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改革への歩み

……………………


 ──改革への歩み



 リリエルがルナリエンへの帰還を決めたのは、佐藤とは別のコントラクターがルナリエンから持ち帰った情報が理由だった。

 リリエルはそのときのことを語る。


「彼はルナリエンで変化が起きていることを伝えてくれた。RLA内が私が密かにソフィエルによって殺害されたという噂が流れ、そのころでRLAと国家保安隊が対立を強めていると。このままでは内戦になるかもしれないとそう言っていた」


 リリエルの3年の不在はエルフたちに彼女の殺害を疑わせるに十分な時間だった。

 RLAの右派はソフィエル及び国家保安隊と対立し、制御不能になるかもしれないということであった。


「それで私はルナリエンに帰る必要が生じた。私が原因で内戦が起きることは避けたかった。私がその結果、国家保安隊によって拘束され、処刑されることになってもルナリエンの分断を避けたかったんだ」


 リリエルはそのとき死を覚悟していたのだろう。

 ルナリエンに帰国すれば国家保安隊は間違いなくリリエルを拘束する。

 その先に待っているのは激しい尋問と処刑であることは予想できた。

 それにすでに国家保安隊は一度リリエルを逃している。

 にもかかわらず、彼女はルナリエンへの帰国を決意した。


「佐藤は日本に残るように私を説得した。ルナリエンに戻っても殺されるだけだと。そうなれば私が戻ろうが戻るまいがRLAと国家保安隊は衝突して内戦になる。そう言って私を日本に留まらせようとした。彼は必要ならば日本の外務省などに正式な居留資格を得ることも言っていた」


 日本がだめならばアメリカなどにも亡命を求めてみると彼は必死に自分を助けようとしてくれたとリリエルは語った。


「それでも私の答えは変わらなかった。ルナリエンに戻らなければならない、と。そこで何が待ち構えていても、私にはそこに戻るべき責任があった」


 そう言ってリリエルはじっとまたルナリエンがある方角を見つめる。

 壁の向こうにある山林。当時そこにどのような思いでリリエルは戻ったのだろうか。


「佐藤たちはついに折れて私を帰国させることに同意してくれた。彼らは行きと同じように帰りも横田基地を経由して私を異世界へ連れ帰った」


 佐藤たちはリリエルにアークライトのコントラクターという身分証を与え、それで彼女は横田基地のゲートを潜った。


「これで地球の光景も見納めだと思い、ゆっくりと基地の中を見渡したよ。今でもあのときの基地の光景を覚えている。滑走路に戦闘機と呼ばれる航空機が着陸してきて、轟音を響かせていたあの光景を……」


 それが最後のリリエルの地球での記憶だった。

 その戦闘機は恐らく異世界と行き来していたものだろう。

 魔族内戦は膠着状態ながら続いており、関係各国の軍は『異世界の平和と安定』のために爆弾を投下していたから。


「それから輸送機に乗り、私はまずネプティスに戻った。ネプティスの米軍基地では七尾が待っていたよ。『日本旅行は楽しかったかね?』とだけ彼は尋ね、私をルナリエンに戻る飛行機に乗せた」


「佐藤たちは?」


「彼らも一緒に飛行機に乗ったよ。彼らはいざとなればソフィエルたちと戦ってでも私を守るつもりだったらしい。米軍基地ですでに武器を準備していた。サプレッサー付きのアサルトライフルをね」


 自分を信奉するRLA部隊と接触する前に自分が国家保安隊によって拘束されることを佐藤たちは危惧していたようだとリリエルは語る。


「すでに将校が粛清されたRLAには以前ほどの力は残っていなかっただろう。だが、一度武器の扱いを訓練されたエルフたちは手ごわい相手になったはずだ。だから、私は頭の中で考えていた。ルナリエンに戻ってやるべきことを。ルナリエンをホワイト・ピーク依存から脱出させるためにすべきことを」


 選択によっては自らの死もあり得る状態でなおもリリエルはルナリエンのエルフたちのことを考えていたということに私は驚く。

 彼女は理想主義者だと私も佐藤も認めたが、彼女のその理想への思いは馬鹿にできるものではない。


「飛行機はルナリエンの飛行場に着陸した。飛行場では私の帰還の知らせを聞いてエセリオンを始めとするRLAの将校たちが待っていたよ。彼らは隊列を組んで飛行場に展開し、国家保安隊が突入してくるのを防いでいるようだった」


「『お帰りなさい、戦士リリエル』とエセリオンは私を出迎えた。私も『長らく留守にしていてすまなかった』と答えた。そして『私たちにはやるべきことがある。このルナリエンを健全に発展させるためのことだ。私はその知識を地球で得てきた』とそう彼に語った。彼は黙って頷き、軍用四輪駆動車に私を乗せて司令部に向かった」


 RLAの司令部はリリエルが3年ルナリエンを離れていた間に、立派な鉄筋コンクリートのそれになっていたと言う。


「昔は木造の隙間風が吹く平屋だったのが、地下2階地上3階のそれになっていた。非常用発電機や大きな通信用のパラボラアンテナまで備わっていたよ。私はエセリオンに『いつの間にこんなものを?』と尋ねると彼は『ソフィエルは今RLAの機嫌を取ろうと必死なんです』と答えた。『RLAを国家保安隊では抑えらないと知って懐柔する方向に切り替えたんです』と……」


 不気味な兆候だったとリリエルは言う。

 これまでRLAを敵視し、粛清の対象にしていたソフィエルが急に方針を転換したのは確かに不気味であった。


「しかし、私は思い描いていた構図のためには都合がよかった。私はまさに彼女が恐れ始めたRLAの力を借りて、ソフィエルに改革を迫るつもりだったんだ。もちろん彼女から一方的に取り上げるのではなく、彼女とともに発展する改革を提供するつもりだった」


「それはクーデターですか?」


「いいや。私は政権の座には着かない。着いたとしてもRLAだけを従わせているだけではルナリエンという国家を運営できない。国家を運営するにはソフィエルの知識が、これまでアルフヘイム株式会社を運営してきた幹部たちの力が必要だった」


 彼女は自分は万能ではないと語っていた。


「彼らは単にこれまで国家運営を担ってきただけではなく、知識階級層でもある。悲しいことにルナリエンではそういう知識階級層が希薄だった」


 RLAの将校を除けば、一度国家が崩壊してそのままであるルナリエン自治領では組織的な学校もなく、読み書きや計算のできるエルフはそう多くなかった。

 そうであるがゆえにリリエルは妥協した。

 私や佐藤の予想を裏切って彼女は現実的な選択肢を選んでいたのだ。


「彼らにも改革の中で利益を与えながら、それでいてゆっくりとホワイト・ピークにに依存した経済を正し、国家保安隊のような組織を解散させる。ゆくゆくは民主的な政治体制を確立し、国連から支援を受けてホワイト・ピーク栽培から完全に脱する。それが私が考えていたことだった」


 リリエルはそう自分が目指した改革の方針を語る。


「私は司令部でこう言った。『諸君、ホワイト・ピークへの依存は正しいと思うか?』と。彼らの多くは首を横に振った。彼らにもホワイト・ピークは恥ずべきことだという意見があったことに私が安堵したが、エセリオンはそうではなかった……」


 もっとも自分を信頼してほしかったエセリオンはホワイト・ピークについてリリエルに反論したという。


「『司令官。我々にはホワイト・ピーク以外に価値のあるものはありません。今でこそ食料は満ちたり、医療も受けられています。ホワイト・ピークを手放せばまた我々は貧困の底に沈むのではないですか?』と。彼の恐れていることはもっともだった」


 リリエル自身にもホワイト・ピーク以外の作物で今の生活水準を維持できるのかは分かっていなかったと正直に彼女は言った。


「『だが、それでもやらなければいけない』と私は言った。『そうでなければ我々の健全で他者に誇れる発展はありえないのだ』とそう言ったね」


 ルナリエンのエルフには誇りが必要だったとリリエルは言う。

 自分たちがこれまで成し遂げてきた歴史を誇ることができれば、もっと幸せに、そして安定して暮らしてい置けると彼女は信じていたそうだ。


「ホワイト・ピークを輸出して『あいつらエルフは麻薬の密売人だ。犯罪者だ』と後ろ指を刺され続ける人生が幸せであるはずがない。エルフたちはルナリエン王国の崩壊で一度誇りも何もかも失った。だから、私は新しい誇りを彼らに与えたかったんだ」


 リリエルはそう言い、僅かに言葉を区切る。


「それから私は命令した。『ソフィエルの下に向かう。全軍私に続け!』と。RLAの司令部は歓喜に沸いたのを覚えている。彼らは私のこの命令を待ち望んでいたようだった。彼らは散々自分たちを苦しめたソフィエルと国家保安隊が追放されるのたと信じていたようにも思える」


 だが、リリエルの目的は違う。

 ソフィエルと話し合い、彼女を改革に巻き込むことだった。


「私はソフィエルがいるアルフヘイム株式会社の社屋に向かった。RLAの将兵たちはアサルトライフルなどで武装し、私の後ろを行進してくる。アルフヘイム株式会社の社屋を守っていた国家保安隊もこれにはたじろいでいた。彼らは私がついに反乱を起こしたと考えて、アルフヘイム株式会社の守りを固めた」


 このままではRLAと国家保安隊が衝突すると考えたリリエルは、アルフヘイム株式会社の社屋に向けて呼びかけた。


「ソフィエルに呼びかけたんだ。『話し合いたい』とね。『ふたりでこのアルフヘイム株式会社のゲートを挟んで話し合おう』とそう呼びかけた」


 アルフヘイム株式会社のゲートの外の方にはRLAが、内側には国家保安隊がそれぞれ展開している。

 その中間地帯であるゲートというのは、今も韓国=北朝鮮の軍事境界線にある板門店のようなものだったのかもしれない。

 そう、緊張が漂う最前線だ。


「ソフィエルは応じたのですか?」


「応じた。ソフィエルは社屋から出てきて、私の前に立った。そして右手を差し出して言ったよ。『お帰り、リリエル』と」


 古い友人に挨拶するようにそう言ってソフィエルは手を差し出し、リリエルもその手を握って握手を交わした。

 リリエルは当時の様子を思い出しながらそう言葉を続ける。


「私は言った。『地球で知識を身に着けてきた。ルナリエンを再建する知識だ。それを生かして改革を行うのにあなたの力を借りたい』と。ソフィエルはしばらく沈黙したのちに頷いてこう言った。『それについて話を聞こう。私としても今もルナリエンの状況が健全だとは思っていない』と」


 それはリリエルを騙すための嘘なのか、それともソフィエルの本音なのか。

 ソフィエルはRLAと国家保安隊の前でそう言ったのだった。


「私は改革すべきことをそのままゲートで話し合うことにした。RLAと国家保安隊がリリエルと私のために椅子と机を持ってきてくれて、そうやって話し合いが始まった」


 長い話し合いが始まったんだとリリエルは振り返る。


「私はこれから改革すべき内容をいきなり全ては告げなかった。それはソフィエルの立場を脅かすし、そのことに国家保安隊などが反発すれば反乱と内戦の危機を呼ぶ。私は慎重に何を求めるのかを告げていった」


 リリエルは語る。


「まずはRLAを国軍として保全すること。私には力が必要だったし、RLAの将兵も保護が必要だった。もう国家保安隊に将兵たちが脅かされることがないように、RLAについて保全を求めた。ソフィエルは意外にもあっさりとそれを認めたよ」


 まず初めはリリエルの権力基盤となるRLAにソフィエルが手を出さないこと。

 その要求をソフィエルは飲んだ。意外なほどあっさりと。


「次に私は万が一の際に食料自給率を上げておいた方がいいという名目で、アルフヘイム株式会社の有する農地の一部をRLAが譲り受けて食料となるトウモロコシなどの栽培を始めたいといった。それにはソフィエルはすぐに返事をしなかった」


 彼女は顎をさすりながらしばらく沈黙し、次に言ったのは数字だったとリリエル。


「『現在1ヘクタール当たり3トンのホワイト・ピークが出荷されている。そして、アルフヘイム株式会社が保有するホワイト・ピーク農園は約1万2000ヘクタール。そしてディザータはホワイト・ピークを1キログラム辺り100ドルで買い取っている』と」


 彼女は自分の行っている事業の数字を完全に覚えていたとリリエルは言う。


「『だから、そのトウモロコシとやらが1ヘクタール当たり30万ドル以上の利益を生まなければ、それはそのままルナリエンにとっての損害になる』と彼女は試すように私の方を見た」


 それでもリリエルは引かなかった。


「私は『これは食料自給率を上げるためだ』とそう繰り返した。『いつまで地球がホワイト・ピークを買い取ってくれるか分からない以上、万が一には備えておくべきだ』と私はそう彼女を説得し続けた。『必要があればすぐに地球から苗や種を持ち込み、いつからでも育て始めることはできる』と」


「ソフィエルは納得を?」


「彼女は天秤にかけているようだった。地球とのホワイト・ピーク取引の重さと私が提唱した食料自給率を上げ危機に備えるという提案の重さを。長い説得の末に彼女は頷いてこういった。『ではRLAに任せよう』と」


 リリエルはソフィエルを説得しきったのだ。


「それからの交渉はスムーズだった。私は今はソフィエルやアルフヘイム株式会社、国家保安隊の権力に手を付けるつもりはなかったし、彼らもRLAという暴力装置を恐れていた。私たちはこうして改革を始めたんだ」


 しかし、その改革は成功したのだろうか?

 私には彼女の火傷が全てを物語っているような気がしてならなかった。


……………………

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