一番に言った。『だから、君もむやみに私を否定しないでほしい。ルナリエンにはまだ私のような強権を振るうエルフが必要なのだから』と。私はその言葉にただ頷いたよ」


 ソフィエルはルナリエンの安定した発展のためにはまだ自分のような『汚れ仕事』をやるエルフが必要なのだと言っていたとリリエル。

 リリエルもその時点ではソフィエルたちからの反発を招きたくなかった。

 彼女はゆっくりと改革を進め、血を流すことなく民主化を成し遂げるつもりだった。


「ソフィエルとの致命的な対立を避けなければならなかった。だが、改革を急ぐエルフたちにとってはソフィエルは敵だ。いくら彼女が改革に理解を示して見せようと、国家保安隊が存在し、ホワイト・ピーク取引を続けるアルフヘイム株式会社がいる限り、改革派のエルフたちは彼女が敵であると認識し続けた」


 リリエルは改革を抑えたいソフィエルと改革を急ぎたい急進的なエルフの間で板挟みになってしまっていたのだ。


「私が大っぴらに改革を抑えるようなことを言えば、改革に賛同してくれているエルフたちは私も信じなくなるかもしれない。そうなれば無秩序が待っている。意見の分断は加速し、改革派のRLAと保守派の国家保安隊が衝突する事態になるかもしれなかった」


 リリエルは当時の様子を振り返って苦い表情を浮かべる。


「だから、私は改革を進めて目立った成果を示した。ただし、それはソフィエルを攻撃しないものであり、改革派も保守派も喜べる成果に限定した」


 当時、ルナリエンにはふたつのメディアがあったとリリエルはそこで言う。


「ひとつはソフィエルのアルフヘイム株式会社が運営するラジオ局。これまではエルフたちはこのラジオ局の方ばかりに注目していた。当然だろう。彼らが字があまり読めず、ラジオ局はそのようなエルフたちにも分かりやすく報道を──あるいはプロパガンダを伝えていた」


 しかし、そんなルナリエンに新しいメディアができたとリリエル


「それは新聞だ。RLAが出資して新聞社を作り、その新聞社が改革派のメディアとして新聞を掲示し始めた。私はそこに改革派のエルフたちを納得させ、保守派を安心させるような改革の成果を示していったよ」


 教育が普及して、エルフたちが文字が読めることになったことで新聞がメディアとして成立するようになったのだ。

 ラジオ局というソフィエルの領分を犯さないように、リリエルたちは新聞で改革派を統率していたと彼女は言う。


「改革は本当に順調だった。私には初めて光が見えてきた気がした。トウモロコシ畑は広がっていく光景を見ると私は心が満たされた。いずれは未だ多くの面積を占めるホワイト・ピーク農園が完全になくなり、その全てがトウモロコシや他の作物で覆われることを私は夢見ていた」


 だが……とリリエルが暗い表情で視線を落とす。


「私たちの改革をよく思わない人間がいた。ルナリエンの中ではなく、外に」


……………………

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